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帝国麝教編
三章
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サザンドキア帝国、トルカ領ゴスラルの町。美しい海に面した町であり、保養地として有名である。
領主はキニスキア・リーク男爵。歳は二十三歳。帝国の他の領主に比べるとキニスキアはまだ若い領主だ。一年前に父が突然亡くなり、長子であった彼は家督を引き継いだ。それと同時に、麝教の幹部の地位も父からキニスキアに引き継がれている。
キニスキアは強い野心を持ち、出世や領地の発展を望んでいた。
なにぶん、今のリーガ家からは金も権力も失われつつある。父の代で膨らんだ借金のかたに領地の一部の土地の権利を商人に奪われてしまっているのだ。
ゴスラルの町の巨大施設、空中庭園などは彼の所有物ではなく、安い価格でその土地を買い取った商人が建てたものだ。それだけなら、税の取り立てをすれば領地に収入があると許すこともできるが、ゴスラルの町の一部の土地に対する徴税の権利まですでに失っていた。事実上、ゴスラルの町は商人や市長が支配しているようなものだ。自由都市のようなものである。それもこれも、連中に金を借りた父の代の失敗であるが、金を借りるときは喜んで次から次へと借入していた。
貴族は何かと金がかかるのだ。上品な服、高価な食器や家具などの調度品、パーティなどの交友費、大勢の兵や侍従たちへの給金、などなど。それに見栄もある。下民に舐められてはいけないのだ。自らを飾る事に、金を惜しんではいけない。キニスキアからすると、当たり前の事である。
男爵となった彼は、これからの展望を思案していた。
麝教の力を使い、裏の組織力をもって領地を発展させ、己が出世を目差すのは言うまでもないことだ。
しかし、そのためにはお家を立て直す金がいる。もう借金はしたくない。といっても、領地の収入は少ない。ゴスラルの町を商人から取り戻せば、やりようはいくらでもあるのだが。
ちなみに、裏カジノや麻薬の密売、奴隷娼館を黙認する事で、キニスキアは賄賂のような収入を得ている。それは彼個人の懐に収められている。貴族や裕福な人間が遊びにくる町だ。そうしたものの需要は高い。しかし、それで一番儲けるのは商人たちだ。
(ゴスラルを取り戻せば、すべて思い通りにいくのに!)
そんな時、彼の耳に美味しい話が飛び込んできた。
トルカ領の中にある悪魔の掌島に、金鉱が眠っている、といった眉唾な話だ。悪魔の掌島の調査など、とうの昔に済んでいるから、ガセネタに違いない。
だが、その話を持ち込んできた男が、セイラート海賊団の船長であった事がキニスキアの興味を惹いた。
船長のゼイゲルは昔は海軍に所属していたようだが、父とトラブルを起こして海賊に身を落とした男である。海賊として他国の商人の船から略奪行為を繰り返していたが、領主の代替わりで心機一転したらしく、キニスキアにこの話を持ち込んできたのだ。当然、この話には嘘を見分ける魔法を使ったから、ゼイゲルが嘘を言っている事はまずない。彼の願いは、再び海軍に復帰したいといったものだ。それについては、キニスキアは構わないと思っている。操舵や部下を扱う手腕がいいと聞くから、いっその事、提督にしてやってもいい。自分に絶対の忠誠を誓う部下を持つのは領主にとって大事な事だ。ちなみに、海軍の任務は、港の秩序を見張り、魔物や海賊から領地を守る事だ。
ゼイゲルの事はひとまず信頼するとして、問題は本当に金鉱が眠っているのかだ。
ゼイゲルの話では、悪魔の掌島には魔女が棲み着いており、この魔女は、島に立ち入ろうとする者に容赦ない攻撃を仕掛けてくるそうだ。
何もない島をそこまでして守ろうとするのは、間違いなく何かを隠しているからだ、と言うのである。実際に、島の海底洞窟に入ったときに、金を発見した部下がいるそうだ。
非常に興味深い話だ。
それに。
と、ゼイゲルは言う。
領地に魔女が住んでいては、リーク男爵の名誉を傷つけているようなものです、と。
たしかにその通りだ。
この魔女の事は、先代の頃から気になってはいた。
ただ、討伐するとなるとどのくらいの被害がこちらに出るか分からない。島も大陸から離れている事だし、町は安全だろうと放置していたのである。
(島に金鉱が眠っているのなら、手を打たねばな)
ゼイゲルはこの魔女に詳しいようだった。
討伐するなら、是非、自分たちに任せてほしいと彼は願い出た。その手柄をもって、海軍に復帰させてほしいと。
ただ、少しだけ男爵の力を貸して欲しいとゼイゲルは言う。
魔女は高位の魔法を使う。自分たちの戦力の方が上だが、正面から戦えば被害が大きくなると予想される。悪魔島を攻めた海賊団がいたが、数十人の船乗りたちが返り討ちに遭ったそうだ。闇雲に攻めてもやられてしまう。こちらも、それなりに準備を整えなくてはならない。
キニスキアとしても、そうした輩に先に黄金を奪われてはたまらない。ゼイゲルの申し出を少々気に食わないと思いつつも、作戦を成功させるために強い戦士が必要になる事はよく分かっていた。
頭を絞ったキニスキアは、家系図や分限帳を引っ張り出した。
そこで、自分と遠い親戚である、ある人物に目を付けた。
サヴォア・ユミル。パラディンを輩出する、武門の名家ユミル家の三男である。ユミル家当主の爵位は子爵のようだ。サヴォア自身に爵位はないが、聖騎士として神殿に仕えている。男爵家の当主である自分が頼むにも丁度良い相手と思えた。これで互いの家の繋がりも深まると考えれば、相手にも都合がいいはずだ。こちらの願いを無下にはしないだろう。
神殿のパラディンといえば、魔物に対して断固とした態度をとる事で知られている。魔物や悪の存在の討伐こそ使命と考えている者が多いのだ。なにより、実力者揃いで皆強い。協力してもらえるのであれば、魔女討伐にこんなに適任な者はいないだろう。
キニスキアはすぐにこの人物に手紙を書いた。
返事は意外に早かった。
リーク男爵のために微力ながら力をお貸したい、とそこには書かれていた。
それから、サヴォアの到着を待ち、二週間程が過ぎた。
キニスキアの邸に、とうとうサヴォアはやってきた。
二人は挨拶を交わした。
「お初にお目にかかります、サヴォア卿。わたくしがキニスキア・リークです。昨年父が他界し、今はわたくしがリーク家の当主を務めております」
「……遠い親戚の縁ゆえ、サヴォア・ユミルまかり越しました」
二人は握手を交わした。
「さあ、邸に入られよ」
「……」
サヴォアは極めて無口な男だった。それに固い男だった。何か強い信念があるのか、それともただ口べたなのか、キニスキアにはよく分からない。
ただ、実力は間違いなく高い。彼の持つ雰囲気から、武にあまり心得のないキニスキアでもそう感じた。
ただ、こちらがいくら接待しようとしてもまったく関心を持たないのは、少々不安を感じてしまう。
酒を勧めても、ゴスラルの遊びを勧めても、サヴォア卿は一切応じようとしない。断る態度に少し威圧感すらある。
まぁ、よい。
こちらの目的さえ叶えば、それでいいのだ。
彼には魔女討伐を成し遂げてもらえれば、後は金を渡せばよい。むしろ、楽ではないか。
サヴォアも魔女討伐の成果を英雄的な行いとして認められれば、神殿での評価が上がるのかもしれない。
とにかく、互いの目的は一致しているし、サヴォアは協力的でやる気がある。
後は、ゼイゲルの準備が整えば、魔女の住む、悪魔の掌に遠征できる。
(黄金や宝石が眠る鉱山……これを逃す手はない!)
