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《十六》
しおりを挟む──ああもうきっと「お嬢さん」とは呼んでいただけないのだわ……。
快楽に目の前が真っ白になるなか、頭の片隅でうっすらと悟る。
それが悲しいのか、嬉しいのかは、よくわからない。でもやはり悲しい気がした。名前を呼ばれるたび、胸の奥がきしんで、押しつぶされるように痛む。涙だって出る。
「あああっ……いく、ぃ、くっ、いくの、も、いくうう……ん~~~~……っ!」
「は、ァ……ッ、ああくそっ、良い、こんなに……胡蝶、胡蝶、胡蝶……っ」
「ぅ、ンッ!? あ、だめっ、今いっ、た、のにぃ!」
達したそばから腰を打ちつけられ、目の前にチカチカと星が飛ぶ。男はぶるりと震えたかと思えば、その身をかがめて肌と肌を密着させ、鼻先にまでにじり寄ってきた。
「言ったでしょう、乱暴にする、と……辛抱してください。僕がどれだけあなたに執着していたか、今更それを、知らないあなたではないでしょう……!」
普段なにがあっても波立たない暗い瞳が、飢えたけもののようにぎらぎらと欲深く光っている。わたしはまずよろこびを感じた。恐ろしさも悲しみも、この男の情欲の前に霧散する。この男に喰われるよろこびに、一抹の悲しみはあっけなく消え去ってしまう。
「う、ああっ、ああああっ」
「ああ胡蝶……こうしてあなたを、どれだけこの手に抱きたかったか……あの男ではなく、僕の腕のなかで果ててほしいと、どれだけ……まだ、足りません。こんなものでは、全然、足りない……!」
「ふっ、ぅ、い、く、また、い、くぅうう……ッ!」
また達してしまう。男はまだ達しておらず、お互いの愛液にまみれ、もはやなんの引っかかりもないほどどろどろになった肉杭を引き抜いた。かと思えば、いとも簡単に体を転がされて、うつぶせになる。
「んううううっ!!」
ああくる、と思った瞬間にはもう貫かれていた。また『潮吹き』とやらが起こって、脚もシーツもびしゃびしゃだ。背中に覆いかぶさられ、ぴったりとくっつく汗みどろの肌にさえ快楽を拾ってしまってどうしようもない。
がくん、と膝が折れた。
ぺしゃんこになったわたしに重なって、律動が、激しくなる。
「やぁあああっ! もう、もういって、いってくださ、い! こんなの、こ、われ……っまた、ぁああ……!」
「は、ご冗談を……たとえ今いったって離してやれるわけがないのに……ああでも、いいですね……僕が壊したあなたのなかで、僕も果てたい」
暗い暗いよろこびに浸る。
えぐれた目にくちづけられ、組み敷かれ、抵抗もさせてもらえないほど求められていることがうれしい。このうつくしく聡明な男に縋られているのがうれしい。『旦那様』を殺めたその腕に抱かれていることが、心底、うれしい。
「あ、ああ、あっ……いく……も……あ゛あああ……っ!!」
「ッぐ…………イクッ……!」
熱い屹立が最奥まで打ちつけられて、とうとうわたしたちは堕ちるところまで堕ちた。余韻に感じ入って震える体からぬぷぬぷと肉塊が引き抜かれ、愛液だか精液だかわからない泡立ったものがあふれてシーツを汚してゆく。
「ああ……胡蝶……」
わたしは残った力でなんとか体を上に向けた。
手を伸ばして、目のふちの赤いその人を腕に抱く。ふう、ふう、と荒い息が耳もとをかすめる。それはまるでけもののようで、わたしたちはけものになったのだと、わたしが彼をけものにしたのだと理解して、目を閉じた。
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