19 / 34
第19話 継続
しおりを挟む
真夜中の屋上は日中よりもずっと冷えているはずなのに、大樹の全身を気色の悪い熱が包んでいた。汗に濡れた髪の毛が横顔にまとわりつくのも構わず、絶望の呻きを漏らす。
夜でも極端に賑やかさを増したりはしない東通りの一画。いつ崩れてもおかしくない雑居ビルには、普段よりもずっと人が集まっている。
大半はどこぞの店の関係者らしく、同じ服装だ。とりわけオールバックの丸眼鏡は鬼の形相で屋上のへりに立つ少女を怒鳴りつける。
「てめえが働いて母親の借金を返すって言ったんだろうが! 客からちょっと変態な要求されたくらいでショック受けてんじゃねえよ!」
ガツンとハンマーで頭を殴られたような衝撃を受けた。こちらを見ていた少女の双眸は悲しみを吸って大きくなり、絶望の滴を一つまた一つと無機質な床へ落とした。
「ごめんね……あたし、汚れちゃった……」
瑞原愛美は消え入りそうな声でそれだけ言うと、早くそちらへ行きたいとばかりに、深い闇に呑み込まれた夜の町を見下ろした。
……待ってくれ。
のろのろと腕が伸びる。しかし声は出ない。足が震えて動かない。
自らを叱咤する言葉すら浮かんでこない。ただただ子供のように、嫌だという文字だけが狂ったように大樹の体内で踊り回る。
「――待つんだ、愛美!」
何もできない大樹の代わりに少女の名前を呼んだのは、屋上へ着いたばかりの彼女の父親だった。髪の毛も息も乱れているが、すぐにでも人生を終わらせようとしている愛娘を前に目を充血させる。
「お父さんが悪かった。お母さんがあんな風になってしまったのも私が原因だ。十年以上もちっぽけなプライドを守ろうとして、現状を受け入れられなかったんだ」
号泣する男の懸命な呼びかけに、少女も嗚咽を漏らす。「お父さん……!」
「お願いだ、死なないでくれっ。お父さんにやり直すチャンスをくれっ!」
何よりも家族を大切に想う女性だからこそ、心が動いたみたいだった。それを目ざとく察知した丸眼鏡が、父親にもっと続けろと指示を出す。
「あんな上玉はなかなかいねえんだ。もっと稼いでもらわねえとな」
夜の屋上はことの外、人の話し声がよく響いた。
「あんな思いはもういやァ!」少女が泣き叫ぶ。「お母さんのためにって思ったけど、やっぱりだめ……許して……」
「全部、お父さんのせいだ。もうそんな仕事はしなくていいっ!」
父親に対して、ふざけるなと怒りを爆発させたのは丸眼鏡だ。胸倉を掴み、頭突きを一発食らわせたあとで鬼か悪魔のごとき形相で睨みつける。
「こっちは前金で払ってんだ。きっちり働いてもらわねえと割が合わねえんだよ!」
「ひいっ!」
殴られ、蹴られ、怯えた父親へここぞとばかりに男が凄む。
「わかったらさっさと娘を説得しろ。なあに、辛いのは今だけだ。三日もすれば慣れる」
項垂れて丸眼鏡の言う通りにするかと思われたが、父親は血が出そうなほどに歯を食いしばって、逆に頭突きをやり返した。
「お断りだ! 一人ぼっちで生活して、初めて家族のありがたさがわかったんだ。こんなに落ちぶれて、周りから人がいなくなっても、妻と娘はそばにいてくれた。私はもっと早く、二人のありがたさに気がつかなければいけなかったんだ!」
「てめえ、よくもやりやがったな。借金に慰謝料もプラスだ、この野郎」
おもいきり殴りつけられ、薄汚れた屋上の床とキスをさせられても、愛美の父親はすぐに顔を上げる。
贖罪と愛情の視線を娘に注ぎ、次いで臆さずに丸眼鏡へぶつけた。
「幾らでも足せばいい。少しずつでも必ず返してみせる!」
売り言葉に買い言葉ではなく、本心からに思えた。弱く流されやすい人間という印象があっただけに、大樹も驚いた。
けれど丸眼鏡は応じるどころか、残忍そうな笑みを浮かべる。
「てめえの稼ぎじゃ利息も満足に払えねえだろうが。娘だけじゃねえ、飲み屋の男に狂った女房も一緒に客を取ってもらうぜ! 美人でも歳がいってるから、マニアックな内容ばかりになっちまうだろうがな!」
何がそんなに面白いのか、高笑いする丸眼鏡。借金をしたのは男の自業自得だろうが、このやり方はあまりに酷すぎる。大樹は憤りを覚えたが、人生を終わらせようとしている少女は悲しみに暮れた。
