え、待って。「おすわり」って、オレに言ったんじゃなかったの?!【Dom/Sub】

水城

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もう、これ以上

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 ロンドン帰りのミツから、いきなり連絡がきて、ボートの漕ぎ手に誘われた。
 信州行きの、あの朝。

 ――今日は何時がいいですか? 公園で待ち合わせ? それとも駅にしますか
 ――どこかに行くならムギは一緒じゃない方がいいのかな?

 隆督から、そうやって送られてきたメッセージに、オレは返信できなかった。

「旗手さん、今、どこにいるんですか?」

「マンションの前にいます。ムギと待ってます」

「ずっと待ってます」

 そんなメッセージが数通。
 既読をつけたのは、ずっとずっと後。

 それから、オレは隆督をブロックした。
 ミュートじゃなくてブロックした。
 だってさ――

 オレはもう、アイツに合わせる顔がない。
 だったら、どうしたって同じじゃないか? 
 そう思ったから――

 ――駅の傍の大通り。
 もう何度目だろう。
 ここでミツの車を待つのは。

 ミツの気分次第でくる連絡。
 勝手な都合。勝手な時間。

 その日もオレは、ボンヤリ、車道に面して立っていた。

「旗手さん」
 
 背後からの声。
 振り返る勇気もなかった。だってそれは。

 隆督の――声。

「どこに行くんですか?」

 透明で丁寧な口調。
 突然にLIME をブロックしたことをなじるでもない。
 聞き馴染みのある、いつもの。
 
「別に……」

 どこだろうと、オマエに関係ないだろ――
 そう続くはずの言葉は、喉の奥に詰まって出てこない。

 ウインカーを点滅させて、ブルーメタリックの外車が近づいてくる。
 ミツの車だった。

 運転席のウインドウを下ろして、ミツがオレと隆督を軽く見上げた。

「ダレ、それ?」って表情。

「こんにちは」
 隆督が、ミツに丁寧に頭を下げる。

 その品の良いたたずまいに、「何か」感じるものがあったんだろう。
 ミツはドアを開け、スルリと車から降りてくる。そして、

「やあ、こんにちは」と、隆督に挨拶を返した。

「初めまして、櫻坂さくらざか隆督たかまさと言います」
 先んじて、隆督が名乗る。

 ――ああ。
 やっぱ、カッコいい名前だよな。
 大正だか昭和だかの海軍の提督みたいだ。
 堂々と名乗りもするさ、こんな名前ならな。

 するとミツが「おや?」とでもいう風に、眉頭を軽く寄せた。

「ひょっとして、君、目白のお館の……黄楽翁のご親族かな」

「はい、黄楽荘は祖父の家です」

 その答えに、ミツが目を見開く。

「そうか……実は大叔父が翁とはお知り合いでね。紅葉の季節に一度、目白にご招待頂いたことがあって」

「そうでしたか」

 ごく短く隆督が応じれば、ミツがこう言い足した。

「ああ、失礼。名乗るのが遅れて。片岡光誠です。お見知り置きを、櫻坂の坊ちゃん」

 慇懃に涼しげに、サラリと口ずさみながら、光誠が右手を差し出す。
 「こちらこそ」と、隆督がミツの手を取った。

 握手。滑稽なほどに礼儀正しく。

「偶然にも、お目にかかれてよかった」
 そう言って、握手の指を解きながら、ミツがオレを見る。

「では、『私たち』はこれで」と。
 車へと引きずり込むような視線とglareで、ミツがオレの首に縄をつけた。

「旗手さんは行かないです」

 研ぎ澄まされた刀身のように、隆督の声が通り抜ける。

「旗手さんは僕と帰ります。さようなら、片岡さん」

 ギュッと、隆督にシャツの裾を掴まれた。
 ほんの一瞬、呆気にとられた表情をうかべてから、ミツが笑う。

 優雅にキレイに、そして冷たく。

「行くぞ、ゲン」

 ただひと言。
 主が飼い犬を呼ぶみたいに。
 鞭の一振りのようなglareをまとわせて。

「旗手さん」
 隆督が、オレを見上げた。

「この人が……『イヤなヤツ』なんでしょう? 悪いヤツ……悪いDomだ。そんなのは……僕にだって、見れば分かります」

「たか、まさ…」

「この人は、絶対に旗手さんのことを傷つける。以前だって……そうだったんでしょう? だから旗手さん……」

「ゲン? なにをしてる」
 ミツが、首を傾げて肩をすくめた。
 
 オレは隆督の手を振り払う。
 すぐにまた掴まれた。

「行っちゃダメです、行っちゃダメなんだ、旗手さん……行くなってば!!」

「ゲン」
 ミツがglare を波立たせた。

come来い

 声音は低い。
 でも、抗えない力でオレをねじ伏せてくる、ミツの――command。

 動けない――
 どちらにも、オレは。一歩も。

 隆督はオレのシャツから手を離さない。

「じゃあさ……」
 ミツがまた、肩をすくめてみせた。

「君も来るかい? 櫻坂の坊ちゃん。俺のこの小さい車でも、三人くらいは乗れると思うから」

 「小さい」車?
 よく言うよ。
 白々しい、謙遜風味のマウンティング。

「さあ、どうぞ」と。
 ミツが後部シートのドアを、ごくごく慇懃に開けてみせる。

「やめ、ろよ…ミツ」

 やっとのことで、オレはこのひと言を絞り出した。そして、

「帰って……くれ、たのむ」と。
 わずかに顎の先ほどで隆督を振り返る。

 けれど隆督は、キッパリと首を横に振った。

「ダメです。僕と帰るか、僕も一緒に行くか。どちらかですよ、旗手さん」
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