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家畜の娘
しおりを挟むサラディーヤは生娘ではない。
サラディーヤは赤子の頃に神殿へ捨て置かれ、そのまま父母の顔も知らず育てられた。神殿は男の場所である。彼女は屋根を知らず、寝具を知らず、吹きさらしの家畜小屋で家畜同然の扱いを受けた。
いや、真実、家畜であった。
神殿に住まう清廉なる男たちは女を抱いてはならない。抱いてはならないのだが、男たちはサラディーヤがわずかばかりに大きくなると、これは家畜であるからと、代わる代わるに陽根を突き立てた。雨嵐の日と穢れの日だけは免れたが、それ以外の日は、昼夜を問わずに慰みものになることが、彼女の生活のすべてであった。
そのような事情であるから、サラディーヤは人一倍、男というものが恐ろしかった。泣けど笑えどお構いなしに痛めつけてくる、男という生き物が、彼女は心底恐ろしい。
戦に敗れ、奴隷となった日。
彼女は初めて女ばかりの生活を手に入れ、その穏やかさに歓喜した。洗濯や水運びや炊事をはじめて教わって、いじめられ、陰口を叩かれても、男の目のない生活というだけでありがたかった。この日々がいつまでも続けば良いと願っていたのに。
それもこれも、この肌と髪と目が悪いのだろう。
疫病のような白肌に、老婆にも似た黄白色の髪、言い伝えにある魔人のような青い目は奇怪そのもの。他の人のように、太陽の祝福を受けた褐色の肌と、宵闇を煮詰めた黒髪黒目であればどれほど良かったか、いまや裸のサラディーヤは考えずにはいられなかった。
「奥方さま」
そう、裸。
老侍女の導きで屋敷の奥へ連れられたサラディーヤは、そこではじめて風呂というものを知った。ため池の水で身体を拭くことはあったが、こんなに透明な水がたっぷりと張られた四角い穴など初めてで恐ろしい。怯えた彼女に老侍女は、美しい布をふんだんに使った衣装が濡れるのも厭わず手を引き、サラディーヤを水の中へといざなった。
「いかがです?」
「怖いの。身体が、浮いてしまいそう」
「ほほほ、湯の中ですから、仕方ありませんね。力を抜いて。むやみに怖がらなければ水の神シジャは受け入れてくださいますよ」
水の神シジャは女だと聞く……。
女であれば、ひどいことはされまい。
風呂の中央にある大理石の椅子に座れど身体は浮かず、サラディーヤは長い時間をかけてゆっくりと力を抜く術を覚えていった。そのあいだ、老侍女は海綿でサラディーヤの髪をほどき、あるいは切り、乳の匂いがする白い石でわしゃわしゃとかき回した。すると不思議なことに、水の上に白い泡がぷかぷかと浮くようになる。白い石は髪や身体を清めるための『石鹸』なのだとサラディーヤは教わった。
風呂から上がると、顔や身体も『石鹸』をつけた海綿でくまなく清められる。くすぐったくて、サラディーヤはきゃん、と悲鳴をあげた。老侍女はその様子を怒ることもとがめることもせず、くすくす笑って見過ごした。
「さぁさ、ようやく綺麗になった。氷菓子はいかが?」
「今度は香油をつけるのだけれど、どれがお好み?」
「あなたの瞳と同じ色の石があるから、つけてみましょうね。あら、ぴったり」
優しくされて、もてなされて、サラディーヤはすっかりこの老侍女のことが好きになってしまった。あるいは、母というのはこんなものではないだろうかと夢想したりした。サラディーヤは思い切って、ウバドの妻になるのは嫌だ、このまま奴隷として置いてほしいと老侍女に願い出た。
しかし。
「そう……残念だわ。でも、あなたがそう言うのなら、仕方ないわよ……ね……」
老侍女の傷ついた様子を見て、サラディーヤはあわてて前言を撤回した。今まで傷つけられることはあっても、誰かを傷つけるなど覚えのないサラディーヤである。はじめて人を、それも慕う人を傷つけるほどの決意を、彼女は持ち合わせていなかった。
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