「お母さんもだなんて、あたし、耐えられないよ……」
「心配するな、愛美。お父さんがなんとかする。マグロ船でもなんでも乗ってやる!」
またしても響くのは丸眼鏡の笑い声。慈悲も容赦もなく愛美の父親に冷酷な現実を告げる。
「もう遅いんだよ。債権が俺に売られる前ならともかくな。払った分は稼いでもらう。当たり前の話だ。さっさと客のところに戻れ、この売女が!」
屈辱的な二文字に、愛美の肩から力が抜ける。その通りだという諦念、絶望が晴れることのない闇となって少女を覆う。
「……ねえ、お父さん。あたしの生命保険ってどうなってるのかな……」
「なっ! や、やめるんだ、愛美っ!」
「それで借金、返せないかな。あたし、汚れちゃったし、生きてるのがもう辛いんだ……」
「それでも! それでも生きててくれ! 頼む、お願いだ!」
土下座するような体勢で懇願し、娘に手を伸ばす父親。されと距離の壁は無慈悲に横たわり、何も掴めぬまま、拭いきれない後悔の嗚咽を漏らす。
「おお……あああ――っ!」
屋上のへりにはもう何もない。
夜空に舞い上がる悔恨を嘲笑うように、地面から決して聞きたくない音が聞こえてきた。
※
目を開けた大樹は二度、三度と頭を振る。意識が覚醒し、先ほどまでの光景を夢だと知る。
決して慣れてはいないのは、苦しいほど荒くなった呼吸が証明している。ドンドンと叩くような鼓動を鎮めるために胸に手を置く。肩に力が入っているのに気づき、大きく深呼吸をしてリラックスを心掛ける。
「今度は母親かよ……」
祖母に介入してもらって解決したかと思いきや、新たな問題に直面する。家庭環境といってしまえばそれまでだが、どうにも愛美は不幸体質なのではないかと思えてくる。
「飲み屋の男とか言ってたな。どうなってんだ……」
精神的な疲労からため息ばかりが零れる。隠してはいるが、父親とは別に多額の借金をしているのだろう。それが例の丸眼鏡の手に渡って悲惨な結末を辿る。
「愛美には話せないよな。学校で清春に相談してみるか」
昼休みまで待てず、登校するなり大樹は教室の隅で窓からグラウンドを眺めながら、小声で親友へ夢の内容をそのまま伝えた。
「メールを貰って安心していた」
「俺もだよ。土下座までして愛美のお祖母さんに助けてもらったってのに」
窓枠を誰にも見えないように叩く。交通事故の時と同じだ。問題解決の一手を打っても、まるで運命は変えられないとばかりに死が愛美にまとわりつく。
こうまで執拗だと、さすがの大樹もどうすればいいんだと自棄になってしまいそうだった。
「単なる正夢や予知夢ではないのかもしれない」
「……どういうことだ?」大樹は聞いた。
「解決が甘いという警告」
雷に打たれたみたいな衝撃が全身に走る。
「まさか、救わせるために夢を見せてるっていうのか」
「例の人形が守り神様みたいなものだとすればありえる話」
ゲームじゃあるまいしという言葉を、生唾と一緒に大樹は飲み込む。
今日までの出来事すべてが、ドラマやらになっていてもおかしくない展開ばかりなのだ。通常なら笑ってしまうような意見であっても、真面目に考える必要がある。
「大樹の夢にはヒントが多すぎる。事故の時も」
冷静さを欠いているはずの場面でも、運送トラックの社名や運転手の顔をはっきり覚えていた。
景色も鮮明で、起きても色褪せずに記憶に残っている。だからこそ呪いみたいだとも思ったが、救うための情報を与えているとすれば辻褄もあう。
「……本当にそう思うか?」
清春は頷き、困ったように口元を歪める。
「問題はゲームではなく現実なこと」
台詞に込められた意図は痛いほどによくわかる。ゲームと違って簡単にコンティニューとはいかない。対応を間違えてその時が来てしまえば、泣き喚こうとも後戻りできないのだ。
「ゲームだと突っ走れても、現実だと色々な制約があるのも辛いところか」
「その分だけ協力も得られる」
「……だな。頼りにしてるぜ、親友」
隣で景色を見ている清春の肩を叩いていると、ふと誰かの気配を感じた。振り向くより先に、丁度真ん中あたりにひょっこりと小さな顔が突き出された。
「二人して、また何か相談事? 私も仲間に入れてほしいな」