ゼイゲルの海賊船、マトロー号に乗り、一行は出発した。乗っているのは、船長ゼイゲル以下、二十名の部下たち。キニスキアと侍従、自分の身を守る近習が二人。クラスはウィザードとファイターだ。そして、サヴォア卿。サヴォアは黙って、何も問わず、何もしゃべることなく、腕を組んで船長室のソファーにどっかりと座っていた。凄まじい威圧感である。帯刀している剣は、一部のパラディンしか所持を許されない秘宝、七聖剣の一つ、ジャッジメント・ソードである。強力な魔法剣だそうだ。
ゼイゲルもサヴォアのその佇まいに、息を飲んでいた。
しかし、コミュニケーションは必要である。
これから行われる会話は船長ゼイゲル、キニスキア、サヴォアの内密の作戦内容であり、ゼイゲルの部下には知らされない事になっている。
海賊帽を被っているゼイゲルが、皆の顔を見回して話し出す。
「じゃあ、こちらの作戦を伝えます。まず、魔女共がどんな戦術をとるかご説明します。この情報は魔女に仲間を殺され船を焼かれた海賊から聞いた話です」
「……」
サヴォアにも海賊と手を組む事は事前に説明し、承諾を得ている。彼らの事情も話している。手を組むことは問題ないようであった。
「魔女共は、どうも毒を使って島に来る敵を殺しているそうなんです。その毒は島に生えている毒草であったり、多分、魔法や不思議な術を使って作り出しているんだと思います。かなり強力な毒で吸い込むと数分で体が痺れたり、眠ったり、混乱状態に陥ったり、そのまま死んだりする、恐ろしいものです」
「毒か……魔女が住む前は無人島だったが、あの島に人が住まなかったのも、たしか毒草が多く生えていたり毒ガスが発生するからだと聞いた事がある。魔女討伐が済んだら、森はすべて焼き尽くさないとならないな」
「ええ、まったくその通りです、リーク男爵。話を戻しますが、魔女は毒で大勢の海賊の足を止めている間に、船を燃やそうとしてきます。恐らく、逃がす気がないか、こちらへの威嚇行為としてやるのでしょう。逃げる事ができた連中は、泳ぐか小舟を出すかして、命からがら島を出たらしく、もう二度と島には近づきたくないと言って島を避けてます」
「凶暴な魔女だ。このような魔物は生かしておいてはいけない。捕まえたら火炙りに処し、蘇らないよう死体が灰になるまで燃やし尽くさなくてはな」
「へえ。おっしゃる通りです、リーク男爵。そこでですね、わたしはこういった作戦を考えました。部下には毒を吸わないよう布を口に当てて行動させ、毒消し薬やポーションを持たせます。こいつらに、島の南側にある魔女の家を襲撃させ、魔女を怒らせておびき出します」
「そう易々と出てくるか?」
「出てこないかもしれません。しかしそれならそれで構いません。住処にはアイテムなどもあるでしょう。それらを燃やして敵の戦力を削ぎます。また、俺とこちらのパラディン卿は別行動を取ります」
ゼイゲルは微妙に気を使ったのか、クラスに敬称を付けてパラディン卿とサヴォアを呼んだ。そんな呼び方が一般的にあるのか知らないが、キニスキアもサヴォアもとりあえず気にしないでいる。
「魔女は二人いて、一人が船に火を付けにくるんですが、もう一人は何かの儀式をするために島の中央の池に向かうようなんです。なんでも、生き残りの海賊がその池で儀式を行うもう一人の魔女の姿を見たようで」
「なるほど、つまり、お前の部下が家を襲撃するのは陽動というわけだな。本当の狙いはお前とサヴォア卿で魔女を待ち伏せ、襲撃して討つというわけか」
「お察しの通りです、リーク男爵。部下共の元に魔女が現れた場合はそれでよし。あいつらの実力では勝てるか分かりませんが、サヴォア卿かわたしが行くまでに魔女を消耗させればいいでしょう。なんにせよ、大勢を家に向かわせる事で魔女の気を引く事ができるはずです」
「そうだな」
「島に着いたら、わたしは船を襲いにくる魔女を崖の上に身を隠し待ちます。森の外ですから、毒の心配は要らないはずです。船を停留させるのは、見晴らしの良い崖の近くにしてやりましょう。パラディン卿は、儀式を行う魔女の討伐に向かって頂きたいのです。なぜなら、聖騎士には毒は効かないからです。毒の飛散する森の中でも自由に行動できる。そうでしょう?」
サヴォアは頷いた。
レベルの高いパラディンには実際に毒は通じない。神聖な力を得た彼らは、一般人の肉体を凌駕し、どんな状況でも健康な体を維持できるのである。
これは魔女に対して非常に有利な点だと言える。
池まで行けても、毒の影響で弱っていては戦えない。魔女はかなり強いとも聞く。
「しかし、サヴォア卿の実力に疑いは微塵もないが、お前の実力で魔女を倒せるんだろうな?」
「ご安心を、リーク男爵。わたしのペットに豹が二頭いますし、巻物も数種類用意してきました。討ってごらんにいれましょう」
「……そうか。期待している」
「ははー。リーク男爵は安全な浜で朗報をお待ち下さい」
キニスキアは頷く。
ゼイゲルは島の地図をテーブルに出し、細かい作戦の内容を説明した。
空は快晴だ。海賊船マトロー号は順調に島に向けて航海を続けた。
やがて、船は悪魔の掌島の崖下に停泊した。小舟を出して船員は浜に向かう。この位置に船をとめたのも、ちょっとした作戦からだった。魔女は船に火を付けるために、まず様子を見ようとするだろう。そのために、船の上の崖に現れるはずだ。出現場所の予測が立てば、先に隠れて先手を打つ事ができる。
あえて、狙いやすい場所に船をとめてやったのである。
船員が全員船を降りて、船の中はもぬけの殻となった。
浜で集合し、作戦を確認する。
キニスキアとお付きの者は浜で待つ。
もし、万が一撤退する事になった場合は、先に舟で逃げて下さい、とゼイゲルはキニスキアに伝えている。ファイターやウィザードもいるから、海に出て島から脱出するのは容易だろう。
副船長のフマーと船員二十名は二手に分かれて魔女の家に向かう。家を発見したら火を点ける。これは魔女を挑発するためであり怒って出てきた所を全員で取り囲んで倒すつもりでいる。上手くいくかは分からないが、こちらの部下たちは囮でいいとゼイゲルは考えている。魔女を混乱させてやり、魔法を使わせ、弱らせる事ができればいいのだ。
また住処を失えば武器や食料、薬や素材もなくなり、魔女を困らせる事ができる。作戦が上手くいき、家を燃やしても魔女が出てこない場合は、指の形をした崖に向かえと伝えている。早速、金鉱を探すのだ。
「さあ、野郎共! 出発だ!」
「おう!」
と、部下たちは森に踏み込んでいった。全員、布で口を覆い、またポーションや毒消し薬を携帯している。
部下は島の西側から森に入っていったが、サヴォア卿は島中央の池に向かうため、浜の真ん中から森を真っ直ぐ進む予定になっている。
サヴォア卿も一人、森に踏み込んでいった。
(さて、俺も行くか)
キニスキアは小舟の端に腕を組んで腰を下ろし、その様子を険しい表情で見ている。その表情の裏では、どんな皮算用をしているのか、とゼイゲルは思い、少し可笑しい気持ちになる。
「では男爵、わたしも行って参ります」
と、ゼイゲルはキニスキアに頭を下げる。
「見事、魔女の首を討ち取ってまいれ」
と、戦の経験もない若い男爵は気迫を込めて言う。気分は軍を指揮する大将のようであるのかもしれない。
その少々演技臭い台詞をくみ取るように、手を胸にそえてゼイゲルはさらに頭を深く下げた。
「はい。必ずや」
ゼイゲルはペットの豹二頭を引き連れ、魔女が来ると予想している崖の上に向かった。
サヴォアは一人、池のある方角へと進む。サヴォアの装備は全身鎧と長盾、そしてジャッジメント・ソードだ。その姿はリビングアーマーのようだ。森の中を進むのはかなり目立つだろう。しかし、魔女を逃がすような真似はしない。重い鎧や盾を装備していても、サヴォアの動きは鈍ることはない。
サヴォアは森の中で特殊技能を使用した。
「邪気感知」
悪の属性を持った者を察知できる技だ。
神に仕える聖騎士である彼は、クレリックのように神聖な力を使いこなす。
この技は、パラディンにとって初歩的な技である。
(反応なし)
魔女が近くにいれば、この技で察知できるだろう。と、サヴォアは考えている。
今のところ近くにその存在を感知する事はないが、森に入ってから草が毒を飛散させている事には気付いていた。自分に毒は効かない。もちろん体に異常は起きていない。
もしこの罠を知らなければ、普通の海賊や冒険者のパーティではすぐに全滅してしまうだろう。
手強い相手、なのかもしれない。
だが、サヴォアにとって魔物や悪の存在は憎むべき敵である。必ず打ち倒し、人の国から脅威を排除する。それが自分の任務、仕事であり、己の正義であった。
(しかし)
海賊から聞いていた通りだ。魔女は必ずこの島にいる。この毒の飛散は魔女の罠だろう。先に攻撃されているのであれば、こちらの存在にはとっくに向こうも気付いているはずだ。
(やはり池にいるのか)
サヴォアは歩みを早め、池に向かう。
その日、エルザは崖の上から一艘の船が島に向かってくるのを見つけた。隣で獣姿で寝転がっていたエメルもそれに気がついたらしい。崖に毎日登っているが、船の姿を目撃したのは初めての事だった。
エメルは立ち上がり言った。
「お前はここにいろ」
「おい!」
と、エルザは去ろうとするエメルに声をかける。
エメルは振り返り、人の姿になった。
「なんだよ?」
「ちゃんと説明しろ! 何か起きたのか?」
「たまに来るんだよ、ああいう連中」
「だから説明しろ」
「海賊だよ。島に来るに違いない」
「お前たちはどうするつもりだ?」
「戦うに決まってるだろ」
「だったら私も行く」
「お前は来るな。これから島中の毒草を開花させる。ここまでは毒が届かないからここにいろ」
「それがお前たちの戦い方なのか?」
「そうだよ。姉様が考えた作戦だ。毎回そうやって撃退してる」
「……」
「お前がいても邪魔になるだろ」
「……たしかにな。私はここにいればいいんだな?」
「うん。すぐに終わるよ」
「じゃあ、待ってる」
「終わったら戻ってくるよ」
「分かった」
エメルはまた獣の姿になると崖を下っていった。
エメルはまず姉に報告をするため家に向かった。
姉は家の中で薬の調合をしている最中だった。エメルは話しかける。
「姉様、またあいつらが来ました」
「そう……」
と、メザイアは手を止めてエメルを見る。
「船は一艘だけです」
「じゃあ、いつもの手で追い返しましょう」
「はい。オレは中央池に向かいます」
「ええ、お願い。私は連中の船に火を付けてくる。それで少しは懲りるでしょ」
「分かりました」
すぐに意思疎通すると、エメルは中央池に向かった。
数十分かけて中央池に来たエメルは、橋を渡り、小島に渡った。霧の立ち込めるその場所の、古木のそばでエメルは腰を下ろす。
ここは、龍脈の起点。
