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第12話 公園
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空を彩る金色の光に昏さが宿り、濃さを増した住宅街。地面にわだかまる影から、まるで鬼の角みたいに別の影が伸びている。顔を上げた大樹が自宅前で見たのは、スクールバッグの上に腰を下ろしている一人の女生徒だった。
「瑞原……? こんなとこで何してんだ」
振り向いた横顔が沈むゆく夕日に照らされる。「やっと帰ってきた」
黄金色に包まれ、窺えない表情の下だけで煌めく唇の動きだけがわかった。
「まさか、俺を待ってたのか?」
「そうよ。ちょっと付き合って」
さっさと立ち上がり、返答も聞かずに愛美は歩き出す。どうしたものかと頬を掻きつつ、遠ざかる背中を大樹はゆっくり追いかける。
連れて行かれたのは、自宅の裏側にある小さな公園だった。子供たちが遊べるようにと昔からあり、色の剥げた動物を模したゴム製の跳び箱みたいな遊具やシーソー、小さなジャングルジムが設置されている。
「童心にでも返ろうってのか」
「そんなとこ」
からかったつもりが真面目に返され、またしても大樹は頬を掻く。まさか決闘でも申し込まれるのかとドキドキしていたが、その可能性はなさそうだ。ふうとため息をつく。
「悪かったな」
ぶっきらぼうに謝ると、顔だけを振り向かせた愛美が小さく首を傾げた。「何よ急に」
「この前のことだよ。その……あれだ、お前のその……」
「ああ、おっぱい揉んだこと? もう気にしてないわよ」
予想外の反応に安堵すると同時に、思わず拍子抜けする。
「じゃあ、何で連れ出したんだよ」
「ここさ、見覚えない?」
懐かしそうな視線を前方に注ぐ愛美の声色は心なしか弾んでいた。
「そりゃ、あるさ。近所だからな。空バットにゴムボールで野球したり、よく遊んだよ」
「あたしもさ、思い出があるんだ。まだ小学生になる前」
初耳だった大樹は驚いて、昔ここに住んでいたのかと尋ねた。
黒髪に黄金色を宿した少女は数歩進んで公園に入ると、スカートの裾を翻してこちらを見た。
「短い間だったけどね」
悪戯っぽく笑う少女は幸せそうで、なのにどこか寂しそうな感情を顔に宿す。
「あたしの家って凄く貧乏でさ、家からもほとんど出なかったから友達なんていなくて」
暗くならないように笑ってはいるが、大樹は「そうか」としか返せなかった。
頷いた少女はステップを踏むように中央へ進み、ジャングルジムの低い部分へ腰を下ろした。
「この公園でさ、地域のイベントがあったの。子供どうしが仲良くなれるようにって。あたしの家にも話がきてね、その時だけは特別に外出を許してもらえたの。嬉しかったな」
そのイベントには大樹も覚えがあった。近くの小学校が児童不足から閉鎖し、近所の子供が少なくなって今はなくなったが、数年前までは開催されていた。
「皆で鬼ごっことかして、最後にプレゼント交換だったか。よく覚えてないな」
「だから腹が立ったのよね。あたしは今でもはっきり覚えてるのに」
頬を膨らませた愛美は駆け寄るなり、押すように拳で大樹の胸を突いた。
「お金がなくて何も持たせられなかったあたしは公園には来たけれど、楽しそうな子供たちの輪に入れなかった。羨ましいって眺めてるだけ。最初はそれでも楽しかったけど、段々悲しくなってきてさ、もう帰ろうかなって思った時に一人の男の子が話しかけてきてくれたんだ」
ぴょんと軽くバックステップし、腰に手を回した愛美は軽い前傾姿勢で満面の笑みを作った。
「素直にプレゼントがないって言うとね、その子は持っていたお人形の一つをくれたの」
「人形……あっ! それ……俺だ。じゃあ、あの時の女の子は……」
「そう、あたし。女の子との思い出くらい、自力で思い出しなさいよ」
悪戯っぽく揶揄する愛美に、大樹が返せたのは苦笑いだけだった。