楓の可愛らしい耳を境目に流れ落ちる茶色の長髪から漂う、高級な花みたいな甘く気品のある香りが鼻腔をくすぐる。無意識に鼻を近づけてにおいを嗅ぎそうになっているのに気づき、慌てて顔を背ける。
緊張と興奮で赤面する大樹とは対照的に、美しい少女の顔を間近で見ても、清春はろくに表情を変えていなかった。
「大樹がまた例の夢を見た」
「え? だって昨日……え? まさか、解決していなかったの?」
困惑が楓の表情に宿る。昨夜に愛美から電話で報告を受けているだけに、眠る前の大樹同様に安堵とウキウキした気分を抱えて登校してきたのだろう。
「今度は母親」
口を開けば言葉ではなく心臓が飛び出てしまいそうな大樹に代わって、清春が楓に答えた。
「本当……の話なんだよね」
「からかうような人間じゃない」
うん、と楓が頷く。会話回数が極端に増えたのは最近だが、付き合い自体でいったら清春よりも楓の方が長い。どういう人となりかを理解してもらえているみたいで嬉しくなる。
「じゃあ、まだ愛美ちゃんの窮地は去っていないのよね」
困り顔ですら魅力的だが、だらしなく頬を緩めている暇はない。
「話し合いでなんとかできればいいんだけどな……」
「母親に会いに行くのか」
「それしかないだろ。すでに一度、愛美のお祖母さんには頼ってるしな」
「知ってるのか?」
無言で大樹は首を左右に振る。清春はため息をつき、愛美と友人でもある楓を見た。
「顔は知らないけれど、デレコでパートをしているとは聞いているわ」
デレコはよく利用する例の大型スーパーの名称であり、高校の生徒も何人かアルバイトしているはずだ。
「売り場はわかる?」
大樹が尋ねると、楓は人差し指を下唇に当てるポーズで考え込み、確か食品売場だったと思うと教えてくれた。
「学校が終わったら行ってみるさ」
「俺も」
「いや、ぞろぞろと行ってもプレッシャーを与えるだけだろう。俺一人でいいよ」
「心配」
清春の言葉に、いつになく力強い頷きで追随する楓。万が一にもクラスメートを死なせたくないからだろうが、二人の想いに感謝する。
「少し話をするだけだし、大丈夫だって。いかがわしい店に乗り込む時は相談するからさ」
明るく言って席に戻る。それを待っていたかのようにホームルームの開始を告げるチャイムが鳴った。
夜でも極端に賑やかさを増したりはしない東通りの一画。いつ崩れてもおかしくない雑居ビルには、普段よりもずっと人が集まっている。
大半はどこぞの店の関係者らしく、同じ服装だ。とりわけオールバックの丸眼鏡は鬼の形相で屋上のへりに立つ少女を怒鳴りつける。
「てめえが働いて母親の借金を返すって言ったんだろうが! 客からちょっと変態な要求されたくらいでショック受けてんじゃねえよ!」
ガツンとハンマーで頭を殴られたような衝撃を受けた。こちらを見ていた少女の双眸は悲しみを吸って大きくなり、絶望の滴を一つまた一つと無機質な床へ落とした。
「ごめんね……あたし、汚れちゃった……」
瑞原愛美は消え入りそうな声でそれだけ言うと、早くそちらへ行きたいとばかりに、深い闇に呑み込まれた夜の町を見下ろした。
……待ってくれ。
のろのろと腕が伸びる。しかし声は出ない。足が震えて動かない。
自らを叱咤する言葉すら浮かんでこない。ただただ子供のように、嫌だという文字だけが狂ったように大樹の体内で踊り回る。
「――待つんだ、愛美!」
何もできない大樹の代わりに少女の名前を呼んだのは、屋上へ着いたばかりの彼女の父親だった。髪の毛も息も乱れているが、すぐにでも人生を終わらせようとしている愛娘を前に目を充血させる。
「お父さんが悪かった。お母さんがあんな風になってしまったのも私が原因だ。十年以上もちっぽけなプライドを守ろうとして、現状を受け入れられなかったんだ」
号泣する男の懸命な呼びかけに、少女も嗚咽を漏らす。「お父さん……!」
「お願いだ、死なないでくれっ。お父さんにやり直すチャンスをくれっ!」
何よりも家族を大切に想う女性だからこそ、心が動いたみたいだった。それを目ざとく察知した丸眼鏡が、父親にもっと続けろと指示を出す。
「あんな上玉はなかなかいねえんだ。もっと稼いでもらわねえとな」
