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1巻
1-3
「社長の好みのタイプじゃないから、私を秘書に選んだって言ったじゃないですか!」
食指が動きそうにない、という言葉は生々しくて使えなかった。やけくそのようにそう言って、悠梨は砥上を睨みつける。
本当にこの人は酷いし無神経だし、もうなぜ好きになったのか、悠梨は自分でもよくわからなくなってしまった。
砥上は驚いたように目を見開いたあと、不思議そうに首を傾げる。
「俺の好みのタイプだけがいい女の条件ではないと思うが」
タイプじゃないけど、いい女だとは思ってくれているらしい。それなら少し嬉しいような……でも、好きな男が砥上なのだから結局希望はない。
喜んでいいのか悪いのか。
「どんな男だ? 会社の人間なら」
「普通の人です、ごく普通の! お願いですから、仲を取り持とうとか言い出さないでくださいね!」
もうしつこい。どうしてこんなに食いついてくるのか。
泣きそうになりながらも砥上の追及をスルーして、カクテルに手を伸ばす。ちびちび飲んでいるうちに少し温くなってしまった。
「しかし放ってはおけないだろう。可愛い部下の相手になる男なら……」
あなたは私の恋愛を管理するつもりですか、自分の起きる時間も管理できないのに⁉
「放っておいてくださって結構です、かまう方がおかしいですから!」
「真面目な朝羽のことだ、変な男を相手にはしないと思うが……」
砥上はどうやら本当に心配しているようだが、『あなたのことです』と今すぐ目の前の男を指さしてやりたい。
うっかり涙目になってしまうぎりぎりで、唇を噛みしめた。ふたたび強く睨みつけると、一瞬砥上が目を見張る。
その表情を不思議に思ったが、それよりも今は羞恥心と滲み始める涙を堪えることの方が忙しかった。
「相手は普通の人ですが! 選ぶ女性が社長の好みと似通っているので、私では望みがないんです!」
だからもう、この話はおしまいにしてください!
そう目に込めていたのだが、砥上の表情は時間が止まったように動かなかった。こくりと息を呑んだ気配さえする。
「社長?」
首を傾げると、今気が付いたように表情が動いた。
「ああ、いや。ついむきになってしまった。朝羽にまさか好きな男がいるなんて想像すらしてなくて」
「酷いですからね、それ」
悠梨に迫ってきていた上半身がようやく離れ、ほっとする。またソファの背にもたれた砥上は、もういつもの表情に戻っていた。
それにしても、そんなにも男っ気がないと思われていたのだろうか。間違ってないがあきらかにそう見えるのだろうか。だとすればショックだが、よくよく考えなくてもすべて砥上のせいなのだ。
身近にいる砥上が、極上すぎるから。さっさと諦めて他の恋をしようにも、仕事が忙しすぎてそんな時間もまったくない。
「私だって諦めてさっさと婚活でもしたいですよ」
元凶にいいようにからかわれ、すっかり拗ねてしまった悠梨はつっけんどんに言い放つ。すると砥上は意外そうに目を見開いた。
「諦める? 何もしないうちから?」
「だって無理ですし」
「わからないだろう。似通っているといっても所詮見た目のことじゃないのか?」
「えー……っと、はい、まあ」
返事のしにくい質問をされて、言葉を濁す。
砥上の過去の女性のことなので、似通っているも何もないのだが。
これまで見たことのある砥上の元恋人たちは、外見や醸し出す雰囲気に共通点がある。しっとりと濃密な色気の漂う、洗練された女性。髪は長い人が多い。
「外見のイメージは似せていくことはできるだろう」
「いや、そんな、無理ですって」
「外見なんてとっかかりだ。ようはきっかけがそれでつかめれば、後は内面だろう。そこからは朝羽次第だろうが」
反論する言葉が出ない。なかなかいいことを言ってくれる……と思ったが、その女性をたくさん振ってきた砥上自身が言っているところが微妙だ。
彼は悠梨から少し距離を取るようにひじ掛けに凭れかかり、悠梨の顔から足元まで視線を巡らせる。案外、真剣な目で。
「まあ、確かに背の高さはヒールで多少誤魔化すしかないが」
言われなくても知っている。社長の好みは長身美女、自分は平均より低い。
「あんまり高いヒールなんて仕事にならないので履きませんよ」
「ああ、それもそうか。いや、肩が華奢だし全体がほっそりしているからか、実際の身長よりは高く見える。別に悪くない」
砥上の視線に晒されて、じわじわと汗が滲み始めた。
――どうして、こうなった。なぜ今、砥上の基準で女としての判定を受けているのだろう。しかも架空の好きな男のために。
「雰囲気がどうにも幼いのが難点か」
「余計なお世話ですっ! もうやめてくださいいぃぃ」
社長の馬鹿。意地悪、無神経。女たらし!
