僕と英雄

桐条京介

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最終話 よかったね

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「それにしても、村人が英雄になるなんて驚きだし。裕兄ちゃんは……って、あ――っ! どうして仲良さげに手なんて繋いでんのよ!」

 真雪の指摘でようやく気付いた裕介と七海は顔を見合わせ、揃って顔を赤くして照れ笑いをした。

 ただならぬ様子を察したのか、真雪はうううと唸ったあと、大急ぎで裕介の空いている手を強引に握った。

「真雪だってできるし! 七姉には負けないし!」

「ちょっと、裕介の意思も確かめずに繋いだらだめじゃない!」

 二人が最近恒例となる口喧嘩ならぬじゃれ合いを始めた直後、裕介はいまだ台に両手をつき、敗北が信じられないように呆然としている大貴へ声をかける。

「これで七海がどうこうというのはなしにしてもらえるよね」

 憎々しげに大貴が顔を上げる。

「わかってるよ。ここにも二度と来ねえし、テメエにも絡まねえ。それでいいんだろ、クソッタレが!」

「……何で?」

 真雪が悲しそうな顔をする中、裕介が当たり前のように発した疑問の声に、誰もが目を点にする。

「勝ったのは七海だけど、一対一じゃない。いずれは僕がひとりで勝てるようになるんだから、勝ち逃げは許さないよ」

「――チッ!」

 青春ドラマであるまいし、すぐに昨日の敵は今日の友とはならない。険悪な雰囲気も残っている。それでも一触即発という感じではなくなった。

「私が約束したのも、勝ったら裕介との約束を撤回するということだけだったしね」

「ハン! 甘ったるい連中ばかりだぜ!」

「裕介が大貴に仕返しをしたくないみたいだしね。あ、でもひとつだけ答えてもらうわ。どうして子供の頃に、裕介を仲間外れにしたのよ」

 七海の質問は、裕介がしたかったものでもあった。そのため軽く頷き、答えを要求する。

 妹の真雪でさえもムカつくからとしか聞かされておらず、他の友人たちも教えてくれなかった。

「大貴と一緒になって裕介を無視した男の子にも聞いたけど、ムカつくから無視しようという内容だったのよ。真雪ちゃんにもそう言ってたみたいだけど、一体裕介の何に腹を立ててたの? 負けたんだから、罰ゲームだと思って薄情しなさいよ」

「僕も知りたい。どんな内容であっても時効だし、どうこう言うつもりはないから」

「お兄ちゃん、真雪もお願い」

 裕介も含めた三人に言われた大貴が頭を掻き毟る。怒って帰るかとも思ったが、観念したのかポツリと呟くように言った。

「……七海が、裕介と仲良くしてるのが気に入らなかったんだよ」

 普段の狂暴な態度からは、信じられないほど細い声だった。

 誰もがリアクションできずにいる中、顔を真っ赤にした大貴が半ばヤケクソ気味に叫ぶ。

「悪いかよ! 俺の方が腕っぷしも強かったんだ。それなのにいつだったかプールに誘ったら、裕介と遊ぶと言いやがったんだ!」

「……ということは、僕が仲間外れにされた原因は七海だったんだ」

「え……!? そ、それは違うでしょ! 大体そんな理由で仲間外れにするなんて、何を考えてるのよ。まるで小さな子供じゃない」

「だから、その時は小さなガキだったんだよ!」

 慌てふためく七海に言い返し、俺を何だと思ってやがると大貴が不服そうにする。

 なんだか痴話喧嘩っぽくなってきた展開に、審判の梨田さんがため息をつく。

「なにはともあれ、解決できたみたいでよかったわね」

「そ、そうですね。負けてたら、大変なことになってましたもんね」

「実際は負けても大丈夫だったわよ。結果的にはこちらの方が良かったけど」

 梨田さんが、七海に悪戯っぽく笑ってみせた。

「七海ちゃんが負けた場合は、私が介入してたわ。そもそも裕介君の一件にしても、虐めの様相が強まっていたしね。途中で真雪ちゃんが合流して感じが変わったから、もう少し様子を見ることにしたけど。忘れちゃ駄目よ。英雄は虐め禁止なの」

 コミュニケーション能力を向上させるために作られたボードゲーム。人と人が向かい合えば喧嘩にだってなる。だからこそ審判は見守りつつも、必要以上の介入はしない。

 けれど、本格的な虐めに発展した場合は話が変わる。登録解除も含めて厳しい処分がなされる。そうして、それぞれの人間関係を構築する手伝いを行っていくのである。

「裕介君の場合はかなりギリギリだったからね。介入しようと思った時に七海ちゃんが来たり、真雪ちゃんが改心してたりで様子見期間が伸びたの。大貴君は出入り禁止にならなかっただけ感謝すべきね。もっとも見かけよりずっと少年の心を持ってるとわかったから、今度からそれらしく対応してあげるわ。あ、お姉さんに恋心を抱いたりしては駄目よ? 審判だしね」

