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39話

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「ティアナ嬢に付けている護衛からは、毎日夕刻に報告を受けているんだが、昨日までの報告に特別変わりは無かった。勿論ヴェローニカの事も含めてね」

 城に戻ったレンブラント達は、状況の整理を始めた。
 護衛は何故ヴェローニカの事を報告しなかったのか。学院に行った時にヴェローニカの在籍の確認は取ってきた。やはり彼女は帰って来ていた……。そしてその肝心の護衛も行方をくらましている。今日に限って、定例報告の時間になっても現れる事がなかったのだ。

「すまない、レンブラント。今回の件は私の責任だ。今、ティアナ嬢と護衛の行方も探させている。後、こんな状態で言いづらいんだが、先程オランジュ家にやった使いが戻って来たんだ、それで……」

 急に歯切れが悪くなるクラウディウスに、レンブラントは首を傾げた。また何か問題が起きたのだろうか。

「お待ち下さい‼︎殿下方は、まだ執務中でございます‼︎」

 そんな時、急に廊下が騒がしくなる。侍従等が焦っている声とバタバタと足音が部屋の中まで聞こえてきた。

「レンブラント様!」

 ノックもなしに執務室の扉が勢いよく開いたかと思えば、予想した通りの人物が中へと入って来た。彼女と最後に会ったのは五年程前だが、直ぐに分かった。少女から女性へと成長をしているが、吊り上がった目や顔付き、雰囲気などはそのままで余り変わってはいない。
 クラウディウスが言い掛けたのはこの事かと、げんなりする。オランジュ家にやった使いに強引に付いて来たのだろう。

「ヴェローニカ」

「レンブラント様、ずっとお会いしたかったですわ」

 来てしまったからには仕方がないと諦め、少し遅れて部屋に入ってきた侍従等は下がらせヴェローニカを椅子に座らせた。だが彼女は興奮した様子でレンブラントにベッタリとくっ付いて離れず、中々座ろうとしない。大人しくさせるのが大変だった。この懐かしい感じ……全く持って嬉しくない。悪夢だ。

「君、本当に帰って来ていたんだね……」

 げんなりしながら尋ねると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。世間一般に見れば美人の分類に入るのだろうが、レンブラントはヴェローニカの笑顔が苦手だ。常に自分に向けてくる熱を帯びた眼差しも、正直気分が悪くなる。

「ようやくです。この五年、レンブラント様に会えない日々は辛く苦しいものでしたわ。ですがそれも、何時かレンブラントの妻になれると思えばこそ、耐える事が出来ましたの」

 ヴェローニカは涙ながらに語り、これではまるで引き裂かれた恋人の再会の様だ。だが実際は彼女の所業が余りに酷く目に余ると、反省させる為に強制的に修道院へ送られただけの話で、レンブラントの心情としては、二度と彼女とは会いたくなかった。因みに、レンブラントが年下の女性が嫌いになった要因でもある。

「ヴェローニカ、君どうして修道院に入れられたかは忘れた訳じゃないよね。僕にも二度と近付かないと約束したの覚えてないの?」

「ふふ。レンブラント様ったら相変わらず照れ屋さんなんですね。ご心配には及びませんわ。忘れる筈がありません。私がレンブラント様を誑かす悪い女達を排除しようとしただけなのに、それを誤解したお父様達が、私を修道院に閉じ込めたんです。ですがそれも誤解だったと証明出来たからこそ、私は帰って来れたんですの」

 幼馴染の一人であり、エルヴィーラの妹であるヴェローニカは、昔からレンブラントにベッタリだった。鬱陶しいと感じてはいたが、昔はそれでも幼い少女が一度は憧れる物語の王子様的存在、それがたまたま身近にいた六歳上の自分だっただけ、その内飽きるだろうと別段気にも留めていなかった。
 だが何時からだったか、そんな思いとは裏腹に成長したヴェローニカのレンブラントへの執着は目に見えて酷くなっていった。