頭の中で思いつく限りの悪態を並べて、ちびちび飲むはずだったカクテルをまた一気に飲んでしまった。
その後、何かと会話の隙をついては悠梨の好きな男のことについて聞きたがるのを全部無視して、ようやくバーを出ることになった。
そこでなぜか、砥上がいつもとは違う行動に出る。
タクシーで帰るだけなのに、家に着くまで同乗して送ると言い出したのだ。仕事で遅くなっても、会食で酒が入っているときでも今までこんなことはなかった。
危ないからタクシーで、と言うだけだったのに。
「本当に大丈夫ですから」
「いいから。ほら」
タクシーに乗り込む際、うしろの腰の辺りに大きな手が添えられ、まるでエスコートでもされているようだった。
――何か、いつもと扱いが違う。
訝しく思いながらも、促されるままタクシーに乗る。砥上も後に続いた。本当に家まで送るつもりらしい。
もうタクシーは走り出してしまったのだから、仕方がない。腕時計を見ると、もう十一時になろうとしていた。
バーで、話しすぎてしまった。
少しでも休んでいただいて、明日も元気に働いてもらう、それが悠梨の最優先事項だ。なのに秘書をからかって遊ぶという無意味な時間を持たせてしまうとは。
思わず深々とついたため息を砥上が拾った。
「疲れたか?」
「疲れているのは社長です。少しでも休んでいただきたかったのに」
「朝羽はそればかりだな」
砥上は呆れたような笑い声をあげた。
「それが私の仕事です。社長は大事なお身体なんですからね」
もちろん、そればかりではないが。大抵のことにおいて優秀な彼は、特に人の助けを必要とすることがない。だから寝起きのサポートと睡眠不足をなくすことが最重要なのだ。事業で大事な局面を、彼は人に任せることをしないから。
いざというときに、彼が身体の心配をすることなく仕事に赴けるように。本当なら、健康管理もしたいところだが、ただの秘書がそんなことをすればその時々の恋人がきっといい顔をしないだろう。
時間にして十五分ほど走ったところで、タクシーが止まった。悠梨の住むマンションの、すぐ目の前だった。
秘書になって、少しでも会社に近い場所にと思い、引っ越したのがこのマンションだ。十階建てのマンションはまだ築浅で外観も内装も小ぎれいで住みやすい。土地価格が高い地域なので、単身者用の1LDKだが家賃も結構高い。基本給が上がったのでどうにか払えている。
タクシーの運転手に待つように言い、砥上が先に降りた。続いて悠梨が降りようとすると、ふいに目の前に砥上の手が差し出された。
「え……?」
驚いて顔を上げると、目の前に腰を屈めた砥上がいる。
「あ、あの……」
「ほら、早く」
外灯に照らされる怖いほどに整った微笑みは、夜空に輝く月のように見えた。圧倒されて素直にその手に自分の手を重ねてしまう。
「あ、ありがとうございます」
手を引かれてタクシーを降り立ったその後も、手はなぜか離れなかった。
「あの、今日はすみません。送っていただいてしまって」
もう三年も一緒に働いて、傍にいることには慣れているはずなのに。今は彼をどうしても直視できず、俯いて視界から外した。
触れている手が汗ばんできて、恥ずかしい。けれど自分からその手を引っ込めることもできず、困っていた。
「今夜は飲ませ過ぎてしまったが、大丈夫か?」
「平気ですよ。明日もちゃんと起こしに伺います。寝坊して遅れるなんて無様なことは致しません」
すました声でそう言うと、悠梨の頭上でふっと息が零れるような音がした。笑ったのだ、とつい何気なく顔を上げた、そのときだった。
「感謝しているよ、毎朝」
きゅっと指先に力が込められた。自分の手が持ち上がり、変わらず微笑を浮かべたままの砥上の口元に寄せられるのを見る。
「ありがとう。君がいなければ俺は朝も起きられず、会社はとっくに傾いているかもしれない」
そう嘯きながら、悠梨の指先に砥上の唇が触れた。触れた瞬間、わずかに砥上の唇が動いて悠梨の指先を擽っていた。
