呪女

hosimure

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「どこにそんな証拠があるのよ!」

彼女はふてぶてしく笑った。

「証人でもいるの? いるなら出してみなさいよ」

証拠も証人もいない。

証拠は彼女が処分してしまっただろうし、証人もいないだろう。

駐輪場は裏門にあり、あの時間帯、帰宅部はとっくに帰り、部活をしている生徒達は活動している最中だった。

絶妙なタイミングで、彼女はバイクに細工をしたのだろう。

彼が精神的に最も弱っている時を狙い、バイクに細工する機会を狙った。

このわたしを利用して―。

「…ねぇ。彼が何故、この山に再び訪れたか、知ってる?」

「知らないわよ、そんなこと」

「アナタに会いに来たんじゃないの? そしてペットのことを謝りたいと思ったんじゃないかしら?」

彼にとっては忌まわしい場所なのに、あの日、ここへ来た。

それは彼女に出会い、謝罪しようとした可能性が高い。

…もっとも、今となっては確認しようがないのだけど…。

「そんなの分からないじゃない! またここにスピードを出してバイクを走らせたかっただけじゃないの?」

まあ…その可能性も否定できない。

だけどアレだけ弱っているのに、その可能性は低い。

彼は憂さ晴らしを簡単にできるような人間ではない。

それは弱っていく彼を見続けて、思ったことだった。

だけど彼女は否定する。

そんなこと、あるはずがない―と。

でなければ、彼女は自らの罪を後悔してしまうから。

罪悪感でおかしくなりそうだから、否定する。

…でもそんなの、彼と一緒だ。

自ら奪ってしまった命、なのに己の行動に責任を持たないなんて…。

否定してしまえば、彼と全く同じであることを、彼女は理解できないのだろうか?

いや、彼と全く同じだからこそ、認められないのだろう。

虚しいことだ。

わたしは肩を竦めて、深く息を吐いた。

「…とにかく、依頼は終了したわ。成功報酬、貰っても良いわね?」

「ええ、どうぞ。できることなら、何でも」

彼女は大胆になっている。

憎い相手の命を奪ったことで、自分が大きく成長できたとでも思っているのだろうか?

―残念ながら、それはわたしが否定する。

「わたしがアナタに与える『不幸』は、コレよ」

わたしは彼女の目の前に立ち、左手で自分の胸に触れた。

そこは心臓の真上だ。

わたしの心臓の鼓動は弱々しく、そして不定期。

このままだと、数ヶ月も持たないだろう。

「一応聞いておくけど、アナタ、丈夫よね?」

「えっええ…。持病とかはないわ」

「なら結構。普通の寿命で構わないわ」

「えっ…?」

わたしは傘を持つ手を放した。

そして右手で、彼女の胸に触れる。

そこは彼女の心臓の位置だ。

力強く、鼓動を刻んでいる。

「―上等ね」

わたしは笑みを浮かべ、グッと両手を強く押した。

 どくんっ!

「がはっ…!」

彼女は大きく眼と口を開いた。

わたしの手を振り切ったが、すでに終わった。

彼女は自分の胸を掻き毟り、傘を放り出し、暴れ回る。

その顔色はみるみる白くなり、眼の色が濁る。

やがて地面に倒れ、痙攣し、動かなくなった。

「ちょうど心臓が持たなくなっていたのよね。タイミングが良かったわ」

わたしは再び胸に触れる。

彼女と同じ、力強く鼓動が刻まれている。

―そう。彼女に引き受けて貰った『不幸』は、わたしの弱くなった心臓。

そして頂いた『幸福』は、彼女の残りの寿命の全て。

「コレで五~六十年は持つかしら? まあその間に、他の寿命も貰うかもしれないけどね」

わたしは落とした傘を持ち、再び差した。

踵を返したところで、ふとお墓を見てしまった。

…コレでもう、このお墓を訪れる者はいなくなってしまったのだ。

ちょっと悪いなとも思ったので、わたしは彼女の傘を拾い、動かぬ肉体に差してあげた。

こんな力があるけれど、心が無いわけじゃない。

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