公園前に佇んでいた少女があまりに寂しそうだったので、大樹は反射的に声をかけていた。
手を引いてイベントに参加し、お互いにプレゼント交換という名目で人形を渡した。簡素な着物姿の男児と浴衣にも似た着物姿の女児が、仲良く寄り添っているものだ。
そのうちの一つは掃除中に偶然見つけ、今は大樹の部屋で勉強机の隅に座している。
「少しずつ思い出してきたぞ。次の日、遊ぶ約束をしてたのにすっぽかされたんだよ」
「うわ。まだ覚えてたの。執念深い男って引くわ」
「お前が思い出させたんだろうが」
「アハハ、冗談。あの時はごめんね。朝早くっていうか夜のうちに引っ越しをしちゃったの。泣いて約束があるって言ったんだけどね。せめて最後の日くらいはって外で遊ばせてくれたなんて、子供に察せられるわけないじゃない」
貧乏で子供を外で遊ばせられず、短い期間だけ住んでいて、夜のうちに誰にも言わずに引っ越す。断片的な情報であっても、これだけ揃うと複雑な家庭環境を嫌でも察してしまう。
聞かなかったことにするべきか、それともあえて触れるべきか。悩んでいると、また愛美が大樹のやや薄めの胸板を小突いた。
「辛気臭い顔しないでよ。今はちゃんと高校にも通えているしね」
「そうか」
「そうよ。だけど、あーあ。とうとう自分で教えちゃった」
大袈裟なまでにわざとらしいため息をつく愛美。何を悔いているのかは聞くまでもない。
「仕方ないだろ。ガキの頃とは違ってんだから」
「あたしは一目でわかったわよ? あの時の男の子だってね。それにいつ再会してもいいように、髪型だって当時のままだったんだけどな」
言われてみればその通りで、顔つきにも子供の頃の面影が残っている。気付かなかったのは、単純にその出来事自体を忘れてしまっていたせいだ。
「悪い」大樹は素直に謝った。
「ショックだったわよ。あたしは一日だって忘れたことなかったのにさ。ドキドキしながら久しぶりって挨拶したら、初めましてって返したのよ。もう咄嗟に手が出てたわ」
ついに明かされる……というほどでもないが、転校初日にいきなりキツイのを浴びせてくれた理由がわかった。
思い入れの強さが違ったゆえの悲劇とでもいうべきか、それでもどうかとは思うが、大樹にも責任があるので怒るわけにもいかない。
「あれは痛かった。おまけに遊び人だなんだって、変な噂も広がるし」
「ま、そこはお互い様ってことで」
「……俺の方が損の比率が大きいだろ」
「なら明日の学校で乙女の純情をもてあそばれたって、涙ながらに皆に訴えてもいい?」
「わかった。手打ちに応じよう」
男とはかくも弱い生物である。両手を上げた大樹を満足そうに見つめ、愛美は「よろしい」と顔を上下に動かした。
「そういや、俺の住所はどうやって知ったんだ?」
「楓に聞いた。小学校も中学校も同じって言ってたから」
伸びをして種明かしをした愛美が、健康的な太腿をスカートからチラチラ覗かせて公園を歩き回る。「ここは変わらないね」
「ああ」ポケットに手を入れて大樹もすぐ後ろをついていく。
出会った時は、大樹がおどおどしていた愛美を半ば強引に引っ張った。
最初はぎこちなかったが、徐々に楽しそうになり、最後には他の子供とも会話をするようになっていた。
「あの時のままだ。フフ、なんだか嬉しいな」
ゴム製の動物の跳び箱に座り、彼女は両手をついて仄かに暗くなりだした空を見上げる。月が薄く姿を現し、空に星々が透けるような幻想的な光景が広がっていた。
「ねえ、せっかくだから鬼ごっこしない?」
「断る」
「そこは応じなさいよ!」
赤鬼のように歪めた顔に朱を宿らせた愛美に追いかけられ、半ば強制的に鬼ごっこが開始される。
何も考えずに走り回る。子供の頃は当たり前だったのが、成長した現在ではこんなにも新鮮に感じられる。
「ほら、早く逃げないと捕まえるわよ」
「何でお前、そんなに体力があるんだよ」
「中学時代は水泳部だったからね」
あっさりと捕まり、膝に手を置いて荒い呼吸を繰り返す背中に、不意に重さが加わる。
