僕と英雄

桐条京介

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17話 それなら普通に誘ってくれればよかったのに

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 優しく接して裕介をその気にさせ、いつものコンビニで英雄をプレイするように仕向けているのかもしれない。そうだとしたら、のこのこと一緒に出歩けば笑い者にされる。

 幼馴染の少女の心遣いに疑念を持つ自分を、最低だと判断する余裕もない。すべてが敵に思える現状では、どんな慰めも逆効果となる。

「大貴との約束なんて気にする必要ないわ。他に対戦相手がいないなら、私が勝負してあげる。意外と他の皆も受け入れてくれると思うわよ」

「そうだね。でも、それは七海の場合だけだよ。僕は自業自得と笑われて終わりさ。それに約束は約束だからね」

「その約束自体が無効みたいなものでしょう。あれだけのレベル差があって、勝負も何もないわよ。だから気にしない。はい、決定」

「悪いけど、そんな気にはなれないよ」

 見上げた裕介はよほど冷たい目でもしていたのか、一瞬だけ七海が戸惑いを見せた。その間に横を通過し、教室から出る。

 全力でダッシュする裕介の背中を七海の声が追ってきたが、後ろを振り返らずに家まで走り続けた。

 飛び込むように誰もいない家へ鍵を開けて入り、自室にこもる。いつ以来かはわからない。ただ、昔も似たような日々を過ごした。

 英雄なんてゲームをやらなければ。裕介はそればかり考えた。あれだけ好きだったゲームにも憎しみを抱くようになり、勉強机の引き出しにしまわれていた英雄を乱暴にゴミ箱へ投げ捨てた。プレイするどころか、見ていたくもなかった。

