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8二人目の来客

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『ごちそうさまでした』

 甲斐は高校生らしく、食欲旺盛だった。持参した唐揚げ弁当をぺろりと完食して、さらには明寿が作ったオムレツとサラダもきれいに平らげた。明寿もまた、高校生の身体に順応して甲斐と同じく完食した。

 食事を終えたら、帰るのだろうと思っていたが甲斐は一向に帰る気配を見せない。お腹が膨れて眠たくなったのか、目をこすっている。

「白石、オレはお前が【新百寿人】じゃないなんて言葉、信じないからな。絶対に認めさせてやる」

「ムリだよ。そもそも、彼らと私たちの見た目は変わらない。ただ記憶があるかないかの違いだけだ。それだって事故やトラウマなどで起きたことかもしれないし、見分けなんてつかないでしょう?」

「いいや、そんなことはない。話していたらわかるんだよ。あいつだってそうだったんだ。それに、【新百寿人】には記憶だけでない、物理的な証拠がある。それは」


「ピンポーン」

 甲斐は、明寿の頭に手を伸ばそうとしたが、途中でその手は空を切る。突然のインターホンの音で明寿が立ち上がったためだ。部屋に響いた音に驚いて二人は顔を見合わせる。壁にかけられた時計に目を向けると、すでに夜の8時を回っている。こんな遅い時間に来客とはいったい誰なのか。

「どなたでしょうか?

 明寿はインターホンの画面越しに相手を確認する。そこには見知った顔が映っていた。

「経過観察に来ました。部屋に入れてもらえますか?」

 画面越しには佐戸の姿があった。どうしてこんな時間に経過観察に来るのか。まるで明寿を監視していたかのようなタイミングでの来訪に疑問が生じる。しかし、来訪を拒否する理由はない。クラスメイトが来ているが、佐戸は明寿が【新百寿人】だということを秘密にしてくれる気がした。

「ワカリマシタ」

 怪しいと感じたが、それよりクラスメイトの甲斐と二人きりの状態が気まずかったので、明寿は素直にサドを部屋に招き入れることにした。佐戸は明寿が勧めたリビングのソファに腰掛ける。


「おや、さっそくお友達が出来たのですね。初めまして、佐戸と申します。流星君の保護者のようなものです。時季外れな転校で、新しい高校でうまくやっていけるのか心配になってしまいまして。今日は転校初日ということで、様子を見に来ました」

 部屋にやってきた佐戸は甲斐の姿を見ると、一瞬、驚いたような顔をしたがすぐにいつもの無表情に戻る。

(心配だったから様子を見に来た割に、随分とタイミングよく来たものだ)

 もし、明寿が記憶のない状態だったとしても、こんなに都合よく現れる人間を不審に思うに違いない。甲斐は、佐戸のことを値踏みするように見つめていたが、その後バカにしたような笑いを見せる。

「心配ねえ。監視の間違いじゃないのか。最近、白石みたいな変な時期に来る転校生が結構いるんだけど、そいつらと仲良くしようとすると、必ず、お前らみたいなやつがオレと奴らの邪魔をする。なんでだろうな」

「監視とは人聞きが悪い。私はあくまで流星君が快適に学校生活を送れるように支援するために行動しているつもりです。他の方々と一緒にしないでもらいたい」

 甲斐と佐戸の間に見えない火花が散っている。このまま二人をそのままにしておくと面倒なことになりそうだ。

「佐戸さん。心配してくれるのは嬉しいですが、私はもう、こ、高校生ですので、そこまでしなくても平気です。彼はクラスメイトの甲斐君です。同じクラスの男子とも仲良くできているので、大丈夫です」

「そうですか?それならいいのですが」

 自分にはすでに友達が出来て、高校生活初日にしてうまくやっていけそうだ。

そのことをアピールしたつもりだったが、信用されていないらしい。佐戸は甲斐の方を見てその後、明寿を見てため息を吐く。

「まあ、少し変わった友人と仲良くなったみたいですね。その辺は高校生なので自己責任ということで、口をはさまないことにします」

 佐戸は甲斐の耳元で何事か囁いた。明寿は内容を聞き取ることが出来なかったが、甲斐は佐戸の言葉をじっと聞いていた。

「上等だ。オレはオレのやりたいように、友達と付き合うだけだ」

「その言葉、後悔しないことを祈ります。そうそう、流星君。君には一つ、言い忘れたことがありました」

 あなたの髪は白髪です。そのことは覚えておいてくださいね。

「なにを言って」

 明寿にこっそりと告げた佐戸は用が済んだとばかりにソファから立ち上がる。

「流星君の元気な顔を見ることが出来たので、帰ります」

 結局、佐戸が明寿の部屋いたのは5分ほどだった。その後、甲斐もまた用事を思い出したと言って帰宅した。部屋にひとり残された明寿は、寝室のベッドに倒れこむ。

(この髪が白髪……)

 明寿の髪は真っ黒で白髪など一本も見当たらない。しかし、佐戸は確かに明寿のことを白髪だと言った。真っ黒な髪は染めているということだろうか。

「【新百寿人】には、まだまだ私の知らない特徴があるのかもしれない」

 だとしたら、もっと情報を集めなくてはならない。

 自分の素性がわからない状態で生活するのは不安だ。いろいろ考えることはたくさんあったが、高校生活初日の疲れがでて、その日はそのまま寝てしまった。

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