冷酷な男爵は家事で惚れさせる!?~その無慈悲さ、料理でほどける~

花霞つばき

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 リリアナは再び男爵邸を訪れた。今日はセバスチャンが執事の仕事で立て込んでいて、紅茶の準備が間に合わないらしい。リリアナが応接間に通されると、グレイヴはどこか落ち着かない様子で立っていた。

「こんにちは、男爵様。お忙しいところすみません」

 リリアナが挨拶すると、グレイヴは短く返事をする。

「構わない。用件は何だ」

 以前よりは多少柔らかな物言いだが、表情は相変わらず硬い。しばし沈黙が降りるなか、セバスチャンが申し訳なさそうに部屋へ入ってきた。

「申し訳ございません、急用ができまして、紅茶のご用意が遅れそうです」

「紅茶なら俺が淹れる。茶菓子はあるのか」

「本日は菓子職人が体調不良でして、材料だけはございますが…」

 セバスチャンの言葉に、グレイヴは淡々と頷く。それからリリアナを一瞥し、わずかに眉をひそめる。

「お前、少し手を貸せ」

「え、私ですか」

 あっさりと協力を求められ、リリアナは目を瞬かせる。いつもは「必要ない」と突き放されるばかりだったのに、珍しいこともあるものだ。

「セバスチャンがいないなら手が足りない。……嫌なら断れ」

「いいえ、ぜひやらせてください」

 リリアナは嬉しそうに微笑んで立ち上がる。グレイヴは「ではついて来い」と言い、彼女をキッチンへ促した。

 キッチンは先日覗いたときよりも温かい雰囲気で、鍋や食器がきちんと整理されている。グレイヴはすぐに鍋に水を張り、火加減を調整して茶葉の準備を始めた。

「まず湯を適温にする。大体の目安はわかるか」

「す、すみません。私、あまり詳しくはなくて…」

「なら目を凝らせ。水の動きと温度の違いを覚える」

 そう言いながら、グレイヴは実に手際よく道具を扱う。リリアナは隣でその様子を目で追いかけるだけだ。

「私に何かできることは?」

「茶菓子の生地を混ぜろ。分量はそこに書いてある」

「わ、わかりました」

 指示された通り、小麦粉や砂糖を計りにかけながら、リリアナは混ぜ合わせていく。するとグレイヴが横から覗き込んで、一言アドバイスを投げる。

「もう少しゆっくり混ぜろ。空気を入れすぎると仕上がりに影響する」

「あ、はい。こうでしょうか」

「力を入れ過ぎだ。手元が雑になっている」

 相変わらず辛辣な指摘だが、リリアナはなんとかついていこうと必死だ。静かな時間の中、二人が同じボウルを覗き込み、声を交わす。その一瞬一瞬が、リリアナにはとても新鮮だった。

「ちょっと見てください。この生地、合ってますよね」

「……まあ悪くない」

 短い言葉の裏にわずかな肯定が感じられる。リリアナは心の中でガッツポーズをとりながら、彼の評価を受け止めた。

 そうして数十分後、簡単な茶菓子がオーブンに入れられ、まもなく紅茶も完成する。二人で応接間に戻り、リリアナがそっと菓子を皿に盛りつけると、グレイヴは小さく息をつく。

「初めてにしては上出来だ。焦げてもないし、香りも悪くない」

「ありがとうございます。男爵様の指示が的確だったからです」

「別に褒められるほどのことじゃない」

 そっけなく返すグレイヴ。しかしどこか、前よりもその言葉が柔らかく聞こえる。リリアナは照れ隠しのようにひと口菓子を頬張った。

「……ほんのり甘くておいしい。男爵様もどうぞ」

 差し出した皿を見て、グレイヴは少しためらいながらも、その菓子を口に運く。リリアナは彼の反応をじっと待つ。

「……案外、いい味だ」

「よかった」

 思わず笑顔をこぼすリリアナ。初めての共同作業は不器用なやり取りだらけだったけれど、二人の距離が少しだけ縮まったように感じられた。
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