異世界作者~ワナビがペンの力で生き抜きます!~

桐条京介

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第9話 この人でなしいいい!

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 翌日、カケルとアーシャは揃って王城に呼ばれた。

 昨日と同じ一室で、今日はクリーム色のドレス姿の王女と面会する。その席には先に来ていたと思われるクオリアもいた。

「聞いたぞ。お主たちは面白い勝負をするみたいだな」

「もう知ったんですか」

 カケルが言うと、髪の毛を掻き上げたクオリアが得意げに鼻を鳴らした。

「当日にいきなり献上するなど英雄にあるまじき行動だからね。昨日のうちに王女殿下に話を通しておいたんだよ」

「うむ。わらわとしても反対する理由はない。存分にやるがよい」

「それが今回の用件でしょうか」

 アーシャが尋ねると、王女は楽しそうに唇を歪めた。

「いいや、わらわが呼んだのは参加者が増えたのを伝えるためだ」

「ほう。それは誰なのですか?」

 クオリアだけでなく、カケルもそれが誰なのか興味はあった。

「クオリアなら知っておろう。王都でも人気の作家、リカ・セダよ。どこからかお主たちの話を聞いたのか、雑貨屋を通してセベカに接触してきおったのだ」

 視線を向けられた侍女のセベカが小さく頭を下げた。肩までの茶髪が僅かに揺れる。何故か睨まれているが、カケルには理由を考える余裕がなかった。

(リカ・セダ……ってセダ・リカにすれば日本人っぽい名前じゃないか。いや、俺の名前を聞いて興味を覚えたなら、日本人の可能性もある!)

 どうしたのと横で心配そうにしていたアーシャの肩を、カケルは勢いよく掴んだ。

「そのリカ・セダって人と会いたいんだけど!」

「落ち着きなさい! 王女殿下の御前なのよ!」

「構わぬ。同じ作家ということで興味が湧いたか? だがその者は謎に包まれておってな。わらわが会ってやろうと伝えても応じなかったのだ」

「王女殿下のお召しを拒絶したのですか!?」

 アーシャが驚愕を露わにする。こういう時は誰より騒ぎそうな侍女が平静を保っているあたり、王女の周りでは比較的知られた話なのかもしれない。

「命令ではなかったのでな。だが、かような者であるがゆえに、居場所は誰も知らぬ。雑貨屋に言えば連絡はつくだろうがな」

「ならばカケル君が勝者となった暁には、僕がサグヴェンス家の総力を挙げて、そのリカ・セダなる人物を探すと約束しよう」

 この世界で何の力も持たないカケルにはありがたい限りだが、気前が良すぎる。
「俺が負けた場合は、何を支払わせられるんだ?」

「別に何もいらないさ。ハンデではないが、条件付きで戦うのは実に英雄らしいからね」

 カケルにはまったく理解できないが、食い下がる必要もないので先の条件に承諾する。

「では互いの作品が完成後、献上せよ。その一週間後に売り上げ数を含めて、わらわが勝敗を決める。それでよいな」

 カケルに異論はない。クオリアも頷き、勝負の内容が正式に決まった。

     ※

 結論から言うと、カケルは負けた。

 人気があったという戦国ものを続けて書いたのだが、かなりの差をつけられたクオリアのみならず、謎の作家リカ・セダにも届かなかった。

 内心でかなり勝利を期待していただけにショックは大きく、城から宿へ戻るなり、カケルは執筆に使っていた机に突っ伏していた。

「意気揚々と勝負に乗っておいて、あっさり負けるなんて恥ずかしい」

 メソメソするカケルに、ベッドに腰掛けて足を組んでいるアーシャが呆れたように言う。

「むしろ本当に勝てると思ってたの?」

 カケルが顔を上げて振り返ると、立ち上がったアーシャが腰に手を当てた。

「正確な売り上げ数は教えてもらえなかったけど、恐らくアンタの小説は完売してるわ」

「は? ならどうして大差で負けるんだよ」

「決まってるでしょ。写本家の差よ」

「あっ!」

 今更ながらにカケルは、自らの思考の過ちを理解した。日本にいた時の癖で、全員の本が同じ数だけ印刷されるものだと考えていたのだ。

 しかしクエスファーラでは印刷技術などなく、人手による写本に頼っているのが現状だ。

 人数を揃えられる者ほど、発行部数が増える。有力貴族のクオリアは言わずもがな、リカ・セダもそれなりの人脈を持っていたのだろう。

「ようやくわかったみたいね。ついでに言うと、顧客の差も大きいわ。サグヴェンス家ほど有力な貴族になれば取り巻きも多い。その子息が本を出版するのよ? 中身なんて関係なしに買うに決まってるじゃない」

