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Row, row, row your boat(3)
しおりを挟むそうやって、ミツに連れていかれた「信州の艇庫」。
それは、エイトのレースができるほど大きな湖のほとりにあった。
いわゆる「金持ち」たちが共有しているたぐいの場所だ。
付随してクラブハウスまであり、艇庫とそこを管理する人間が何人か雇われている。
その日は、夜、クラブハウスの広間に洒落たケータリングサービスが呼ばれ、ちょっとしたパーティー風の食事会が行われた。
参加者は、おおよそ二、三十代から四十代か。
ミツの誘い文句にたがわす、ちゃんと「ボートを漕ぐ」つもりで来ているメンバーが、ほとんどなんだと分かる。
とはいえ、もう少し年齢のいった人もいなくはなかったし、なんなら奥さんや家族を連れてきてる人もいるようだ。
そう、いわゆる「上流階級」の社交会場――
ホントにホントの「上流」の連中はさ。
「都心の目立つ場所でキラキラ派手に騒ぐ」なんてコトはせず、静かに社交をするものだ……なんてのは。
オレが、ミツと付き合うようになって知った、色んなコトのひとつだった。
「お前は飲むなよ。ゲン、別荘まで運転してほしいから」
そんな勝手なコトを言いながら、金色に輝くフルートグラスを手にスマートな立ち姿のミツ。
ブルーの長袖のドレスシャツ。
どこまでも場慣れして、どこまでもスカしてて。
どこまでも――
格好だけはいい。
ミツは、ごくまっとうなプロトコルで、オレのコトを周囲の知り合いたちに紹介する。
――大学時代からの友人で……ええ。
――彼は今は、公務員なんです。そう、ボートは高校の頃に。
――高校生でボート? めずらしいですね、日本だと。
――どちらですか?
――ああ、なるほど。
――いいところですね。ええ、何度か旅行で。
――いえ、ちょうど叔父が、近隣の島に別荘を持っていて。
――大学ではボートは?
――ああ、光誠くんと同じサークルだったんですか。
――なるほど、それで知り合いに。
カサカサと、オレの耳の上を滑っていく――会話。
それを聞くともなく聞いて、時々相手に会釈して、少しのオードブルを口にし、ひたすら冷たい紅茶を飲む。
あとはもう、壁際のソファーに身を隠し、目を閉じてやり過ごしていると、やっと、会は「お開き」になった。
すこしだけ酔いの回ったミツを後部座席に乗せて、オレは運転席に座った。
左ハンドルはひさしぶりだ。
学生時代。
ちょうどこんな風に、ミツの運転手をさせられた。
それ以来、高級外車には「とんと」縁がない。
ナビを入れて、オレは車を発進させる。
*
目的地が近づくにつれ、大きな道路を外れていく。
走行する車は、他にほとんどなかった。
街灯が減り、ハイビームを頼りに林道めいた道を進む。
視界は、白と黒のきついコントラスト。
ふと、オレの脳裏になにかがフラッシュバックする。
ブワリ、噴き出す汗。
奥歯が鳴り始める。
顎先から、滴り落ちてくるほどの冷や汗を拭う手の甲も、震えて――
「……ヤ、ダ…」
か細く口にして、オレはブレーキを踏んだ。
おぼつかない指先で、ガシャガシャとシートベルトを外して、車の外に飛び出す。
ブナとかナラとかの、大きな葉がうっそうと茂る林の中へと走り出す。
なにかから、逃げるように。
――――あの夜、別荘で。
上半身を裸に剥かれ、collarを着けられ、ミツの「Kneel」のcommand。
そうやって、いつもみたいにプレイが始まった。
あの時のミツはいつもに増して横暴で乱暴で。
オレはメチャメチャに殴られて蹴られた。
実は少し前から、ミツは、そこまで手荒でなくなっていた。
というか、オレとのプレイ自体が減っていた。
あまりにもセイフワードを無視した暴力をふるい続けるミツに、オレがとうとう、強めに抗議したせいなんだろう。
当てつけみたいに、ミツは別のSubと遊んでいたみたいだった。
けど、その時のオレは。
ミツの裏切りに気づきたくなくて見ないふりをしていた。
というかむしろ、ミツがやっとオレを思いやってくれるようになったのだろうと。
そう考えようとしていた。
だから――
あの日の別荘でのミツのプレイは、逆に「これまでどおり」の慣れ親しんだ「オレのDom」のモノのようにも思えて。
オレはひたすら、ミツの加虐に耐え、commandに従った。
ギラついたglareに捻じ伏せられ、床へと四つ這いにさせられて。
乱暴に挿入された。
グラついて叱られて、なんどもなんども尻を腿を打たれた。
いつもの乗馬用の短鞭じゃなく、ミツは自分のベルトでオレを打った。
ミツはいつも、決まったブランドの上物しか身に着けないようなヤツで。
気に入りの服飾小物を、そんなコトに使うような、粗雑な扱いをするような人間じゃなかった。なのに。
そうやって、ミツが二度ほど、オレの中で果てた後だった。
いつもどおりの――
いつもにまして、とてつもなく甘い、ミツからのreward。
「Good boy」と囁かれ、繰り返されるのは、身体の激痛すら蕩けるほどのやさしい愛撫。
「お前は、なんでも言うコトを聞くよな、俺の可愛いゲン?」
とろみを帯びたミツの問いかけ。
ボロボロのオレは、頷く力すらなくて、睫毛の先でミツへの服従をあらわした。
ミツの口の端が、きゅうっと引き上がった。
ドアが開く。
誰もいないハズの奥の部屋のドアが。
二人の男が出てきた。
どちらもDomじゃない。
たぶん、nomalの中にも「うじゃうじゃ」いやがる、ただやたらと嗜虐性が高いだけの連中だ。
ヤツらは、オレとミツのプレイをずっと覗き見ていて、それで完全に「タガが外れて」しまっていた。
「ええ、約束ですから。どうぞ好きにしてください。紹介しますね。これが俺の可愛いゲン」
そう言いながら、オレのcollarをクイと引っ張り、とてつもなく優雅に、そしてとてつもなく冷たく。
ミツはヤツらに微笑んだ――
ヤツらの暴行は、ミツの比ではなかった。
ズルいミツはいつも、オレの身体の「見える場所」に暴行の痕を残すことは絶対になくて。
結果的にそれが、ミツの加虐の「ギリギリのボーダーライン」として機能していた。
けど、そいつらには、そんなリミットなどなかった。
顔もカラダも、容赦なく殴られて蹴られた。
オレに突っ込まれるヤツらのペニス。
口にアナルに。かわるがわる、同時に、何度も。
浴びせられる青臭い白濁。
口からは、飲み下せないほどの精液をあふれさせ、オレは何度も吐いた。
記憶は途中で途切れている。
二度と思い出したくないから、もうずっと、消えたままでいてほしい。
できるなら。
すべてを。
すべてをわすれてしまいたかった――のに――――――
――足音。
ミツが追いかけてくる。
足元も良く見えない夜の林で、オレはそれ以上、速くは走れなくて。
じきに追いつかれ、手首を掴まれた。
混乱、恐怖。
発作みたいに悲鳴を上げそうになる。
「ゲン」
柔らかい声。
「大丈夫、今夜は誰もいないから。俺たちだけだから。怖くないよ。ほらおいで」
抱きしめられた。そしてキス。
何度も、キス――
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