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八十話〜側妃〜
しおりを挟む翌日、エレノラはいつも通り診療所へと向かった。
「エレノラ嬢⁉︎ その顔はどうしたんだ⁉︎」
扉を開け中に入るとエレノラを見たクロエは驚き叫んだ。普段冷静沈着な彼女が珍しいと苦笑する。
昨日よりは少し腫れが引いたものの、暫くはこの状態だろう。だからといって休んでいる暇はない!
いくらユーリウスが生家は事は任せて欲しいと言っても、おんぶに抱っこは良くない。これまで通りエレノラも出来る事はするつもりだ。それにお金はないと困るがあって困る事は絶対にない!
「昨日は急にお休みをしてしまい申し訳ありませんでした。実は色々ありましてーー」
薬箱の中を漁っているクロエを制止して、何があったを簡単に説明をした。
「随分と災難だったな。フラヴィ嬢はどうかしているとしか言いようがない」
珍しく午前の診察がないというクロエはお茶を淹れると親身になって話を聞いてくれた。
「それで、これからどうするつもりなんだ?」
「実はその事でクロエ様にお伺いしたい事がありまして」
「私にか?」
「はい。アンセイム様にお会いしたんですが、次はいつこちらにいらっしゃるかお分かりになりませんか?」
ユーリウスと愛人達が円満に別れる方法について考えた時に、アンセイムの姿が浮かんだ。彼に協力して貰えれば、もしかしたらエレノラの考えた計画が上手くいくかも知れないと思った。だが彼は神出鬼没で次にいつ現れるかは分からない。
本来ならば直接アンセイムへ手紙を書けば事足りそうだが、何しろ相手は王太子だ。彼の手に渡る前に不審な手紙は処分されてしまいそうだ。
「以前も話だが、アンセイムには余り関わらない方がいい。向こうから接触するのは防げないが、自ら接触するのは感心しない」
「ですがどうしてもアンセイム様にお願いしたい事があるんです!」
思わずテーブルに手を付き前のめりになる。
冷静なクロエは顔色一つ変える事はなかったが、暫し考える素振りを見せた。
「分かった、君がそこまでいうのなら私の夫に言伝を頼んでみようか」
「クロエ様の旦那様にですか?」
「ああ、言っていなかったか? 私の夫は城で働いているんだ」
そういえば、クロエ自身も以前は城で働いていたと聞いた。医務官だったらしいが、彼女の夫もそうなのだろうか。
そんな事をボンヤリ考えていると、クロエから当前の指摘を受け顔が引き攣る。
「だがそもそももっと適任者がいるのではないか?」
「え……」
「君の夫だよ」
「あー……そうですよね」
ごもっともだ。だがあれだけ自信満々に大口を叩いた挙句、ユーリウスの手を借りるのは気が引ける。しかもアンセイムの力を借りようとしている事が知られたら怒る可能性も無きにしも非ずだ。一応アンセイムの忠臣であるみたいだし、天より高いユーリウスの自尊心が傷付くかも知れない。
怒りながらも最終的にしょんぼりするユーリウスの姿を思い浮かべ笑いが込み上げる。
「込み入った事情がありまして、ユーリウス様には頼めないんです」
訝しげな顔をされるが笑って誤魔化すしかない。
「それなら仕方がないな」
だが意外にも詳しい理由を聞いてくる事なくあっさり引き下がってくれた。
その日の午後、クロエが往診のついでに屋敷に戻り彼女の夫に使いを出してくれた。
そしてその翌日には早速アンセイムが診療所を訪ねてきた。
「アンセイム様、お呼びたてしてしまい申し訳ありません」
「君が僕に会いたがっていると聞いてね、嬉しくて飛んできたよ」
クロエが一体どんな言伝を頼んだのかは分からないが、若干語弊がある気がする。ただ大きくは間違ってはいないので訂正する程ではないだろう。
「あの実は、アンセイム様にお願いがあるんです!」
「いいよ、話を聞こう。ただ先ずは座ろうか」
「あ、すみません……」
意気込むエレノラに彼は取り敢えず座るように促す。そしていつも通りアンセイムがお茶を淹れミルにはお土産のナッツを出すと、彼は向かい側に座った。
「それで、僕にお願いとは何かな?」
「実はーー」
