異世界作者~ワナビがペンの力で生き抜きます!~

桐条京介

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第10話 いつもあんな陽気な感じなのかと

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 安堵するカケルの横で、クオリア・サグヴェンスの顔が驚きに満ちていく。

「こ、これは一体……」

 新作を王女に献上した一週間後、売り上げの勝敗を見届けるために雑貨店へ来たカケルたちの前で、子供連れの親や城勤めの兵士が次々とカケルの新作を購入していく。

「どうやら上手くいったみたいだな」

 カケルは安堵の息を吐いた。側にはアーシャのみならず、勝敗が将来に直結するからとノアラまでいた。

「一体、どのような方法を使ったのでありますか?」

 王女の代わりに同行しているセベカが、不思議そうに目を瞬かせる。

「正攻法で勝ち目がないのは前回で身に染みましたからね。知恵を使ったんですよ」

 隠すことでもないので、カケルはクオリアやセベカに木版を見せた。

「……奇抜な方法で写本家の不足を克服したでありますね」

「アタシも最初に聞いた時はどうかと思ったけど、意外となんとかなるもんね」

 アーシャがドヤ顔で胸を張る。カケルに雇われの身となったノアラも得意げだ。

「にわかには信じられないよ。カケル君の本は僕のよりも薄いのに」

 口元に手を当てて考え込むクオリアに、調子に乗りつつあるカケルはチッチッと人差し指を左右に振った。

「その分だけ、価格を安く抑えられるってことでもある。本はまだ高価だしな。興味はあっても買えない人が大勢いると思ったんだ」

「良い作戦でありますが、平仮名ばかりなのはどうしてでありますか」

 再び質問してきたセベカに、カケルはあっさり種明かしをする。

「実はノアラさんに木版のチェックをしてもらいながら、希望する子供たちに読み書きを教えてもらったんだ」

 評判になりすぎると、不要なやっかみを買うのは以前にアーシャから聞かされていたため、あえて裕福な家庭の子供たちに限定した。

 知識を得れば確かめたくなるのは必然の流れであり、本はそのために最適な教材だ。

「覚えた字を多く見つければ、その本を欲しがるのは道理でありますね」

 セベカは最後にお見事でありますと、カケルを称えた。

「写本家の仕事は減るから、確実にアンタのもとへ抗議が届くでしょうけどね」

 アーシャが揶揄するように言った。

「脅かさないでくれよ……」

「純然たる事実よ。これまで勉学は貴族に認められた特権だったもの。家庭教師も独占されてたし、一般国民が学ぶのはそれなりに難易度が高かったのよ。けどアンタがノアラを使って主催した塾だっけ? あれのおかげで写本家の既得権益は風前の灯火よ」

「だよなあ。でもさ、子供たちが読み書きを覚えて本に興味を持ってくれれば、出版業界には追い風になるだろ。写本家はそれまでの知識を活かして、出版社を作るなり、編集者になるなりすればいいんだよ」