「最初から勝ち目なんてなかったんじゃねえか!」

「だからそう言ったでしょ」

「じゃあ、どうして勝負させたんだよ!」

「宣伝目的よ。一作目と二作目が完売となれば、アンタの名前がそれなりに知られるようになれば、仕事として成り立つかもしれないわ」

 一応はカケルの将来も考えてくれていたのだとわかり、喉元まででかかっていた大量の文句をなんとか飲み込む。

「ロスレミリアへ行く望みが断たれたわけじゃないし、負けるくらい問題ないでしょ」

「……もしかして、王女が再戦を提案したのも想定通りだったりするのか?」

 カケルの疑問を、アーシャは笑顔で肯定した。

「王女殿下の態度を見れば、アンタの小説に興味津々なのは丸わかりだったじゃない。勝負に負けても、自分が満足するまで書かせるのは想像に難くないわ。でも、心配しないでいいわよ。王女殿下は約束を守るタイプだから」

「何でわかるんだ?」

「国民がもっとも陳情を希望する相手が王女殿下だからよ」

 なるほどとカケルは頷く。頼み事のある人間にすれば、実行してくれそうな相手に相談するのは当たり前だ。

「納得はしたが、問題はまったく解決してないな。優先すべきは写本家になるけど、当てはあるのか?」

「難しいわね。太客との繋がりが必須みたいな写本家業で、ノアラみたいなのが残ってただけ奇跡なのよ。人材を育てようにも、その前に勝負は終わってるでしょうし」

「写本家か……写本……写本……ん?」

 カケルは勢いよく顔を上げる。

「作ればいいんだよ! 印刷技術を!」

「印刷? 何を言ってんのよ、アンタは」

「金属……は時間がかかりそうだし、木で作ろう!」

 不審者でも見るような目つきになった女商人に、カケルは自分の考えを説明する。

「紙と同じ大きさにした木を文字の形に削って、インクをつけて紙に押すんだ。木を削る時間と耐久性が問題になるだろうけど、きっと人力よりも簡単に複製できる!」

「……夢物語というほど荒唐無稽な話でもないわね。課題はあるけど、上手くすれば写本を依頼するより費用も安く済むわ」

 商人らしく頭の中で勘定を始めたアーシャが、カケルの提案を承諾するまでさして時間はかからなかった。

「まずは大工職人を集める必要があるわね」

「そっちは任せた。俺はすぐに新作にとりかかる」

 アーシャが退出するのを見届け、カケルは机に向かった。

     ※

 順調に執筆が進む中、ノックもなしに部屋のドアが開けられた。

 アーシャがやってきたのかと思ったが、現れたのはポニーテールを怒りで振り乱すノアラだった。

「この人でなしいいい!」

「うわっ! いきなり何するんだよっ!」

 首を絞められそうになり、全力で抵抗する。

 頭からベッドへ突っ込む形になったノアラが、シーツに顔を埋めてしくしくと泣き出した。

「一体どうしたって言うんだよ」

 怒りよりも心配になり、カケルは彼女の肩を軽く叩いた。

「せっかく……せっかく満足な食事ができるようになったのに、あんまりよおおお。さては私を娼館に堕として、嘲笑いながらこの身体を楽しむつもりなのね。外道! そんなに抱きたいなら、今、ここで抱けばいいじゃない! そうして私を自分のものにすればいいんだわ! そうよ! 私と結婚してよおおお」

「全力で意味がわかんねえよ! うわあ! 脱ごうとするなって!」

 衣服越しであっても、目の前で二つのふくらみがぶるんと弾めば、否応なしに視線を奪われる。

 悲しき男の性と戦いながらも、カケルはなんとかノアラを宥める。

「ちょっとは落ち着いてくれ! 俺が何をしたってんだよ!」

「まだ言うの!? 私から仕事を奪おうとしてるくせに!」

「はあ!? 身に覚えが――」

 ないと言いかけてカケルは相手の職業に気づく。

 写本家にとって、カケルがアーシャに頼んで試作中の木版印刷は強力な商売敵だ。話を聞けば危機感を持つのは当然だった。

「許して欲しければ私をお嫁さんにして! 三食昼寝付きで養って!」

「そ、それは……あっ、そうだ! それならいっそ手伝ってくれよ」

 興味ありそうにしたノアラに、カケルは内容について説明する。

「木版を作るなら読み書きできる人が指揮した方がいいし、ノアラさんなら俺の字の癖とかも他の人より知ってるだろうし、きっといいものができる」

「……お給料をくれるの?」

「もちろん! 売れれば収入も増えるし、ノアラさんを雇うくらいは余裕……のはず……」

「最後、小さい声で何か言ったわよね」

「き、気のせいだって! そうと決まればアーシャにこのことを伝えてきてくれ。支払いは俺がするからって!」

「仕方ないわね。それで駄目ならお嫁に貰ってくれるって言うし」

「それは言ってないんだけど」

「じゃあそういうことで!」

 カケルの否定を遮るように大声と右手を上げたノアラが、実に満足しきった笑顔で去っていった。
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