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彼と僕

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 体の節々が痛んだ。丸一日ベッドから出ず、彼に翻弄されまくった。
「明日は学校なのに…」
 彼の寝顔は無防備で、幸せそうだった。
 …そりゃ満足しただろう。人のことをさんざん大人のオモチャで弄んだんだから…。
 おかげで明日は最低限の動きしかできないだろう。
 まっ、一学期の終業式だし、講堂にはイスがあるから座っていればいいだけだけど…それがまた辛いというのが泣ける。
「はぁ…」
 ため息は幸せが逃げると、誰かが言っていた。
 けれどモヤモヤした気持ちを吐き出せる方法を、僕は他に知らない。
 特に趣味があるわけでも、特技があるわけでもない。
 つまらない人間だ。彼が言うような、謙遜しているワケじゃない。
 確かに運動も勉強もそこそこはできる。だけど自分の器の大きさを分かってしまっている。
 だから…だからこそ、彼の側にいる自信がない。
 本当にずっと一緒にいられるのなら、何をされたって良い。
 僕にしか見せない顔を見せてくれるのなら、ずっとここに閉じ込められても構わない。
 …でもそんな生活が、本当にずっと続くとは思えない。
 自分より魅力的な人間なんて、周囲を見回せばいくらでもいる。だから余計に自信が無くなるんだ。
「高校を卒業して、大学も卒業したら…どうなるんだろう?」
 彼の髪をそっと撫でる。
 大学まではいてくれるかもしれない。
 でも社会に出る時はどうなる? 延長してくれるのだろうか? それとも…社会人ともなれば常識を重要視して、今度こそ捨ててくれるだろうか?
 そして僕は…本当はどっちを望んでいるんだろう?



「ふわぁあ…」
 終業式はほとんど寝てた。
 紗神と別のクラスで良かったと、この時ほど思ったことは無い。座る席が離れているおかげで、安眠できた。
「さて、後は担任の話で解散か」
 えっと七月いっぱいは日本にいて、八月は紗神のワガママ…いや希望で海外を巡る旅に出る。
 …ちなみに高校に入学してから、一度も実家に帰れていない。
 両親には紗神が騙し…いやいや、説得しているので、帰れとは言われない。
 まっ、お土産に高い物を贈っているので、両親はそれで満足・安心しているみたいだ。
 昨年はカジノ巡りをさせられ、しばらく金銭感覚がおかしくなった。
 今年はせめて観光地巡りとか、おだやかな所に行って見たい。ムダだと思うけれど、一応言ってみるかな?
 考え事をしながら歩いていたせいで、教室に入る時に女子生徒にぶつかった。
「あっ、ゴメン」
「ううん、こっちこそゴメンね。大祇くん」
 バサバサッと床に本が落ちる。
「スゴイ本の量だね」
「夏休み前に返すのが多くて…」
 散らばった本を拾い集めて、彼女に渡した。
「はい、どうぞ」
 その時、控え目ながらも笑って見せる。このぐらいは社交辞令。
「あっありがとう!」
 彼女は本を受け取ると、すぐに教室を出て行った。しかも早足で。何か顔が赤かった気がするけど、今は夏だからなぁ。
 それに急がないと、先生も戻って来るし。
 ぼんやりそんなことを思いながら自分の席に向かおうとしたところで、物凄い強い視線を感じた。
「うっ…!」
 恐る恐る振り返ると、彼が…いた。廊下の壁に背を付け、こっちを見てニッコリ微笑んだ。
 でも僕には分かる! スッゴク機嫌が悪い笑顔だっ!
 血の気がサーッと下がるも、紗神は背を浮かせてこっちに歩いて来た。
「モてるねぇ、永河。微笑み一つで女の子をオとすとは流石っ!」
 わざとらしい嫌味な言葉に、カッと頭に血が上った。
「なっ…バカなこと言わないでよ! あんなの普通だろう?」
「どの辺が普通なのかオレには理解できないが…。まあお前も理解できないのなら良いか」
 そう言って肩を竦めた。
 …何を言っているんだ? 彼は。そもそも微笑み一つで女の子をオとすなんてワザは、彼の特技だろう。
 しかし言いたいことを言った紗神は、僕に背を向け、自分の教室に戻って行った。
「う~ん…。やっぱり早く動いた方が良いのか。モタモタしているとアレだよなぁ…」
 …何か嫌な感じのする言葉をブツブツ言いながら。
 どっどうしよう…。まだ体がフラつくのに、帰ったら…!
 目の前が真っ暗になりながら、僕は自分の席に座った。
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