清めの塩の縁~えにし~

折原さゆみ

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49黒い少年の話

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 黒曜(こくよう)は、白亜と同時に生まれた。生まれた瞬間から、白亜と同様、百乃木の会社にとらわれていた。二人の名前は、百乃木によってつけられた。二人の容姿によって安直に名付けられた名前だが、二人は気に入っていた。

 白亜は、白い髪に紅い瞳の少年で、反対に黒曜は、黒い髪に瞳は白亜と同じ紅い瞳だった。



『僕は、ここから抜け出すけど、黒曜はどうするの?』

 白亜がここから抜け出すと聞いた時、自分も抜け出そうかと考えていたが、どこに逃げ出すかまでは決めていなかった。

『オレは……』

『決めていないんだね。誰でもいいじゃん。もういっそのこと、今から出会う一人目に取り付けばいいんじゃない?僕はそうしたよ。たまたま、目についた人間で、面白いのがいてさ』

 そう言った白亜は、数日後、会社から姿をくらました。白亜が消えた会社だったが、特に問題なく業務が進んでいた。

『面白そうなやつがいないんだよな』

 会社に通う人間をつぶさに観察していたが、黒曜が気に入るような人間に出会うことがなく、日々は淡々と過ぎていく。




『見つけた!』

 白亜が会社からいなくなってから、数年後、会社に新たな社員がやってきた。新入社員にしては年を取っている。中途採用という奴なのか、その男は周りの人間に自己紹介されていた。その男のよどんだ瞳が黒曜に興味を抱かせた。

『ねえ、お前は何がそんなに面白くないの?瞳を濁らせるほど世の中が嫌なの?』

 黒曜は、新しく会社に入社した男の頭の中に声を響かせる。すでに会社の中で、頭の中に少年の声が聞こえるのは普通となっていたが、その男にとっては初めてのことで、きょろきょろと辺りを見渡して、声の主を必死に探していた。

『オレは黒曜って言うんだけど、もしよかったら、理由を聞かせてよ。そこまで瞳がよどんだ人間、今まで見たことがなかったから、新鮮でさ』

「よどんだ瞳……」

 男は少し考え込んでいた。黒曜はその様子をじっと見つめていた。姿は見せないが、男の近くにいた。

「私は……」

 ぽつりぽつりと話し出された話の内容に、黒曜の心は高揚していく。こいつは今まで見た人間とは違い、面白そうだ。そう確信した黒曜は、白亜と同じように、百乃木の会社から抜け出すことに決めた。





「黒曜、とか言ったな。本当にオレはお前の言う通りにすればいいのか。そうすれば」

『うん、オレの言うことを聞いていれば、きっとお前も楽しい人生を歩むことができるよ。オレが保証するよ!』

 男の瞳がよどんでいた理由は世の中の嫉妬からだった。時間売買という商売に憧れて入社したはいいが、自分には能力がなく、時間売買に直接携わることができない。自分こそ、時間売買の業界を発展させることができると思い込んでいて、現実の自分の能力と理想の違いに悩み、瞳が濁っていたのだった。

「私は、どうしても時間売買で儲けたい。だって、こんな神秘的な事業、他にないだろう?」



 男の名は、最上兆生(もがみちょうせい)。彼の行動を見守り、時に助けることで黒曜は退屈を紛らわすことにした。

 まず、黒曜が最上に提案したのは、百乃木の会社から抜けて、新しく会社を興すということだった。百乃木の会社にいては、黒曜に自由はない。黒曜の提案は。初めは渋られたが、黒曜自ら、最上に力を与えてやると伝えると、嬉々として百乃木の会社を辞めて、自ら時間売買の会社を興した。

 初めこそ、百乃木の会社に後れを取っていたが、数年もすると、社員も増え、時間売買を担う新たな会社として脚光を浴びることになった。最上は自分の力だと豪語していたが、実際には黒曜が力を貸していたに過ぎなかった。

 最上が時間売買業で売り上げを伸ばしていくにつれ、瞳にはぎらぎらとした光が宿るようになった。黒曜にとっては、それはまた興味の対象になったが、それでも、最上という男に飽きてしまった。


 これ以上、最上という男と一緒に居ても面白くないと見切りをつけた黒曜は、自らを楽しませてくれる人間を探し出した。黒曜は、白亜と違い、塩という依り代がなくても動けたため、行動範囲は広かった。

 最上から離れ、空を漂っていた時だった。黒曜はとある小学校の上空で思いがけない光景に出会った。

『白亜が女の子を助けてる……』

 白亜と黒曜は同じ時間の歪みから生まれた存在であり、白亜がその小学校にいることを黒曜は察知した。そこで、白亜は不審者から小学生の女子児童を助けていた。黒曜は白亜が姿を現してからの様子をじっと上空の離れたところから観察することにした。白亜は女子児童を助けると、そこにいた全員を強制的に眠りにつかせた。そして、自分は姿を消してしまった。





『声をかけたかったけど、無理そうだな』

 姿を消した白亜を追いかけることは可能だが、黒曜はそれよりも、事件現場にいた人間たちの方に興味があった。白亜が助けるほどの価値のある人間がいたのだ。いったい、どんな人間なのだろうか。黒曜は一目見ようと教室の窓をすり抜けて中に入る。

 黒曜の見た限りでは、白亜が興味をもつ要素が特に見当たらない普通の少女だった。不審者に襲われていた少女の他にもう一人少女がいた。二人は姉妹だろうか。眠っている顔がよく似ていた。姉妹の観察を終え、次に不審者の男を見ると、その男もさえない、とても白亜が興味を持ちそうにない、平凡な男だった。黒曜は彼の記憶を少し覗いてみることにした。遠くからしか見えていなかった、この場で起こった事件の詳細を知ることができると期待した。

『確かにこれは面白そうな家族だね。オレも白亜のように彼女たちのもとに行きたいけど、それじゃあ、白亜と一緒になってしまう』

 黒曜はこれからどうしようかと考えていたが、ふと面白そうな案を思いつく。白亜が執着する彼女たちに危害を加えたら、白亜はまた、彼女たちを助けるために奔走するのだろうか。自分と同じ人外の存在が、人間のために動く姿を見るのは、案外面白そうだ。自分の思いついた案が気に入り、計画を立てることにした。
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