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28時間の相性
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あの老人とはいったい誰のことか。愛理が質問する前に、百乃木が愛理に老人の説明を始めた。
「あの老人ですよ。ほら、朱鷺さんが最初に時間売買をした老人です。あの人が亡くなったみたいです」
「亡くなった……」
百乃木から言われたことを愛理はすぐには理解できなかった。時間を愛理から買ったはずなのに、どうして死んでしまったのか。時間を買ったということは、その分、寿命が延びるということで、死ぬのが先延ばしされたということだ。愛理の疑問を解決するように、百乃木が時間売買のリスクを話し出す。
「朱鷺さんは知らなかったみたいですが、このようなことは、よくあることなんです。簡単に言うと、時間の相性が合わなかったということですよ。例えれば、輸血を考えてもらえばいいでしょうか。会わない血液を体内に入れれば拒否反応、拒絶反応が起こってしまう。それと同じことが老人に起こったと考えてください」
「でも、そんなこと最初の説明になかったではないですか。時間にも相性があって、合わないと、拒否反応で死んでしまうなんて」
愛理の叫びに、百乃木は淡々と事実だけを述べていく。人が一人、自分の商売のせいで亡くなったというのに、悲しむ様子は微塵も感じられなかった。
「そこが難しいところですよ。時間売買のリスクを話してしまえば、時間売買を躊躇する人も出てくる。それでは困るんですよ。我々は時間を売買することでお金を得ています。そんなリスクがあると説明しては、売り上げが減ってしまいますから」
死を覚悟して時間売買をする人はいないはずだ。時間を延ばしたい、死を先延ばしにしたい人が、時間を買い求めて百乃木たちの元を訪れる。結果的に死を早めてしまっているこの現状は矛盾している。
「売り上げが減るって、そんなことを言っている場合では……」
「トントン」
愛理の言葉は、扉をノックする音で遮られた。百乃木が入る許可をすると、先ほどの社員、時任が入ってきた。
「話は終わりましたか。電話があったかと思いますが。先日、百乃木さんが担当した老人が亡くなりました」
「知っている。今日は無理だから、明日以降様子を確認しに行くと伝えた」
どうやら、百乃木の携帯以外に、会社にも老人の訃報は連絡が入っていたようだ。
二人が話している間に、愛理はこれからどうするか考えていた。学校での事件の犯人は時間売買をしている人。話から、百乃木の会社ではないだろう。他の時間売買業者を調べてみれば、犯人がわかるのだろうか。最近、急速に売り上げを伸ばしている会社。調べればわかるかもしれない。
愛理はこれ以上、自分と同じ子供たちの被害を増やさないために、どうにか犯人を捕まえたいと思った。小学生の身でできることは少ないが、それでも、犯人の目星をつけて、警察に通報することはできる。もし、警察が証拠を発見できなくても、警察に通報されたら、しばらくの間、その時間売買業者は事件を起こすのは控えるだろう。
『果たして、そう簡単にことは運ぶかな』
愛理の思考を読んだのか、白亜が頭の中でささやく。
「でも、何もしないよりはいいでしょう」
こっそりと白亜に答えるが、白亜から返事はなかった。
「それで、百乃木さんから話を聞きましたが、あなたがあの老人に時間を売ったという少女ですか。なるほど、老人が亡くなったのは、十中八九、この少女との相性が最悪だったからじゃないですか。百乃木さんがこのことを知らないはずないと思いますが」
「もちろん、その可能性は知っていました。でもまあ、実験みたいなものですよ。彼女みたいな例は見たことがありませんから。興味もありましたし」
「ですが、そのせいで」
「まあ、大丈夫でしょう。あの老人、前からやばい精神状態で、息子さんが困っていらしたはず」
白亜の言葉に我に返り、百乃木たちの会話に耳を傾けていると、驚きの事実が明らかになった。時間の相性が悪いと生じるリスクを百乃木は最初から知っていたらしい。そのことに気付き、愛理は無意識に叫んでいた。
「最初から知っていたんですか?あの老人と私の相性が悪いことを!」
「すいませんね。小学生相手にする話ではありませんでした。それで。彼女を連れていくつもりですか」
「当然、息子が会いたいと言っているのですよ。当人を連れていった方が、話が進みやすい」
愛理の叫びは、二人に無視され、挙句の果てには、老人の息子と会わせようとしていた。合わせる顔がないとはこのことだ。老人に時間を与えたばかりに、老人の死が速まってしまったかもしれないのだ。