この場所でエメルが魔法を使うと、その効果は龍脈の流れに乗って島全体に効果を及ぼすのである。エメルはプラント・グロウスの魔法を使用した。この魔法は、植物を活性化する事ができる。目的は島中の毒草を活性化させ、開花させて毒をまく事だ。島は区分けして名称が付けられているが、区分けされている地区ごとに種類の違う毒草が茂っている。これはエメルやメザイアが管理して育てているからでもあるが、すべて元からこの島に生えていた植物だ。すべて活性化したら五種類以上の毒が島にまかれる事になる。
普通、レッサー・レストレーションや毒消し薬などで治せる毒は一種類だけだ。ポーションは物によるが、海賊が高価なポーションを用意してくるとは思えない。複数の毒を同時にまいてしまえば、これらの魔法やアイテムだけでは対処のしようがない。
口を布などで覆っていれば、毒を吸い込む事を少しは防げるが、一気に活性化された毒草の毒の量では、完全に防ぐのは難しいだろう。呼吸をしないタイプの魔物ならともかく、人や動物ではすぐに戦闘不能に陥る。
ちなみに、魔女であるエメルとメザイアは毒に対する耐性をもっているため、この毒を吸い込んでもなんともない。
エメルの魔法の効果は徐々に島の植物に影響を与えていた。毒が風に流れ始めているのをエメルは感じる。
(馬鹿な奴ら)
と、エメルは思う。
性懲りも無く、この島にくる。
何が目的か知らないけど、諦めが悪い、邪魔で馬鹿な連中だ。
(一杯毒を吸い込みな)
エメルはその場所で魔法を使い続ける。
メザイアは砂浜に近い崖の上から船を見ていた。
やはり船は島に停泊していた。崖の近くに錨を下ろしている。小舟を出して、大勢の海賊たちが砂浜に移動し、森の中に踏み込んでいた。
馬鹿な連中である。
布を口に当てているようだが、あんなものでは毒は防げない。あれでは、数十分で動けなくなるだろう。
今、船はもぬけの殻のはずだ。
まず、船を燃やすつもりだ。忍び込んで油を撒き、火を付ける。木造船はそれだけであっというまに火事になり、人の手では消す事はできなくなる。ウィザードが魔法で雨を降らせたり、水を操って消火したりしない限りは。
(早く終わらせましょう)
そう思い、船に忍び込もうと崖の端に近づいたとき。
「待ちな、魔女のお嬢さん」
と、海賊帽を被った男が岩影から出てきた。
男は曲刀を抜いている。それから、黒い豹が二頭、男とは反対の岩の影から飛び出してきた。
(待ち伏せ……)
メザイアは意外に思う。敵にこうした罠を仕掛けられるのは初めての事だった。
「あなた、船長?」
「ああ、そうさ。お前を待ってたぜ」
「……どうして島に来たの? 目的は何?」
「お前を殺すためさ! それに、お前らが隠している黄金や宝石を手に入れるためにな」
「……黄金? 宝石? そんなもの無いわ」
「嘘つくんじゃねぇ! 魔女は様々な薬や道具を作るって聞くぜ。そのためにそうした素材を使うはずだ! この島には、テメェらの欲しがるような素材がたくさん眠っているんだろ!」
「無いと思うわ。ただ居心地が良かったから住んでいるだけよ」
「まぁいいさ、もう分かっている事だしな」
ヘヘ、っと笑い、男は近づいてくる。
メザイアはどう戦うか少し迷っていた。
ブラック・テンタクルスなら三体同時に掴めるけど、第四位階の魔法だ。残しておきたい。もしかしたら、こいつより厄介な奴がいるかもしれない。と、嫌な予感が働いていた。
「ちなみに、もう一人魔女がいる事は知っているぜ」
「……」
「島の池にいるんだろ?」
「何故、それを知っているの?」
「お前らにやられた連中が見ていたのさ」
「……」
「そっちには俺より強い奴が向かってるぜ。お前らじゃまず勝てない相手だ」
エメルがそう簡単にやられるとは、メザイアは思わない。だが、心配ではあった。少し焦る。
船長は曲刀を振り回して、腰を落としてメザイアに近づいてくる。話しかけながら、攻撃する隙を窺っているようだ。
「いいわ、あなたを片付けてそちらに行くから。ライトニング」
と、メザイアは男に向けて掌を向け、魔法を使用した。
「うおっと」
と、来ると読んでいたのか、船長はライトニングの直撃は避けたようだ。雷撃が腹をかすめて、呻いている。
「行けえ!」
と、船長は怒鳴り、急いでポーションを口に含んでいた。
メザイアが魔法を使い、動作に隙ができたと見て、豹が二頭飛びかかってきた。
メザイアは手の爪を武器に変えた。伸ばす事ができるのだ。ナイフ程の切れ味がある。両手の爪を変化させ、豹の攻撃を躱し、反対に切りつけた。しかし、致命傷を与えるには至らなかった。
(……意外に手練れだわ)
船長はウエストポーチから巻物を取り出した。
それを素早く開いた。魔法が発動し、メザイアを攻撃する。
サンダーウェイブの魔法だ。メザイアに直撃する。ダメージは少ないが、衝撃で弾き飛ばされ、岩の上に倒れた。そこに、豹が飛びかかってきた。
メザイアは地面に黒い沼を出して、その中に沈む。
豹の攻撃を躱し、メザイアが出てきた場所は、船長の背後だ。後ろから斬りつけようとするが、船長は前方に飛びすさり、その一撃を避けた。
メザイアは苦戦していた。
力は自分の方が勝っている。負ける事はないだろう。だが、これでは時間を奪われる。
……。
(こいつの目的って)
「ヘヘ」
と、笑みを浮かべる男。
「時間稼ぎをしてるのね」
「ご名答!」
「……」
「最悪、俺は勝てなくてもいいのさ。首を挙げられれば最高だったが。お前を仲間の所には行かさねぇさ」
「……」
「ここで粘っていれば、そのうち応援が来るからな」
メザイアは第五位階までの魔法を使えるが、その中に攻撃魔法はあまりない。彼女は職人タイプの魔女として造られており、使える魔法がそちらの用途に割かれているためだ。それはエメルも似たところがある。だからこうして罠を張り、直接的な戦闘を避け、敵を追い払っていたのだ。
レベルに差のある相手ならともかく、自分たちと同レベルの戦士と自分たちが直接対決をしたら、恐らく勝算は低いだろう。
エメルを助けに行かなくてはいけない。
メザイアの焦りは強くなる。
この男は弱いが、こちらと戦うつもりで準備はしてきている。
いくつかまだ巻物を所持している。
フライの魔法でここから離脱しようにも、また先程のように巻物を使われるかもしれない。背後から魔法を撃たれては、フライの魔法も解けてしまう。
(仕方ない)
メザイアはこれ以上、男の相手をするのをやめた。こちらを消耗させるのが作戦だとしたら気に食わないが、エメルを早く助けに行った方がいい。
「ブラック・テンタクルス」
メザイアは魔法を使った。黒い触手が地面から生えてくる。触手は即座に男と豹二体を触手で縛った。この魔法を使えると、男は知らなかったようだ。男は触手に締め上げられ悲鳴を上げている。しかし、この魔法は即座に絞め殺せる程の力はない。
メザイアは触手を操り、一人と二頭を崖から放り投げた。
悲鳴を上げて、敵は落ちていく。
とにかく、邪魔者は消した。
たぶん海に落下して命は助かっていると思うが、今はエメルとの合流を急がなくてはならない。
そのとき、ピンッとメザイアの思考に他者の思考が突き刺さるようにして入ってきた。
『姉様、ごめんなさい……』
『エメル!』
これは、メッセージの魔法だ。だが、普通、メッセージの魔法は四百メートル以内の距離までしか効果を及ぼさない。もしエメルが池にいるのなら、龍脈の影響か、何かしらのパスが姉妹の中に繋がったと考えられた。
そして、恐らく、後者であるとメザイアは考える。
エメルに異常な事態が起きている。
たぶん、追手に捕まっている。
『相手は戦士です……』
『エメル、相手に言って。この子の代わりに私の身柄を渡す。生け捕りにできるチャンスよ』
エメルがメザイアの言葉をそのまま相手に伝えているのが、なんとなくメザイアには分かる。
『交渉なら断る』
エメルを挟んで、相手の言葉が伝わってきた。
この男には毒が効かない。ただの戦士ではない。と、メザイアは気付く。
(まさか、聖騎士……)
『やめなさい!』
と、メザイアは叫ぶ。
何故、聖騎士が海賊といるのか。今は考えている時間はない。聖騎士では、交渉する余地はない。
こいつらは、魔物を殺す事を誇りとしているのだ。
それに、聖騎士のように戦闘の訓練を受けている者が、死体を蘇生できる状態のままで放置するとは思えなかった。
「エメル!」
と、メザイアは叫んだ。
メッセージの魔法は途切れた。
メザイアはフライの魔法を使った。エメルの居る中央池に向かった。
少し前。
エメルは全身鎧の男に襲撃を受けた。
霧の中から男が橋を渡ってくる姿には気が付いたから、相手を警戒し、獣の姿に変身した。この姿ではあまり魔法は使えないが、俊敏力がかなり上がる。敵から逃げるにはいい形態だ。戦いを避けるのがメザイアと決めている方針である。
しかし、小島の出入り口は一つしかない。敵は橋を渡ってきている。渡りきるまで少し待つことにした。
最悪、古木の上に登ったり、池に飛び込んで泳いでも逃げられるが、相手が遠距離武器や魔法の巻物を持っていないとも限らない。逃げる際に背中から攻撃を受けるのは気を付けなくてはならない。
また、エメルは第五位階魔法、ツリー・ストライドの魔法を使えるが、獣の形態の素早さに自信があるため、使う必要を感じなかった。
古木の陰に隠れて、獣の目でじーっと相手を見て、エメルは逃げる機会を窺う。周囲には霧が立ち込めている。相手を抜き去れば、もう見つかる事はないだろう。
相手が橋を渡りきった。
島の古木に近づいてくる。
(今だ)
エメルは駆け出した。
素早く、古木を回って、橋の方に走る。
が、エメルが男を抜き去る間際、相手が魔法を使った。
「コンペルド・デュエル」
エメルの動きが止まった。
(なんだ? 体が勝手に……)
エメルは敵をファイターだと思い込んでいた。巻物を使う素振りもなく、何か魔法を使ってきた。それが意外であり、意表を突かれた。
魔法戦士?
なんだ、こいつ?
それに、使われた魔法もエメルの知らない魔法だ。
どんな効果で、自分が逃げられなくされたのか、分からない。
騎士は走ってきた。
エメルは気付く。
ホールド・パースンのように金縛りにあっているんじゃない。相手から距離を取れなくなっているだけだ。
エメルは作戦を変更する。
逃げられない以上、戦うしかない。
エメルは爪を伸ばし、相手に飛びかかった。
騎士は盾を突き出し、エメルをはじき飛ばす。
エメルは殴打ダメージを受け、地面に転がった。
体の小さいエメルにとって、この一撃は思いの外大きかった。衝撃で変身が解けた。子供の姿に戻っていた。
「子供か」
戦士はそう呟く。
だが、人型の方であれば攻撃魔法が使える。
エメルは立ち上がり、魔法を使った。
「コール・ライトニング!」
霧を貫いて、空から凄まじい音を立て稲妻が落ちた。それは全身鎧の男に直撃した。
「ぐ」
鎧から煙が登っている。
今、空には雨雲が集まっているはずだ。エメルは続けて、コール・ライトニングの魔法で相手を攻撃した。稲妻が落ちる。が、二撃目は相手も魔法を読んでいたのかすんでのところで身を躱した。それでも、衝撃は伝わり、わずかだがダメージは受けているはずだ。
(こいつ、強い!)
