Kiss

hosimure

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甘々なキス・10

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昔っから、女の子っぽいことが苦手だった。

女の子は早い段階から、オシャレに興味を持って、可愛く・綺麗になっていく。

ボクはそういうのを、一歩引いたところから見ている方が楽だった。

だから制服も女子用のを着るのにちょっと抵抗を感じて、私服の学校を選んだ。

スカートを履かずに過ごすボクだったけど、私服だらけの学校だとそんなに目立たなかった。

でも女の子にモテるのは正直ちょっと困ったけど…。

普通の女の子のように生きるのに抵抗を感じていたボクだけど、何も女の子が恋愛対象だからと言うワケじゃない。

ただ、苦手だったから。

髪をショートカットにして、服装もどちらかと言えば男の子っぽかった。

家族はすでに諦めていたし、ボクはこのまま生きていくことを決めていた。

でも…こんなボクでも恋をして、受け入れてくれる人が現れた。

その人が今のボクを良いと思ってくれているのか…本当は心配だ。

「ええっと、それじゃあオムライスとウーロン茶。キミは?」

「えっと…。じゃあサンドイッチと紅茶で」

喫茶店で向かい合って、ウエイトレスにメニューを注文する。

…けど何となく、ウエイトレスのボクを見る眼が熱く感じるのは気のせいだろうか?

