清めの塩の縁~えにし~

折原さゆみ

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44幼馴染の悩み

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「おはよう」

「おはよう、愛理、お前、顔色が悪いけど、大丈夫か。もしかして、オレのことが心配で」

「そんなわけはない。ただ、いろいろ考え事をしていたら寝れなくて」

 朝、いつも通りに大河と美夏と学校に向かう途中、大河に自分の顔色の悪さを指摘された愛理は、不機嫌に大河を突っぱねる。

「ねえ、大河君。心配って何?」

「いや、別に、ただ」

「美夏が心配するようなことはないよ。さっさと行こう。遅刻しちゃうよ」

 愛理は、二人を置いて、さっさと学校にむかう。明日、私たちと同じくらいの児童の命が奪われる事件が解決するだろう。ちらりと後ろを振り向くと、美夏と大河が楽しそうに話している光景が目に入る。平和な光景に、なぜか愛理はため息が出た。自分でもなぜため息が出たのかわからなかったので、頭をかしげるしかなかった。






「それで、具体的にいつどこで待ち合わせをしたのか、もう一度詳しく話して頂戴」

 休み時間、大河から詳しく話を聞こうとしたが、なぜか大河が捕まることがなかった。どこに逃げたのだろうか。あちこち探すが見つからない。やっと見つけた大河がいた場所は、図書室だった。普段、本など読まない大河がなぜ、こんな場所にいるのか不思議だったが、愛理は大河に詰め寄り、小声で問いかける。

「なんであんたがこんなところにいるのよ。おかげでずいぶん探した」

「なんでって、オレだって、調べものしたい時くらいあるし、そのために本を読むこともある」


 大河が手にしていたのは、時間売買と記憶喪失に関する本だった。時間売買については、これから自分が行うであろうことを事前に調べるということで理解できるが、もう一冊の本を持っている理由がわからなかった。愛理が自分の持っている本に視線が注がれていることに気付いた大河は苦笑する。

「気になるのか」

「逆に普段本も読まない奴が急に図書室で調べものとか、気にならない方がおかしいと思わない?」

 苦笑していた大河が、今度はにやにやと愛理の顔を覗き込む。とっさに愛理は大河の言葉に反論する。しかし、その反論に対して、あっさりと大河は答えを出す。

「普通は気になるだろうな。でも、愛理が気にしているのはオレのことじゃなくて、本の中身だ。こんだけ長い付き合いなんだ。愛理の考えていることは多少推測できるよ」

 大河の妙に大人びた様子が気になった。いつもなら、この辺で言い争いになるはずだと愛理は思っていた。妙な違和感を抱きつつも、大河に本の説明を求めて、再度大河の持っている本に視線を移す。それを見た大河が呆れたようにため息をつくが、最終的に説明する気になったようだ。

「そこまで気になる本でもないだろう。まあ、俺が持っているという点が気になるってことか。こっちはお察しの通り、これからオレが行うであろうことに対しての予習みたいなものだ。で、こっちは」





「大河君!どうして、私の家に住む居候と一緒に居るの?」

 愛理が聞きたかったもう一冊の本について、大河の説明を聞くことはできなかった。図書室に新たな来客がやってきた。愛理の妹の美夏が大河と愛理の会話に割って入ってきた。

「み、美夏。美夏までどうして図書室に」

妹の美夏の登場に大河は慌てていた。そして、急いで記憶喪失に関する本を背中に隠す。その行動に、愛理は本を持っている理由を理解する。大河は美夏のことが好きなのだ。そう考えれば、おのずと大河が記憶喪失の本を持っていた理由がわかってくる。


「大河、説明はいらないわ。あんたが調べていることは、予想できたし、たぶんそれは当たっているから。せいぜい、大好きな妹と戯れるといいわ」

 愛理は、自分が図書室までやってきた目的を覚えていたが、美夏の登場により、それは達成できないと考えた。そうなると、図書室にいる意味はない。大河が持っている本の理由もわかったことだし、さっさと図書室から出よう。

 図書室を出ていく愛理に、大河は視線をよこしたが、何も言うことはなかった。美夏は当然のことながら、視線さえ愛理に向けることはなかった。



 結局、愛理が大河に時間売買の詳しい説明を聞けたのは、放課後になってからだった。ちょうどタイミングよく、日直の仕事が被ったのだ。そのため、放課後、学級日誌を書くために、二人は教室に残っていた。

