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三十三話〜罰〜
しおりを挟むもやもやする気持ちのまま仕事を終えたユーリウスは、一人帰路に就いた。
いつもならば女性に会いに行くか、若しくは連れ立って帰る。だが今日はとてもそんな気分にはなれなかった。
ブロンダン家の正門を潜り離れへと向かうと、小さな門が姿を現す。その門を更に潜り中へ入ると、何となしに庭へと視線をやった。すると地べたに蹲み込み何かをしているエレノラを見つける。
今度は一体何をしているんだとため息が出た。
「何をしている」
「……」
蹲み込んでいるエレノラの背後に近付き声を掛けると、分かり易く身体がビクリと動く。だが、無言のまま一向に振り返ろうとはしない。
「ヨーゼフ」
仕方なく側に控えていたヨーゼフに説明を求める事にする。
「若奥様は、庭に蹲み込んでいらっしゃいます」
「そんな事は見れば分かる」
誰が見たままを言えと言った⁉︎ と苛っとする。
ヨーゼフは騎士としての身のこなしは申し分ないが、正直頭の方は余り良くない。だがそれでも限度があるだろうと顔が引き攣った。
「あら旦那様、もうお戻りですか?」
観念したのか、エレノラは振り返ると満面の笑みを浮かべながらそんな事を言う。
(旦那様、だと……⁉︎)
いつものように奇行に走り何処かに頭でも打つけたのか、或いは変な物を拾い食いでもしたのか……。
芋娘の事だ、どちらもあり得る。
「ここは私の屋敷だ。いつ帰ろうと私の勝手だ」
「うふふ、そうですよね」
だが不自然な笑い方をするエレノラに、ユーリウスは気付いた。
恐らく何か後ろめたい事があるのだと。
(いくらなんでも、分かり易過ぎだろう……)
「それで、こんな所で何をしているんだ」
「あー、えっと、それは……きょ、今日はいいお天気でしたね!」
「朝からずっと曇り空だったがな」
「あら、襟元が曲がっていますよ?」
「こういうデザインだ」
「あのユーリウス様、お腹空きませんか?」
「それほどでもない」
「……」
どうにか話を逸らそうとしているのが丸わかりだ。誤魔化すのが下手くそ過ぎて哀れにすら感じる。
「いいから、さっさと言え」
「……怒りませんか?」
蹲み込んでいる為、強制的に上目遣いで見てくるエレノラにうっかり絆されそうになり、了承しそうになるが踏み止まる。
「内容による」
「なら言いたくありません」
唇を尖らせプイッと顔を背ける。
(この芋っ……)
人が下手にでれば、完全に調子に乗っている。
だがこんな些末な事で怒るなど、普段冷静沈着な自分が恥ずべき事だ。
「分かった、なるべく怒らないように善処しよう」
「絶対ですよ?」
疑いの眼差しを向けてくるエレノラに、苛つきながらも言葉を待つ。そしてーー
「畑だと⁉︎」
「畑なんてそんな大袈裟な物じゃありません。少し庭の空いている場所を有効活用しようかな、と思っただけです!」
話を聞けば、この芋娘はこの手入れの行き届いた素晴らしい庭に雑草の畑を作ろうと画策していた。
よく見ると手や衣服が土で汚れており、後ろには掘り起こされた跡が見える。
次から次に奇行に走る芋娘に、頭を抱えたくなった。
「山に行くより効率的だと思ったんです」
睨み付けると言い訳がましくそんな事をいう。絶対に許可は出来ないと言おうとした瞬間、ふと以前狼に襲われた事が頭を過ぎり口を噤んだ。
芋娘はまた絶対に山に行くだろう。幾ら護衛がいたとしても、完全に安全な訳ではない。
「分かった、許可をしよう」
「本当ですか⁉︎」
「但し、条件がある」
「え、まさか、お金を取るんですか⁉︎」
どこの世界に庭の使用料を妻に請求する夫がいるんだ⁉︎ と言いたいが、面倒なので言葉を飲み込んだ。
「そうじゃない。ただ私の許可なく勝手な真似をした罰を受けて貰う」
「っ⁉︎」
これは謂わば躾だ。
罰を与える事により、次からは自制が働く筈だ。
エレノラがごくりと喉を鳴らすのが分かった。
真剣な眼差しを向けてくる様子が、何だか無性に可笑しく見えて思わず笑いが込み上げてくるのは、気の所為だ。
「半月、私とのお茶に同席して貰う」
色々と考えたが、最終的にそんな下らない言葉が口をついて出た。
自分でも何を口走っているのだと驚く。
「私が直々にお茶の席でのマナーを叩き込んでやろう。覚悟するんだな」
まあ普通なら罰ではなく褒美になるのだが、この芋娘では私の素晴らしさは理解出来ないだろうと鼻を鳴らす。
「分かりました」
あっさり了承したエレノラに、ユーリウスは少し拍子抜けをする。
もっと嫌そうな顔をすると思った。
「二言はないな」
「勿論です。そんな事で許可して頂けるなら、半月でも一ヶ月でも同席します!」
(私とのお茶を、そんな事だと⁉︎)
こちらから言い出した事とはいえ、エレノラの無礼な物言いに腹が立ったがグッと堪えた。
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