汐留一家は私以外腐ってる!

折原さゆみ

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1家族紹介③~父親~

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 これで最後の家族紹介になる。私の父親、汐留悠乃(しおどめゆうの)についてだ。こいつも母親に影響されておかしくなった一人だ。仕事は高校の教師。イケメン教師として、生徒から結構な人気があると聞いている。外見だけ見れば、イケメンと呼んでもいいのだろうが、中身を見たらただの残念なイケメンだ。人気がある理由がわからない。

 私の母親と父親は、はたから見たら、ただのバカップルだ。娘の私から見てもバカップルに見えるのだから、周りにはどの程度に見えているのか、考えるだけで恐ろしい。



「悠乃君と結婚できたのは、奇跡だわあ。」

「僕も、雲英羽さんと結婚できたのは奇跡、いや、運命だったと思うよ。」

 こんな会話になったきっかけを与えたのは、残念ながら私であった。通っていた小学校の先生が結婚するという話を両親にしたのが運の尽きだった。先生たちとのつながりが深かった知り合いが教えてくれたので、両親にも教えてあげようと思ったのだがいけなかった。

 ちなみに今は夕食時であり、今日の夕食はカレーライスである。


「結婚できたのはいいけど、お父さんって、お母さんの趣味を最初から知っていたの。それとも、結婚してから知ったの?」

 妹の陽咲がカレーを食べる手を止め、質問した。私も長年知りたかったことだ。母親以外に対しては、割と常識人な父親が狂い始めたのはどの時点だったのだろうか。私の振った話からそんなことが聞けるとは思わなかった。質問した妹に少しだけ感謝した。
 

「そうだなあ。僕たちはお見合い結婚なのは話したことがあると思うけど、お見合い中盤から、互いに自分の趣味とか話すようになって、それで、結婚前から雲英羽さんの趣味については知っていたよ。」


「結婚前からとか……。それなら、お父さんはどうしてお母さんの趣味を知ってもなお、結婚しようと思ったの?正直に言って、母さんって、ブスではないけど、化粧は下手だし、服のセンスもないし、おしゃれでもないし、髪は手入れしていないし、いろいろ女としてどうかと思うけど。そこに世間的には何とも言えない趣味を持っていたら、普通敬遠しそうじゃない?」

「喜咲って、母さんに対して結構辛らつだよね。言い返せないところが悲しいけど……。しくしく。」

  
 母親がウソ泣きをしているのを無視し、私は陽咲に続いて質問する。結婚前から知っていたと聞いて、長年知りたかった疑問は解決されたが、驚きは少なかった。結局、今がおかしいので、過去のことを気にしても意味がないということに気付いたからかもしれない。


「それはまた、難しい質問だなあ。父さんがモテていたのは知っていると思うけど、自分で言うのも変だが、女に困ったことはなかった。」

 遠い目をして、昔を懐かしむ父親。同じように母親もウソ泣きをやめて遠い目をしていた。昔を思い出しているのだろう。二人にしかわからない思い出に浸っているようだった。


「まあ、僕はたぶん、女子女子している人が周りにいすぎて、嫌になっていたから、雲英羽さんみたいな人が新鮮だったのかもしれない。新鮮とは言っても、今は飽きたとかそういうのはないよ。」

「私は、そうだなあ。こんなイケメンなのに、売れ残っているから、何かしら変なところがあるんだろうと思っていたけど、実は私と同じ腐の道を歩む素質があったとは思わなかった。でも、その素質があったからこそ、結婚に踏み切ったのかも。」

 二人は目を合わせて、ふふふっと嬉しそうに微笑んだ。もういい年したおじさんとおばさんが見つめ合って笑っている様子はシュールだが、不思議と笑ってやることができなかった。陽咲は自分から質問したにも関わらず、反応が薄かった。会話は聞こえているだろうが、何も言うことはなかった。黙々とカレーを食べ続けていた。



「お父さんは、お母さんの趣味を知ってもなお、結婚したみたいだけど、その、お母さんの趣味って、アレだけど、どうやって受け入れたの。だって、自分と同じ男が男とやっているのを見て、普通はおかしいと思わない?お父さんの恋愛嗜好は一応、女だよね。まさか、実は恋愛対象は男で、お母さんは体のいい、隠れみ、……。」

 夕食後も、両親の話題を終えることができなかった。ちょうどよい機会だから、私は父親にさらに突っ込んだ質問をしてみた。今でこそ、家では隠しもせずにBL本を堂々と読んでいるが、最初はどうだったのか気になったのだ。それに対しての父の答えは簡単だった。


「驚いたけど、別に自分自身のことじゃないし、自分がやっているわけでもない。あくまで創作だろう。ヤンデレとか、ツンデレとかそういう、属性みたいなものだと思えば、何ともないさ。だって、現実にありえないことでも、創作なら、とかいうじゃない。そういう奴だよ。」

 あっけらかんと答える父にさすがだと思わざるを得なかった。

「ああ、ちなみに僕は、雲英羽さんのことは恋愛対象としてちゃんと好きだよ。だから結婚した。これからも好きでいると思うし、離婚はしない予定だよ。そうそう、喜咲ちゃんはBLが苦手みたいだけど、それも僕は別に気にしないよ。雲英羽さんは気に入らないみたいだけど。まあ、価値観なんて人それぞれだからね。お母さんのことは気にしないで、自分の好きに生きるといいよ。」


 なんて、素晴らしい人なんだと、わが父ながら、感激してしまった。しかし、それも一瞬で崩れ去る。やはり、あのくそな母親と結婚しただけのことはある。


「それで、僕のことをもっと聞きたいみたいだけど、それなら、雲英羽さんから聞いた方が面白いと思うよ。だって、雲英羽さんは自分で創作もしているみたいだから、僕みたいな面白味がない人でも、面白可笑しく話してくれると思うよ。ああ、そうそう、僕もできれば喜咲ちゃんにもBLの奥深さを知ってほしいとは思っているよ。特に今読んでいるこの教師と生徒の禁断の物語。ああ、禁断っていう響きはいいね。教師と生徒、さらには男と男、ダブルで世間から隠れて恋愛するこのスリルがたまらない。」


「黙れくそ親父!」

 くそ親父と叫んだら、その当人は何を思い出したのか、ああそうだ、とのんきに爆弾発言をかましだした。

「懐かしいね。あのときから、どうも喜咲ちゃんはお父さんに対しての対応が厳しくなったよね。」

 その言葉に私は思い出す。そうだ。私は初めから頭のおかしい、母親に侵されたくそ親父などと思っていたわけではなかった。




 私たちのトラウマとなった事件、妹はそれがきっかけで男性不審になった。私にとってもトラウマになりかけたあの事件。あの事件で私は母親がやばいと気づいたと同時に、父親も同じようにやばい奴だと気付いたのだ。

 あの事件があって、妹は男性不審が発症したわけだが、当然、父親に対しても拒否反応を起こしていた。そこで、出された打開案が常軌を逸していた。

「僕も男だから、陽咲ちゃんから拒否されてしまうんだ。じゃあ、男に見えなければいいじゃないか!」

 自分の提案に満足したのか、父親は事件から一週間近くたってから、ある計画を実施した。

「父親女装計画」

 私の父親は、イケメン要素を兼ね備えている。男らしい体つきであり、身長も高い。顔も中性的な顔つきではなく、男らしい骨格のしっかりした感じのイケメンだ。どこを探しても、女性的要素が見つからない。頭の中は腐った女子のようだが、外見には反映されることはない。黙っていればイケメンなのだ。

 しかし、そこを何とかしたのが、母親の手助けだった。母親は、「娘のため」という素晴らしい理由で父親を手助けしたのではないと思う。ただ単に、面白そうだからという理由に違いない。

 ということで、父親の提案から始まったこの計画だが、それは結果的に失敗に終わった。常識的に考えて、失敗するに決まっているのだが、予想とは違う結果で失敗に終わった。

 どうにも女装が完璧すぎたのだ。父親が女装した姿で陽咲の前に現れたら、陽咲はなんと、自分の父親を父親と認識できなかったのだ。父親に似ていると言って、勝手に父親の親戚か何かと勘違いしてしまった。

 父親も、自分の娘に女装した自分の姿をさらして、ようやくやばいと気づいたらしい。とっさに自分は父親の遠い親戚だと言ってしまった。


 確かに勘違いするのも無理はない、というくらいのクオリティの高さの女装だった。背の高さや体格の良さは隠せないが、首元を隠し、髪型を変え、化粧や服装を駆使して、見事父親は女性になっていた。さすがに声までは変えられないので、マスクをして、喉がおかしいと言ってごまかしていた。


 妹は最終的に、うっすらと父親のことを親戚ではなく、本当は父親が女装していると気づいていたのかもしれない。しかし、核心は得られないようだった。最後まで父親の親戚だと信じ込んでしまったため、一週間もたたないうちにこの計画は幕を閉じた。



 妹は気づかなかったが、私は気づいていた。いや、見てしまったのだ。父親が女装している最中の現場を目撃してしまった。それはおぞましい光景だった。父親も男なので、体毛が女性より濃いのは仕方ないことだ。それを脱毛している現場をうっかり見てしまった。母親が、それはそれは楽しそうにシェーバー片手に鼻歌を歌いながら、父親の体毛を刈り取っていた。父親がうれしそうな表情でなかったことだけが救いだ。困ったような顔だったが、受け入れていることに絶望したが。


 そんなこんなで、私の中で頭のおかしなくそ親父というイメージがついてしまった。

 こんな感じで家族全員おかしい。全くもって私だけが常識人なのはそれこそ奇跡である。もっと私を大事に扱ってほしいものである。
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