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名前だけが誠実なヤツ
しおりを挟むあれ以来、隆督からのLIMEは一度もなく。
図書館にも姿を見せている様子はなかった。
あんなに本やら調べ物やらが好きなヤツなのにさ。
イタズラのせいで来にくくなっちまったか。それとも――
万が一にも、オレを見かけるのがイヤとか。
そういうコトなのかもしれない。
たまに職場を早めに出られた夕暮れ。
散歩する大きな黒っぽい犬を見かければ、少しドキッとして。
ああ、あのデカ犬、元気してっかな……。
なんてコトを思ったりする。
オレの気持ちは沈んでいた。
たぶん、相当に落ち込んでた。
ひとりの夜。ひとりのコンビニ飯。
グダグダと、ベッドから起きるタイミングを失ってしまうような疲れた休日。
日常に紛れさせて、ただ考えないようにしてただけで――
そんな残業がえりの夜道。
手にしたスマホでメッセージのポップアップが、キラリと点滅した。
――たかまさ?
トンと心臓が、ちいさく音を立てる。
すぐさま画面をスワイプした。
「え?」
思わず、声になる驚き。
それは――
オレの新しい電話番号など、知るはずのない人物。
オレの新しいアカウントなど知るはずのない男。
*
ひさしぶり
俺は先月、ロンドン駐在から戻ったところ
お前って、いま何やってるの?
ごく「当然」のようになれなれしい。
「身勝手」そのものの。
「自分」が「どんな立場」にいて、どんな仕事をし、何に携わってきたか……なんてコトを、オレが知ってて「当たり前」だと疑いもしない――メッセージだった。
そして、実際のところ、話したいのは「自分のコト」だけで。
オレのコトなんか、オレの近況なんか。
興味なんか砂粒ほども抱いていないことが丸わかりの。
そんな傲慢さが、ありありと透けて見える。
アスファルトの上、道端で。
けれどもオレは、画面を見つめて立ちすくむ。
既読をつけたきり返信の文字ひとつ、打てないままに。
もう真夜中。
気温はまだ下がりきっておらず、じっとりと汗ばんだ首筋は、全く乾く気配もない。
すると掌の中のスマホが、突然にバイブを始めた。
LIMEの通話の着信だった。
肩甲骨のあいだを、ひと筋、汗が伝う感触。
永遠のように、着信表示を眺め続けて――
でも、ためらっていたのは、せいぜい数秒程度のハズだろう。
わずかに震える指先で、オレは応答マークをスライドさせる。
「もしもし、ゲン?」
声。
低い、けれどハッキリと明るい声。
なのに、オレの身体を五感を、重い網で絡めとってしまうような――
「……なんで、なんでオレのアカウント…知ってるんだよ」
光誠――
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