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男爵領の視察を終えたリリアナは、明確な手応えを得ていた。グレイヴが誤解されているという確信だ。領民たちの反応からも、彼を慕う気持ちが伝わるし、村の暮らしが整備されていることもはっきりした。
「これなら、あの伯爵の言いがかりも跳ね返せますね」
リリアナが馬車の座席でそう呟くと、グレイヴは前を向いたまま短く答える。
「期待はするな。奴は簡単には引き下がらないだろう」
「それでも、ちゃんと証拠を集めれば大丈夫。私も父様も一緒に動きますから」
「……勝手にしろ」
相変わらずそっけない返事だが、リリアナは彼の横顔がどこか安堵しているように感じる。馬車が男爵邸に戻り着くころには夕陽が沈みかけ、空は茜色に染まっていた。
「今日は本当にありがとうございました。疲れていませんか」
「平気だ。お前こそ……足を痛めていないか」
「あ、大丈夫です。あれは舞踏会での捻挫だけですし、もう完治しています」
「そうか」
グレイヴは屋敷の門の前で、リリアナを降ろしてくれる。別れ際、彼女はもう一つ確かめたいことを口にした。
「男爵様、私……あなたがどんな過去を背負っていても、これからも一緒に立ち向かいたいんです。私にできることがあれば、何でも言ってください」
「過去のことは、もういい」
「でも、あなたの苦しみを少しでも和らげられたらって思うんです。家族を亡くされたって、オズワルド様が言っていました」
グレイヴの表情が微かに陰る。だが、彼は無理に話題を遮ろうとはしなかった。
「……昔のことだ。あの時、自分がもっとしっかりしていれば失わずに済んだかもしれない。そう思うと、誰かに期待を寄せるのが怖い」
「人を失うのは……私も想像するだけで辛いです。でも、誰かを思う気持ちはきっと、あなたを支えてくれます」
「お前はそう言うが、俺には簡単ではない」
「わかっています。でも、私はあなたが失うことを恐れて心を閉ざすより、私を頼ってくれるほうが嬉しいんです」
リリアナの真剣な眼差しに、グレイヴはわずかに息を止める。しばし沈黙が流れたあと、やがて苦しげに視線を落とした。
「……考えておく」
「はい。焦らないですから、少しずつでいいんです」
そう言って微笑むリリアナ。グレイヴは一言も返さず、ドアの奥へ姿を消そうとする。その背中が夕闇に溶けるように見えた。
「男爵様、また来ますね」
「……ああ」
声にはならないほどの小さな返事が聞こえた気がした。リリアナはそのまま邸を後にし、馬車の中で窓の外を見つめる。
過去の痛みを乗り越えるには時間が必要だ。けれど、彼の心が動き始めているのを確かに感じる。リリアナはそう思いながら、薄暗くなった街道を帰路についた。
「これなら、あの伯爵の言いがかりも跳ね返せますね」
リリアナが馬車の座席でそう呟くと、グレイヴは前を向いたまま短く答える。
「期待はするな。奴は簡単には引き下がらないだろう」
「それでも、ちゃんと証拠を集めれば大丈夫。私も父様も一緒に動きますから」
「……勝手にしろ」
相変わらずそっけない返事だが、リリアナは彼の横顔がどこか安堵しているように感じる。馬車が男爵邸に戻り着くころには夕陽が沈みかけ、空は茜色に染まっていた。
「今日は本当にありがとうございました。疲れていませんか」
「平気だ。お前こそ……足を痛めていないか」
「あ、大丈夫です。あれは舞踏会での捻挫だけですし、もう完治しています」
「そうか」
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「過去のことは、もういい」
「でも、あなたの苦しみを少しでも和らげられたらって思うんです。家族を亡くされたって、オズワルド様が言っていました」
グレイヴの表情が微かに陰る。だが、彼は無理に話題を遮ろうとはしなかった。
「……昔のことだ。あの時、自分がもっとしっかりしていれば失わずに済んだかもしれない。そう思うと、誰かに期待を寄せるのが怖い」
「人を失うのは……私も想像するだけで辛いです。でも、誰かを思う気持ちはきっと、あなたを支えてくれます」
「お前はそう言うが、俺には簡単ではない」
「わかっています。でも、私はあなたが失うことを恐れて心を閉ざすより、私を頼ってくれるほうが嬉しいんです」
リリアナの真剣な眼差しに、グレイヴはわずかに息を止める。しばし沈黙が流れたあと、やがて苦しげに視線を落とした。
「……考えておく」
「はい。焦らないですから、少しずつでいいんです」
そう言って微笑むリリアナ。グレイヴは一言も返さず、ドアの奥へ姿を消そうとする。その背中が夕闇に溶けるように見えた。
「男爵様、また来ますね」
「……ああ」
声にはならないほどの小さな返事が聞こえた気がした。リリアナはそのまま邸を後にし、馬車の中で窓の外を見つめる。
過去の痛みを乗り越えるには時間が必要だ。けれど、彼の心が動き始めているのを確かに感じる。リリアナはそう思いながら、薄暗くなった街道を帰路についた。
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