夜の屋上はことの外、人の話し声がよく響いた。
「あんな思いはもういやァ!」少女が泣き叫ぶ。「お母さんのためにって思ったけど、やっぱりだめ……許して……」
「全部、お父さんのせいだ。もうそんな仕事はしなくていいっ!」
父親に対して、ふざけるなと怒りを爆発させたのは丸眼鏡だ。胸倉を掴み、頭突きを一発食らわせたあとで鬼か悪魔のごとき形相で睨みつける。
「こっちは前金で払ってんだ。きっちり働いてもらわねえと割が合わねえんだよ!」
「ひいっ!」
殴られ、蹴られ、怯えた父親へここぞとばかりに男が凄む。
「わかったらさっさと娘を説得しろ。なあに、辛いのは今だけだ。三日もすれば慣れる」
項垂れて丸眼鏡の言う通りにするかと思われたが、父親は血が出そうなほどに歯を食いしばって、逆に頭突きをやり返した。
「お断りだ! 一人ぼっちで生活して、初めて家族のありがたさがわかったんだ。こんなに落ちぶれて、周りから人がいなくなっても、妻と娘はそばにいてくれた。私はもっと早く、二人のありがたさに気がつかなければいけなかったんだ!」
「てめえ、よくもやりやがったな。借金に慰謝料もプラスだ、この野郎」
おもいきり殴りつけられ、薄汚れた屋上の床とキスをさせられても、愛美の父親はすぐに顔を上げる。
贖罪と愛情の視線を娘に注ぎ、次いで臆さずに丸眼鏡へぶつけた。
「幾らでも足せばいい。少しずつでも必ず返してみせる!」
売り言葉に買い言葉ではなく、本心からに思えた。弱く流されやすい人間という印象があっただけに、大樹も驚いた。
けれど丸眼鏡は応じるどころか、残忍そうな笑みを浮かべる。
「てめえの稼ぎじゃ利息も満足に払えねえだろうが。娘だけじゃねえ、飲み屋の男に狂った女房も一緒に客を取ってもらうぜ! 美人でも歳がいってるから、マニアックな内容ばかりになっちまうだろうがな!」
何がそんなに面白いのか、高笑いする丸眼鏡。借金をしたのは男の自業自得だろうが、このやり方はあまりに酷すぎる。大樹は憤りを覚えたが、人生を終わらせようとしている少女は悲しみに暮れた。
「お母さんもだなんて、あたし、耐えられないよ……」
「心配するな、愛美。お父さんがなんとかする。マグロ船でもなんでも乗ってやる!」
またしても響くのは丸眼鏡の笑い声。慈悲も容赦もなく愛美の父親に冷酷な現実を告げる。
「もう遅いんだよ。債権が俺に売られる前ならともかくな。払った分は稼いでもらう。当たり前の話だ。さっさと客のところに戻れ、この売女が!」
屈辱的な二文字に、愛美の肩から力が抜ける。その通りだという諦念、絶望が晴れることのない闇となって少女を覆う。
「……ねえ、お父さん。あたしの生命保険ってどうなってるのかな……」
「なっ! や、やめるんだ、愛美っ!」
「それで借金、返せないかな。あたし、汚れちゃったし、生きてるのがもう辛いんだ……」
「それでも! それでも生きててくれ! 頼む、お願いだ!」
土下座するような体勢で懇願し、娘に手を伸ばす父親。されと距離の壁は無慈悲に横たわり、何も掴めぬまま、拭いきれない後悔の嗚咽を漏らす。
「おお……あああ――っ!」
屋上のへりにはもう何もない。
夜空に舞い上がる悔恨を嘲笑うように、地面から決して聞きたくない音が聞こえてきた。
※
目を開けた大樹は二度、三度と頭を振る。意識が覚醒し、先ほどまでの光景を夢だと知る。
決して慣れてはいないのは、苦しいほど荒くなった呼吸が証明している。ドンドンと叩くような鼓動を鎮めるために胸に手を置く。肩に力が入っているのに気づき、大きく深呼吸をしてリラックスを心掛ける。
「今度は母親かよ……」
祖母に介入してもらって解決したかと思いきや、新たな問題に直面する。家庭環境といってしまえばそれまでだが、どうにも愛美は不幸体質なのではないかと思えてくる。
「飲み屋の男とか言ってたな。どうなってんだ……」
精神的な疲労からため息ばかりが零れる。隠してはいるが、父親とは別に多額の借金をしているのだろう。それが例の丸眼鏡の手に渡って悲惨な結末を辿る。
「愛美には話せないよな。学校で清春に相談してみるか」