コール・ライトニングの魔法は第三位階だ。並の戦士なら最初の一撃で戦闘不能になるか死んでいる。
敵が倒れないのは、それだけ、耐久力が高く強いという事だ。
戦士がエメルに向かって走る。
動きが速い。
人型では、戦士の動きを躱せそうにない。
エメルは咄嗟に獣の姿に変化する。
すると、戦士はまた幅の広い盾を武器にして、攻撃を躱そうと身構えるエメルを弾き飛ばした。エメルの姿はまた人型に戻る。
今度は、戦士は攻撃の手を止めなかった。
戦士は盾を捨てた。長盾は腕に固定して装備する戦士もいるが、この男はいつでも手放せるよう固定せずにいたらしい。戦士は子供姿のエメルの首を掴み、まるでイタチでも捕まえるように、暴れたり逃げ出したりできないようその手に力を込めた。
戦士の手に捕まり、宙吊りにされたエメルに、戦士は剣を構えてエメルの頭にその切先を向けた。
エメルは自分が負けた事を理解した。
最後に、姉に伝えなければいけない。敵の存在と、自分の最後を。
エメルはメッセージの魔法を使った。
メザイアに届くかは分からなかった。
が、魔法は効果を発揮し、思念が一瞬のうちにメザイアと繋がった。
『姉様、ごめんなさい』
作戦は失敗した。
『エメル!』
『相手は、戦士です……』
『エメル、相手に言って』
エメルはメザイアの言葉をそのまま口に出した。首を締められているため、声は掠れ、視線はどこか他のところに向けられていた。
「この子の代わりに私の身柄を渡す。生け捕りにできるチャンスよ」
「……」
戦士は一瞬、黙った。
起きた事を理解しようとしている。
だが、すぐに、状況を把握したようだ。
「交渉なら断る」
エメルに向けられた剣が、彼女の頭を突き刺そうと動いた。
(姉様……!)
エメルがそう思った瞬間。
何者かが、突如、空から降ってきた。そいつは戦士に手を突き出し、大声で言った。
「コーン・オヴ・コールド!」
エメルは目を見開く。そいつはエルザだった。
何故? と、エメルの理解が追いつかない。
もの凄い早さで空から落下してきたエルザは、戦士の目の前で止まり、少し宙に浮いたまま、戦士の顔面に両手を突き出し、近距離からの攻撃魔法を使用したのだ。
コーン・オヴ・コールド。第五位階魔法だ。
凄まじい冷気が戦士に向けて放たれる。
戦士の手の力が抜けた。エメルは自由になり、地面に着地すると、飛びすさって戦士から距離をとった。
もはや言葉を発する事もできないまま、強力な攻撃魔法を食らった戦士はその場に倒れた。全身が凍り付いている。
しかし、どれだけ生命力が強いのだろうか。
男はまだ生きていた。
それとも、この鎧はマジック・アイテムなんだろうか。
かなりしぶとい。
だが、立ち上がれないようだ。
エルザはダガーを抜いた。
男にトドメを刺す気でいる。
男の胸に足を乗せ、ダガーの先端を鎧の隙間から、首に突き刺そうとしたその間際。
戦士はクワッと目を見開いた。
その顔は、兜に覆われている。しかし、その目だけで、戦士が死を覚悟したのだとエメルには思えた。
だが、何故か、エルザが渋い顔をして、ダガーを鞘に収めた。
「殺さないのか?」
と、エメルは聞く。
「こいつはもう動けない。殺したいならお前が殺せ」
「……お前が殺らないならいい」
エルザは足を戦士の胸からどけた。
「……」
エメルは三白眼をエルザに向けてジッと見ていた。エルザの体は微かに金色のオーラを帯びている。不思議な状態だとエメルは思う。それに、正直エルザが飛び込んできた事にも驚いていたし、なにより第五位階魔法を使える事に心底驚いていた。
「お前、負けるなよ。あれだけ余裕を見せておいて」
と言って、エルザはエメルを見る。
「こいつは思ったより強かったんだよ」
「そうでもない」
「いや、それより、お前、毒の影響は受けないのか? 森の中は毒が充満してるんだぞ」
「私に毒は効かない」
と、エルザは腰に手を当てる。
「……そうなのか? ……それに、魔法を使えるようになったんだな」
「これが本来の私の実力だ」
「……」
「……どうした?」
「助けてくれて……、助かったよ」
「ありがとうって言え」
「ありがとう、エルザ」
エルザはエメルの頭にポンと手を置いた。
エメルはその手を払いのけ、言った。
「それより、姉様に早く伝えないと。メッセージ」
エメルは通信魔法でメザイアと連絡を取った。
無事を伝える。よかった、とメザイアは思念を送ってきた。その場でエルザと待っていてほしい、と言われ、エメルは返事をした。
エメルはどうしてエルザが突然飛んできたのか疑問だった。メザイアが来るまでに、エルザの話を聞く事にした。敵は凍り付いて動けないし、ダメージが大きく虫の息だ。気にする必要もない。
エメルが行った後、エルザは崖の上でしばらく佇んでいた。崖から森を見渡すと、広い森が大体見渡せる。さすがに、池や砂浜の方までは見えないが。エメルの事が少し心配だった。
とは言え、まだ魔法を使えない。
いや、本当に使えないのか?
そう言えば、瞑想や魔力を意識する訓練をしていたから、魔法が使えるか試していなかった。
試しにプレスティディジテイションの魔法を使って、掌から光を飛ばしてみる。
できた。
もう、魔法を使えるようになってる。
それは、前から存在していた魔力を操って魔法を使っているのだと、訓練を経て理解できるようになっていた。
今度は、新しく生まれた黄色い魔力を使って何かできないか試した。黄色い魔力を使おうとすると、全身が光った。いや、光ったと言うか、金色のオーラのようなものを帯びている。
これは、なんだ?
多分、防御的な何かが働くんじゃないか?
……。
考えても分からない。
勘でしかなかったが、このオーラに包まれていると、強くなった気がするので、毒を少しくらい吸っても大丈夫なんじゃないか、という気がしていた。
それは正解だった。
エルザは、自然にその魔力の使い方を理解していたのである。
後、なんとなく新しい魔法が使える気がした。
前から使いたかった魔法。早く覚えておきたいと思っていたが、今までの自分では使えなかった。
空を飛ぶ、フライという魔法だ。
フライ、とエルザは魔力を操り魔法を使う。
使えた。
体が浮いている。
これも、エルザがレベルアップし、覚えた魔法を自然に理解していたため、使えたのである。
崖の下から強い風が吹き上がっていた。
丁度、吹き上げるタイミングだったらしい。
エルザはフライの魔法で宙に浮いたまま、その風に乗ってさらに空高く飛び上がった。
そして、十分上昇すると、今度は手を翼のように広げて、鳥が滑空するように、中央の池を目差して落下していった。
凄まじい速度で空から落ちていく。
見事、霧の立ち込める中央池の方に落ち、霧を突き抜けて、古木の下に着地しようとした。その時、エメルが殺されそうになっているのを目の端で捉えた。
即座に、エルザは判断した。
戦士を殺す。
容赦はしない。
エルザはその瞬間、エメルに突きつけられた剣を見て、怒りを覚えていた。
フライの魔法を使ったまま、強引とも言える魔力の操作で、着地の寸前まで速度を落とさず、地面スレスレで急停止した。そのまま、コーン・オヴ・コールドを敵に浴びせてやったというわけである。
倒れた戦士を殺してやろうと思いダガーを抜いたが、咄嗟に止めたのは、ゾルの言葉が頭に浮かんだからだ。エメルがこいつを殺すなら止めるつもりはない。だが、自分から殺すのはやめておく事にした。生かしておけば、こいつも何かの役に立つかもしれない。
エメルはその説明を聞いて、エルザの雑とも大胆とも言える行動に目を丸くしていた。
初めて使うフライの魔法の操作に少しでもミスがあれば、死んでいたのはエルザの方だ。地面に追突して。それに、こいつ毒は効かないとか言っておきながら、自分でもまだその金色のオーラの効果をちゃんと理解していない。一応、もし毒を吸い込んでも治療はできるけど、本当に大丈夫なんだろうか。と、エメルは怪訝な顔でエルザを見た。
だが、とにかく助けられたのは事実だ。
エルザには感謝をしている。
本当に、危なかったし、実際、あの瞬間に殺されると諦めた。
エルザの話を聞いていたら、フライの魔法で空から降りてきたメザイアが地面にふわりと着地した。
「姉様……」
「エメル! 無事でよかった……」
「エルザが助けてくれました」
メザイアはエルザの方を向いた。
「魔法を使えるようになったのね」
「ああ」
「ありがとう、エルザ。本当にありがとう」
「気にするな。私もメザイアに助けられた」
「姉様」
とエメルが言う。
「こいつは、どうしますか?」
三人は戦士を見る。
「彼は神殿のパラディンよ」
「パラディン……ファイターだと思ってました」
「クレリックと似たような魔法を使えるの。私もまさか、海賊にパラディンが混ざっているなんて思わなかった」
「……」
「彼を殺せば、神殿は私たちを永遠に報復の対象として追ってくるでしょうね。悔しいけど、生かして島から出してあげるしかないでしょう」
「はい」
「……」
「フローティング・ボード」
と、メザイアは魔法を使う。荷物を運ぶ魔法だ。透明な円盤が地面に浮いている。
メザイアはその上に、凍っている男を乗せた。
「このまま、砂浜まで運ぶわ」
「海賊共はどうしますか?」
「ほとんどが毒でやられているはずだけど、生き残っている連中は脅して逃がしましょう。今回は相手も、結構本気だった。これ以上戦えば私たちも危険かもしれないわ」
「はい」
「私も手伝う」
と、エルザは言う。
「ええ、お願い」
メザイアは微笑む。
三人は、パラディンの男を連れて、砂浜の方へ歩いていった。
メザイアとエメル、その後ろからエルザが続いて歩き、砂浜へと辿り着いた。森を抜けると、すぐに敵の首領と思しき男と、その取り巻きたちの姿を見つけた。
首領の男は、その格好から貴族であるとエルザにも見分けがついた。それからファイターとウィザードがいる。ただ、このパラディンの男と比べると、レベルは低そうに思えた。
メザイアは砂浜の上でフローティング・ボードを解除する。
パラディンの男はその場に倒れた。身動き一つしない。気を失っているのかもしれない。
敵の首領は、こちらの姿と、パラディンの倒れた姿を見て明からに動揺している。
メザイアは声をかけない。
その必要もないだろう。
ファイターが武器を抜いた。
だが、向かって来る気配はなかった。
メザイアがエメルに言った。
「少し、脅してあげて」
「はい。コール・ライトニング」
と、エメルは魔法を使う。
空に、雲ができあがった。その様子がはっきり見える。雲は空の一部だけにしかできていない。
その雨雲から、稲妻が落ちた。
その一撃は、敵に当たりはせず、砂浜に落ちた。凄まじい轟音と衝撃がこちらにも伝わってくる。わざと当てなかったのだろうと、エルザもエメルの考えを察する。相手に落としていたら、多分殺してしまう。そのぐらいの威力はある。
