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もう、これ以上(2)
しおりを挟む――この車の中で、ミツに犯された。
この座席で。あの日。
隆督の座っている、その場所で。
頬から血の気が引いていく。
気分が悪い。ひどく悪い。
隆督の気づかわしげな視線。
運転席のミツのglareは、すこしビリついていた。
オレの家からそう遠くない港の、新しい公園の傍の高層ホテル。
最近のミツの「お気に入り」だ。
そのヴァレーパーキングに、ミツが車を滑り入れさせる。
チェックインは済んでいるのだろう、ミツはすでに鍵を手にしていた。
オレたちは、そのままエレベーターに乗り込む。
白い橋と港が見える。
豪華な景色、豪華な部屋。
ミツが冷蔵庫から冷たい炭酸水を取り出した。
コップに注ぎ、ひと口飲み下す。
それから、大きな仕草で隆督を振り返り、
「なにか飲み物はどうです? 櫻坂の坊ちゃん」と声を掛けた。
そんなコト、これまで一度だって、オレには訊ねたこともないのに。
隆督はゆっくりと首を横に振り、固辞する。
するとミツは、それきり隆督の存在など、どこかに打ちやってしまったかのようにglareを強め始めた。
「Kneel」
唐突にcommand。
オレの両膝は簡単に折れ曲がる。
とっくにもう、数年の空白などなくなるくらいに――
オレは「躾け直されて」いた。
おぞましすぎる「ムチ」と覚醒剤の結晶めいた「飴」で。
ミツが、オレの首にcollarを巻き付ける。
欲しくもないのに買い与えられた。
「Good Boy」と、ミツ。
普段は、プレイ中にほとんど言わない言葉。
最初の声がけ以来、ずっと存在を無視し続けている隆督に対して、「そこで見ていろ」と言わんばかりに、聞えよがしの。
「Strip、ゲン。シャツを脱げよ」
指先がジャージーシャツの裾を掴む。
手を交差させて上げ、オレはそれを脱ぎ捨てた。
ハッと、隆督が息を飲む気配。
たぶん、前回のプレイの痕が治り切っていない。
だから……。
「Kiss」
ミツがオレの目の奥を覗き込んでから、ゆっくりと自分のくちびるを差し示す。
glare――強すぎるglare。
吐きそうなほどに。
隆督が見てる。
見てるんだ……やめてくれ、ミツ、やめてくれよ。
オレは――拒否と嘆願を、ただ視線で訴える。
イラ立ちに、ブワリ広がるミツの虹彩。
ゆっくりと、ミツの足が上がった。
高そうな、足裏まで革張りの靴。
あばらを、腕の付け根あたりを蹴り飛ばされた。
kneelの体勢では持ちこたえられなくて、オレは床へと横倒れる。
「――はたてさんっ」
駆け寄ろうとする隆督を、ミツがバキバキのglareで牽制した。
オレは起き上がり、ゆっくりとひとつ頭を振る。
そしてふたたびkneelに戻った。
混乱、羞恥。
でも、オレは勃起してた。
そんな自分自身こそが、一番腹立たしかった。
そして、ゆっくり両手を伸ばし、ミツの頬に触れる。
ただ、commandに操られて。
くちびるを――
ミツの口に重ね合わせる。
隆督が見ている。
オレの背中を、横腹を腰を。
青あざと擦り傷と、みみず腫れだらけのカラダを。
ミツがキスを深めてくる。
ぐちゃぐちゃとかき回すように、舌を挿し入れて絡めた。
ミツの肩、シャツを掴んで、オレは懸命に訴える。
――もう、やめてくれ、ミツ。
なんで――こんな、の、こども…に、見せるなんて。
キスを止め、オレの手を引き剥がしながら、ミツが「心外だ」とでもいうように片眉を上げた。
でもそれは「不機嫌さ」のカモフラージュだと、オレは知ってる。
「そもそも、この子を、連れてきたのはお前だろ? ゲン……こんな子供と、道でベタベタしていたのもお前だ」
「ベタベタ……なんか…」
「行くなと引き止められて、縋ってたのは誰だよ?」
――こんな子供に、と吐き捨てて、ミツがglareを放つ。
「present」
「なにを」晒せって。
commandの――意味するところは。
「や、やだ……ミツ、やめ…」
拒否というよりも、もはや、オレの声は懇願めいて震えた。
「晒せ!」
鋭いひと鞭。皮膚を切り裂くみたいな、ミツのcommand。
「いいかげんにしろ……三度目はないぞ、ゲン」
後頭部を打ちのめしてくるglare。
あらがいきれないオレの指が、震えながらファスナーへとうごめいて。
下着ごとジーンズを押し下げた。
ヒヤリとした空気に、あらわになる……腰、尻。
そして――
「Cock and tit」
ひどいcommandだった。
やるせなくて涙が滲む。
「やめ、ろ……みるな、た、かま…さ」
もう、声にもならない。
片手で乳首を、もう片方の手でペニスを扱き始めた。
ぐちゃぐちゃと、先走りのぬめる音。
そうやって、自慰を強いられながらも、オレはセイフワードを繰り返す。
かすれる声で、どうせ聞き入れられない……と諦めながら。
「やめてください、片岡さん」
隆督の声。
「今すぐに、やめるべきです。旗手さんがずっと言っているのは、セイフワードなんでしょう? やめてください。Domならば、そうすべきです」
ミツが、隆督を一瞥する。
ごく儀礼的に。むしろ無礼なほどの慇懃さで。
けれど、ミツのglareは、ますます加減ないものになっていく。
隆督も「それ」を感じているんだろう。
glareの刺激に身体をこわばらせている気配を、裸の背中に感じた。
壊れてしまいたかった、もう。
粉々になって、消えてしまいたい。
そう思うのに、オレは自慰を続けてて――
指筒の内で、ペニスは勃起して。
それが唯一の抵抗であるかのように、天から垂れ下がる蜘蛛の糸のであるかのように。聞き入れられないセイフワードを繰り返す。
何度も、なんども。
「旗手さん……っ」
まっすぐに呼びかけて、隆督がオレへと近づいてくる。
「はたてさん」
その声を掴もうと、オレは胸を弄っていた指先を、懸命に伸ばしていく。
ミツが、そんなオレの震える肩を押しとどめた。
けれどオレは、手を――伸ばす。隆督へと。
ゆびが、とどく。
ぎゅっと、指先を握りしめられた。隆督に。
そして、隆督が告げる。
「片岡さん、貴方は恥を知るべきです」
次の瞬間、オレはミツを突き飛ばした。
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