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三十二話〜双子〜
しおりを挟む妹達が去った後、セドリックはバルコニーへと避難した。
ここなら人目に触れず、誰にも声は掛けられないだろうと考えたが浅はかだった。
「セドリック」
聞き馴染みのある声に、内心ため息を吐き視線を向ける。橙色の感じる茶色のセミロングの髪に琥珀色の瞳の彼はユージーン・コルベール侯爵令息で、自称セドリックの友人だ。
「ご機嫌よう、セドリック様」
更に少し遅れて姿を現した女性は、ユージーンと同じ色の瞳と長い髪を巻き上げ、また同じ顔をしている。彼女はユージーンの双子の妹のビアンカ・コルベール侯爵令嬢だ。
「久々だね、会えて嬉しいよ」
「セドリック様、全然社交界に顔を出されないから寂しかったです」
適当に挨拶をして立ち去ろうかと思ったが、二人はセドリックを逃すまいと言わんばかりにサッと正面に立ち塞がる。
後は手すりなので、これでは身動きが取れない。
「はは……騎士団の任務で忙しくてね」
「騎士団と言えば、剣術大会凄かったよ。遅くなったけど準優勝おめでとう。友人として鼻が高いよ」
「私、感激してしまいました。剣を振るうセドリック様、本当に凛々しくて素敵です」
「ああ、うん、ありがとう……」
この双子とは幼少期からの知り合いではあるが、セドリックは友人とは思っていない。ただコルベール家は、ルヴェリエ帝国の有力貴族の一つであるので邪険には出来ないので、こうやって顔を合わせた際には適当に受け流している。
ただ何かにつけて昔からユージーンはセドリックを「友人」と言ってくるのでそれが頗る鬱陶しい。
正直ユージーンとは気も合わないし、そもそも彼の言動が好きになれないので極力関わりたくない。そして彼よりも厄介なのが妹のビアンカだ。実は昔から彼女に粘着されている。
一番古い記憶はセドリックが五歳の時だろうか。
同じ年頃の貴族の令息や令嬢を集めて城の庭で開かれたお茶会で、初めて双子と対面をした。強烈な出来事故、未だに良く覚えている。
挨拶を交わした時は双子は珍しいくらいの印象でしかなかった。だがーー
セドリックは暫く適当に令息や令嬢達と雑談をしていたのだが、不意に視界の端にある光景が飛び込んできた。
ビアンカがとある令嬢と接触をしたのだ。
接触した令嬢は蹌踉めいただけで転倒はしなかったが、ビアンカはその場に倒れ込む。
『きゃっ‼︎ 痛いっ』
『ビアンカ⁉︎ 大丈夫⁉︎ 君、私の妹に何するんだ‼︎ 怪我でもしたら責任とれるのか⁉︎』
接触した瞬間は見ていなかったので、どちらが悪いのかは分からないが、ユージーンは相手の令嬢を責め立てた。
その場はちょっとした騒ぎとなり、セドリックは仕方がなく仲裁に入る事にする。
その日のお茶会は城で開かれ、セッティングしたのは大人達だがセドリックは所謂主催側の立ち位置だ。見過ごす訳にはいかない。
だが互いの言い分を聞くも、ビアンカも接触した令嬢も相手から接触してきたと言いはり話は平行線のままだった。
埒があかないと、大人達も間に入りその時は痛み分けとなった。
すると、ビアンカはチラチラとセドリックへ視線を向けてくる。
『足が痛くて歩けそうにないです』
何故自分に言うのだろうかと不審に思いながら彼女の兄のユージーンを見るが、彼は先程までの態度とは一変して動こうとしない。
セドリックは内心ため息を吐き、ビアンカに手を差し伸べる。その瞬間、彼女は勢いよくセドリックに抱きついた。
『セドリック様は、私の運命の方です』
そう耳元で囁かれた。
この時はまだ女嫌いではなかったが、ビアンカの言葉に背筋がぞわりとした。
それからビアンカが参加するお茶などでは似たような騒ぎが起こった。
決定的瞬間を見た事はないが、彼女が意図的にやっているとしか思えない。
ただ家柄が家柄なので、周りは強く出れずに曖昧のまま月日は流れていった。
今はセドリックがほぼ社交界に顔を出さないので双子の近況は知らないが、恐らく変わっていないだろう。
「そういえばセドリック様、噂はお聞きになりましたか?」