エメルはもう一撃、稲妻を落とす。今度は、もう少し敵の近くに落としていた。
貴族とそのお付きたちはパラディンの男を置き去りにして、舟に乗った。慌てた様子で沖に漕ぎ出した。
急げ! 急げ! と、貴族の男が叫んでいる。
ファイターの男が全力で櫂を漕いでいた。
エメルはまた、稲妻を落とした。
男たちは舟の中で身を縮めて、悲鳴を上げた。あの貴族の首領には戦闘能力はあまりないようだ。
稲妻は海面に落ちていた。水面が弾けたように見えた。水しぶきが高く上がり、水の粒を貴族たちの頭に降らせていた。
「姉様、この男を置き去りにしていきましたけど……」
「ほっておきましょう。私たちがいなくなれば、様子を見て回収にくるでしょ。もし連中がこなくても、この男も目を覚ませば自力で舟に向かうでしょうし、そこまで、面倒を見ていられないわ」
「はい」
エルザが口を開いた。
「あいつら、何者なんだ?」
「多分、トルカ領の貴族……領主……かもしれないわ。代替わりして、若い領主になったと聞いた事があるから……」
「あいつが? 領主の割に弱い」
レイやニール公を知っているため、領主は強いものだとエルザは思っていた。
「領主や貴族が必ずしも強いわけではないから。ただ……」
「なんだ?」
「もし彼が領主だとして、この島に来た目的が私たちなら、私たちはこの島を出ないといけないわ」
「……」
「今度はもっと多くの部下を連れてやってくるに違いない。それに、毒の罠ももう通じないでしょうし……。軍が相手では、私たちにも勝ち目はないわ」
少し悲しそうにメザイアは言った。
この島を気に入っていたんだろう。
「島を出てどこに行くつもりなんだ?」
と、エルザは聞く。
「まだ分からないけど……新天地を探して、北の方に向かうかもしれないわ。私たちが安全に住処を持てる場所は帝国やその近くにはもうないだろうし、いっその事ね」
「……」
「でも、その前に残党狩りを済ませないといけないわね。首領は貴族だけど、部下は海賊みたいなの。下っ端の海賊たちが森の中にいるわ。多分、私たちの家を探している」
そう言えば、フライの魔法で空に登ったとき、チラっとそんな連中の姿が視界に入った。木々の間を人が動いていた。
でも、明らかに弱そうだった。
と言うか、毒にやられて全滅しかけていんじゃないだろうか。メザイアもフライで飛んでいる際に、連中を見つけたんだろう。フライで飛んでいられる時間は十分程度だが、この島を上空から俯瞰するには役に立つ。
「家に向かうか?」
「ええ」
「毒の種類が複数ある事は知らなかったみたいだな。馬鹿な奴ら」
と、エメルが毒づく。
「毒の種類が複数ってどういう事だ?」
と、二人の作戦を知らないエルザが聞いた。
「歩きながら教えてやるよ」
「ああ」
エルザはエメルから何故毒を複数まくのか教えてもらった。また、龍脈の使い方や、エメルの使った魔法についても聞いた。なるほど、たしかにいい作戦だ。と、エルザも納得する。
そんな話を聞いて家の方に向かっていると、海賊たちの姿を見つけた。
そこら辺に倒れている。嘔吐していたり、痙攣していたり、白目を剥いて失神したりしている。症状がそれぞれ違うらしい。
エメルの罠が、見事に連中を全滅させていたようだ。
もう毒草は活性化をやめて毒を撒き散らせていないから、時間が経てば連中は勝手に回復するとは思う。もしかしたら死人が出るかもしれないが、三人とも無視する事にした。こいつらは、自分たちを殺しにきたのだ。助けてやるほど優しくはない。
メザイアの意見で、生き残った連中だけは、逃がしてやるつもりでいる。
メザイアは家に戻ると、すぐに島を出る準備をしていた。
メザイアは魔法のバッグを所持している。このバッグは、中に五百キロくらいまで物を詰め込める代物らしい。ただバッグの入り口に入る物しか入れられないため、大きな家具は持っていくことはできない。
薬の素材や食料、食器などの調度品をバッグに詰め込んでいた。
エメルの方は、特に持ち物はないらしい。メザイアの手伝いをしていた。
エルザはメザイアの作業が終わるのを椅子に座って待った。ここで飲む最後の薬草茶をメザイアはエルザに出してくれた。それを落ち着いた気持ちでエルザは飲む。
しばらくして、メザイアとエメルは作業を終えた。
バッグはメザイアの体からすると大きい。しかし、重さはあまり感じないようだ。便利なバッグである。
「そうだ」
と、メザイアは思い出したように庭に足を向けた。
地面には、円環が描かれている。
これをメザイアは丁寧に消していた。
「なんだ、それは?」
「テレポーテーション・サークルの円環よ」
「聞いた事がない魔法だ。私をここに運んだ魔法か?」
「ええ。他の場所で魔法陣を描けば、この魔法陣に繋がるの。ただ、こっちの魔法陣からは移動できないから、島を脱出する手段には使えないわ。相手にこちらの使う魔法を知られるのは嫌だから消しておいたの」
「ああ、そうか。いい魔法だな」
「そうね」
と、メザイアは微笑む。
「……」
転移魔法。第五位階レベルの魔法だろうか。さすがメザイア、とエルザは思う。
「さ、島を出ましょう」
「どうやって出るんだ?」
「私たちも小舟を使うわ。海には使い魔というか、ペットがいるからロープを引いてもらうの」
「へえ。面白い」
「そう?」
「……行く場所が決まってないなら、よかったら、メザイアも一緒にシガル村に来ないか?」
と、エルザは話を切り出した。
自分がこれから向かう目的地でもあり、ゾルとレイの待つ場所だ。別に世話になった礼といった感じでもない。普通に、ただ誘ってみた。来てくれれば嬉しい。それだけだ。誘ってはみたものの、自分も麝教に狙われているし、ゾルやレイがなんて言うか分からない。安全の保証はできない。
「エルザがいいなら、行ってみようかしら」
エルザは頷く。
「エメルも付いてくるんだろ?」
と、エルザは聞く。
「当たり前だ。姉様と離れるわけないだろ」
「念のために言っておくが、私の仲間も麝教に狙われてる。私といたらどうなるか分からないぞ」
「いいわ」
「オレも別にいい」
言っておいてなんだが、二人の実力は高い。
むしろ、強力な味方ができたといった見方をするべきなのかもしれない。
とにかく、三人の行き先は、シガル村に決まった。
浜から舟を出し、メザイアのペットの大きい魚にロープを咥えさせ、舟は出発した。大きい魚の種類は分からないが、人を丸呑みにできるくらいの大きさと迫力はある。でも、魚には違いないようだ。
魚は舟を引っ張って泳ぐ。意外に早い。
これなら、一日もかからずに大陸に着くんじゃないだろうか。
海を進んでいく小舟の中で、エルザは風を浴びながら空を眺めていた。今はもう指輪を嵌め、人の姿に戻っている。その風や日差しは、数日前までと違い、新しい気分になった自分を改めて感じさせてくれた。とても気持ちが良かった。
で、しばらくして視線をメザイアに戻したら、メザイアの姿が変化していて目を疑った。
「メザイア?」
ニコっとメザイアは笑う。
なぜか、メザイアの姿が小さくなっていた。エメルが十歳くらいだとしたら、メザイアはもう少し年上だが、十二歳くらいの子供の姿になっている。服もその大きさのサイズに変わっていた。黒く長い、人形のような艶やかな髪をした、可愛いが、少し妖艶な印象を持つ少女の姿だった。
「もしかして、メザイアも子供だったのか……」
エルザは素直に驚く。
「ええ。でも、魔女だから精神的な成熟具合は普通の子供と違うと思うわ」
「それは分かる」
「人前では、自分で調合した魔法の軟膏を使って、姿を大人に見せているの」
「……」
自分と同じような事をしているんだな、とエルザは思う。たしかに大人の姿の方が話しやすいし、人前で動きやすいだろう。それに、なにより、エルザは真実を知っても特に悪い気はしなかった。反対に、魔女という種族はタフなのだなと、感心してしまった。子供でも一人で生きていかなければならないし、敵と戦うのだ。
「……」
ただ、なんだか小さいメザイアに対して、言葉が出なかった。今更エメルみたいに年下に接する態度をとる気にはなれない。実際、性格は大人びてると言うか、大人だろう。やはり大人の姿の方がメザイアに合ってる気がした。
「私の作る薬には色々な種類があるわ」
「え? そうなんだ」
「あなたも、試してみる?」
「必要なら使わせてもらう。今はやめておく」
「そうね」
と、メザイアは微笑んだ。
エメルは驚いた様子のエルザに関心がなく、進んで行く舟から身を乗り出して、水に手を入れて遊んでいる。実際、何を考えているのか分からない子供である。と言うか、こいつも本当は大人なのか。なんとなく、エメルはメザイアと違って性格も子供な感じはするが。
(魔女か)
と、エルザは二人を眺めてそう思った。
領主はキニスキア・リーク男爵。歳は二十三歳。帝国の他の領主に比べるとキニスキアはまだ若い領主だ。一年前に父が突然亡くなり、長子であった彼は家督を引き継いだ。それと同時に、麝教の幹部の地位も父からキニスキアに引き継がれている。
キニスキアは強い野心を持ち、出世や領地の発展を望んでいた。
なにぶん、今のリーガ家からは金も権力も失われつつある。父の代で膨らんだ借金のかたに領地の一部の土地の権利を商人に奪われてしまっているのだ。
ゴスラルの町の巨大施設、空中庭園などは彼の所有物ではなく、安い価格でその土地を買い取った商人が建てたものだ。それだけなら、税の取り立てをすれば領地に収入があると許すこともできるが、ゴスラルの町の一部の土地に対する徴税の権利まですでに失っていた。事実上、ゴスラルの町は商人や市長が支配しているようなものだ。自由都市のようなものである。それもこれも、連中に金を借りた父の代の失敗であるが、金を借りるときは喜んで次から次へと借入していた。
貴族は何かと金がかかるのだ。上品な服、高価な食器や家具などの調度品、パーティなどの交友費、大勢の兵や侍従たちへの給金、などなど。それに見栄もある。下民に舐められてはいけないのだ。自らを飾る事に、金を惜しんではいけない。キニスキアからすると、当たり前の事である。
男爵となった彼は、これからの展望を思案していた。
麝教の力を使い、裏の組織力をもって領地を発展させ、己が出世を目差すのは言うまでもないことだ。
しかし、そのためにはお家を立て直す金がいる。もう借金はしたくない。といっても、領地の収入は少ない。ゴスラルの町を商人から取り戻せば、やりようはいくらでもあるのだが。
ちなみに、裏カジノや麻薬の密売、奴隷娼館を黙認する事で、キニスキアは賄賂のような収入を得ている。それは彼個人の懐に収められている。貴族や裕福な人間が遊びにくる町だ。そうしたものの需要は高い。しかし、それで一番儲けるのは商人たちだ。
(ゴスラルを取り戻せば、すべて思い通りにいくのに!)
