新百寿人(しんびゃくじゅびと)

折原さゆみ

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48【新百寿人』として生き続ける

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「おはようございます。よく眠れましたか?」

 明寿が目を開けると、そこには昨日と同じ格好をした佐戸が明寿の顔を覗き込んできた。

「オハヨウゴザイマス……。ここは」

「記憶はありますか?あなたの名前は?」

 今の状況を整理するために、明寿は布団から起き上り周りを確認する。そこは昨日と同じ自分の古びたアパートの一室であり、目の前の佐戸は真意のわからない笑顔を明寿に向けていた。アパートの外に見ると、カーテン越しに太陽の日差しが差し込んでいる。どうやら、あれから明寿は朝までぐっすりと寝ていたらしい。

 自分の手を見ると、昨日とはまったく違っていた。昨日までのしわくちゃで筋張っていた手は、今ではすべすべとしたシミ一つない若者の手に変わっていた。顔に手を当てると、こちらもまた、昨日とは違ってしわがないすべすべとした感触がした。

「どうぞ、こちらで顔を確認してみてください」

 佐戸から手鏡を渡されて、明寿は自分の顔を確認する。そこには明寿が初めて【新百寿人】として生まれ変わった時と同じ、10代の若々しい顔が映っていた。

「もしかして、ご自分の名前を覚えていな」

 明寿が返事をしないので、佐戸が心配して声をかけてくる。しかし、明寿にはしっかりと自分の名前を覚えていた。

「アキトシ。スズキアキトシだ。君はサド。ああ。やはり私はまた」

「おめでとう!とでもいうべきでしょうか。ようこそ、2度目の地獄へ」

 佐戸のうれしそうな言葉に苦笑する。どうやら、明寿は無事に【新百寿人】として生まれ変わったようだ。そして、幸か不幸か今までの記憶を引き継いでいた。昨日の佐戸との会話も鮮明に思い出せるし、妻のこともしっかりと覚えている。

「これから、どうしますか?また、新たな高校生活を送りますか?それとも」

 私と一緒に放浪生活でもしますか?

 佐戸の誘惑は魅力的だった。とはいえ、佐戸は確か【新百寿人】を取り締まる仕事をしていると言っていたはずだ。それなのに、突然、職務放棄して明寿と一緒に放浪生活をしても良いのだろうか。

「放浪生活をしながら、昨日伝えた『どうして、私たちは記憶を持ち続けて生まれ変わるのか』について理由を探っていきませんか?」

「はあ」

「いい加減、【新百寿人】として、一般人と同じ生活を繰り返すのにも飽きてきたところです。ですから、今回がちょうどよい機会だと思いまして。明寿君も3度目の生まれ変わりの人生、今度こそ、自由に謳歌しませんか?」

「私は……」

「それとも、あなたの最愛の女性を自殺に追い込んだ相手の敵討ちでもしますか?私はあまりお勧めしませんが」

 口を開きかけた明寿の言葉は途中で遮られた。佐戸からの突然の敵討ち発言に明寿は動揺してしまう。

「あいつはとっくに死んだはずでは」

「どうやら、あれからしぶとく警察の目から逃げ回っていたようです。そして、驚いたことに、彼もまた100歳まで生きて【新百寿人】として生まれ変わっているみたいなんですよ」

 まさか、こんなことがあるとは思いもしなかった。明寿は佐戸の軽い口調に苛立ったが、今更彼をどうこうするつもりはなかった。

「ちなみに、通常の【新百寿人】と同様で、記憶はないみたいですねえ」

「で、では、今までの罪は」

「チャラになるでしょう。そもそも、本人に記憶がない上に、見た目も大きく違いますから」

「はあ」

「ということで、私の持っている情報は明寿君に伝えました。通常だと、明寿君には新たな名前が付けられ、高校にも通ってもらうことになるのですが……」

 にっこりと微笑みかけられ、明寿は困惑する。先ほど佐戸が話した放浪生活という言葉。簡単に言うが恐らく【新百寿人】の管理は徹底されている。国が人数などをしっかり把握しているので、許可もなく逃げ出したら、追われることになるだろう。そんなリスクを負うつもりは。

