悪役令嬢がガチで怖すぎる

砂原雑音

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 放課後、アンナと二人で図書室に向かった。自習用の小さな部屋があり、調べものやテスト勉強などで借りられる。アンナの家から迎えの馬車が来るまで少し時間があるとのことで、ふたりで課題をしようということになったのだ。

 しかし机に向かい合いノートと教科書を開いているものの、話題は昼休みの出来事になってしまう。



「まさか王太子殿下がベルを尋ねて教室にくるなんて……」

「わたしもびっくり。直接来るとか」



 アンナがくすくすと笑いながら、ベルの顔を覗き込んでくる。



「どっと疲れた……」

「ふふ。ベル、大丈夫?」

「大丈夫じゃない……アンナがちょっと嬉しそうなのが複雑」

「えっ、だって、王太子殿下と最後に少しだけ話せてうれしかったんだもの。緊張して『はい』しか言えなかったけど!」



 クリストファーは予鈴が鳴った後、自分のクラスに戻って行ったけれど、帰り際にベルの横にいたアンナにもきちんと声をかけていた。



『じゃあ、午後の授業頑張って。君はリンドル嬢の友達かな? 足止めして悪かったね』



 それまで黙ってベルの横で立っていたアンナの顔は、瞬く間に真っ赤になった。かろうじて『は、はい……っ』と答えた声も擦れて震え、横で見ていたベルもぎょっとするほど乙女の表情をしていた。

 例にもれず、アンナにとっても『王太子殿下』といえば憧れの対象らしい。うっすらと頬を染める可憐な美少女はベルから見てもとても可愛いが、若干浮かれて見える。

 アンナは目立たないけれど、前世の日本人感覚で判断すれば間違いなく美少女だ。肌は陶器のように白く滑らかで、円らな目はびっしりと長い睫毛に縁どられている。もっとも、貴族令嬢は基本的に容姿を美しく保つことがひとつの義務でもあるので、ベルの目には須らく美しく見える。結婚市場で容姿は一番わかりやすい武器だからだ。



(こんなに可愛らしいのに優秀で、確か嫡子……お婿さん、選び放題だろうなあ)



 ふと気になって、ベルはアンナに質問した。



「そういえば、アンナは婚約者はいるの?」



 すると、アンナの表情が急に強張る。



「何? どうしたの?」

「あ、うん。なんでもない……いるわ。ひとつ年下で伯爵家の三男なの。来年には、ここに入学する予定よ」



 すぐに表情を立て直したのはさすが貴族令嬢だが、先ほどの一瞬で何かあることはベルにもわかってしまった。



「あんまり、気が乗らない相手なの?」

「んー……政略だし。相手がわたしのことを気に入らないんじゃないかしら」

「ええ? アンナを? どうして?」



 驚いて目を瞠る。彼女を改めて見ても、気に入らない要素がベルにはまったくわからない。



「こんなに可愛いのに? 特別クラスに入ったってだけで優秀さも約束されてるのに?」

「ふふ。ありがとう。それはベルだって同じでしょ?」



 もちろん、優秀さは文官を目指す上で必ず必要なことなので、謙遜もしないしこれからも磨いていくつもりではあるが、アンナは違う。



「アンナは嫡子でしょ? 領地もあって、美人で優秀。貴族の嫡男以外の男性から見れば、喉から手が出るほど欲しいはずじゃない?」



 次男、三男にまで継がせる爵位を持っている家は限られる。そうなると、成人後も貴族社会に身を置きたければ婿入りできる家を探すほかないのだ。もしくは、王家から叙爵されるという方法もある。しかしそれには相当な功績を上げなければならない。身を立てるには騎士になるのが手っ取り早いと言われているが、今は戦争もなく内政も穏やかだ。騎士の活躍の場がないのは良いことだが、目立つ功績を上げる機会も少ないということになる。



 つまりそんな世の中で、爵位持ちの貴族令嬢は引く手数多だということだ。婚約者を大切に扱うべきなのは人として当然だが、それを抜きにしても大事にされる理由がある。



(それなのに?)



 ベルが納得いかずに首を傾げていると、アンナがふっと気が抜けたようなため息を吐き、家でのことを話し始めた。



「……実はね。わたしには、すごく可愛い妹がいるの。それで……」









「……何よそれ!」



 アンナの事情を聞いて、ベルは思わず声を荒らげてしまい慌てて口元を押さえた。個室といっても、余りに大きな声を出せば外に漏れないとも限らない。



「仕方ないのよ、もう諦めてるの」



 アンナは微笑んでいるが、その目には諦観の色が滲んでいる。だが、ベルは本当に諦めていて良いのだろうかと心配になる。

 アンナの婚約者は、アンナの妹をとても可愛がってくれるらしい。義妹になるのだからという理由で、アンナも最初は納得していたという。だが、余りにも度が過ぎていないかと一度苦言を呈したら、声を荒らげて罵倒された。



『お前が、可憐な妹に嫉妬して意地悪ばかりしているというのは本当のことだったんだな!』



 妹との距離が近すぎないかと言っただけなのに、なぜか妹を虐めているという話になった。

 なぜ、妹に優しくできないのか。可憐な妹と比べられて嫉妬しているのだろう。

 そう決めつけられて、アンナは言葉を失った。しかも、その言い合いで騒ぎになり、駆け付けてきた両親も妹と婚約者の味方になったのだという。





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