 制服のままベッドに入り、丸まって嗚咽を漏らす。そのうちに意識が遠ざかる。

 気がつけば夜になっていた。ベッドから這い出て部屋にある時計を確認する。今は午後七時だ。帰宅から三時間程度が経過していた。

「裕介! いるんでしょ」

 苛立つというより心配そうな声が、ノックの音と一緒に発せられている。廊下にいるのは、声で母親だとわかった。

「いるよ。ちょっと寝てたみたいだ」

 立ってドアを開ける。母親が立っていたのは予想通りだったが、彼女の後ろで顔を伏せている少女に関しては別だった。

「家に遊びに来るのは久しぶりよね。真雪ちゃんよ。裕介に話があるんだって」

 普段は夕食だからといって部屋へ迎えに来たりはしない。母親が裕介の部屋をノックした理由は、今しがた訪ねてきた真雪を案内してきたからだった。

 何を勘違いしているのか、あとはごゆっくりとばかりに母親はひとりでダイニングへ戻っていく。

 廊下に取り残された真雪は所在なさげにもじもじするばかりで、コンビニの駐車場で顔を合わせるたびに毒づいていたのが嘘みたいな態度だった。

「とりあえず、部屋に上がる?」

 あまり気のりがしないものの、ここまで来ているのに帰れと追い返すのも躊躇われる。仕方なしに自分の部屋内を示した裕介の前で、真雪は小さく頷いた。

 真雪をベッドに座らせ、裕介は椅子に腰を下ろす。小さい時にも部屋へ招いたことはあるが、その時は大貴も一緒だった。こうして二人きりになるのは初めてかもしれない。

 相手の目的がわからない。不安のみならず奇妙な緊張感も覚える。しばらく無言の時間が続いたが、真雪がやがて意を決したように口を開いた。

「あ、あの、さ。どうして今日、来なかったわけ」

 口調こそいつもの通りだが、声の張りというか元気さは全然足りない。今にも泣きだしそうな雰囲気さえある。

 そんなことかと、裕介は軽くため息をつく。本当の理由を話して、早く帰ってもらおうとも決めた。

「昨日、大貴と約束しただろ。僕は負けたんだ。もうあそこでゲームするつもりはないよ」

 やっぱりという感じで表情を暗くした真雪が、プリーツスカートから覗いている自分の膝の上で拳を強く握った。

「み、真雪のせいなんだよね、やっぱり……」

「違うよ。僕が弱いのが悪かったんだ。全部、大貴の言う通りだったんだよ」

 軽く笑って話を終わらせようとしたが、裕介を見る真雪の目はいつになく真剣だった。

「そんなことない! だって裕兄ちゃんは真雪を守ろうとしてくれたもん!」

 裕兄ちゃんというフレーズや言葉遣いで昔を思い出す。真雪はいつも裕介の後ろをくっついて歩きたがった。

 感情を表に出し、よく笑う女の子でもあった。昨日のゲーム中の会話で、七海に意地悪をしていたみたいな内容があったが、それについては知らなかった。

「また裕兄ちゃんって言ったけど、弱介って呼ばなくていいの?」

「う……だ、だって、あれはお兄ちゃんが家で言ってたし、それに……」

「それに?」

「うう、ううう……あ、ああやって言ってれば、裕兄ちゃんが真雪の相手をしてくれると思ったんだもん!」

 大きな声が室内に響く。キャラ崩壊とでもいえばいいのか、まんまギャルな外見とは不似合いな態度と口調になっている。

「相手をしてくれるって、僕と遊びたかったってこと? それなら普通に誘ってくれればよかったのに」

「真雪もそう思ったけど、普通にしてたら七海に勝てないじゃん」

「七海に勝つ?」

 質問してばかりだなと自分でも思ったが仕方ない。裕介にはなかなか理解できない話が絶賛展開中なのだ。

「あうう……裕兄ちゃんはニブチンすぎ! だから弱介って呼ばれるんだよ!」

「そんなことを言われても……」

「裕兄ちゃんは昔から七海と一緒だったじゃん!」

「それは大貴に仲間外れにされて、ひとりになった僕を心配してくれたからだよ。七海は優しいからね」

「真雪だって優しいもん! 裕兄ちゃんを何度も誘いに来たのに、いっつも家から出てきてくれなかったし!」

「……誘いに?」

 首を傾げて、当時の状況を可能な限り脳内で再生する。仲間外れにされて部屋へ引きこもるようになると、両親が仕事に出かけた頃を狙って、真雪はよく家にやってきた。

 チャイムを鳴らすでもなく、大きな声で出てこいと叫んでいた。何をされるのか怖くて反応できず、年下の少女の言葉にも怯えた。今でも不意にフラッシュバックするトラウマのひとつだ。

 とはいえ、大貴や他の友人たちに顔を背けられた際に比べれば精神的ダメージは小さい。それにその時は人生が終わったかのように絶望したが、時間が経つにつれて、徐々に自分の中で消化できるようになった。

 ひとりになった裕介の隣に七海がいてくれたおかげでもある。唐突に思い返すはめになっても、号泣して動けなくなるほどの影響はもうなかった。

 負ってしまった心の傷だけは一生消えないような気もするが、人間であれば生きている限り、誰もがどこかで同じような傷を背負う。今ではそう考えられるようにもなっていた。

 懐かしい思い出にはなっていないが、なんとか孤独になった際の光景を頭の中で確認できた。やはり真雪に誘われたという記憶はない。

「あれは……僕を呼び出して、大貴のところへ連れていくのが目的だったんじゃないの?」

「だって、そうしないとお兄ちゃんと仲直りできないじゃん。何をしたか知らないけど、お兄ちゃんを怒らせた裕兄ちゃんが悪いんだし!」

「僕が一体、何をしたんだい? そこらへんがまったくわからないんだ。仲間に入れてほしくて謝ったりもしたけど、結局は駄目だったしね」

 裕介の暗い表情に引きずられて、真雪も視線を落とす。やや唇を尖らせ、何を言うべきか悩んでいる感じだ。

「もしかして、真雪ちゃんもどうして僕が仲間外れにされたのか知らないの?」

「……お兄ちゃんはただ、ムカつくからって。真雪にも裕兄ちゃんと話すなって。でも真雪は裕兄ちゃんと遊びたかったから、なんとかお兄ちゃんと仲直りしてもらいたくて……」

「それはわかるんだけど、どうして家から出てこい、弱虫弱介という誘い方になるの?」

「だ、だって! 格好悪かったんだもん。真雪が憧れたのは皆よりかけっこが速くて、皆より頭が良くて、皆より優しかった裕兄ちゃんなんだもん」

「僕は……真雪ちゃんが思ってるような男じゃないよ。ただのヘタレだしね」

 自虐的に笑う。確かに昔は七海や真雪が記憶している通りの人物だったかもしれない。けれど時間とともに人は変わる。小学校時代には、足の速さも頭の良さも上には上がいると気付かされた。

 それが余計に裕介のいじけた人格を形成した。恨み言を言うつもりはなく、やはり単純に裕介が弱かっただけなのである。

 けれど再びベッドに腰を下ろした真雪は、正面から裕介の目を見てそんなことはないと言い切った。

「弱虫って言われた真雪を庇って、お兄ちゃんに挑んでくれた裕兄ちゃんは凄く格好良かった。昔の裕兄ちゃんだったもん。だから弱介は卒業」

 ありがとうとお礼を言うべきかどうか判断しかねるので、とりあえず裕介は黙っている。

「真雪ね、すっごく嬉しかったんだよ。だから、今度は真雪が裕兄ちゃんの力になりたいの! 昔は拒否されたけど」

 台詞の最後を悲しそうに呟いた真雪に申し訳なさを覚えるも、考えるほどに拒否した事実が見当たらず、裕介は困惑する。

 もしかしたら、家の外からの呼び出しに応じなかった幼少時のことを言っているのかもしれない。それでも一応、拒否した覚えはないと伝えておく。

「裕兄ちゃん、真雪が何度頼んでも出てきてくれなかったじゃん。七海とは楽しく遊んでるのにさ。だから大人の女がいいんだと思って、ファッションとかも勉強したのに」

 ここでまたしても裕介は、首を大きく傾けるはめになった。大人の女のファッションが、どうしてギャル風になるのか。

 素直に尋ねてみると、なるほどと頷くしかない答えが返ってきた。

「お兄ちゃんの部屋にあった本に載ってた女が皆こんな格好だったから。真似するようになって、おじさんとかに声をかけられる機会も増えたし」

 飲み物はなかったが、危うく吹き出しそうになった。

「声をかけてきたおじさんに、ついていったりとかはしてないよね?」

 トラウマの一因になっていたりもするが、かつては妹のように思っていた少女。危険な道に入り込もうとするなら、可能な限り止めてあげたいと率直に思った。
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