幼子が父親へ甘えるように手を伸ばし、頬を寄せた少女の息遣いに全身が熱くなる。
「……助けてくれて、ありがとう」
「……気にするな」
伸びた影が闇に溶けて消えるまで、大樹も愛美もあとは何も言わなかった。
「瑞原……? こんなとこで何してんだ」
振り向いた横顔が沈むゆく夕日に照らされる。「やっと帰ってきた」
黄金色に包まれ、窺えない表情の下だけで煌めく唇の動きだけがわかった。
「まさか、俺を待ってたのか?」
「そうよ。ちょっと付き合って」
さっさと立ち上がり、返答も聞かずに愛美は歩き出す。どうしたものかと頬を掻きつつ、遠ざかる背中を大樹はゆっくり追いかける。
連れて行かれたのは、自宅の裏側にある小さな公園だった。子供たちが遊べるようにと昔からあり、色の剥げた動物を模したゴム製の跳び箱みたいな遊具やシーソー、小さなジャングルジムが設置されている。
「童心にでも返ろうってのか」
「そんなとこ」
からかったつもりが真面目に返され、またしても大樹は頬を掻く。まさか決闘でも申し込まれるのかとドキドキしていたが、その可能性はなさそうだ。ふうとため息をつく。
「悪かったな」
ぶっきらぼうに謝ると、顔だけを振り向かせた愛美が小さく首を傾げた。「何よ急に」
「この前のことだよ。その……あれだ、お前のその……」
「ああ、おっぱい揉んだこと? もう気にしてないわよ」
予想外の反応に安堵すると同時に、思わず拍子抜けする。
「じゃあ、何で連れ出したんだよ」
「ここさ、見覚えない?」
懐かしそうな視線を前方に注ぐ愛美の声色は心なしか弾んでいた。
「そりゃ、あるさ。近所だからな。空バットにゴムボールで野球したり、よく遊んだよ」
「あたしもさ、思い出があるんだ。まだ小学生になる前」
初耳だった大樹は驚いて、昔ここに住んでいたのかと尋ねた。
黒髪に黄金色を宿した少女は数歩進んで公園に入ると、スカートの裾を翻してこちらを見た。
「短い間だったけどね」
悪戯っぽく笑う少女は幸せそうで、なのにどこか寂しそうな感情を顔に宿す。
「あたしの家って凄く貧乏でさ、家からもほとんど出なかったから友達なんていなくて」
暗くならないように笑ってはいるが、大樹は「そうか」としか返せなかった。
頷いた少女はステップを踏むように中央へ進み、ジャングルジムの低い部分へ腰を下ろした。
「この公園でさ、地域のイベントがあったの。子供どうしが仲良くなれるようにって。あたしの家にも話がきてね、その時だけは特別に外出を許してもらえたの。嬉しかったな」
そのイベントには大樹も覚えがあった。近くの小学校が児童不足から閉鎖し、近所の子供が少なくなって今はなくなったが、数年前までは開催されていた。
「皆で鬼ごっことかして、最後にプレゼント交換だったか。よく覚えてないな」
「だから腹が立ったのよね。あたしは今でもはっきり覚えてるのに」
頬を膨らませた愛美は駆け寄るなり、押すように拳で大樹の胸を突いた。
「お金がなくて何も持たせられなかったあたしは公園には来たけれど、楽しそうな子供たちの輪に入れなかった。羨ましいって眺めてるだけ。最初はそれでも楽しかったけど、段々悲しくなってきてさ、もう帰ろうかなって思った時に一人の男の子が話しかけてきてくれたんだ」
ぴょんと軽くバックステップし、腰に手を回した愛美は軽い前傾姿勢で満面の笑みを作った。
「素直にプレゼントがないって言うとね、その子は持っていたお人形の一つをくれたの」
「人形……あっ! それ……俺だ。じゃあ、あの時の女の子は……」
「そう、あたし。女の子との思い出くらい、自力で思い出しなさいよ」
悪戯っぽく揶揄する愛美に、大樹が返せたのは苦笑いだけだった。
公園前に佇んでいた少女があまりに寂しそうだったので、大樹は反射的に声をかけていた。
手を引いてイベントに参加し、お互いにプレゼント交換という名目で人形を渡した。簡素な着物姿の男児と浴衣にも似た着物姿の女児が、仲良く寄り添っているものだ。