まるで、映画のワンシーンのようだ。悠梨は、声を出すこともできなかった。
指先へのキスの間、閉じられた彼の瞼を縁取る睫毛を見つめていた。すると不意に開いて視線が絡み、悠梨は息を呑む。
「いつも俺のことばかりだが、君もちゃんと休みなさい」
その言葉と同時に、頬に温かな手が触れて肩が跳ねた。親指がついと目の下を撫でる。それが砥上のもう片方の手だと気付いたときには、すぐに離れていってしまった。
「じゃあ、おやすみ」
捕まっていた手も解放されて、砥上はふたたびタクシーへ乗り込んだ。
お疲れ様でした、と頭を下げて見送らなければいけないところだ。けれど悠梨はぽうっとしたままどうすることもできず、我に返ったのはタクシーのテールランプが見えなくなってからだった。息を詰めていたことにも今気が付いて、大きく息を吸う。
「なっ……な……」
――一体、何が、起こったの……!
第二章 手の口づけは、始まりの合図
アルコールに多少酔っていたのもあって、余計なことを言ってしまったという自覚は十分にある。
しかし、ちょっと好きな男がいると口を滑らせただけで、あんなに食いついてくるとは思わないではないか。質問攻めにあって辛くなって、だからあんなことを言ってしまったのだが。
『好きな男と砥上の、女性のタイプが似ている』
……本当に、くだらないことを言ってしまった。
「朝羽は、どうしていつもパンツスーツなんだ?」
砥上の執務室は二部屋続きだ。入口側の部屋に悠梨専用のデスクがあり、ここを通らなければ奥の砥上のいる部屋には行けないようになっている。
裁可の済んだ書類を受け取り、自分のデスクに戻ろうと会釈したときだった。突然そんなことを言われて、頭を下げた状態のまま眉を寄せた。
……パンツスーツでは、何かまずかった? けれど今日は特別な業務もない。午後からも服装を特定するような会食やパーティがあるわけでもないし。
「動きやすいですし。この方が好きなんですが……何か問題でしょうか」
何か理由があるのかもしれない。そう思い、顔を上げて尋ねたが返事はやっぱり仕事には無関係だった。
「朝羽はスカートが似合うと思う」
意味がわからない。
「何を言っているんですか、突然……仕事に戻ります」
仕事が忙しすぎて、集中力がなくなっているのだろうか。息抜きする時間を、どこかで取っていただく方がいいかもしれない。
そう考えながら背を向けて、元の部屋に戻る寸前、また声をかけられた。
「スカートの方が好きなんだ」
「それに合わせろというならセクハラです。労務に相談しますよ」
呆れて振り向くと、砥上は意味ありげに笑っているだけだった。
一体、どういうつもりだろう。
自分のデスクの前まで来て、そこではたと昨夜のことを思い出した。
「……まさか。自分の好みを私に教えようとしているの?」
馬鹿にしている。
腹立ちまぎれに勢いよく書類をデスクの上に載せ、椅子に腰を落ち着けると仕事を再開する。
砥上は元々人を楽しそうにからかうことはある。昨夜の別れ際の、指先のキスなどまさにそうだろう。が、こんなにしつこいことはない。
「そんなに、私に好きな人がいることが印象強かったのかな」
昨日の話など、一晩たったら忘れていると思っていた。
※※※
その内仕事の忙しさに紛れて忘れるだろう。そう思っていたのに、その予想は外れた。
基本は、いつもの砥上だ。業務を悠梨が組んだスケジュール通りに淡々とそつなくこなす。だが、一日の業務をほぼ終えたときだった。
「社長、もうじきホテル東都グランデの高柳様が来られる予定ですが」
「ああ、ここで少し話を詰めて、その後は出かける」
「でしたら、それまで待機しております」
高柳は、砥上の個人的な友人でもある。仕事の話が終われば、ふたりで飲みにでも行くのだろう。いつものことだ。
お茶の用意をして、ふたりがここを出るまでを見送れば、悠梨は退社という流れか。
「食事に出られるのでしたら、どこか押さえておきますが」
