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しおりを挟む『初めまして、リゼット王女』
クロヴィスは彼女の前に跪いた。
『僕はクロヴィス・ルヴィエです。今日より貴女の夫になりました』
薔薇の花が咲き誇る中庭で、その日二人は出会い夫婦となった。
結局、クロヴィスは国王の命には逆らえずリゼットと結婚する事になった。
『歳が一番近いお前が適任だろう。それに良い機会だろう。少し早くはあるが、お前には公爵位を与える。確りと面倒を見るんだぞ』
面倒を見るって……もはや夫婦というより親子か良くて兄妹だ。ため息しか出ない。
その後クロヴィスは、リゼットを連れ自邸に帰った。爵位は先程与えられたばかりだが、クロヴィスは既に城を出て独立していた。学院を卒業すると同時に爵位は拝命する予定だったが、大分早まってしまった。
『お帰りなさいませ、クロヴィス様。あの、そちらの御令嬢は如何なさったのですか?』
屋敷に戻るとヨーナスが笑顔で出迎えてくれたが、リゼットを見て目を丸くする。
『今し方、彼女は僕の妻になった、リゼットだ。宜しく頼むよ』
クロヴィスはリゼットを連れ屋敷の中を案内した。だが彼女は無口なのか殆ど話さない。何か話し掛けても、頷くばかりだ。表情も緊張しているのか、ずっと無表情だった。
『リゼット、おいで』
ヨーナスに言付け中庭にお茶を用意させた。少しは気分転換になるだろうと考えた。
クロヴィスが呼ぶと彼女は躊躇いながらもやって来る。
『お茶にしよう』
『……』
焼き立てのケーキの甘い香りが漂う中、二人は向き合ってお茶をする。クロヴィスが優雅にお茶を啜るのに対してリゼットは全く手を付けない。
『甘い物は苦手かな?』
『……』
俯き加減の顔を覗き込む様にして聞くと、初めて琥珀色の大きな瞳と目が合った。何か言いたげに揺れている。それを見たクロヴィスは、ハッとして、唇をキツく結ぶ。
クロヴィスは徐に立ち上がると、リゼットの前に跪いた。彼女の両手を握り微笑んで見せる。
『……大丈夫だよ。怖くないからね』
なんて自分は気が利かなくて莫迦なのだろう。配慮が足らなかった。彼女はまだ五歳なのだ。それなのにも関わらず見知らぬ国に一人連れて来られて、頼る人間もいない。大人だって不安になる。しかも周りには大人しかおらず、余計だろう。彼女じゃなくても、誰だってこんな状況怖いに決まっている。
『リゼット、僕の名前を呼んでくれないかな』
『……あ、の』
『リゼット。クロヴィス、だよ』
『…………クロ、ヴィス……さま』
戸惑いながらも彼女は名前を呼んでくれた。
『そうだよ、クロヴィスだ。忘れないで、リゼット。君の夫の名だよ。そして、君の家族だ』
『っ……』
溢れ落ちそうな程見開いた大きな瞳から、ポタポタと涙が落ちた。
『リゼット、今日から此処が君の家で帰る場所だからね。忘れないで』
嗚咽を洩らし彼女は泣いた。無表情だった顔はくしゃりと歪む。クロヴィスが抱き締めると、彼女から縋り付いて来た。本当に怖かったのだろう、身体が震えていた。そんな彼女に胸が苦しくなり、無性に愛おしさが込み上げてきて堪らなかった。
泣き疲れたリゼットをクロヴィスは抱き上げ、夫婦の寝室へと向かう。大きなベッドに寝かせて、一度クロヴィスは部屋を後にした。
『明日、仕立て屋を呼んでおいて。リゼットのドレスを作らせるから。後、人形とか絵本とか適当に見繕っておいて欲しいんだ』
ヨーナスにあれこれ指示を出し終わるとまた直ぐに寝室へと戻った。するとベッドの真ん中に寝かせていた筈のリゼットは、端に小さく身体を丸めて眠っていた。起こさない様にそっと頭を撫でる。
『おに、さま……』
すると彼女の唇から小さく声が洩れた。
『あぁ、兄が一人いるらしいが……それが、どうしたんだ。それより、ちゃんと面倒は見ているのか』
翌る日、学院を休み国王の元を訪ねた。聞きたい事があった。やはり彼女には兄がいる。
『大丈夫ですよ。心配には及びません』
昨夜あの後も、寝ているリゼットは頻りに「おにいさま」とうわ言を言っていた。居た堪れない気持ちになってしまった。
きっと心細くて仕方がないのだろう。
昨夜は一睡もしていない。リゼットが気掛かりで眠れなかった。彼女の為に自分に何が出来るか、ずっと考えていた。
そして今日、コンラートからの言葉を聞いて、決意した。自分が彼女の兄の代わりになる。そうすれば、彼女に寂しい思いをさせずに済む。リゼットが大人になるその日まで立派に育てあげて、彼女が幸せになれる結婚相手を探して、兄として彼女を送り出す。
もしかしたら、その時になって自分が少し寂しく感じるかも知れないが、たまに実家として自分の所に帰って来て幸せな姿を見せてくれたらそれで十分だ。
『リゼット、心配しなくて良いからね……』
クロヴィスは眠るリゼットの頭を撫で、思わず笑みが溢れた。
彼女には幸せになる権利がある。クロヴィスはどうしても彼女を幸せにしてあげたいと思った。まだ出会って間もないのに不思議だ。こんな気持ちは生まれて初めてだった。
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