そのうちの一つは掃除中に偶然見つけ、今は大樹の部屋で勉強机の隅に座している。
「少しずつ思い出してきたぞ。次の日、遊ぶ約束をしてたのにすっぽかされたんだよ」
「うわ。まだ覚えてたの。執念深い男って引くわ」
「お前が思い出させたんだろうが」
「アハハ、冗談。あの時はごめんね。朝早くっていうか夜のうちに引っ越しをしちゃったの。泣いて約束があるって言ったんだけどね。せめて最後の日くらいはって外で遊ばせてくれたなんて、子供に察せられるわけないじゃない」
貧乏で子供を外で遊ばせられず、短い期間だけ住んでいて、夜のうちに誰にも言わずに引っ越す。断片的な情報であっても、これだけ揃うと複雑な家庭環境を嫌でも察してしまう。
聞かなかったことにするべきか、それともあえて触れるべきか。悩んでいると、また愛美が大樹のやや薄めの胸板を小突いた。
「辛気臭い顔しないでよ。今はちゃんと高校にも通えているしね」
「そうか」
「そうよ。だけど、あーあ。とうとう自分で教えちゃった」
大袈裟なまでにわざとらしいため息をつく愛美。何を悔いているのかは聞くまでもない。
「仕方ないだろ。ガキの頃とは違ってんだから」
「あたしは一目でわかったわよ? あの時の男の子だってね。それにいつ再会してもいいように、髪型だって当時のままだったんだけどな」
言われてみればその通りで、顔つきにも子供の頃の面影が残っている。気付かなかったのは、単純にその出来事自体を忘れてしまっていたせいだ。
「悪い」大樹は素直に謝った。
「ショックだったわよ。あたしは一日だって忘れたことなかったのにさ。ドキドキしながら久しぶりって挨拶したら、初めましてって返したのよ。もう咄嗟に手が出てたわ」
ついに明かされる……というほどでもないが、転校初日にいきなりキツイのを浴びせてくれた理由がわかった。
思い入れの強さが違ったゆえの悲劇とでもいうべきか、それでもどうかとは思うが、大樹にも責任があるので怒るわけにもいかない。
「あれは痛かった。おまけに遊び人だなんだって、変な噂も広がるし」
「ま、そこはお互い様ってことで」
「……俺の方が損の比率が大きいだろ」
「なら明日の学校で乙女の純情をもてあそばれたって、涙ながらに皆に訴えてもいい?」
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男とはかくも弱い生物である。両手を上げた大樹を満足そうに見つめ、愛美は「よろしい」と顔を上下に動かした。
「そういや、俺の住所はどうやって知ったんだ?」
「楓に聞いた。小学校も中学校も同じって言ってたから」
伸びをして種明かしをした愛美が、健康的な太腿をスカートからチラチラ覗かせて公園を歩き回る。「ここは変わらないね」
「ああ」ポケットに手を入れて大樹もすぐ後ろをついていく。
出会った時は、大樹がおどおどしていた愛美を半ば強引に引っ張った。
最初はぎこちなかったが、徐々に楽しそうになり、最後には他の子供とも会話をするようになっていた。
「あの時のままだ。フフ、なんだか嬉しいな」
ゴム製の動物の跳び箱に座り、彼女は両手をついて仄かに暗くなりだした空を見上げる。月が薄く姿を現し、空に星々が透けるような幻想的な光景が広がっていた。
「ねえ、せっかくだから鬼ごっこしない?」
「断る」
「そこは応じなさいよ!」
赤鬼のように歪めた顔に朱を宿らせた愛美に追いかけられ、半ば強制的に鬼ごっこが開始される。
何も考えずに走り回る。子供の頃は当たり前だったのが、成長した現在ではこんなにも新鮮に感じられる。
「ほら、早く逃げないと捕まえるわよ」
「何でお前、そんなに体力があるんだよ」
「中学時代は水泳部だったからね」
あっさりと捕まり、膝に手を置いて荒い呼吸を繰り返す背中に、不意に重さが加わる。
幼子が父親へ甘えるように手を伸ばし、頬を寄せた少女の息遣いに全身が熱くなる。
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