Kiss

hosimure

文字の大きさ
49 / 68

社会人のキス

しおりを挟む
今の季節、わたしの働く職場は毎日が戦場だ。

何せ洋菓子&パンを扱う喫茶店(お持ち帰りOK)だからだ。

バレンタインデーも近い今、毎日引っ切り無しにお客様は来店し、予約の電話も鳴りっぱなし。

バイトを三倍雇っても、仕事の量も三倍だ。

わたしはフロアのチーフで、接客やレジ専門。

バイトの管理もわたしの仕事のうちなんだけど…。

「いらっしゃいませ!」

「ありがとうございました!」

目も回るような忙しさ!

あっちへ行ったり、こっちへ行ったり。

それでも倒れることなく仕事をこなせるには、理由がある。

閉店1時間後、調理場ではまだパティシエ達が慌しく働いていた。

それでも顔を出すと、1人の男性が気付いてくれる。

「そっち、終わった?」

「うん、こっちのバイト達は全員帰したわ」

「じゃ、オレもあがる。後は頼むぞ」

彼はわたしの幼馴染兼恋人。

元々このお店は彼の家族が経営していて、わたしは高校生の時からここでバイトをしていた。

わたしの家はこのお店のすぐ裏。

お店の隣は彼の家。

彼は長男で跡継ぎだから、日々忙しい。

「相変わらず毎日スゴイ人よ。繁盛するのは嬉しいけれど、ちょっとしんどいわね」

「お前は他に、新人の教育もしているもんな」

「それはあなただって同じでしょ? 若いパティシエの卵達を指導しているんだから」

「まあな」

お互いに苦笑する。

こう言ってても、お互い20代も後半に突入すれば、ある程度は落ち着いてしまう。

「でも繁盛はお前のおかげでもあるよ。いろいろなアイディア出してくれて、宣伝も良くてくれたから。親父達も感謝してた」

「それはどうも。あなたが海外から帰ってくるまで、潰すワケにもいかなかったからね」

彼は高校を卒業して、すぐ海外の学校へ行った。

お菓子作りの腕をあげるために。2年間も。

本当はスゴク寂しかった。

けれど彼の夢を邪魔したくなくて、あえて笑顔で送り出した。

彼はちゃんと2年間真面目に修行して、世界的な賞を取って帰ってきてくれた。

浮気もせずに、ね♪

「そうだ。今年のバレンタイン、何が食べたい?」

一見は順調そうに見えるわたし達。

…だけどちょっとだけ、わたしには不満があった。

「そっそうね。ケーキが良いわ。チョコケーキ。中にチョコチップ入りの」

「分かった。大きなの、作るからな」

「それだったら、長持ちするようにお酒入れてね」

「OK」

笑顔の彼に、頭を撫でられる。

…そう、彼は凄腕のパティシエ。

わたしはせいぜい家庭的なお菓子しか作れない。

だからバレンタインは毎年、彼の方からチョコをプレゼントしてくれる。

ホワイトデーだって、彼の手作りのお菓子を貰える。

つまり…わたしの方からは一度だって彼にチョコを渡したことがない。

何かお店で買ったのを渡しても嫌味っぽくなるだろうし、かと言ってわたしの手作りなんて…プロに渡すようなものじゃないし…。

「ん? どうした?」

急に黙り込んだわたしの顔を、心配そうに覗き込む彼。

わたしはイタズラ心が起きて、近付いてきた彼にキスをした。

ちゅっ、とね♪

弾むようなキスをすると、彼の顔が真っ赤になった。

「なっ!?」

「キスしたくなっただけよ。それよりあんまり頑張り過ぎないでね? わたしへのバレンタイン、1日ぐらい遅れたって、すねたりしませんから」

「わっ分かっているよ! まったく…」

怒りながらもわたしの手をつないでくれる、優しい彼が好き。

彼を支える為に、このお店に就職したけれど…。

彼の優しさに、わたしは何かを返せているのだろうか?

いっつも与えられてばっかりな気がする。

彼の負担にはなりたくないのに…。

でもバレンタインは、なぁ。

誕生日やクリスマスに奮発しても、バレンタインはまた別のもの。

特別だから、何かしてあげたいのだけれど。
お菓子作りで彼に勝てるワケはなく、かと言って別のモノをプレゼントするというワケにもいかず…。

グダグダしているうちに、あっという間に当日。

そして戦場は修羅場と化し…。

あっという間に売り物は全て完売。

バイト達はこれからデートというコが多く、みんな楽しそうに急いで帰って行った。

お店には彼とわたししかいなくなった。

「おつっかれー。明日は休みだし、泊まっても良い?」

「ああ、でもその前に」

彼は冷蔵庫から、ケーキを取り出した。

ハート型のチョコレートケーキ。

「あっ、もしかして…」

「昨夜のうちに、作っておいたんだ。ご希望通りに作ったよ」

「マメねぇ。でも嬉しい! ありがと」

「どういたしまして。はい、フォーク」

「うん」

フォークを受け取り、ケーキを一口、あむっ♪

「うん♪ 美味しい! 隠し味は愛情かしら?」

「ははっ。まあ当たりかな?」

赤い顔で、コーヒーを淹れてくれた。

「…ねぇ」

「どうした?」

「何か…わたしもあげたほうがいい?」

「何かって…チョコとか?」

「よっ洋菓子じゃなくて、何かホラ。プレゼントみたいな感じで」

「う~ん…。別に何もないな」

「あう…」

彼はお菓子作り一筋の人で、他に趣味を持っていない。

だから物欲もほぼ無いと言っても良い人。

「オレは物より、お前が側にいてくれたほうが嬉しいよ」

「そう? でもわたし、あなたに何も返せていない気がする…」

「そんなことないよ。オレのことを好きで、ずっと側にいてくれるじゃないか。それに…」

「それに?」

彼はニッコリ満面の笑みを浮かべた。

「オレの作るお菓子を、誰よりも美味しそうに食べてくれる。オレはそれが何よりも嬉しいんだ」

「それはっ…美味しいからよ」

「そう感じるのも、愛情があるからだろ?」

「うっ…!」

たっ確かにそれはあるかも…。

「オレやこの店を支えてくれる。何をプレゼントされるよりも、今の生活をずっと続けていけると思うことの方が、嬉しいよ」

「…ずっと?」

「ああ、ずっと、だ」

まあ、それぐらいなら…。

「それがあなたの望みなら…」

「ああ、それがオレの1番の望みだよ」

あんまりに嬉しそうに彼が笑うから、わたしは思わず抱きついた。

「おっおいっ。どうした?」

「んっ…。わたしも嬉しいから、思わず、ね」

わたしが側にいて、美味しそうに彼の作ったお菓子を食べることが彼の望みなら。

「本当にずっといるわよ?」

「ああ、いてくれよ」

「もちろん!」

微笑む彼の顔が近付いてくる。

彼の口付けはとてもあたたかくて、優しい。

そしてとっても甘い♪

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合短編集

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

せんせいとおばさん

悠生ゆう
恋愛
創作百合 樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。 ※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。

処理中です...