多分そうなるだろうなと、砥上の名前を出せばすぐに予約できる店をいくつかピックアップしてある。
「……そうだな。朝羽は、今日は? 夜は予定があるのか」
「はい? いえ、帰るだけですが」
なぜそんなことを? という疑問は、すぐに晴れた。
「では三席、予約を頼む」と、砥上が言ったからだ。
「……え。私も同行ですか?」
「用はないんだろう。別に接待しろとは言わない」
「そんなわけにはいかないですよ、高柳様に失礼じゃないですか」
「構わない、気にするような男じゃないしな。朝羽は食事だけして先に帰ればいい。後は勝手にする」
正直言うと、昨日の夜は遅かったのだから今日は早く帰りたい。
しかし本当に、隣で食事するだけでいいと言うのなら。いや、ここは社交辞令と受け取って辞退するのが好ましい、けれど。
「店も、朝羽の好きなところでいい」
ここで、ぴくっと悠梨は反応してしまった。
「……本当に? いいんですか?」
「ああ」
「食べたら帰りますよ? 失礼のないようにタイミングは見ますが」
「それでいい」
悠梨の心が揺れたのを察して、砥上がにやりと笑う。なぜ急に誘ってきたのか悠梨にはわからないが、美味しい食事だけ食べて帰れるならラッキーだ。
砥上が使う店は、どの店も超一級品の味だ。緊張する会食などでなく純粋に食事を楽しめるのは嬉しい。
「じゃ、銀座の鴬月にします」
「ははっ、遠慮がないな」
「あの店なら間違いないじゃないですか。高柳様のお好みとも合いますし、私も大好きです」
「ああ、そこでいい」
スマートフォンのアドレス帳で店の電話番号を探していると、視界が少しだけ陰る。そういえば、今の砥上の声はすぐ近くのように聞こえた。
手元から顔を上げる。すると、すぐ傍に彼は立っていた。
「社長?」
距離が近いことは、特別珍しいことではない。三年も秘書をしていれば、日常の中で肩や腕が触れたり、資料を覗き込むのに顔を近づけたりすることもある。
だけどこの距離感は『おかしい』と感じた。いつもと違う。砥上の目は、真直ぐに悠梨の目を見おろしていた。近すぎて、背の高い彼を大きく首を動かして見上げる。
「あの?」
なぜか昨夜の、指先へのキスを思い出した。平静を装おうとしたが、上手くいかない。頬が少し強張っていた。
砥上の手が上がり、悠梨の髪の先に触れた。ミディアムロングのサイドの髪を、ハーフアップに結んである。耳のうしろから鎖骨へと垂らされた髪を一房、くるりと指に引っ掛けた。
「髪は、アップにまとめている方が好きかもしれない」
「え……あ、すみません、見苦しいでしょうか」
清潔感があるように髪型には気を使っているつもりだったが、まとめた方が秘書としての印象がよいのだろうか。
「いや。悪くはないが、結い上げるのも似合いそうだということだ」
また、砥上の『好み』だ。
かあっと身体が熱くなる。これほど近ければ当然砥上にもわかるだろう、目に見えて顔が赤くなるのが。
「もう! 朝といい、いいかげんからかうのはやめてください。昨夜は酔って要らないことを話してしまい、すみませんでした!」
くるりと背を向けると、砥上の指から髪はすり抜ける。そのまま砥上の方を見ることなく、悠梨は執務室から逃げ出した。
「もう! もう! こんなにからかわれるなら、対象外のままでいいんだけど! ほんっとうに余計なこと言うんじゃなかった!」
羞恥心が限界突破して、怒りに到達した。まだ顔の火照りがおさまらないまま、役員フロアの廊下を早足で歩き、エレベーターまでたどり着くと、びしびしびしと下行きのボタンを押した。計三回。何度押しても早く来ることはないが、苛立ち紛れの行動だ。
それで少しだけ気が済んで、深呼吸をしてエレベーターが来るのを待つ。もうじき、高柳の来社に合わせてロビーまで迎えに降りるつもりだった。勢いに任せて出てきたので、少し早いかもしれないが、顔の熱を冷ますのにはちょうどよいだろう。