 始めはお茶会などの席でレンブラントの隣に座った何処ぞの令嬢に悪態を吐く程度だった。だが次第にそれはエスカレートしていき、レンブラントと挨拶をしただけの令嬢のドレスの裾を足で踏んで転ばせたり、レンブラントと目が合ったと言いワザとお茶を掛けたりする様にもなった。対策としてヴェローニカをお茶会などに招待しない様にしても、姉であるエルヴィーラを招待すると必ず付いて来てしまう。困り果て、仕方なくオランジュ夫妻に事情を話すも余り大事だと思っていないのか「子供のする事ですから」と取り合って貰えなかった。レンブラントの両親等も無関心で役には立たず、大人達は誰も聞く耳を持つ事はない。エルヴィーラを招待しなければ良いのかも知れないが、彼女はクラウディウスの婚約者でありそうもいかない。完全に手詰まりだった。
 そんな時、事件は起きた。ヴェローニカが例の如くドレスの裾を踏み転ばせた令嬢をレンブラントが助け起こしたのだが、それを見たヴェローニカは怒り狂いその令嬢を階段から突き落としてしまったのだ。幸い令嬢は軽傷で済み、家柄もオランジュ家より劣っていた事もあり、示談金を支払い事なきを得たのだが、流石にこの事でようやく大人達は重い腰を上げた。
 その後オランジュ夫妻と話し合いの場を設け、ヴェローニカをレンブラントに二度と近寄らせないと誓約をさせてヴェローニカは修道院に入れられた。
 

 レンブラントは頬を染め熱い眼差しでこちらを見ているヴェローニカに、段々と気分が悪くなってくる。
 それにしても、まさかあんな事があったにも関わらず、修道院から出てくるとは誰も思わないだろう。オランジュ夫妻の甘さは変わっていないのだと呆れる他ない。

「それなのにレンブラント様ったら酷いですわ。私という運命の相手がいながら、他の女と婚約なさるなんて……。ですがレンブラント様、大丈夫ですわ、私ちゃんと分かってますから。がお優しいレンブラント様に付け入って誑かしたんです。でもそれも、もう。これからは私とレンブラント様の仲を引き裂く邪魔者はいませんわ」

 そう言って無邪気に笑うヴェローニカを見て、スッと感情が冷えていく感覚を覚えた。

「ヴェローニカ」

「はい、レンブラン……」

「彼女は何処だ」

 自分でも信じられないくらい声が低く冷たく響いた。レンブラントを見たヴェローニカは笑顔のまま表情が固まる。利己的で空気が読めない彼女だが、流石にレンブラントの怒りが伝わったのだろう。

「ヴェローニカ。ティアナ・アルナルディ嬢をどうしたんだ。今の君の発言で君が彼女の所在を知っている事は分かった。出来れば手荒な真似はしたくない。大人しく知っている事を全て話してくれるかな」

 拳を強く握り過ぎて手が震える。これ以上感情を抑える事が出来そうにない。爆発寸前だったが、クラウディウスが間に入りそれを止めてくれた。

「何を仰っていらっしゃるのか、私、全く分かりませんわ」

 クラウディウスの優しく諭す様子に調子に乗ったヴェローニカは、太々しい態度を見せる。彼女は知らぬ存ぜぬを突き通し、最後には黙り込んだ。

 こうしている間にも彼女が危険に晒されているかも知れないと思うと気が気でない。
 ヴェローニカを見て直ぐに分かった。五年経った今も尚反省した様子は皆無だ。ただもうあの頃の様に子供でない分、悪知恵がつき更にタチが悪い。ティアナの消息が分からない今、つい悪い方向にばかり考えがいってしまう。

 バンッ‼︎静まり返る部屋に音が響いた。レンブラントが、テーブルを叩いたのだ。
 大人気ないと言われようが、餓鬼だと莫迦にされようが構わない。どうしても我慢ならなかった。
 流石のヴェローニカも一瞬目を瞑り身体をビクリと震わした。怯えた様子で身を縮める。クラウディウス達も目を見張り、緊張が走った。

「ヴェローニカ、もう一度だけ聞く。次はない。ティアナ・アルナルディは何処だ」
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