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彼と僕

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 …その考えは全く逆だとは、一年経った今でも言えない。
 何がキッカケで、彼が僕を抱きたいと思ったかなんて分からない。
 彼に誘われたのは夏休みだった。
 その頃はテストや体力測定など、いろいろなことが終わってほっとしていた時だった。
 だから油断していた。気が抜けていた。
 終業式が終わって帰る前に、呼び止められた。
「明日、オレんちに遊びに来ない?」
「新真くんの家に? 確か一人暮らしだったっけ」
「そう、マンション暮らし。一人じゃ寂しくってさ。ご飯とかも味気なくて。良かったら来ない?」
 僕も一人暮らしがちょっと寂しかった。
 それに彼に声をかけられて、嬉しかった。舞い上がっていた。
 彼の周りには男女問わず、常にたくさんの人がいた。
 それにカリスマ性が強く、先生達ですら彼の言うことには逆らえなかった。
 学校の支配者になっていたと言っても過言じゃない。
 彼は強く、美しい。
 従うことを喜びとしてしまう人が多くてもしょうがない。
 そんな彼に遊びに誘われたということが、嬉しかったんだ。
 次の日、駅で待ち合わせをして、彼のマンションへ行った。
 けれどその大きさと広さと豪華さに、眼が丸くなった。
 高級住宅地にあって、それでもなお目立つマンション。
 僕は二階があるマンションの部屋に、生まれて始めて来た。
「…噂には聞いていたけど、スゴイ所に住んでるんだね」
「そうかな? 親父がオレが住むようにって建てたマンションなんだ。実家の方が大きくて広かったし」
 …想像つきません。ここより大きくて広い家なんて。
 そもそも僕の実家なんて二階がある一戸建てだけど、ヘタすればここより狭くて小さいかも…。
「でっでも確かにここに一人じゃ寂しいかもね。誰か泊まりにとか来ないの?」
「あんまり。オレ、住んでいる所で騒がれるの、イヤなんだよね」
 彼はそう言いながら、キッチンで料理を作っていた。何でも料理が得意で、僕にご馳走してくれると言う。
 手伝おうかと申し出たけど、一人の方が良いからと言われたので、リビングのイスに座って待っていた。
 他にも誘っている人がいると思っていたけれど、僕一人だけで驚いた。
 彼いわく、前から僕と話がしたかったそうだけど…。
 僕は彼に興味を持ってもらうような人間じゃない。だから不思議に思っていた。
「お待たせ。嫌いな食べ物、特になかったよな?」
「あっ、うん。好き嫌いはないんだ」
 テーブルにはパスタとサラダ、それにスープが置かれた。
「じゃあ頂きます」
 両手を合わせて、早速食べてみた。
 夏野菜を使ったパスタに、フルーツとシーフードを使ったサラダ、スープは冷たいミネストローネ。
「どれもスッゴク美味しい! 新真くん、料理上手なんだね」
「一人暮らしをしていると、どうしてもね。永河だって、料理するだろ?」
「うっうん、まあね」
 彼にはじめて名前を呼ばれたことに驚いた。でも凄く自然に呼ばれたので、戸惑いも小さかった。
「でも僕の作る料理って、庶民的で簡単なものばかりだから」
「どういうの作るんだ?」
「普通だよ。肉じゃがとかカレーとか焼き魚とか」
 一人暮らしを始める前に、母に一通り料理を教わった。外食ばかりじゃ体に悪いと言うことで、一般的な家庭料理は作れた。
「へぇ、いいね。オレはそういうの、あんまり食べたことがないんだ」
 そりゃそうだろう。彼の家庭料理と言えば、一流料理店並みのことを言うんだろう。
 彼が庶民的な料理を食べている姿は、思い浮かべられない。
「ねぇ、今度作ってよ」
「へっ? 僕の料理?」
「そう。食べてみたなぁ、永河の料理」
「でっでもあんまり美味しくないかもよ? そんなまだ、作り慣れてるってほどじゃないし」
「いいよ。オレは永河の料理が食べたいだけだから」
 満面の笑みで言われると…断れない。
「じっじゃあこの料理のお礼に、近いうちに作るよ」
「うん、楽しみにしている」
 家に帰ったら、猛特訓しなければ!
 そう思いながら、彼の料理を食べ終えた。
 デザートにアイスコーヒーとチョコケーキが出てきたことに、ちょっと驚いた。
「新真くんって、甘い物好きなの?」
「オレは普通かな? でも永河は好きだろう? 教室でよく、チョコ菓子食べてるし」
 うっ! …変なところを見られていたな。
 確かに僕は甘い物が好きで、よく食べていた。
 教室とか人前ではなるべく控えていたつもりだったけど、どうしても小腹が空いた時はつまんでしまっていた。
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