昨日の出来事とエレノラの計画を掻い摘んで説明をする。
アンセイムは終始真剣な面持ちで黙って話を聞いており、話が終わると笑んだ。
「随分と興味深い事を計画しているね。それで僕に協力を要請したいという訳か。構わないよ」
「本当ですか⁉︎」
「だが、ただという訳にはいかない」
「分かっています! お幾らですか?」
取り引きにはお金は必要不可欠だ。無論覚悟している。
ただ余りに高額の場合一括で支払えないなら分割で交渉する他ない。
息を呑み、アンセイムからの返答を待つ。
「お金はいらないよ」
「え、ですがそれなら報酬は……」
「お金などではなく、僕が欲しいのは君だ」
「ああ、私ですか……え? え⁉︎ えっ⁉︎」
聞き間違えでなければ、彼は今エレノラが欲しいと言った。
驚き過ぎて思わず手にしていたカップを滑り落としそうになる。
「手を貸す条件は、君が僕の妃になる事だ。例外は認めない」
真っ直ぐにこちらを見据えているすみれ色の瞳と目が合う。とても冗談を言っているようには思えない。
「あ、あの、ですがアンセイム様には既に王太子妃様がいらっしゃいますよね?」
「ああそうだ。だが知っているとは思うが、私には側妃が認められている。実は王太子妃とは随分と以前から関係が冷え切っていてね。その為未だに子の一人にも恵まれておらず、周りからは早々に側妃を迎えるようにと言われているんだ」
「ですが、何故私など……」
普通に考えてあり得ない話だ。
普通に考えれば適任の女性は世の中にいくらでもいる。
普通に考えてどこの世界にわざわざ芋娘を側妃に迎えたがる王太子がいるのか?
普通に考えたら分かる、絶対にいない! 断言出来る! ならばこれは詐欺⁉︎ そう思わざるを得ないくらい非現実的だ。ただ彼がエレノラを騙した所でなんの得もないだろうが……。
「君と初めて出会った時、素敵な女性だと思った。二度目に偶然会った時、運命を感じ、三度目に会った時、それは確信に変わった。僕達は同じ瞳の色をしている。それもまた運命な気がしてならない」
まるで舞台でも見ているかのような台詞に、聞いているこっちが恥ずかしくなってしまう。だが当の本人は爽やかに微笑んでいる。
「あのでも私は、一応結婚していますし……」
「無論君がユーリウスの妻だという事は重々承知の上で言っている。君は借金返済のために彼に嫁いできたんだよね? それならその借金は全て僕が肩代わりしよう。生家の事も全て調べさせて貰った。僕ならフェーベル家を救う事が出来る。そうすれば君の気掛かりはなくなるだろう。後の事は全て僕に任せるといい。父君や弟君の何不自由ない生活を約束しよう。勿論君の幸せもね」
夢見たいな話だが、彼は王太子だ。今言った事を全て叶える力がある。
「ああ心配しなくても公爵には僕から話をしよう。決して君に心労は掛けさせない」
「……」
戸惑い黙り込んでいると、不意に彼は立ち上がりこちらへとやってくる。そしてエレノラの前に跪いた。
その光景に目を見張り慌てふためく。
王太子を跪かせるなんて、こんな所を誰かに見られでもしたら首チョンされる!
「ア、アンセイム様⁉︎」
「エレノラ、君は十分頑張った。もう頑張る必要はないんだよ」
「っ……」
膝の上に置いていた手に触れられ、暫し瞬きすら忘れ至近距離で見つめ合う。
彼は流れるような仕草で、まるで壊れ物に触れるようにもう一方の手でエレノラの赤く腫れている左頬に触れた。
「あ、あの、アンセイム様っ」
何が起きているのか理解が追い付かず、なされるがままになってしまう。更に緊張からか声が上擦った。
心臓が早鐘を打つ。
どうすればいいのか分からずテーブルの上にいるミルに助けを求めるが、先程彼から貰ったナッツを食べ終わり爆睡していた。
(ミル~! 起きて~‼︎)
心の中で必死に叫ぶが一向に起きる気配はない。
「僕達が結ばれるのは運命なんだーー良い返事を期待しているよ」
「っーー」
耳元に唇を寄せ甘く囁く。彼の吐息を感じピクリと身体を震わせた。
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