「……社? 編集? 相変わらず、アンタの言動は意味不明だわ」

「まあ、そこらはおいおい考えるとするか。大切なのは今回の勝負だし」

「それなら問題はないだろうね」

 クオリアが小さく笑う。

「カケル君の勝ちだ。僕としたことが忘れていたよ。英雄になるためには、一般人の支持が必要な事実をね」

 いつになく国民で大盛況な貴族御用達の雑貨店。最初は戸惑っていた店主も、今では慣れた様子で受付を貴族用と一般用に分けて捌いている。

「それにしても、アンタの小説はよく売れてるわね。百冊以上も作って大丈夫かと思ったけど、完売しそうな勢いじゃない」

「破産は免れそうだな。俺もホッとしたよ」

 写本家の費用がいらなくなったとはいえ、その分だけ大量の紙とインクが必要になる。

 勝負に関係あるからと、この雑貨店からもツケで購入したと聞かされていた。カケルの策が無残に失敗していれば、借金を背負うはめになっていたのだ。

「大丈夫よ。いざという時はアンタに押しつけるつもりだったし」

「よく言うよ。本気でそのつもりだったなら、俺の名前で借用書を書けばよかったんだ」

「可愛げがないわね。下手に勘繰ったりしないで、そこは素直に怒りなさいよ」

「アーシャには世話になりっぱなしだ。俺が作家になれて、大勢の人に本を読んでもらえて、さらには金まで稼げるんだからな」

「そうよ、お金よ! ウフフ、大儲けよ! でもアンタの取り分は一割のままよ」

「嘘だろ、この守銭奴め」

「お褒めの言葉をありがとう」

 顔を見合わせて、カケルとアーシャは高らかに笑い合った。

     ※

 夕方になって出向いた王女の部屋で、カケルは正式に勝利を告げられた。

 売り上げでは大差をつけられなかったものの、関ヶ原の決戦を主題とした内容が評価された。

「よくも次から次へと奇抜な内容を考えられるものだ。……いや、お主にとっては国の歴史を書いたにすぎなかったのだな」

「そう言われると、なんかズルしたような気になりますね」

「気にすることはあるまい。小説は面白ければよいのだ」

 満足そうにするリアレーヌに、今回は本意で読んだんですねと意地悪したい気持ちが芽生えるも、カケルは寸前で堪える。

 外見は愛らしい少女でも、彼女はあくまで王族。この国においての権力は絶大で、その気になれば簡単に処刑も行える。

「さて、約束だからな。近いうちにロスレミリアへの通行許可証を発行しよう」
 執筆や勝負が楽しくなりすぎて、すっかり忘れていた。

「僕もリカ・セダを探す約束を守ろう」

「けど、最初は俺が負けたわけだし……」

「遠慮しないでくれたまえ。英雄たる僕と好勝負を繰り広げた女傑と、是非とも会ってみたくなったのだよ」

「その必要はないであります」

 王女の斜め前で直立していたセベカが、クオリアとカケルの会話に割り込んだ。

「何故なら探さなくとも、お二人の前にいるからであります」

 ブラウンの髪の毛を涼し気に揺らし、勝気な瞳で見据える侍女はとても嘘をついているようには見えなかった。

「え? ど、どういうこと?」

 半ば予想していたのか、王女だけがすまし顔の中、セベカはカケルの疑問に答える。

「王女殿下が本に興味を持ちだした頃、激務の慰めになればと本を書いたのであります。侍女が書いたと知れれば、敵対勢力に利用されるかもしれないと考え、リカ・セダという仮名を使ったのであります。適当に本名を変えただけなので、カケル殿に並々ならぬ興味を抱かれた時は驚いたであります」

 頭の中で事情が整理されていくにつれ、カケルの肩の落ち具合が大きくなっていった。

 その割にあまりショックを受けていないのは、以前ほどに元の世界への執着を示さなくなっているせいなのかもしれない。

「王女殿下はお気づきになられていたのでありますね」

「小説内の主要人物に、セベカの思想に似た者が現れたりしていたのでな。確信には至っていなかったが、可能性はあると思っていた。わらわに報告をしなかったのは、事が露見した際に無関係だとするためか」

「勝手ばかりして、申し訳ないであります」

「構わぬ。お主が望むのであれば、今後もリカ・セダとして活動を続けるがよい」

 身体は小さくとも王族としての器の大きさに感心していると、どこか悪戯っぽくアーシャがカケルに耳打ちしてきた。

「あれは遠回しにこれからも書けと言ってるのよ」

「そういや、王族や貴族の言葉を額面通りに受け取ったら駄目なんだったな」

 コンコン。

 少しは落ち着けるかと思った矢先にノックの音がした。

 侍女のセベカが応対に出向き、予想外の来客だったのか全身を硬直させた。

「殿下……陛下が面会を求められているであります」

「お父様が? お通ししてくれ」

 はっ、と返事をしたセベカに先導され、姿を現したのはわりと体格の良い中年男性だった。

 髪を短く刈り上げており、王冠もしていない。カケルのイメージする王様とはかなりかけ離れた外見だった。

「久しいな、娘よ」

「はい。お父様は部屋で政務をこなすことが増えておられますので」

「うむ。ああ、その方らも構わぬから同席しておれ」

 そそくさと退出する機会を窺っていたアーシャをチラリと見て、国王はそう言った。

 その視線が、最初から予定されていたようにカケルを捉える。

「その方がカケルか」

「は、はいっ」

「そう緊張するな。その方の事情は知っておる。悪気のない無礼を咎めはせぬ」

「ありがとうございます」

「お礼を言いたいのは余だ。久しぶりに楽しませてもらったぞ」

 もっと威圧感みたいなのがあるかと思ったが、初めて王女と対面した時よりも感じるプレッシャーはずっと少ない。むしろ宰相と遭遇した時の方が緊張した。

「それで陛下。本日はどのようなご用向きでしょうか」

「お父様で構わぬよ。王というより個人的な興味ゆえの行動でな」

 そう言うと国王は後ろに控えていた侍女から三冊の本を受け取った。すべてカケルが書いたものだった。

「最近、城下で本が人気だと聞いてな。興味が出て読んだのだが、なかなかに面白かった。作者に興味を覚えていたら、丁度、侍女からお主と仲良くしていると聞いてな。面会中というので、もしやと思って乱入したのだ」

 満面の笑みを浮かべた国王に、カケルも愛想笑いを返す。王女だけが珍しいものを見るような目つきだったが、最後に握手をして突然の面会は終了した。

「お父様のあれほど楽しそうな顔を見たのは、いつぶりであろうか」

 国王が去ったばかりの扉を見つめ、感慨深そうにリアレーヌが呟いた。

「そうなのか。俺はいつもあんな陽気な感じなのかと」

「ア、アンタ! 王女殿下に気安い口をきいてるんじゃないわよ!」

 大慌てのアーシャに、リアレーヌが苦笑する。

「構わぬ。よく笑う方ではなかったとはいえ、陛下も昔は笑顔を見せてくださっていた。回数が減りだしたのは、お母様によって奴が宰相へ推薦されてからだろうな」

 愛らしい王女の顔立ちに影が宿るも、すぐに元へ戻る。

「お父様の笑顔を見たせいで口が軽くなってしまったようだ。先ほどの言葉は忘れてくれ」

 一も二もなく頷いたのは女商人だった。その顔にはありありと政治には関わりたくありませんと書かれていた。

「許可証の準備ができ次第、お主らの宿に伝令を送る。それまでは王都の生活を楽しんでおくといい。次回作を書きたいというのであれば、止めはせぬがな」

「……これは俺に続きを書いてっておねだりしてると受け取っていいのか?」

「言葉に気をつけなさい。概ね、その通りだけど」

 小声で交わしたつもりだったが聞こえていたらしく、仄かに頬を桜色に染めた王女がコホンと可愛らしい咳払いをした。
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