「ああまあ、小耳に挟んではいるよ……」
また噂の話かとうんざりしながら、適当に返事をする。
「セドリック様が屋敷の侍女風情に懸想しているなんて下らない噂、嘘ですよね?」
「はは、ビアンカ、わざわざ確認するまでもないよ。セドリックが、そんな卑しい者に恋情を向ける筈がない。それにセドリックには相応しい女性がいる。そう例えば、私の可愛い妹とかね」
こちらを見たユージーンは、不敵に笑みを浮かべた。
「嫌だわ、お兄様ったら。そんなハッキリ仰ったらセドリック様が照れちゃいますわ」
やはり狙いは皇子妃の座か。
昔からなんとなくそうではないかと感じてはいたが、決定打がなく憶測に過ぎなかった。
ただここまで露骨ではなかったのに、年齢的にも少し焦りがあるのかも知れない。
またセドリックが社交界に出る機会も減った事も影響しているだろう。
これまでは小競り合いに過ぎなかったが、これからは分からない。
面倒な事になる前にそろそろ牽制しておいた方がいいだろう。
ついでに噂を逆手に取り、先程の令嬢達のようにセドリックの妻の座を狙う女性達を退けられれば尚いい。
「いや、噂は事実なんだ」
深刻な表情を浮かべ、さらりと嘘を吐いた。
すると双子はかなり驚いた様子を見せる。
「は? あ、いや、セドリック。幾ら何でもその冗談は笑えないよ」
「そうですわ、セドリック様ったら……」
「冗談じゃない。僕は本気で彼女が好きなんだ。だから、他の女性を娶るつもりはない」
ハッキリ告げると、セドリックの真剣さが伝わったらしい二人の表情は強張った。
「いや例え本気だとしても、皇族の君が平民と結婚など出来る筈がない」
「確かにそうだね」
「ほら、やはりーー」
「だが手立てがない訳じゃない。身分が問題なら、何処かの貴族の養女にすればいい」
「幾ら君の頼みでも、平民を受け入れる貴族など」
「君に心配して貰う謂れはない。それにあてはある」
ふと頭に思い浮かべたのは叔父だった。
少し変わり者ではあるが、きっと叔父なら話せば受け入れてくれるに違いない。実際、前例がある。
そこまで考えて我に返った。
(僕は一体何をムキになっているんだ……)
これは二人を牽制する為の嘘に過ぎないというのに……。
「そんなの嘘……」
ユージーンは黙り込む。
するとビアンカが独り言のように呟いた。
「嘘じゃない」
「嘘です、だってセドリック様は私の運命の方なんですものーーねぇ、そうですよね⁉︎」
その直後、ビアンカはセドリックに勢いよく抱きついて来た。
手すりを背にし横にはユージーンがいる為、避けるには彼女かユージーンを押しのけるしかないが流石に乱暴なまねは出来ない。
「ビアンカ、離れるんだ」
感情的にならないようグッと堪えながら、冷静に告げる。だがビアンカは聞く耳を持たない。
「嫌です‼︎ どうして分かってくれないんですか⁉︎ 他の女性と結婚すると仰るなんて酷過ぎます! 私とセドリック様は、結ばれる運命なのにっ」
むせ返える甘い香りと生温かく伝わる彼女の体温に嫌悪感を感じ、全身に冷たい汗が伝い粟立つ。
セドリックはビアンカを引き剥がそうとするが、思いの外彼女の力が強く上手くいかない。
力任せにする事は出来るが、そうなれば彼女を突き飛ばし兼ねない。もしかしたら怪我を負わせてしまう可能性もあり躊躇わられた。
だがセドリックは我慢の限界に達する。
気持ちが悪い、吐きそうだーー
耐えられなくなり、どうとでもなれと腕に力を込めた時、ビアンカは離れていった。いや、正確にはユージーンが引き剥がしたのだ。
「ビアンカ落ち着いて!」
「離して、お兄様‼︎ ーーセドリック様……私達、結婚しますよね?」
膝をつき半笑いで問いかけてくる姿は異様としか言いようがない。
「そうですよね⁉︎ セドリック様っ、セドリック様‼︎」
これ以上この場にいられないと、セドリックは踵を返す。
背中越しにビアンカが叫ぶ声がするが、そのままバルコニーから立ち去った。
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