「面白そうですね」

「顔、大変なことになっていますよ」

 ぼそりとつぶやいた独り言だったが、佐戸には聞こえていたらしい。恥ずかしさと同時に佐戸からの指摘で、明寿は自分の顔が真っ赤になっているのがわかった。

「では、私は準備をしてくるので、新たな名前を考えておくこと、あとは今後の人生設計でも考えておいて下さい」

 佐戸は明寿に選択をゆだねると部屋から出ていった。残された明寿は、自分の発言に戸惑いながらも、佐戸の提案に乗るかどうか迷っていた。


「そういえば、どうして私はアパートにいたのですか?最初のときは、目覚めたら病室にいたような気がするのですが」

「ああ、理由は簡単です。初めから明寿君と一緒に放浪生活をしようと思ったから、病院に連れて行かなかったんです」

 佐戸は3時間ほどで明寿がいるアパートに戻ってきた。明寿の疑問に佐戸は答えてくれたが、あまりにも不穏な言葉だ。とはいえ、明寿は病院に行くつもりはなかった。

「では、行きましょう。ああ、今日はとても良い日ですね。私たちの旅の門出を太陽が祝ってくれているみたいです」

 佐戸は明寿が若返ったことを考慮して、服などを見繕ってくれていた。新しい若者の服に袖を通すと、いよいよ自分が【新百寿人】として、3度目の人生を歩むという実感がわいてくる。

 玄関を出ると、佐戸の言う通り、外は雲一つない快晴が広がっていた。本当に2人の旅路を祝ってくれているようだった。

そこから、2人は国から追われる立場になったが、それでも持ち前の佐戸の情報収集能力と、明寿と佐戸の【新百寿人】として培った人生経験などから一度も捕まることはなかった。



「どうして私たちは【新百寿人】として生き続けているのか、結局、理由はわかりませんでしたね」

 3度目の人生、つまり2度目の【新百寿人】も100歳まで生きることになってしまった。佐戸は明寿よりも年上のため、最初の【新百寿人】の時とは反対に、明寿が佐戸を看取ることになった。

「まあ、わからなくてもいいではないですか?私が先に探そうとは言いましたが、よく考えたら、気にしたって仕方のないことです。だって、気にしたところで、私たちがこれからもずっと、生き続けることは決まっていますから」

 佐戸と明寿は互いの顔を見合わせて苦笑する。明寿も佐戸もどうやら今後もずっと、【死】から遠ざかった存在となって生きていくらしい。2度あることは3度ある。

「じゃあ、おやすみなさい」

「おやすみなさい」

 古いアパートの一室で男2人は仲良く布団をひいて眠った。


『次のニュースです。【新百寿人】という、人類の新たな進化が発見され、今では高齢者の目標とひとつとなっています』

 街頭スクリーンでは、ニュースキャスターと専門家が【新百寿人】について語っていた。

『そうですねえ。今の科学技術を駆使しても、いまだに彼らの生態は謎のままです。しかし、人類の少子化対策としては、かなりの効果があるようです。とはいえ、100歳を迎えて【新百寿人】として生まれ変わったところで、彼らに昔の記憶は残っていません。生まれ変わる前の記憶を保持している【新百寿人】もいるようですが、真偽のほどは定かではないようです。果たして、記憶がない状態の生まれ変わりが新たな人生と言えるのか。それはもう別人であると私は思います。私は【新百寿人】として生まれ変わるのを目標にする、そのこと自体は良いことだと思いますが、夢を見過ぎるのは良くないと思いますね』

『確かにおっしゃる通りですね。記憶がない状態での生まれ変わりは、果たして同一人物として扱ってよいものか。そもそも、彼らには新たな戸籍と名前が与えられるので、あくまで別の人生が始まるというスタイルですね』

「例外もいますけどね」

「記憶を保持し続けるのも大変なので、例外は私たちだけで充分です」

 たくさんの人が賑わう繁華街で、男2人はスクリーンの映像を見ながら歩いていく。

 人類は進化を遂げたが、【新百寿人】のメカニズムはいまだに明らかになっていない。【新百寿人】として生きる人が増える中、彼らだけは以前の記憶を引き継いで生きていくのだった。
  
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