そんな時、彼の耳に美味しい話が飛び込んできた。
トルカ領の中にある悪魔の掌島に、金鉱が眠っている、といった眉唾な話だ。悪魔の掌島の調査など、とうの昔に済んでいるから、ガセネタに違いない。
だが、その話を持ち込んできた男が、セイラート海賊団の船長であった事がキニスキアの興味を惹いた。
船長のゼイゲルは昔は海軍に所属していたようだが、父とトラブルを起こして海賊に身を落とした男である。海賊として他国の商人の船から略奪行為を繰り返していたが、領主の代替わりで心機一転したらしく、キニスキアにこの話を持ち込んできたのだ。当然、この話には嘘を見分ける魔法を使ったから、ゼイゲルが嘘を言っている事はまずない。彼の願いは、再び海軍に復帰したいといったものだ。それについては、キニスキアは構わないと思っている。操舵や部下を扱う手腕がいいと聞くから、いっその事、提督にしてやってもいい。自分に絶対の忠誠を誓う部下を持つのは領主にとって大事な事だ。ちなみに、海軍の任務は、港の秩序を見張り、魔物や海賊から領地を守る事だ。
ゼイゲルの事はひとまず信頼するとして、問題は本当に金鉱が眠っているのかだ。
ゼイゲルの話では、悪魔の掌島には魔女が棲み着いており、この魔女は、島に立ち入ろうとする者に容赦ない攻撃を仕掛けてくるそうだ。
何もない島をそこまでして守ろうとするのは、間違いなく何かを隠しているからだ、と言うのである。実際に、島の海底洞窟に入ったときに、金を発見した部下がいるそうだ。
非常に興味深い話だ。
それに。
と、ゼイゲルは言う。
領地に魔女が住んでいては、リーク男爵の名誉を傷つけているようなものです、と。
たしかにその通りだ。
この魔女の事は、先代の頃から気になってはいた。
ただ、討伐するとなるとどのくらいの被害がこちらに出るか分からない。島も大陸から離れている事だし、町は安全だろうと放置していたのである。
(島に金鉱が眠っているのなら、手を打たねばな)
ゼイゲルはこの魔女に詳しいようだった。
討伐するなら、是非、自分たちに任せてほしいと彼は願い出た。その手柄をもって、海軍に復帰させてほしいと。
ただ、少しだけ男爵の力を貸して欲しいとゼイゲルは言う。
魔女は高位の魔法を使う。自分たちの戦力の方が上だが、正面から戦えば被害が大きくなると予想される。悪魔島を攻めた海賊団がいたが、数十人の船乗りたちが返り討ちに遭ったそうだ。闇雲に攻めてもやられてしまう。こちらも、それなりに準備を整えなくてはならない。
キニスキアとしても、そうした輩に先に黄金を奪われてはたまらない。ゼイゲルの申し出を少々気に食わないと思いつつも、作戦を成功させるために強い戦士が必要になる事はよく分かっていた。
頭を絞ったキニスキアは、家系図や分限帳を引っ張り出した。
そこで、自分と遠い親戚である、ある人物に目を付けた。
サヴォア・ユミル。パラディンを輩出する、武門の名家ユミル家の三男である。ユミル家当主の爵位は子爵のようだ。サヴォア自身に爵位はないが、聖騎士として神殿に仕えている。男爵家の当主である自分が頼むにも丁度良い相手と思えた。これで互いの家の繋がりも深まると考えれば、相手にも都合がいいはずだ。こちらの願いを無下にはしないだろう。
神殿のパラディンといえば、魔物に対して断固とした態度をとる事で知られている。魔物や悪の存在の討伐こそ使命と考えている者が多いのだ。なにより、実力者揃いで皆強い。協力してもらえるのであれば、魔女討伐にこんなに適任な者はいないだろう。
キニスキアはすぐにこの人物に手紙を書いた。
返事は意外に早かった。
リーク男爵のために微力ながら力をお貸したい、とそこには書かれていた。
それから、サヴォアの到着を待ち、二週間程が過ぎた。
キニスキアの邸に、とうとうサヴォアはやってきた。
二人は挨拶を交わした。
「お初にお目にかかります、サヴォア卿。わたくしがキニスキア・リークです。昨年父が他界し、今はわたくしがリーク家の当主を務めております」
「……遠い親戚の縁ゆえ、サヴォア・ユミルまかり越しました」
二人は握手を交わした。
「さあ、邸に入られよ」
「……」
サヴォアは極めて無口な男だった。それに固い男だった。何か強い信念があるのか、それともただ口べたなのか、キニスキアにはよく分からない。
ただ、実力は間違いなく高い。彼の持つ雰囲気から、武にあまり心得のないキニスキアでもそう感じた。
ただ、こちらがいくら接待しようとしてもまったく関心を持たないのは、少々不安を感じてしまう。
酒を勧めても、ゴスラルの遊びを勧めても、サヴォア卿は一切応じようとしない。断る態度に少し威圧感すらある。
まぁ、よい。
こちらの目的さえ叶えば、それでいいのだ。
彼には魔女討伐を成し遂げてもらえれば、後は金を渡せばよい。むしろ、楽ではないか。
サヴォアも魔女討伐の成果を英雄的な行いとして認められれば、神殿での評価が上がるのかもしれない。
とにかく、互いの目的は一致しているし、サヴォアは協力的でやる気がある。
後は、ゼイゲルの準備が整えば、魔女の住む、悪魔の掌に遠征できる。
(黄金や宝石が眠る鉱山……これを逃す手はない!)
ゼイゲルの海賊船、マトロー号に乗り、一行は出発した。乗っているのは、船長ゼイゲル以下、二十名の部下たち。キニスキアと侍従、自分の身を守る近習が二人。クラスはウィザードとファイターだ。そして、サヴォア卿。サヴォアは黙って、何も問わず、何もしゃべることなく、腕を組んで船長室のソファーにどっかりと座っていた。凄まじい威圧感である。帯刀している剣は、一部のパラディンしか所持を許されない秘宝、七聖剣の一つ、ジャッジメント・ソードである。強力な魔法剣だそうだ。
ゼイゲルもサヴォアのその佇まいに、息を飲んでいた。
しかし、コミュニケーションは必要である。
これから行われる会話は船長ゼイゲル、キニスキア、サヴォアの内密の作戦内容であり、ゼイゲルの部下には知らされない事になっている。
海賊帽を被っているゼイゲルが、皆の顔を見回して話し出す。
「じゃあ、こちらの作戦を伝えます。まず、魔女共がどんな戦術をとるかご説明します。この情報は魔女に仲間を殺され船を焼かれた海賊から聞いた話です」
「……」
サヴォアにも海賊と手を組む事は事前に説明し、承諾を得ている。彼らの事情も話している。手を組むことは問題ないようであった。
「魔女共は、どうも毒を使って島に来る敵を殺しているそうなんです。その毒は島に生えている毒草であったり、多分、魔法や不思議な術を使って作り出しているんだと思います。かなり強力な毒で吸い込むと数分で体が痺れたり、眠ったり、混乱状態に陥ったり、そのまま死んだりする、恐ろしいものです」
「毒か……魔女が住む前は無人島だったが、あの島に人が住まなかったのも、たしか毒草が多く生えていたり毒ガスが発生するからだと聞いた事がある。魔女討伐が済んだら、森はすべて焼き尽くさないとならないな」
「ええ、まったくその通りです、リーク男爵。話を戻しますが、魔女は毒で大勢の海賊の足を止めている間に、船を燃やそうとしてきます。恐らく、逃がす気がないか、こちらへの威嚇行為としてやるのでしょう。逃げる事ができた連中は、泳ぐか小舟を出すかして、命からがら島を出たらしく、もう二度と島には近づきたくないと言って島を避けてます」
「凶暴な魔女だ。このような魔物は生かしておいてはいけない。捕まえたら火炙りに処し、蘇らないよう死体が灰になるまで燃やし尽くさなくてはな」
「へえ。おっしゃる通りです、リーク男爵。そこでですね、わたしはこういった作戦を考えました。部下には毒を吸わないよう布を口に当てて行動させ、毒消し薬やポーションを持たせます。こいつらに、島の南側にある魔女の家を襲撃させ、魔女を怒らせておびき出します」
「そう易々と出てくるか?」
「出てこないかもしれません。しかしそれならそれで構いません。住処にはアイテムなどもあるでしょう。それらを燃やして敵の戦力を削ぎます。また、俺とこちらのパラディン卿は別行動を取ります」
ゼイゲルは微妙に気を使ったのか、クラスに敬称を付けてパラディン卿とサヴォアを呼んだ。そんな呼び方が一般的にあるのか知らないが、キニスキアもサヴォアもとりあえず気にしないでいる。
「魔女は二人いて、一人が船に火を付けにくるんですが、もう一人は何かの儀式をするために島の中央の池に向かうようなんです。なんでも、生き残りの海賊がその池で儀式を行うもう一人の魔女の姿を見たようで」
「なるほど、つまり、お前の部下が家を襲撃するのは陽動というわけだな。本当の狙いはお前とサヴォア卿で魔女を待ち伏せ、襲撃して討つというわけか」
「お察しの通りです、リーク男爵。部下共の元に魔女が現れた場合はそれでよし。あいつらの実力では勝てるか分かりませんが、サヴォア卿かわたしが行くまでに魔女を消耗させればいいでしょう。なんにせよ、大勢を家に向かわせる事で魔女の気を引く事ができるはずです」
「そうだな」
「島に着いたら、わたしは船を襲いにくる魔女を崖の上に身を隠し待ちます。森の外ですから、毒の心配は要らないはずです。船を停留させるのは、見晴らしの良い崖の近くにしてやりましょう。パラディン卿は、儀式を行う魔女の討伐に向かって頂きたいのです。なぜなら、聖騎士には毒は効かないからです。毒の飛散する森の中でも自由に行動できる。そうでしょう?」