「百乃木さんから聞きましたが、あなた、時間売買のさいに、他人の記憶を見ることができるんですねえ。それなら息子さんに会いたい気持ちは、少しはあるでしょう」
「息子」
息子と言えば、愛理が老人と時間売買をした際に視た、老人と一緒に居た、老人によく似た若い男のことだろうか。時任の言葉に考え込む愛理に、百乃木が補足する。
「息子です。老人には一人息子がいます。老人の息子がどんな人物か、実際に自分の目で見たいとは思いませんか。特別に会わせてあげますよ」
「私は……」
悩む愛理に、頭の中で白亜の声が鳴り響く。
『会いに行けばいいと思うよ。今後の時間売買に役立つかもしれないよ。それに、時間売買のことを詳しく知るチャンスとも言える』
白亜の後押しもあり、愛理は老人の息子と会うことに決めた。
結局、学校での事件の話は、途中で終わってしまった。時任は老人の件以外にも、今朝の学校の事件の対応をして欲しいと、百乃木に頼み込んでいた。百乃木もことの重要さを知ったのだろう。愛理を家まで送り届けると言ってきた。今日のところはここまでのようだ。愛理は中途半端に聞かされた事件の内容に不満ながらも、あきらめることにした。
「百乃木さんは仕事をしてください。以前のように運転手さんに家まで送ってもらいますから、一人で大丈夫です」
「ですが」
「彼女がそう言っているのから、いいじゃないですか。彼女を、仕事をさぼる口実にしないでください。あなたにしかできない仕事が溜まっているんです」
百乃木は愛理を家まで送り届けたかったようだが、時任に止められ、会社のまえで別れることになった。愛理が車に乗り込むと、すぐに車は発車した。
「事件の話は聞けましたか」
「大体は。運転手さん、ええと太良さんは、時間売買のリスクを知っていて、百乃木さんに協力しているのですか」
愛理は運転手がどう思っているのか聞いてみることにした。百乃木はお金を稼ぐためにリスクを秘密にして商売していると言っていたが、運転手はどのような気持ちでいるのだろう。
「私は、彼の言う通りに従うだけです。それ以外に選択肢はありません。それに、うまくいけば、時間を買う側も売る側も幸せになれます。死んでしまうこともあるでしょうが、それは、その人の運命なのでしょう。割り切ることにしています」
でも、あなたみたいな若い人は割り切ってはいけません。自分の気持ちの正直になるのがいいと思います。
付け足しのように告げられた言葉に愛理は頷き、自分の信念に従って、犯人を自分の手で見つけ、通報しようと心に誓った。
「あの老人ですよ。ほら、朱鷺さんが最初に時間売買をした老人です。あの人が亡くなったみたいです」
「亡くなった……」
百乃木から言われたことを愛理はすぐには理解できなかった。時間を愛理から買ったはずなのに、どうして死んでしまったのか。時間を買ったということは、その分、寿命が延びるということで、死ぬのが先延ばしされたということだ。愛理の疑問を解決するように、百乃木が時間売買のリスクを話し出す。
「朱鷺さんは知らなかったみたいですが、このようなことは、よくあることなんです。簡単に言うと、時間の相性が合わなかったということですよ。例えれば、輸血を考えてもらえばいいでしょうか。会わない血液を体内に入れれば拒否反応、拒絶反応が起こってしまう。それと同じことが老人に起こったと考えてください」
「でも、そんなこと最初の説明になかったではないですか。時間にも相性があって、合わないと、拒否反応で死んでしまうなんて」
愛理の叫びに、百乃木は淡々と事実だけを述べていく。人が一人、自分の商売のせいで亡くなったというのに、悲しむ様子は微塵も感じられなかった。
「そこが難しいところですよ。時間売買のリスクを話してしまえば、時間売買を躊躇する人も出てくる。それでは困るんですよ。我々は時間を売買することでお金を得ています。そんなリスクがあると説明しては、売り上げが減ってしまいますから」
死を覚悟して時間売買をする人はいないはずだ。時間を延ばしたい、死を先延ばしにしたい人が、時間を買い求めて百乃木たちの元を訪れる。結果的に死を早めてしまっているこの現状は矛盾している。
「売り上げが減るって、そんなことを言っている場合では……」
「トントン」
愛理の言葉は、扉をノックする音で遮られた。百乃木が入る許可をすると、先ほどの社員、時任が入ってきた。
「話は終わりましたか。電話があったかと思いますが。先日、百乃木さんが担当した老人が亡くなりました」
「知っている。今日は無理だから、明日以降様子を確認しに行くと伝えた」
どうやら、百乃木の携帯以外に、会社にも老人の訃報は連絡が入っていたようだ。