「今日、良い天気で良かったな」

「はっはい…」

ボクが敬語を使うのが、彼がボクの通う高校のセンパイだからだ。

ちなみにボクが1年で、センパイが2年。

ウチの学校は身に付けている物で学年が分かるということがない為、割と年齢差を気にせず親しく付き合う人が多い。

ボクとセンパイもそのタイプだった。

同じ学校の中では会うことも多くて、何度も会っているうちにボクは…センパイに恋をした。

思いきって告白して、受け入れてもらったのは嬉しいんだけど…。

「まさにデート日和だよな」

「んなっ!?」

ぼんやりと窓の外を見ながらセンパイは、何気なしに呟く。

けれど注文した品を持ってきたウエイトレスの動きと表情が、音を立てて固まるのをボクは見てしまった。

ウエイトレスはそそくさとテーブルに料理を置くと、すぐさま奥へと引っ込んだ。

ああ……絶対に勘違いされている。

センパイはボクのことを、ちゃんと恋人扱いしてくれる。

それは…照れ臭いけれど、嬉しい。

…でも周囲から見ればその…怪しい関係に見られてしまうことが多かった。

「美味しそうだね。食べようか」

「…はい」

しかしそんなことは一切気にせず、センパイは料理を食べ始める。

ボクは食欲が失せてしまったけれど、食べる。

まあ、いつものことだし…。

ボクはセンパイと付き合うようになってからも、男の子っぽい格好は止めなかった。

センパイも特に何も言ってこないし、恋人としての関係に問題はない…とは言えないな。

今みたいに、周囲に誤解を与えることが多いし…。

「はあ…」

食べ終わった後、センパイとボクは映画館に向かって歩いていた。

学校で一緒にいても、学生達はボクの本当の性別を知っているからまだ良い。

…でも、こういう外だとな。

ふととある洋服店から、可愛い二人組の女の子達が出てきた。

そこの洋服店は、可愛い服を売っているので有名。

女の子達は買ったばかりの服のことで、話が盛り上がっている。

ボクは自分の格好を見て、ため息をつく。

「ん? どうかした?」

「あっ…と。…こういう服、可愛いなと思いまして」

ボクはつい、洋服店のショーウインドウを指さした。

マネキンは可愛い服を着ていて、センパイはそれを見て首を傾げる。

「確かに可愛いな。着てみたい?」

「えっ!? いや、どうせ似合わないんで、いいです。それより早く映画館に行きましょう!」

ボクはセンパイの腕を掴んで、その場から離れた。

けれど映画を見ている間にも、ボクの頭の中にはあの可愛い服のことが浮かんでいた。

「ふぅ…」

映画を見た後、頭を冷やす意味もあって、近くの公園に来た。

そこは海から見える夜景が綺麗で、夕暮れ時になるとカップルが多い。

ボクとセンパイもそうだけど…でも他人の眼から見ると、違うように見えるだろうな。

「今日、疲れた? 何か途中から元気なかったけど」

同じベンチに座るセンパイが、心配そうにボクの頬を撫でる。

「あっ、と…」

どう答えようか迷っていると、ふと強い視線を感じる。

その方向を見ると、男女のカップルがボク達をマジマジと見ていた。

「だっ大丈夫です! なので移動しましょう!」

「えっ、おっおい!」

センパイの手を掴み、ボクは慌ててその場から離れる。

ひっ人の目が辛すぎる…。

別に何も悪いことはしていないのに…。

…いや、やっぱりボクの格好が問題だ。

「なあ、どうしたんだ? やっぱり変だぞ?」

「すっすみません…。…でもボクといると、センパイが変な眼で見られるのが耐えられなくて…」

「変な眼?」

ようやく人気が少ない所まで来て、ボクは立ち止まった。

「あの、ボクがこういう…女の子っぽくない格好をしているから、センパイが…その……」

「…ああ、そういうことか」

センパイはようやく理解ができたように、頷いた。

「すみません…。今度から外で会う時はもっと女の子らしい服装をしてきます」

「別に無理して好きでもない格好をする必要はないんじゃないか? 俺は別にそのままでも良いと思うけど」

そう言ってセンパイは優しく微笑んでくれる。

そんなセンパイの優しさが、もっとボクをいたたまれなくさせる。

「…センパイは平気なんですか? 周囲の人から変な眼で見られること」

「う~ん。そうだなあ…」

センパイは腕を組み、眼を閉じてしばらく考え込む。

そして答えが出せた時、その表情には笑みが浮かんでいた。

「まあ女の子らしい格好も可愛いと思うけど、俺は普段の格好の方が見慣れているから」

…センパイの答えを聞いて、ボクは全身から脱力した。

そうだった…。

センパイってちょっと天然だった。

「それにしても、そんなに人の目って気になるか?」

「センパイは全く気にしないみたいですね…」

「うん。俺、元からあんまり気にしないタイプだから」

…だからボクの告白も受け入れてくれたんだろうか?

思わず疑心にかられて、センパイをじっと見つめた。

するとセンパイの顔が不意に近付いてきて……唇が、重なった。

「…えっ?」

「えっ? キスしたかったんじゃないのか?」

間近にあるのは、センパイのきょとんとした顔。

ボクは突然のことに、呆然する。

「いきなり見つめてくるし、人気のない所に来たから、キスしてほしいのかなって思って」

センパイは首を傾げる。

ああ…どこまでも天然な人。

でもこういう人だから、ボクは惹かれたのかもしれない。

「…じゃあセンパイはずっとこういう男の子っぽい服装のままで、良いと言うんですね?」

「キミが気に入ってしている格好なら、良いと思う。どんなキミだって、可愛いことには変わりないし」

「ううっ…!」

こういう恥ずかしいセリフも、すんなり出てくるんだから、恐ろしい人だ。

けれどセンパイに抱きしめられると、今まで抱いていた悩みもくだらなく思えてきた。

ボクはセンパイと恋人になって、ちょっと神経質になっていたのかもしれない。

前までなら自分一人のことだし、何ともなかった。

でもセンパイを巻き込んでしまうのなら…心が苦しい。

けれど当のセンパイが気にしないと言うのならば、ボクも無理に変わることはないか。

「…ああ、でも男の子同士に見られるのが嫌なんだよな?」

ふと顔を上げたセンパイが言い出したことに、今度はボクがキョトンとしてしまう。

「ええ、まあ…。でも…」

「ならさ、俺が女の子の格好をすれば…」

「それだけは勘弁してくださいっ!」

ボクの心からの叫びは、公園中に響き渡った。

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