それにしても、砥上は一体自分をどうしたいのだ。恋を諦めようとしている悠梨に同情して、自分の好みを悠梨に教えようとしているのだろうか。
多分、間違いない。当たらずとも遠からずだろう。
勘弁してほしい。同情されたいわけではない。そんなことをするくらいなら、とっとと結婚してほしい、切実に。
そうしたらきっと諦めもついて、自分は次に好きな人が現れるまで仕事に専念できるのに。
深々とため息が出たところで、エレベーターが到着した。
ホテル東都グランデは、超一流ホテルである。日本だけでなく世界中の観光地や主要都市にあり、五つ星を掲げている。日本でとりわけ高い評価を受けているのは、レストランフロアだった。和食、洋食、中華、どのレストランも三つ星を得ている。
悠梨も、人生で一度は泊まってみたいホテルだ。
高柳は、そのホテル東都グランデの総支配人を務めている。砥上と同年の三十二歳。その若さで総支配人を務めているのは、ホテル東都グランデの経営会社の御曹司だからだ。
イケメンだが、砥上よりはいくらか愛嬌のある顔立ちをしている。そう見えるのは、柔らかそうな髪質と髪色と少々軽薄な口調のせいだろうか。
ロビーに降りて、化粧室で顔の火照りをどうにか収めてから、鴬月に連絡して個室を押さえた。
その後、高柳の到着をエレベーター近くで待機する。時間を少し過ぎたところで、高柳がロビー前の受付を通過してくるのが見えた。すぐさま、上行きのボタンを押した。
「お待ちしておりました。高柳様」
「こっちが勝手に来るって言ったんだし、出迎えなんていいのに。一矢は?」
「執務室におります。ご案内いたします」
ポン、と軽やかな音のすぐ後に、エレベーターの扉が開いた。ふたりで乗り込むと役員フロアの階を押す。
「久しぶりだね。相変わらずちっちゃいね、可愛い」
「ご無沙汰しております。一応褒め言葉として受け取っておきます。高柳様は、しばらく海外におられたそうで」
「そうそう、あっちはやっぱ飯がまずいわー」
ネクタイの結び目を緩めながら顔を歪めて話す高柳に、くすくすと苦笑いする。
年配の方からは疎まれそうな軽薄な雰囲気だが、悠梨は親しみが持てて嫌いではない。仕事の方もなかなかのやり手だと砥上から聞いていた。
「今日のお食事は鴬月を押さえてありますので。楽しみにしていてくださいね」
にこりと笑ってそう言うと、高柳がふと首を傾げた。
「悠梨ちゃん、ちょっと雰囲気変わった?」
「え? そうですか?」
髪型……はさして変わらない。高柳と以前顔を合わせたのは三か月ほど前だったから、少し髪は伸びたかもしれない。
「んー、なんかちょっと大人っぽくなったというか」
「……あのですね。大人なのですが。おそらく七年くらい前から」
「好きな男でもできた?」
またその話題かいっ!
もちろん高柳が昨夜の砥上と悠梨の会話を知るわけはないので、どうにか突っこみは声に出さずに呑み込んだ悠梨だった。
執務室でふたりが仕事の話をしている間、自分の机で翌日以降の仕事の整理をして待っていた。仕事の話のわりには、何やら楽し気な声が聞こえた。扉一枚隔てたところにいる悠梨には、会話の内容まではわからない。
それほど時間もかからず執務室からふたりが出て来て、すぐに鴬月に向かった。
それにしても、砥上と高柳が並ぶと、とても一般人とは思えない存在感と威圧感がある。いや、どちらも日本を代表する大企業のいずれトップに立つ人間なのだから、一般人とはいえないかもしれないけれど、芸能人などではない、という意味では一般人だ。
なのに、酷く目立つ。会社のロビーを出るとき、社内に残っていた女性社員が、近づきはしないものの色めきだっていた。きちんと見送ることが仕事の受付さえ、どこか陶然とした視線を向ける。
――せめて受付は一度きちんと釘を刺してもらった方がいいかもしれないわ。……気持ちはわからないでもないけれど。
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