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リリアナは父であるハロルド公爵に「グレイヴ男爵をお茶会に招きたい」と相談した。公の場ではなく、もっと落ち着いた場所でゆっくり話をしたいというのが理由だ。
「ほう、あの男爵をうちの邸に呼ぶというのだな」
「はい。実際に会っていただければ、父様も彼のことをもっと理解できると思うんです」
ハロルド公爵は娘の熱意ある眼差しに根負けするように小さく笑う。
「いいだろう。私も彼がどんな人物か見極めたいと思っていたところだ」
こうして、グレイヴは公爵邸に招かれることになった。招待状を送ると、返事は意外にも早かった。短い言葉で「承諾する」とだけ書かれている。
当日、公爵家の大きな客間で準備が整えられる。リリアナは紅茶や簡単な茶菓子を用意し、いつもよりも少し胸を高鳴らせていた。やがて、玄関からグレイヴの到着が告げられる。
「……」
扉が開き、黒の外套をまとった男爵が姿を見せる。整った顔立ちに相変わらずの冷たい雰囲気。だが、リリアナが出迎えの挨拶をすると、彼は少しだけ丁寧に会釈を返した。
「よくいらっしゃいました。さあ、中へどうぞ」
「手間をかける」
奥のサロンへ案内すると、ハロルド公爵が静かに立ち上がってグレイヴを迎える。
「これは男爵殿、娘がお世話になっているようで」
「いえ、別に世話をしているわけでは」
グレイヴはそっけなく返すが、言葉はきちんと礼儀を弁えている。ハロルドはその落ち着いた佇まいを見やり、ゆっくりと笑みを浮かべた。
「まあ、どうぞお座りください。いろいろとお話を聞かせていただけると助かります」
「……失礼する」
応接セットに腰かけると、リリアナが用意した紅茶がテーブルに並ぶ。おそらく、彼女はグレイヴの好みを考慮して少し渋めを用意したのだろう。その細やかな心配りに、グレイヴは無言のまま一口飲む。
「どうでしょう、男爵様。気に入っていただけましたか」
「……飲める味だ」
「それはよかった」
ほっと安堵するリリアナ。ハロルドが苦笑混じりに口を挟む。
「男爵殿の領地は道の整備が進んでいるそうですね。どのように運営されているのか、私も興味があります」
「必要な箇所から順に改修しているだけです。費用はかかるが、領民の安全には代えられない」
「なるほど。やはり領民思いの方なのだな」
「……別に」
素直に受け入れないグレイヴ。その態度にハロルド公爵はますます興味を持った様子だ。
「では、もう一つ。娘が男爵殿の料理を絶賛しているのだが、本当だろうか」
「多少はできる。口に合うかは知らない」
グレイヴがはっきりとは否定しないため、ハロルドは目を丸くする。リリアナは思わず微笑みながら、フォローを入れる。
「とてもおいしいんです。私もよくごちそうになっています」
「ほう、料理がお得意とは。しかし、本当に“無慈悲の男爵”などと呼ばれているのか、不思議でならんな」
ハロルドの率直な言葉に、グレイヴは目を伏せる。ほんの少しの沈黙が流れた後、彼は低く呟いた。
「……噂は勝手に流れるものだ。真実を知るのは限られた人だけでいい」
その冷たい響きには、彼自身の諦観が垣間見える。リリアナは胸が痛んだが、ハロルドはあえて笑顔を浮かべて言った。
「ならば私は、その限られた人の一人に加えてもらおう。君が噂以上に誠実な男であると確かめたいからな」
思わぬ申し出に、グレイヴはわずかに動揺を見せる。
「……勝手にどうぞ」
「ふふ、ありがとう。そう言ってもらえるなら、こちらとしても安心だ」
こうしてハロルド公爵との対面は、ぎこちないながらも穏やかに終わりを迎える。リリアナは父とグレイヴのやり取りを見守りながら、心の中で嬉しさを噛み締めていた。少しずつではあるが、彼が認められていく兆しを感じるからだ。
