出涸らしと呼ばれた第七皇子妃は出奔して、女嫌いの年下皇子の侍女になりました

秘密 (秘翠ミツキ)

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三十三話〜不安定〜

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 乱れる呼吸を感じながら、ひたすらに広間の人々の間を縫うようにして扉へと向かう。

「探したぞセドリック、一緒に酒でも……あ、おい!」

 その途中で、アルバートに声を掛けられたが、視線すら向けずにそのまま通り過ぎた。
 今は一刻も早く、この場所から立ち去りたかった。

 広間から出てブライスを始めとした護衛数人に「帰る」と一言告げると、少し驚いた様子を見せたが何か言う事はなかった。
 その後馬車に乗り込み御者に直ぐに出すように告げる。
 セドリックは壁にもたれかかると大きく息を吐きそのまま目を瞑った。そして気付けば馬車は屋敷に到着をしていた。

 屋敷の扉を開ければ予定より早い帰宅の為、出迎えの者は誰もいない。だがかえってその事に安堵した。
 ブライス達を解散させ、ようやく一人になれる。
 早く自室へ行きたい、その一心で廊下を歩いていると、タイミング悪くリズと出会してしまった。

「セドリック様、お戻りになられていらっしゃったのですね。お帰りなさいませ」

「っーー」

 セドリックに気付いたリズが振り返り声を掛けてくる。

「セドリック様……?」

 だがその問いに返事をする事もせずに顔を背け無言で彼女の横を足早に通り過ぎた。
 


 乱暴に自室の扉を開け外套を床に放り捨てるとベッドの上に転がった。
 ランプの薄明かりの中、腕を捲れば赤くなり発疹が無数に出来ていた。
 毎回の事なので確認しなくても分かる。他にも脚や背中などにも同様な症状が出ているだろう。ただ明日の朝には消えているので問題はない。

 女性に接触すると必ず身体のいたる箇所に発疹が出来、酷いと呼吸も苦しくなる。
 今日は特に症状が酷い。
 まさか抱き付かれるなど思わなかった。
 最近は双子と顔を合わす機会も少なく完全に油断していた。 

 ただ今回はセドリックにも落ち度はある。
 牽制するつもりが、逆に煽る形になってしまった。とんだ失態だ。自分の未熟さを痛感する。

 暫く横になり一人反省をしていると、扉をノックする音が聞こえた。
 恐らくジルかソロモンだろう。
 セドリックの帰宅を聞き、就寝の支度をしにきたに違いない。
 
「……誰?」

 怠い身体を起こし扉の前へ行くと、一応相手を確かめる。
 ジルかソロモン以外の使用人とは、今は顔を合わせたくない。それに弱っている姿を見せる訳にはいかない。主人として皇子として沽券に関わる。

「セドリック様……リズです」

「っーー」

 その瞬間、予想外の人物に心臓が跳ねた。
 リズならジルやソロモンにセドリックの帰宅を報告して指示を仰ぐと筈だと思っていた。それなのに何故ーー

 少し落ち着いた呼吸がまた乱れ始める。

「差し出がましいとは思いましたが、白湯をお持ち致しました。先程、体調が優れない様子でしたので……」

 何か返事をしなくてはと思うが、上手く頭が働かない。
 いつもはリズなら至近距離でも平気だった。まして今は扉越しだ。それなのに酷く動揺をし身体が強張るのを感じる。
 
「セドリック様?」

「っ……」

 声ではなく、ただ息だけが口から洩れる。
 扉越しで良かった。流石に聞こえていないだろう。
 今のセドリックを見たらきっとリズは驚くだろう。これ以上心配を掛けたくない。
 
「大丈夫ですか? 何かありましたか?」

 いつも落ち着いた口調のリズの声色に少しずつ焦りが混ざるのを感じた。

「セドリック様? ……申し訳ありませんが、開けさせて頂きます」

 その言葉の直後ドアノブが動き、セドリックは焦りながらそれを押さえた。

「開けるなっ‼︎」

「っーー」

 思わず声を荒げてしまう。
 すると扉の向こうから、リズが息を呑んだ気配を感じる。

「ご、ごめん! でも、今は誰とも会いたくないんだ……」

「……」

「僕は大丈夫だから。白湯、ありがとう。扉の前に置いておいてくれる? 後で飲むからさ」

 心配してくれている優しい彼女を邪険にはしたくない。そんな思いから極力優しい口調で伝えた。それにーー

(リズに、嫌われたくない……)

 漠然とそう思った。
 女嫌いで、その所為で今正に苦しんでいるというのにそんな事を思うなんて馬鹿だ。

「承知致しました。セドリック様、安静になさって下さい。……差し出がましい事をしてしまい申し訳ありませんでした」

 その声は、僅かだが落胆したように感じた。
 何故彼女が謝るのだろうか。悪いのはどう考えても自分だ。

 茶器を置く音の後に扉から彼女の気配が離れて行くのを感じる。
 思わず扉にもたれ掛かった。

「っ……」

 自分で立ち去るように言った癖にセドリックは後悔をする。

「リ、リズっ‼︎」

 気付けば扉を開け彼女を呼び止めていた。



 
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