マージナル:平凡なβが、すべての運命を壊すまで

水城

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23.gonna be ready this time?(1)

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 そして、午後。
 悠一は「第二グラウンド二グラ」で走る。

 ストレッチとアップを終え、ジャケットとウォームアップパンツを脱いで走り出す前に、悠一は一瞬だけ、校舎を見上げた。

 その窓の傍に、今は誰もいない。
 もう、随分前から「そう」だった。

 ――奏は「走る俺」のデッサンを終え、美術室で描くようになっていたから。

 けれど、その仕草は「癖」のように、走り出す前のウォームアップの一部分のように。
 悠一の中で「ルーティン」になっていた。

 開けられているはずもない窓が、日差しの反射に暗く沈む様子を見て。
 なぜかすこしだけ、心が軋むような痛みを覚えるところまでが、まるで一連の「流れ」のように――

 そして、整備されていない古びたレーンに上がりながら、「帰りに美術室に顔を出してみようかな」と考えた。
 
 ――ああ、そうだった。
 悠一は気づく。

 美術室にも奏はいないのだと。

 「絵」はもう、仕上がったのだから。 
 
 それに、今日。
 奏はまた、学校を休んでいる――

 そんな雑念を振り払おうとするかのように、悠一は、ひとつゆっくりと「かぶり」を振る。
 そして、走り出そうとした時、視界に現れたのは。

 藤堂尊だった。

「え……なに、オマエ?」

 思い切り「ぶっきらぼう」な問いが、悠一の口から洩れた。

「『なに』って、走りに来た」

 尊が応じる。
 ごく当然のことのように。
 放課後に自分が「ここで走る」のは、あたかも、大昔からの「自然のことわり」かなにかであるかのように。

 悠一は黙り込む。
 あからさまな「不快さ」を隠そうとはしなかった。
 その気配に気づき、尊が言う。

「なんだ? 『ここ2グラ』は、お前の私有地かよ?」

 わずかに尊大に、軽く上げられた形の良い顎先。

 悠一は、小さな舌打ちだけを返事がわりにして走り出す。







 そして尊は、シンプルなジャージ姿のままで、悠一のトレーニングメニューをなぞるように走る。

 自分以外の足音。
 息遣い。

 常に静謐な「悠一の場所」が乱されるには、そんな「ごく微かな気配」で事足りる。 

 同じようなスピード感で、同じメニューを追いかけられることにも、悠一の集中力は、ひどく乱された。
 気が散って気が散って仕方がない。
 イライラが募る。

 ったく。
 いっそ、今日はもう、帰ろうか――

 そんなコトすら、悠一の脳裏をよぎる。

 けれども、どうして自分の方が「追い出されなきゃならないのか」と思えば、理不尽さに腹が立った。

 もともと、ずっと俺が使ってたのに。
 「ひとり」で走りたくて、この場所にいたのに……と。だが。

 ――「ここ2グラ」は、お前の私有地かよ?

 そんな尊の言葉には、もちろん、反論の余地もない。
 邪念を振り払おうと、呼吸とフォームに意識を強く向けた瞬間、悠一の手首で、スマートウォッチがバイブした。

 フワリと速度を緩めて、トラックをそれていく悠一の背中を、尊が視線で追いかける。





 母親からのメッセージだった。

 ――ゴメン、悠一。今日、早めに帰ってこれる?

 小さく溜息をついて、悠一は「わかった」とだけ返信した。

 じゃあ、八百だけタイム取ってから帰るか――
 そう決めて、悠一はトラックをダッシュする。
 
 尊は、枯草まみれのフィールドに立って、走る悠一を眺めやっていた。 

 トレーニングに飽きたのか、それとも。
 悠一の邪魔をしないよう、気を使ったのか――

 そして、悪くないタイムが出た。
 穏やかな満足感を得て、悠一はクールダウンのストレッチを済ませる。

 そして、フィールドに立つ、怖ろしく背の高い、完璧な姿をしたアルファを振り返ると、

「……藤堂、クールダウンだけはしっかりやっとけよ? 身体痛めるぜ」と言い置き、立ち去った。

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