「昼の続きだけど」

「ああ、そのことか。待ち合わせ場所と時間は昨日伝えていたはずだ。そこに行けば、目的地まで案内してくれるみたいだ」

 あっさりと大河は明日の予定を説明する。愛理は歯噛みした。別にそんなことが聞きたかったわけではない。

「それも聞きたかったことだけど、あんたがあったという男について説明しなさいよ」

 つい、喧嘩腰に質問してしまったが、大河は気にしていない様子だった。

「ずいぶん、オレが出会った男のことが気になるみたいだけど、特に愛理が興味を持つような男でもなかったけどな。ええと、オレに話しかけてきたのは何の変哲もないおじさんだった。その辺にいそうな、オレ達のお父さんくらいの年齢だと思う。そいつが、いきなり話しかけてきた」


 それから、大河は男との出会いを詳しく話してくれた。







 大河が時間売買をしようと思ったのは、男が話を持ち掛けてきたからだった。男から話を聞くまでは、時間売買をしようなどと思いつきもしなかった。

 たまたま、その日の帰りは一人だった。愛理は用事で先に帰ってしまい、友達とも一緒に帰ることはなかった。事件が起きた直後だというのに、大河は一人で帰宅するという危険な行動をとっていた。

一人での帰宅途中、大河は愛理や美夏のことを考えていた。幼馴染の姉妹の仲が良くないことを心配していた。

愛理が美夏に文句ばかり言いながらも、美夏の相手をしている様子や、美夏がそんな姉にべったりな様子を見るのが、大河のひそかな楽しみだった。それが今では見ることがかなわず、姉妹の仲は冷え切っていた。

「どうにかならねえかなあ」

 一人つぶやきながら公園の前を横切っていたところに男が声をかけてきた。



「何か悩みでもあるのですか?」

 自分のつぶやきが声に出ていて、それを他人に聞かれたことに大河は驚き戸惑った。しかも、男はそのつぶやきを聞いて、わざわざ自分に話しかけてきた。

「い、いきなり話しかけてきて、何の用事ですか」

 大河は戸惑いながらも、男に対して警戒する。最近、子供に関する犯罪が増えている。児童連続不審死もそうだが、その前には、大河が通う学校に不審者が入ってきたりしている。見ず知らずの男が突然話しかけてきたら、警戒するのは当然だった。


「おや、警戒させてしまいましたか。すいません、面白いターゲットが見つかったものでして、つい声をかけてしまいました」

「ターゲット?」

「いえ、こちらの話です。申し遅れましたが、私はこういうものです。怪しいものでは……。とはいえ、これを渡しても、怪しいものに変わりはないですね」

 男は、一枚の名刺をコートのポケットから取り出して、大河に渡す。受け取った大河が名刺を確認すると、時間売買を行う業者の名前と男の名前が書かれていた。

「株式会社永遠(とわ) 代表取締役 最上兆生(もがみちょうせい)」



 大河は男の会社のことを知っていた。最近、売り上げを伸ばしている時間売買の新規参入業者だった。彼の名刺には代表取締役と書かれていた。名刺と男を見比べるが、代表取締役というには、地味な男だというのが、男に対する大河の印象だった。

「やはり、私は名刺の役職にそぐわない顔ですかね。名刺を渡すと大抵、そのような顔をされてしまうのですよ」

 苦笑いが頭上で聞こえ、大河は慌てて視線を名刺に移す。男は大河の視線には慣れていると言いたげに言葉を続ける。

「私の容姿については、今はおいておくことにしましょう。それでは、私が君に話しかけた理由ですが」

 大河は黙って、男に耳を傾ける。怪しいと思い、警戒は緩めていないが、男が最近売り上げを伸ばしている時間売買業者だということに興味を持った。話くらい聞いてもいいのではないだろうか。

 ちらと大河は公園に目を向ける。今日は天気が良く、まだ日が沈むにはもう少し時間がある。公園でなら、人目もあるし、話を聞いてもいいかもしれない。

「ええと、公園の中でなら、話を聞いてもいいですよ」

 大河は興味を惹かれて、提案する。男は公園に目を向けると、少し考え込むようなそぶりを見せる。そして、了承するように大きく頷く。

「よろしい。さすがに人目のないところで二人きりではダメだろうとは思っていましたから。ちょうど近くに公園があったのは、運がいい」

 大げさに運がいいとアピールしながら、公園の中に入っていく男の後ろに大河はついていくことにした。






「それで、男は本当に会社の取締役だったの?そんな偉い人がその辺を一人でうろついているとは思えないけど」

 話の途中で愛理は疑問を口に出す。大河もそれは疑問だった。しかし、話を聞いていくうちに、彼が時間売買業者であり、同時に会社の代表取締役というのも納得してしまった。

「まだ、話は終わっていないから、最後まで聞けよ」

「確かにそうね。さっさと話しなさい」

 愛理に促され、大河は話を続けていく。教室には、夕日が差し込み、二人を赤く照らしていた。

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