「ほう、あの男爵をうちの邸に呼ぶというのだな」
「はい。実際に会っていただければ、父様も彼のことをもっと理解できると思うんです」
ハロルド公爵は娘の熱意ある眼差しに根負けするように小さく笑う。
「いいだろう。私も彼がどんな人物か見極めたいと思っていたところだ」
こうして、グレイヴは公爵邸に招かれることになった。招待状を送ると、返事は意外にも早かった。短い言葉で「承諾する」とだけ書かれている。
当日、公爵家の大きな客間で準備が整えられる。リリアナは紅茶や簡単な茶菓子を用意し、いつもよりも少し胸を高鳴らせていた。やがて、玄関からグレイヴの到着が告げられる。
「……」
扉が開き、黒の外套をまとった男爵が姿を見せる。整った顔立ちに相変わらずの冷たい雰囲気。だが、リリアナが出迎えの挨拶をすると、彼は少しだけ丁寧に会釈を返した。
「よくいらっしゃいました。さあ、中へどうぞ」
「手間をかける」
奥のサロンへ案内すると、ハロルド公爵が静かに立ち上がってグレイヴを迎える。
「これは男爵殿、娘がお世話になっているようで」
「いえ、別に世話をしているわけでは」
グレイヴはそっけなく返すが、言葉はきちんと礼儀を弁えている。ハロルドはその落ち着いた佇まいを見やり、ゆっくりと笑みを浮かべた。
「まあ、どうぞお座りください。いろいろとお話を聞かせていただけると助かります」
「……失礼する」
応接セットに腰かけると、リリアナが用意した紅茶がテーブルに並ぶ。おそらく、彼女はグレイヴの好みを考慮して少し渋めを用意したのだろう。その細やかな心配りに、グレイヴは無言のまま一口飲む。
「どうでしょう、男爵様。気に入っていただけましたか」
「……飲める味だ」
「それはよかった」
ほっと安堵するリリアナ。ハロルドが苦笑混じりに口を挟む。
「男爵殿の領地は道の整備が進んでいるそうですね。どのように運営されているのか、私も興味があります」
「必要な箇所から順に改修しているだけです。費用はかかるが、領民の安全には代えられない」
「なるほど。やはり領民思いの方なのだな」
「……別に」
素直に受け入れないグレイヴ。その態度にハロルド公爵はますます興味を持った様子だ。
「では、もう一つ。娘が男爵殿の料理を絶賛しているのだが、本当だろうか」
「多少はできる。口に合うかは知らない」
グレイヴがはっきりとは否定しないため、ハロルドは目を丸くする。リリアナは思わず微笑みながら、フォローを入れる。
「とてもおいしいんです。私もよくごちそうになっています」
「ほう、料理がお得意とは。しかし、本当に“無慈悲の男爵”などと呼ばれているのか、不思議でならんな」
ハロルドの率直な言葉に、グレイヴは目を伏せる。ほんの少しの沈黙が流れた後、彼は低く呟いた。
「……噂は勝手に流れるものだ。真実を知るのは限られた人だけでいい」
その冷たい響きには、彼自身の諦観が垣間見える。リリアナは胸が痛んだが、ハロルドはあえて笑顔を浮かべて言った。
「ならば私は、その限られた人の一人に加えてもらおう。君が噂以上に誠実な男であると確かめたいからな」
思わぬ申し出に、グレイヴはわずかに動揺を見せる。
「……勝手にどうぞ」
「ふふ、ありがとう。そう言ってもらえるなら、こちらとしても安心だ」
こうしてハロルド公爵との対面は、ぎこちないながらも穏やかに終わりを迎える。リリアナは父とグレイヴのやり取りを見守りながら、心の中で嬉しさを噛み締めていた。少しずつではあるが、彼が認められていく兆しを感じるからだ。
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