サヴォアは頷いた。
レベルの高いパラディンには実際に毒は通じない。神聖な力を得た彼らは、一般人の肉体を凌駕し、どんな状況でも健康な体を維持できるのである。
これは魔女に対して非常に有利な点だと言える。
池まで行けても、毒の影響で弱っていては戦えない。魔女はかなり強いとも聞く。
「しかし、サヴォア卿の実力に疑いは微塵もないが、お前の実力で魔女を倒せるんだろうな?」
「ご安心を、リーク男爵。わたしのペットに豹が二頭いますし、巻物も数種類用意してきました。討ってごらんにいれましょう」
「……そうか。期待している」
「ははー。リーク男爵は安全な浜で朗報をお待ち下さい」
キニスキアは頷く。
ゼイゲルは島の地図をテーブルに出し、細かい作戦の内容を説明した。
空は快晴だ。海賊船マトロー号は順調に島に向けて航海を続けた。
やがて、船は悪魔の掌島の崖下に停泊した。小舟を出して船員は浜に向かう。この位置に船をとめたのも、ちょっとした作戦からだった。魔女は船に火を付けるために、まず様子を見ようとするだろう。そのために、船の上の崖に現れるはずだ。出現場所の予測が立てば、先に隠れて先手を打つ事ができる。
あえて、狙いやすい場所に船をとめてやったのである。
船員が全員船を降りて、船の中はもぬけの殻となった。
浜で集合し、作戦を確認する。
キニスキアとお付きの者は浜で待つ。
もし、万が一撤退する事になった場合は、先に舟で逃げて下さい、とゼイゲルはキニスキアに伝えている。ファイターやウィザードもいるから、海に出て島から脱出するのは容易だろう。
副船長のフマーと船員二十名は二手に分かれて魔女の家に向かう。家を発見したら火を点ける。これは魔女を挑発するためであり怒って出てきた所を全員で取り囲んで倒すつもりでいる。上手くいくかは分からないが、こちらの部下たちは囮でいいとゼイゲルは考えている。魔女を混乱させてやり、魔法を使わせ、弱らせる事ができればいいのだ。
また住処を失えば武器や食料、薬や素材もなくなり、魔女を困らせる事ができる。作戦が上手くいき、家を燃やしても魔女が出てこない場合は、指の形をした崖に向かえと伝えている。早速、金鉱を探すのだ。
「さあ、野郎共! 出発だ!」
「おう!」
と、部下たちは森に踏み込んでいった。全員、布で口を覆い、またポーションや毒消し薬を携帯している。
部下は島の西側から森に入っていったが、サヴォア卿は島中央の池に向かうため、浜の真ん中から森を真っ直ぐ進む予定になっている。
サヴォア卿も一人、森に踏み込んでいった。
(さて、俺も行くか)
キニスキアは小舟の端に腕を組んで腰を下ろし、その様子を険しい表情で見ている。その表情の裏では、どんな皮算用をしているのか、とゼイゲルは思い、少し可笑しい気持ちになる。
「では男爵、わたしも行って参ります」
と、ゼイゲルはキニスキアに頭を下げる。
「見事、魔女の首を討ち取ってまいれ」
と、戦の経験もない若い男爵は気迫を込めて言う。気分は軍を指揮する大将のようであるのかもしれない。
その少々演技臭い台詞をくみ取るように、手を胸にそえてゼイゲルはさらに頭を深く下げた。
「はい。必ずや」
ゼイゲルはペットの豹二頭を引き連れ、魔女が来ると予想している崖の上に向かった。
サヴォアは一人、池のある方角へと進む。サヴォアの装備は全身鎧と長盾、そしてジャッジメント・ソードだ。その姿はリビングアーマーのようだ。森の中を進むのはかなり目立つだろう。しかし、魔女を逃がすような真似はしない。重い鎧や盾を装備していても、サヴォアの動きは鈍ることはない。
サヴォアは森の中で特殊技能を使用した。
「邪気感知」
悪の属性を持った者を察知できる技だ。
神に仕える聖騎士である彼は、クレリックのように神聖な力を使いこなす。
この技は、パラディンにとって初歩的な技である。
(反応なし)
魔女が近くにいれば、この技で察知できるだろう。と、サヴォアは考えている。
今のところ近くにその存在を感知する事はないが、森に入ってから草が毒を飛散させている事には気付いていた。自分に毒は効かない。もちろん体に異常は起きていない。
もしこの罠を知らなければ、普通の海賊や冒険者のパーティではすぐに全滅してしまうだろう。
手強い相手、なのかもしれない。
だが、サヴォアにとって魔物や悪の存在は憎むべき敵である。必ず打ち倒し、人の国から脅威を排除する。それが自分の任務、仕事であり、己の正義であった。
(しかし)
海賊から聞いていた通りだ。魔女は必ずこの島にいる。この毒の飛散は魔女の罠だろう。先に攻撃されているのであれば、こちらの存在にはとっくに向こうも気付いているはずだ。
(やはり池にいるのか)
サヴォアは歩みを早め、池に向かう。
その日、エルザは崖の上から一艘の船が島に向かってくるのを見つけた。隣で獣姿で寝転がっていたエメルもそれに気がついたらしい。崖に毎日登っているが、船の姿を目撃したのは初めての事だった。
エメルは立ち上がり言った。
「お前はここにいろ」
「おい!」
と、エルザは去ろうとするエメルに声をかける。
エメルは振り返り、人の姿になった。
「なんだよ?」
「ちゃんと説明しろ! 何か起きたのか?」
「たまに来るんだよ、ああいう連中」
「だから説明しろ」
「海賊だよ。島に来るに違いない」
「お前たちはどうするつもりだ?」
「戦うに決まってるだろ」
「だったら私も行く」
「お前は来るな。これから島中の毒草を開花させる。ここまでは毒が届かないからここにいろ」
「それがお前たちの戦い方なのか?」
「そうだよ。姉様が考えた作戦だ。毎回そうやって撃退してる」
「……」
「お前がいても邪魔になるだろ」
「……たしかにな。私はここにいればいいんだな?」
「うん。すぐに終わるよ」
「じゃあ、待ってる」
「終わったら戻ってくるよ」
「分かった」
エメルはまた獣の姿になると崖を下っていった。
エメルはまず姉に報告をするため家に向かった。
姉は家の中で薬の調合をしている最中だった。エメルは話しかける。
「姉様、またあいつらが来ました」
「そう……」
と、メザイアは手を止めてエメルを見る。
「船は一艘だけです」
「じゃあ、いつもの手で追い返しましょう」
「はい。オレは中央池に向かいます」
「ええ、お願い。私は連中の船に火を付けてくる。それで少しは懲りるでしょ」
「分かりました」
すぐに意思疎通すると、エメルは中央池に向かった。
数十分かけて中央池に来たエメルは、橋を渡り、小島に渡った。霧の立ち込めるその場所の、古木のそばでエメルは腰を下ろす。
ここは、龍脈の起点。
この場所でエメルが魔法を使うと、その効果は龍脈の流れに乗って島全体に効果を及ぼすのである。エメルはプラント・グロウスの魔法を使用した。この魔法は、植物を活性化する事ができる。目的は島中の毒草を活性化させ、開花させて毒をまく事だ。島は区分けして名称が付けられているが、区分けされている地区ごとに種類の違う毒草が茂っている。これはエメルやメザイアが管理して育てているからでもあるが、すべて元からこの島に生えていた植物だ。すべて活性化したら五種類以上の毒が島にまかれる事になる。
普通、レッサー・レストレーションや毒消し薬などで治せる毒は一種類だけだ。ポーションは物によるが、海賊が高価なポーションを用意してくるとは思えない。複数の毒を同時にまいてしまえば、これらの魔法やアイテムだけでは対処のしようがない。
口を布などで覆っていれば、毒を吸い込む事を少しは防げるが、一気に活性化された毒草の毒の量では、完全に防ぐのは難しいだろう。呼吸をしないタイプの魔物ならともかく、人や動物ではすぐに戦闘不能に陥る。
ちなみに、魔女であるエメルとメザイアは毒に対する耐性をもっているため、この毒を吸い込んでもなんともない。
エメルの魔法の効果は徐々に島の植物に影響を与えていた。毒が風に流れ始めているのをエメルは感じる。
(馬鹿な奴ら)
と、エメルは思う。
性懲りも無く、この島にくる。
何が目的か知らないけど、諦めが悪い、邪魔で馬鹿な連中だ。
(一杯毒を吸い込みな)
エメルはその場所で魔法を使い続ける。
メザイアは砂浜に近い崖の上から船を見ていた。
やはり船は島に停泊していた。崖の近くに錨を下ろしている。小舟を出して、大勢の海賊たちが砂浜に移動し、森の中に踏み込んでいた。
馬鹿な連中である。
布を口に当てているようだが、あんなものでは毒は防げない。あれでは、数十分で動けなくなるだろう。
今、船はもぬけの殻のはずだ。
まず、船を燃やすつもりだ。忍び込んで油を撒き、火を付ける。木造船はそれだけであっというまに火事になり、人の手では消す事はできなくなる。ウィザードが魔法で雨を降らせたり、水を操って消火したりしない限りは。
(早く終わらせましょう)
そう思い、船に忍び込もうと崖の端に近づいたとき。
「待ちな、魔女のお嬢さん」
と、海賊帽を被った男が岩影から出てきた。
男は曲刀を抜いている。それから、黒い豹が二頭、男とは反対の岩の影から飛び出してきた。
(待ち伏せ……)
メザイアは意外に思う。敵にこうした罠を仕掛けられるのは初めての事だった。
「あなた、船長?」
「ああ、そうさ。お前を待ってたぜ」
「……どうして島に来たの? 目的は何?」
「お前を殺すためさ! それに、お前らが隠している黄金や宝石を手に入れるためにな」
「……黄金? 宝石? そんなもの無いわ」