昼休みまで待てず、登校するなり大樹は教室の隅で窓からグラウンドを眺めながら、小声で親友へ夢の内容をそのまま伝えた。
「メールを貰って安心していた」
「俺もだよ。土下座までして愛美のお祖母さんに助けてもらったってのに」
窓枠を誰にも見えないように叩く。交通事故の時と同じだ。問題解決の一手を打っても、まるで運命は変えられないとばかりに死が愛美にまとわりつく。
こうまで執拗だと、さすがの大樹もどうすればいいんだと自棄になってしまいそうだった。
「単なる正夢や予知夢ではないのかもしれない」
「……どういうことだ?」大樹は聞いた。
「解決が甘いという警告」
雷に打たれたみたいな衝撃が全身に走る。
「まさか、救わせるために夢を見せてるっていうのか」
「例の人形が守り神様みたいなものだとすればありえる話」
ゲームじゃあるまいしという言葉を、生唾と一緒に大樹は飲み込む。
今日までの出来事すべてが、ドラマやらになっていてもおかしくない展開ばかりなのだ。通常なら笑ってしまうような意見であっても、真面目に考える必要がある。
「大樹の夢にはヒントが多すぎる。事故の時も」
冷静さを欠いているはずの場面でも、運送トラックの社名や運転手の顔をはっきり覚えていた。
景色も鮮明で、起きても色褪せずに記憶に残っている。だからこそ呪いみたいだとも思ったが、救うための情報を与えているとすれば辻褄もあう。
「……本当にそう思うか?」
清春は頷き、困ったように口元を歪める。
「問題はゲームではなく現実なこと」
台詞に込められた意図は痛いほどによくわかる。ゲームと違って簡単にコンティニューとはいかない。対応を間違えてその時が来てしまえば、泣き喚こうとも後戻りできないのだ。
「ゲームだと突っ走れても、現実だと色々な制約があるのも辛いところか」
「その分だけ協力も得られる」
「……だな。頼りにしてるぜ、親友」
隣で景色を見ている清春の肩を叩いていると、ふと誰かの気配を感じた。振り向くより先に、丁度真ん中あたりにひょっこりと小さな顔が突き出された。
「二人して、また何か相談事? 私も仲間に入れてほしいな」
楓の可愛らしい耳を境目に流れ落ちる茶色の長髪から漂う、高級な花みたいな甘く気品のある香りが鼻腔をくすぐる。無意識に鼻を近づけてにおいを嗅ぎそうになっているのに気づき、慌てて顔を背ける。
緊張と興奮で赤面する大樹とは対照的に、美しい少女の顔を間近で見ても、清春はろくに表情を変えていなかった。
「大樹がまた例の夢を見た」
「え? だって昨日……え? まさか、解決していなかったの?」
困惑が楓の表情に宿る。昨夜に愛美から電話で報告を受けているだけに、眠る前の大樹同様に安堵とウキウキした気分を抱えて登校してきたのだろう。
「今度は母親」
口を開けば言葉ではなく心臓が飛び出てしまいそうな大樹に代わって、清春が楓に答えた。
「本当……の話なんだよね」
「からかうような人間じゃない」
うん、と楓が頷く。会話回数が極端に増えたのは最近だが、付き合い自体でいったら清春よりも楓の方が長い。どういう人となりかを理解してもらえているみたいで嬉しくなる。
「じゃあ、まだ愛美ちゃんの窮地は去っていないのよね」
困り顔ですら魅力的だが、だらしなく頬を緩めている暇はない。
「話し合いでなんとかできればいいんだけどな……」
「母親に会いに行くのか」
「それしかないだろ。すでに一度、愛美のお祖母さんには頼ってるしな」
「知ってるのか?」
無言で大樹は首を左右に振る。清春はため息をつき、愛美と友人でもある楓を見た。
「顔は知らないけれど、デレコでパートをしているとは聞いているわ」
デレコはよく利用する例の大型スーパーの名称であり、高校の生徒も何人かアルバイトしているはずだ。
「売り場はわかる?」
大樹が尋ねると、楓は人差し指を下唇に当てるポーズで考え込み、確か食品売場だったと思うと教えてくれた。
「学校が終わったら行ってみるさ」
「俺も」
「いや、ぞろぞろと行ってもプレッシャーを与えるだけだろう。俺一人でいいよ」
「心配」
清春の言葉に、いつになく力強い頷きで追随する楓。万が一にもクラスメートを死なせたくないからだろうが、二人の想いに感謝する。