「誰がするか! チッ! だから言いたくなかったんだよ!」

 頭を抱える大貴に、七海が苦笑する。

「そりゃ、そうでしょうね。虐めてた原因が嫉妬だなんて言えないわ。明日、学校で公表したら大貴のイメージが一気に崩れるんじゃないかしら」

「なっ!? やめろ、七海! お前、やっぱり昔に比べて性格が悪くなったぞ!」

 ギャーギャーと再開される喚き合い。しばらく黙っていた真雪が、妙案を思いついたとばかりに顔を輝かせて手を叩いた。

「全員が仲直りできる、素晴らしい方法があるし!」

 注目を一身に集めた真雪が得意げに胸を反らし、裕介も含めて彼女の次の台詞を全員で待つ。

「お兄ちゃんが七姉と付き合えばいいんじゃん! そうすれば無視した原因もなくなるし! ついでに真雪が裕兄ちゃんと付き合って一石二鳥!」

「さすが俺の妹だ。早速実現させるとするか」

 あっという間に兄弟の絆を深めた二人の提案を、七海が口から涎を飛ばしそうな勢いで却下する。

「私の気持ちを無視しないで! 裕介も何か言ってやりなさいよ!」

「そうは言っても、誰かを好きになるのは個人の自由だしね」

「そうそう。だから真雪も裕兄ちゃんと仲良くするし!」

「ちょっと裕介!? ああもう、真雪ちゃんも勝手にくっつかないで!」

 カオスな状況になっていく中、大貴がニヤリとして台上を指差した。

「それなら英雄で決着をつけるとするか」

「いいよ。じゃあ、僕と七海がチームを組むよ」

「だったら真雪はお兄ちゃんと同盟を組むし! 泥棒猫の七姉を倒して、バラ色の未来を掴むんじゃん!」

「誰が泥棒猫よ、誰が! でも、勝負は受けてあげるわ。ウフフ、頑張りましょう、裕介」

 微笑みかけられた裕介は、ここ最近で一番の笑顔で頷いた。

 結局この日は勝手に早退した裕介も含めて、四人揃って学校をサボることになった。

 放課後の時間帯になり、各人の学校が休みでなかったのを知った審判の梨田さんにもの凄い形相で怒られたのは、きっと将来の良い思い出になるだろう。

     ※

 その日の夜。楽しいながらも疲れ果ててベッドに入った裕介は夢を見た。

 のどかな村の中、沈む夕日に背を照らされながら畑を耕すひとりの男がいた。

 一心不乱に鍬を振り、戦闘に勝利しても見せなかった充実の表情を浮かべる。

 英雄と言われ、敗北濃厚と言われた戦いを勝利に導いたデュラゾンだった。

 額から流れる汗を、首にかけているタオルで拭う。宙に漂わせる吐息はどこまでも清々しい。

 裕介はいつも通りに、半透明な姿で宙に浮かんでいた。

 黙って見つめていると、唐突にデュラゾンが裕介の方を向いた。

 物言いたげな様子はどこにもない。裕介の心情を表すような晴れやかさが彼を包んでいた。

 地面に刺した鍬の柄に右腕の肘を当ててひと休みしつつ、軽く上げた左手を振る。

 おずおずと裕介も振り返してみるが、挨拶をしたのは他の人間に対してだった。

 裕介の背後から、たくさんの足音が通り抜けていく。

 女戦士のアニラ。同じ戦士のダイナル。弓兵のレイマッド。女魔術師のドナミス。神官のミリアルルに村人のノーマンとリエリ。途中から仲間に加わった戦士のギーロス。

 たくさんの仲間たちがデュラゾンを囲み、思い思いの言葉を告げて笑い合う。

「よかったね」

 率直な感想を述べる。

 その瞬間、全員がこちらを振り返って笑った。

 夕日が影を作り、ひとりひとりの姿が消えていく。

 裕介は涙を流しながら思った。きっともう、この夢は見ないだろう。

     ※

 翌朝。目を覚ました裕介は寝汗ではなく、涙でベッドのシーツを濡らしていた。嫌な感じはない。とてもスッキリした気分だった。

 ベッドを降りてカーテンを開ける。降り注ぐように部屋へ入ってくる日差しをたっぷり浴び、勉強机に置かれている英雄を見る。

 今日は休日だ。課題も昨日の夜のうちに終わらせている。ゆっくりとゲームを楽しめる。

 駐車場に行けば大貴や真雪もいるはずだ。すぐにトラウマは払拭できないが、徐々に克服していけるだろう。

 玄関でインターホンが鳴る。母親が楽しそうに応じる声が、部屋にまで聞こえてくる。

 裕介はすぐに着替えて部屋を出る。大切な女の子と大切な時間を過ごすため、右手でしっかりと英雄を握り締めて。
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