二人が話している間に、愛理はこれからどうするか考えていた。学校での事件の犯人は時間売買をしている人。話から、百乃木の会社ではないだろう。他の時間売買業者を調べてみれば、犯人がわかるのだろうか。最近、急速に売り上げを伸ばしている会社。調べればわかるかもしれない。
愛理はこれ以上、自分と同じ子供たちの被害を増やさないために、どうにか犯人を捕まえたいと思った。小学生の身でできることは少ないが、それでも、犯人の目星をつけて、警察に通報することはできる。もし、警察が証拠を発見できなくても、警察に通報されたら、しばらくの間、その時間売買業者は事件を起こすのは控えるだろう。
『果たして、そう簡単にことは運ぶかな』
愛理の思考を読んだのか、白亜が頭の中でささやく。
「でも、何もしないよりはいいでしょう」
こっそりと白亜に答えるが、白亜から返事はなかった。
「それで、百乃木さんから話を聞きましたが、あなたがあの老人に時間を売ったという少女ですか。なるほど、老人が亡くなったのは、十中八九、この少女との相性が最悪だったからじゃないですか。百乃木さんがこのことを知らないはずないと思いますが」
「もちろん、その可能性は知っていました。でもまあ、実験みたいなものですよ。彼女みたいな例は見たことがありませんから。興味もありましたし」
「ですが、そのせいで」
「まあ、大丈夫でしょう。あの老人、前からやばい精神状態で、息子さんが困っていらしたはず」
白亜の言葉に我に返り、百乃木たちの会話に耳を傾けていると、驚きの事実が明らかになった。時間の相性が悪いと生じるリスクを百乃木は最初から知っていたらしい。そのことに気付き、愛理は無意識に叫んでいた。
「最初から知っていたんですか?あの老人と私の相性が悪いことを!」
「すいませんね。小学生相手にする話ではありませんでした。それで。彼女を連れていくつもりですか」
「当然、息子が会いたいと言っているのですよ。当人を連れていった方が、話が進みやすい」
愛理の叫びは、二人に無視され、挙句の果てには、老人の息子と会わせようとしていた。合わせる顔がないとはこのことだ。老人に時間を与えたばかりに、老人の死が速まってしまったかもしれないのだ。
「百乃木さんから聞きましたが、あなた、時間売買のさいに、他人の記憶を見ることができるんですねえ。それなら息子さんに会いたい気持ちは、少しはあるでしょう」
「息子」
息子と言えば、愛理が老人と時間売買をした際に視た、老人と一緒に居た、老人によく似た若い男のことだろうか。時任の言葉に考え込む愛理に、百乃木が補足する。
「息子です。老人には一人息子がいます。老人の息子がどんな人物か、実際に自分の目で見たいとは思いませんか。特別に会わせてあげますよ」
「私は……」
悩む愛理に、頭の中で白亜の声が鳴り響く。
『会いに行けばいいと思うよ。今後の時間売買に役立つかもしれないよ。それに、時間売買のことを詳しく知るチャンスとも言える』
白亜の後押しもあり、愛理は老人の息子と会うことに決めた。
結局、学校での事件の話は、途中で終わってしまった。時任は老人の件以外にも、今朝の学校の事件の対応をして欲しいと、百乃木に頼み込んでいた。百乃木もことの重要さを知ったのだろう。愛理を家まで送り届けると言ってきた。今日のところはここまでのようだ。愛理は中途半端に聞かされた事件の内容に不満ながらも、あきらめることにした。
「百乃木さんは仕事をしてください。以前のように運転手さんに家まで送ってもらいますから、一人で大丈夫です」
「ですが」
「彼女がそう言っているのから、いいじゃないですか。彼女を、仕事をさぼる口実にしないでください。あなたにしかできない仕事が溜まっているんです」
百乃木は愛理を家まで送り届けたかったようだが、時任に止められ、会社のまえで別れることになった。愛理が車に乗り込むと、すぐに車は発車した。
「事件の話は聞けましたか」
「大体は。運転手さん、ええと太良さんは、時間売買のリスクを知っていて、百乃木さんに協力しているのですか」
愛理は運転手がどう思っているのか聞いてみることにした。百乃木はお金を稼ぐためにリスクを秘密にして商売していると言っていたが、運転手はどのような気持ちでいるのだろう。
「私は、彼の言う通りに従うだけです。それ以外に選択肢はありません。それに、うまくいけば、時間を買う側も売る側も幸せになれます。死んでしまうこともあるでしょうが、それは、その人の運命なのでしょう。割り切ることにしています」
でも、あなたみたいな若い人は割り切ってはいけません。自分の気持ちの正直になるのがいいと思います。
付け足しのように告げられた言葉に愛理は頷き、自分の信念に従って、犯人を自分の手で見つけ、通報しようと心に誓った。
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