冷酷な男爵は家事で惚れさせる!?~その無慈悲さ、料理でほどける~

花霞つばき

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 応接間にクッキーが運び込まれると、ハロルド公爵や使用人たちは目を丸くして、すぐに試食を始めた。

「こ、これは…本当においしい! まさか男爵自ら作られたとは」

 ハロルド公爵が感激するように声を上げ、周囲の者も「信じられませんわ…」「すごい腕前ですね」と驚嘆している。グレイヴはそんな賛辞に頷きもせず、ただ軽く手を組んで立っていた。

「男爵様、本当に感謝申し上げます。このお菓子のおかげで、皆が大満足です」

 リリアナが微笑みながら伝えると、グレイヴはそっけなく「ああ」と応えるだけ。

「ところで男爵は、いつからお菓子作りを?」

 ハロルド公爵の問いに、グレイヴはやや言葉を選ぶように間を置いた。

「領地を継いだあと、必要に迫られて家事全般を覚えただけだ。菓子作りも、その延長に過ぎない」

 あくまで実利的な理由。けれどここまで洗練された味と手際を身につけるには、相当な努力があったはずだ。リリアナは胸の奥でじんわりと尊敬の念を感じる。

「男爵が作るお菓子なら、大勢が喜びますでしょうね」

 リリアナが思わずそう言うと、グレイヴはわずかに眉をひそめて否定する。

「私が作らなくても、料理人がいれば足りることだ」

「でも、こうして男爵様が自ら手掛けられると、特別な意味がある気がします。何より、おいしいですし」

 会話を聞いていたハロルド公爵は穏やかな笑みを浮かべ、グレイヴに向かって茶を差し出した。

「どうだろう、我が家にもう少し滞在していただけるかな。君のことをもっと知りたいと思っている」

「……」

 グレイヴは応じるかどうか迷っている様子だったが、リリアナと目が合うとやや目を伏せ、低い声で答える。

「それは…困る。あまり長居をしても時間の無駄だろう」

 あからさまに拒絶の言葉。それでもリリアナは、グレイヴがそう言いながらどこか動揺しているように見えた。

「父様、男爵様にもご都合があると思いますし、あまり無理を言うのは…」

「ふむ、そうか。ではまた改めて、このお菓子のお礼をさせてもらいたい。よかったら、いつでも立ち寄ってくれたまえ」

 ハロルド公爵の提案に、グレイヴは短く「検討する」とだけ答えた。静かながら、冷ややかな雰囲気。だが、リリアナには彼がわざと距離を取ろうとしているようにも思えた。

「……」

 帰り際、グレイヴはちらりとリリアナを見つめる。まるで何かを言いたげだが、そのまま踵を返し屋敷を後にする。

「リリアナ、どう思った?」

「やっぱり冷たい方だとは思えません。言葉は少ないけれど、家事やお菓子作りが得意なんて…すごく意外で、素敵な部分もあるんです」

 ハロルド公爵は娘の言葉にうなずきながら、「真実は自分の目で確かめるのが一番だな」と呟いた。

 ――男爵が去った後も、あの甘いクッキーの余韻は残ったまま。リリアナの心にも、何か得体の知れないときめきのようなものがほんのり根を張り始めていた。 
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