え、待って。「おすわり」って、オレに言ったんじゃなかったの?!【Dom/Sub】

水城

文字の大きさ
39 / 54

名前だけが誠実なヤツ(2)

しおりを挟む

 
「なんで……」

 それだけを、呟いた。あとはなにも言葉にならなかった。

 ――もしもし? 聞いてるのか?

 キビキビした問い掛け。
 別に無礼とか、冷たいとか、そんな声音ではない。
 「丁寧」な口調。けど――

 たぶん、そこに思いやりの欠片もないコトなど、痛いほど。
 オレには痛いほど分かっていた。

「なんの…用だよ、だれに、このアカウント訊いた」

 やっとのコトで、こう絞り出す。

 ――なに? 聴こえにくい。ゲン、具合でも悪いのか?

 こんな問いかけが――
 これが「心配」ではなくて「皮肉」なのだと。
 オレには最初、分からなかった。
 知らなかった。
 そんな言葉遣いで「社交」する連中のコトなんか。

 つまりは、オレの受け答えが「気が利いてない」「ドンくさい」ってコト。
 話しかけてやってる自分に対して、無礼にすら聞こえるってコト。
 そんなような事々を、うわべだけの丁寧な声色で「あてこすっている」だなんて。
 知るワケもなかった。
 
 田舎の人間関係は、確かにえげつないところも多い。
 でも人々自体は、そんなにネジくれたりはしてなくて、あけっぴろげだ。
 だからしょっちゅう、衝突が起こるだけ。
 要するに、陰口すら全部筒抜けで、むしろ「可愛いモノ」とも言えた。けどさ。

 こいつらは、ちょっと違ってた。
 「光誠の住む世界」のヤツらは――

 ――そうだ。
 ――ゲン、おまえさ、電話もメアドも、いきなり変えて知らせもくれなかっただろう? 連絡取ろうとしたら大変だった。

 サラリと涼しい言い草。

 オレは――
 オマエと「連絡を取ろう」とは思ってなかったけどな。
 金輪際、二度と。
 
 みつしげ……と。
 名を呼びかけるコトさえ、オレにはまだ苦痛で。
 くちびるが、固まってうごかなくて。

 「名前だけ」が誠実なヤツ。
 そうさ。ほかにはなに一つ、「誠意」なんかなかった。
 コイツには――

 光誠が語り出す。
 何人か、大活躍やサークルのツテを辿って、オレの新しいアカを教えてもらったコト。
 ロンドンでは、ボートも楽しんでたコト。

「日本は本当に湿度が高いな。特に東京で夏の屋外スポーツなんて、もう不可能だな」

 だから?
 それが、オレになんの関係が?
 知るかよ。
 興味ねぇよ。

 どの言葉も、喉の奥に詰まって、痛くて苦しい。

「信州の湖に艇庫を持ってる知り合いがいてね、ああ、そう、仕事関係で知りあったんだけど」

 へぇ、そうかよ。
 いわゆる「プレッピーな白人エリート」みたいなヤツらな?
 ボーディングスクールでやってた「ボートが趣味」ってハイソな連中。
 オレみたいに、片田舎の高校のカビくさい艇庫でガリガリ君食ってたヤツとは違ってさ。

「それでさ。ゲン、今月末、空いてたりしないか? せっかくだからエイト、二艇でやりたくて。クルーが足りないんだ」

 なんなんだよ。
 その、合コンの数合わせより気軽な誘い方は。

 心の中に渦巻く声。
 でもオレは、その内のどれひとつとして音にはしないままに、声にはできないままに、ただ黙って聴いている。

 切ないほど、ひどく聞き馴染みのある。
 ハキハキと、でも、ズシリと重たい。
 丁寧で、でも、生まれついてに支配的な口調。

 周囲を無意識めいて従属させる。
 オレを従属させる。

 打ち据える長ムチのような。

 ――Domの声。

「まだ漕げるんだろう?」
 当然のことを確かめる、そんな口調。

 これは電話だ。
 glareを感じるワケもないのに。

 グラグラする。
 地面がぬるりと波立つ。

「……ムリ、休みとか、取れない」

 やっとのことで口にできた自分の声が、ブラックホールに吸い込まれてく。

「別に大丈夫だ。それはもちろん、休みが取れればゆっくりできていいけどね。三連休あるだろう? そこで行って帰ってくれば。俺は少し別荘でゆっくりしていくつもりだけど。ほら、覚えてるだろ? ゲンも何度か来たことがある」

 ザワリ――と。
 うなじの髪が逆立つ感覚。

 別荘。
 信州の、別荘――

 あの家で、オレは。
 オレは……。

 気づけば、オレの掌は、スマホが滑り落ちそうなほど冷や汗でぐしょ濡れになっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。

きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。 自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。 食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。

【完結】おじさんダンジョン配信者ですが、S級探索者の騎士を助けたら妙に懐かれてしまいました

大河
BL
世界を変えた「ダンジョン」出現から30年── かつて一線で活躍した元探索者・レイジ(42)は、今や東京の片隅で地味な初心者向け配信を続ける"おじさん配信者"。安物機材、スポンサーゼロ、視聴者数も控えめ。華やかな人気配信者とは対照的だが、その真摯な解説は密かに「信頼できる初心者向け動画」として評価されていた。 そんな平穏な日常が一変する。ダンジョン中層に災厄級モンスターが突如出現、人気配信パーティが全滅の危機に!迷わず単身で救助に向かうレイジ。絶体絶命のピンチを救ったのは、国家直属のS級騎士・ソウマだった。 冷静沈着、美形かつ最強。誰もが憧れる騎士の青年は、なぜかレイジを見た瞬間に顔を赤らめて……? 若き美貌の騎士×地味なおじさん配信者のバディが織りなす、年の差、立場の差、すべてを越えて始まる予想外の恋の物語。

経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!

中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。 無表情・無駄のない所作・隙のない資料―― 完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。 けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。 イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。 毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、 凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。 「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」 戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。 けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、 どこか“計算”を感じ始めていて……? 狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ 業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる

cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。 「付き合おうって言ったのは凪だよね」 あの流れで本気だとは思わないだろおおお。 凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?

恋なし、風呂付き、2LDK

蒼衣梅
BL
星座占いワースト一位だった。 面接落ちたっぽい。 彼氏に二股をかけられてた。しかも相手は女。でき婚するんだって。 占い通りワーストワンな一日の終わり。 「恋人のフリをして欲しい」 と、イケメンに攫われた。痴話喧嘩の最中、トイレから颯爽と、さらわれた。 「女ったらしエリート男」と「フラれたばっかの捨てられネコ」が始める偽同棲生活のお話。

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

処理中です...