「少し話をするだけだし、大丈夫だって。いかがわしい店に乗り込む時は相談するからさ」
明るく言って席に戻る。それを待っていたかのようにホームルームの開始を告げるチャイムが鳴った。
0
あなたにおすすめの小説
美人生徒会長は、俺の料理の虜です!~二人きりで過ごす美味しい時間~
root-M
青春
高校一年生の三ツ瀬豪は、入学早々ぼっちになってしまい、昼休みは空き教室で一人寂しく弁当を食べる日々を過ごしていた。
そんなある日、豪の前に目を見張るほどの美人生徒が現れる。彼女は、生徒会長の巴あきら。豪のぼっちを察したあきらは、「一緒に昼食を食べよう」と豪を生徒会室へ誘う。
すると、あきらは豪の手作り弁当に強い興味を示し、卵焼きを食べたことで豪の料理にハマってしまう。一方の豪も、自分の料理を絶賛してもらえたことが嬉しくて仕方ない。
それから二人は、毎日生徒会室でお昼ご飯を食べながら、互いのことを語り合い、ゆっくり親交を深めていく。家庭の味に飢えているあきらは、豪の作るおかずを実に幸せそうに食べてくれるのだった。
やがて、あきらの要求はどんどん過激(?)になっていく。「わたしにもお弁当を作って欲しい」「お弁当以外の料理も食べてみたい」「ゴウくんのおうちに行ってもいい?」
美人生徒会長の頼み、断れるわけがない!
でも、この生徒会、なにかちょっとおかしいような……。
※時代設定は2018年頃。お米も卵も今よりずっと安価です。
※他のサイトにも投稿しています。
イラスト:siroma様
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
**俺、東大院生の実験対象にされてた。**同居している美人家庭教師のやばい秘密
まさき
青春
俺は今、東大院生の実験対象になっている。
ある雨の夜、アパートの前にずぶ濡れの美女が立っていた。
「家庭教師です。住まわせてください」
突然すぎる申し出に困惑しながらも、なぜか断れなかった。
桐島咲楽、東大大学院生。成績は天才、料理は壊滅的、距離感はおかしい。毎日転ぶ、焦がす、なぜか距離が近い。そのくせ授業は鬼のように丁寧で、俺のことを誰よりもよく見ていた。
偏差値42だった俺の成績は、気づけば上がっていた。でも、それより気になることがある。
咲楽さんが、研究ノートに何かを書いている。「被験者」という文字が、見えた気がした。
距離が近いのは、データのためか。褒めてくれるのは、実験のためか。でも、あの顔は。あの声は。
「データじゃなくて、私がそう思っています」
嘘をついているような顔じゃなかった。
偏差値42の俺に、東大院生の美女が押しかけてきた。ドタバタな毎日の中で、俺の心臓が休まる暇がない。これはドキドキなのか、心配なのか。それとも、もう恋なのか。
不器用な天才と、鈍感な高校生の、やばい同居生活。
(学園 + アイドル ÷ 未成年)× オッサン ≠ いちゃらぶ生活
まみ夜
キャラ文芸
年の差ラブコメ X 学園モノ X オッサン頭脳
様々な分野の専門家、様々な年齢を集め、それぞれ一芸をもっている学生が講師も務めて教え合う教育特区の学園へ出向した五十歳オッサンが、十七歳現役アイドルと同級生に。
子役出身の女優、芸能事務所社長、元セクシー女優なども登場し、学園の日常はハーレム展開?
第二巻は、ホラー風味です。
【ご注意ください】
※物語のキーワードとして、摂食障害が出てきます
※ヒロインの少女には、ストーカー気質があります
※主人公はいい年してるくせに、ぐちぐち悩みます
第二巻「夏は、夜」の改定版が完結いたしました。
この後、第三巻へ続くかはわかりませんが、万が一開始したときのために、「お気に入り」登録すると忘れたころに始まって、通知が意外とウザいと思われます。
表紙イラストはAI作成です。
(セミロング女性アイドルが彼氏の腕を抱く 茶色ブレザー制服 アニメ)
題名が「(同級生+アイドル÷未成年)×オッサン≠いちゃらぶ」から変更されております
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる