清めの塩の縁~えにし~

折原さゆみ

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13似ている男

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「愛理さん、どうしましたか。元気がないみたいですが」

 愛理が時間売買を初めて行ってから一週間が経過した。愛理はこの一週間、夢見が悪い状態が続いていた。時間売買をしたときに見えた、老人ともう一人の高齢の女性のことを夢に見ることが多く、身体も精神も休まった気がしなかった。


「大丈夫です。田辺先生」

 今は、塾の時間であり、愛理は塾で出された宿題の丸つけをしていた。

 愛理は、目の前にいる新しく入った塾講師の顔をじっと見つめる。彼は、百乃木とよく似ていた。最初に出会った時は同一人物かと思って驚いたが、話してみると同一人物ではないことが判明した。当たり前のことだが、あまりにも似ているので、どうにも顔を見ると、百乃木を思い出してしまう。塾講師の彼は、愛理のことをただの生徒と思っているようで、当然のことながら、時間売買に関することを話してくることはない。

「本当ですか?若いのに元気がないのは心配です。子供は元気が一番です!」

 にっこりとほほ笑まれるが、愛理は苦笑いを浮かべることしかできない。今までの人生、元気に過ごしてきた覚えがなかった。妹の美夏があの事件以来おかしくなってしまい、今までの元気のない愛理が、さらに元気がなく暗い子になってしまった。


「先生、愛理ばっかり構っていないで、私にも構ってよ!」

「先生、今日ね、僕授業でこれ習ったんだ」


「はいはい。順番に話を聞きますからね。愛理さん、後で元気がない理由を聞きますよ。家族や親しい人には話せなくても、他人の僕なら話せることもあるでしょうから、それに」

 田辺は小声で驚くべき発言をした。愛理はただ黙って聞くことしかできなかった。


「時間が急激に減っています。これは、どういうことなのか、説明してもらわないと。知っていますよね。未成年の時間売買は法律で禁じられています。それなのに、あなたの時間が減っているということは……」

「な、何言っているのかわかりま」

「言い訳は後でじっくりと聞きましょう」

 愛理の言葉は、田辺の言葉で一方的に遮られた。田辺は他の生徒の面倒を見るために、愛理から離れていく。一人その場に取り残された愛理は、その後の授業に集中できるはずもなく、カリキュラム通りにテキストが進むことはなかった。





「すいません。少し愛理さんとお話ししたいことがありまして。十分程度、お時間をいただいてもよろしいでしょうか」

 やっと塾が終わり、家に帰れると思った愛理は、迎えに来た母親に時間をくれと頼む田辺の行動に驚く。話があると言われていたが、今日この場で話すとは思ってもいなかった。


「もちろん構いませんが、他の生徒もいるのに、お時間は大丈夫なのですか?」

「構いません。今日は私の他にもう一人講師がいますので、愛理さんの元気がないことが心配でして。事件のことは聞いていますが、それ以外に何か理由があるのではないかと思いまして。心当たりはありませんか」

 母親と田辺が話しているところをぼんやりと見つめる愛理だが、田辺がどうして自分の心配するのか、不思議でならなかった。先日新しく来た塾講師であり、まだ生徒のことをよく知らないはずだ。それなのに、なぜこうも心配してくれるのだろうか。

「とりあえず、話だけでも聞いておいた方がいいのかな」

『あいつは、時間師だな。お前の時間が減っているのに気付くのも当然だ』

 愛理のつぶやきに答えたのは、白亜だった。頭の中で白亜の声が聞こえる。あたりを見渡すが、白亜の姿は見当たらない。清めの塩があれば、どこにでも現れることができるとのことなので、愛理が持っている鞄の中の塩が媒体となっているのだろう。

「それって、私が時間を売るのに反対で、止めるために説教をされるとか」

『当然、話の内容はそれで間違いはないだろうね。でもまあ、事情を話せばあるいは』


「愛理。何か悩んでいるみたいだから、この際、先生に洗いざらい話してしまいなさい」

「ここで話すことでもありませんから、奥に行きましょう」

 愛理の話し声は大人二人には聞こえていなかったようだ。妹の美夏は、姉に興味がないのか、靴を履いて塾を出る支度をしていた。

 母親を説得した田辺は、愛理を塾の奥にある面談ができるスペースに連れていく。仕方なく愛理も田辺の後についていった。





「やっと二人きりになれました。ここなら、小声で話せば外に聞こえる心配はありません」

 塾での親との面談や生徒との面談に使われるスペースに移動した愛理と田辺は、机に向かい合って座っていた。周りを衝立に仕切られていて多少、音が遮られている。田辺が改めて話を切り出すのに、愛理はどうしたらいいかわからず黙っていた。

「はあ」

 二人きりになったのに、話をしない愛理に田辺が深いため息をつく。そして、塾の授業時間に話した内容を繰り返す。

「あなたの時間が急激に減っています。これは、どういうことなのか、説明してくれますか」

「説明と言われても」

「離したくなくても、話してもらいますよ。私はこう見えて、他人の時間を見ることができる時間師の資格を持っています。その私が、時間が減っていると言っているのですから、隠しても無駄です。いったい、どこのだれに時間を売ったのか、誰にそそのかされて時間売買を始めたのか、きっちり話してもらいますよ!」


「田辺先生は、百乃木大夢と同一人物ですか?」

 無意識に出た言葉にはっと我に返り、口を手でふさぐが、すでに言葉は田辺に届けられていた。言葉を受け取った田辺は呆然と愛理を見つめている。

「いえ、そんなわけはないですよね。ただ、知り合いに先生によく似た人がいたから、ついきいてみたくなっただけ、で」

「兄が原因ですね」

 田辺が頭を抱えてうなりだす。突然の兄弟発言に愛理も戸惑って言葉を失う。しばらく田辺のうなり声だけがその場に響くのみだった。

「まさか、兄があなたみたいな少女を勧誘しているなんて、思いもしませんでした。しかし、だからこそ、私はあなたに忠告します。時間を売るのはやめなさい、と」


『それは無理な相談だなあ』

 田辺の忠告に答えたのは、愛理ではなかった。突如煙がその場に湧き上がり、煙とともに現れたのは白髪、紅眼の少年だった。
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