「嘘つくんじゃねぇ! 魔女は様々な薬や道具を作るって聞くぜ。そのためにそうした素材を使うはずだ! この島には、テメェらの欲しがるような素材がたくさん眠っているんだろ!」
「無いと思うわ。ただ居心地が良かったから住んでいるだけよ」
「まぁいいさ、もう分かっている事だしな」
ヘヘ、っと笑い、男は近づいてくる。
メザイアはどう戦うか少し迷っていた。
ブラック・テンタクルスなら三体同時に掴めるけど、第四位階の魔法だ。残しておきたい。もしかしたら、こいつより厄介な奴がいるかもしれない。と、嫌な予感が働いていた。
「ちなみに、もう一人魔女がいる事は知っているぜ」
「……」
「島の池にいるんだろ?」
「何故、それを知っているの?」
「お前らにやられた連中が見ていたのさ」
「……」
「そっちには俺より強い奴が向かってるぜ。お前らじゃまず勝てない相手だ」
エメルがそう簡単にやられるとは、メザイアは思わない。だが、心配ではあった。少し焦る。
船長は曲刀を振り回して、腰を落としてメザイアに近づいてくる。話しかけながら、攻撃する隙を窺っているようだ。
「いいわ、あなたを片付けてそちらに行くから。ライトニング」
と、メザイアは男に向けて掌を向け、魔法を使用した。
「うおっと」
と、来ると読んでいたのか、船長はライトニングの直撃は避けたようだ。雷撃が腹をかすめて、呻いている。
「行けえ!」
と、船長は怒鳴り、急いでポーションを口に含んでいた。
メザイアが魔法を使い、動作に隙ができたと見て、豹が二頭飛びかかってきた。
メザイアは手の爪を武器に変えた。伸ばす事ができるのだ。ナイフ程の切れ味がある。両手の爪を変化させ、豹の攻撃を躱し、反対に切りつけた。しかし、致命傷を与えるには至らなかった。
(……意外に手練れだわ)
船長はウエストポーチから巻物を取り出した。
それを素早く開いた。魔法が発動し、メザイアを攻撃する。
サンダーウェイブの魔法だ。メザイアに直撃する。ダメージは少ないが、衝撃で弾き飛ばされ、岩の上に倒れた。そこに、豹が飛びかかってきた。
メザイアは地面に黒い沼を出して、その中に沈む。
豹の攻撃を躱し、メザイアが出てきた場所は、船長の背後だ。後ろから斬りつけようとするが、船長は前方に飛びすさり、その一撃を避けた。
メザイアは苦戦していた。
力は自分の方が勝っている。負ける事はないだろう。だが、これでは時間を奪われる。
……。
(こいつの目的って)
「ヘヘ」
と、笑みを浮かべる男。
「時間稼ぎをしてるのね」
「ご名答!」
「……」
「最悪、俺は勝てなくてもいいのさ。首を挙げられれば最高だったが。お前を仲間の所には行かさねぇさ」
「……」
「ここで粘っていれば、そのうち応援が来るからな」
メザイアは第五位階までの魔法を使えるが、その中に攻撃魔法はあまりない。彼女は職人タイプの魔女として造られており、使える魔法がそちらの用途に割かれているためだ。それはエメルも似たところがある。だからこうして罠を張り、直接的な戦闘を避け、敵を追い払っていたのだ。
レベルに差のある相手ならともかく、自分たちと同レベルの戦士と自分たちが直接対決をしたら、恐らく勝算は低いだろう。
エメルを助けに行かなくてはいけない。
メザイアの焦りは強くなる。
この男は弱いが、こちらと戦うつもりで準備はしてきている。
いくつかまだ巻物を所持している。
フライの魔法でここから離脱しようにも、また先程のように巻物を使われるかもしれない。背後から魔法を撃たれては、フライの魔法も解けてしまう。
(仕方ない)
メザイアはこれ以上、男の相手をするのをやめた。こちらを消耗させるのが作戦だとしたら気に食わないが、エメルを早く助けに行った方がいい。
「ブラック・テンタクルス」
メザイアは魔法を使った。黒い触手が地面から生えてくる。触手は即座に男と豹二体を触手で縛った。この魔法を使えると、男は知らなかったようだ。男は触手に締め上げられ悲鳴を上げている。しかし、この魔法は即座に絞め殺せる程の力はない。
メザイアは触手を操り、一人と二頭を崖から放り投げた。
悲鳴を上げて、敵は落ちていく。
とにかく、邪魔者は消した。
たぶん海に落下して命は助かっていると思うが、今はエメルとの合流を急がなくてはならない。
そのとき、ピンッとメザイアの思考に他者の思考が突き刺さるようにして入ってきた。
『姉様、ごめんなさい……』
『エメル!』
これは、メッセージの魔法だ。だが、普通、メッセージの魔法は四百メートル以内の距離までしか効果を及ぼさない。もしエメルが池にいるのなら、龍脈の影響か、何かしらのパスが姉妹の中に繋がったと考えられた。
そして、恐らく、後者であるとメザイアは考える。
エメルに異常な事態が起きている。
たぶん、追手に捕まっている。
『相手は戦士です……』
『エメル、相手に言って。この子の代わりに私の身柄を渡す。生け捕りにできるチャンスよ』
エメルがメザイアの言葉をそのまま相手に伝えているのが、なんとなくメザイアには分かる。
『交渉なら断る』
エメルを挟んで、相手の言葉が伝わってきた。
この男には毒が効かない。ただの戦士ではない。と、メザイアは気付く。
(まさか、聖騎士……)
『やめなさい!』
と、メザイアは叫ぶ。
何故、聖騎士が海賊といるのか。今は考えている時間はない。聖騎士では、交渉する余地はない。
こいつらは、魔物を殺す事を誇りとしているのだ。
それに、聖騎士のように戦闘の訓練を受けている者が、死体を蘇生できる状態のままで放置するとは思えなかった。
「エメル!」
と、メザイアは叫んだ。
メッセージの魔法は途切れた。
メザイアはフライの魔法を使った。エメルの居る中央池に向かった。
少し前。
エメルは全身鎧の男に襲撃を受けた。
霧の中から男が橋を渡ってくる姿には気が付いたから、相手を警戒し、獣の姿に変身した。この姿ではあまり魔法は使えないが、俊敏力がかなり上がる。敵から逃げるにはいい形態だ。戦いを避けるのがメザイアと決めている方針である。
しかし、小島の出入り口は一つしかない。敵は橋を渡ってきている。渡りきるまで少し待つことにした。
最悪、古木の上に登ったり、池に飛び込んで泳いでも逃げられるが、相手が遠距離武器や魔法の巻物を持っていないとも限らない。逃げる際に背中から攻撃を受けるのは気を付けなくてはならない。
また、エメルは第五位階魔法、ツリー・ストライドの魔法を使えるが、獣の形態の素早さに自信があるため、使う必要を感じなかった。
古木の陰に隠れて、獣の目でじーっと相手を見て、エメルは逃げる機会を窺う。周囲には霧が立ち込めている。相手を抜き去れば、もう見つかる事はないだろう。
相手が橋を渡りきった。
島の古木に近づいてくる。
(今だ)
エメルは駆け出した。
素早く、古木を回って、橋の方に走る。
が、エメルが男を抜き去る間際、相手が魔法を使った。
「コンペルド・デュエル」
エメルの動きが止まった。
(なんだ? 体が勝手に……)
エメルは敵をファイターだと思い込んでいた。巻物を使う素振りもなく、何か魔法を使ってきた。それが意外であり、意表を突かれた。
魔法戦士?
なんだ、こいつ?
それに、使われた魔法もエメルの知らない魔法だ。
どんな効果で、自分が逃げられなくされたのか、分からない。
騎士は走ってきた。
エメルは気付く。
ホールド・パースンのように金縛りにあっているんじゃない。相手から距離を取れなくなっているだけだ。
エメルは作戦を変更する。
逃げられない以上、戦うしかない。
エメルは爪を伸ばし、相手に飛びかかった。
騎士は盾を突き出し、エメルをはじき飛ばす。
エメルは殴打ダメージを受け、地面に転がった。
体の小さいエメルにとって、この一撃は思いの外大きかった。衝撃で変身が解けた。子供の姿に戻っていた。
「子供か」
戦士はそう呟く。
だが、人型の方であれば攻撃魔法が使える。
エメルは立ち上がり、魔法を使った。
「コール・ライトニング!」
霧を貫いて、空から凄まじい音を立て稲妻が落ちた。それは全身鎧の男に直撃した。
「ぐ」
鎧から煙が登っている。
今、空には雨雲が集まっているはずだ。エメルは続けて、コール・ライトニングの魔法で相手を攻撃した。稲妻が落ちる。が、二撃目は相手も魔法を読んでいたのかすんでのところで身を躱した。それでも、衝撃は伝わり、わずかだがダメージは受けているはずだ。
(こいつ、強い!)
コール・ライトニングの魔法は第三位階だ。並の戦士なら最初の一撃で戦闘不能になるか死んでいる。
敵が倒れないのは、それだけ、耐久力が高く強いという事だ。
戦士がエメルに向かって走る。
動きが速い。
人型では、戦士の動きを躱せそうにない。
エメルは咄嗟に獣の姿に変化する。
すると、戦士はまた幅の広い盾を武器にして、攻撃を躱そうと身構えるエメルを弾き飛ばした。エメルの姿はまた人型に戻る。
今度は、戦士は攻撃の手を止めなかった。
戦士は盾を捨てた。長盾は腕に固定して装備する戦士もいるが、この男はいつでも手放せるよう固定せずにいたらしい。戦士は子供姿のエメルの首を掴み、まるでイタチでも捕まえるように、暴れたり逃げ出したりできないようその手に力を込めた。
戦士の手に捕まり、宙吊りにされたエメルに、戦士は剣を構えてエメルの頭にその切先を向けた。
エメルは自分が負けた事を理解した。
最後に、姉に伝えなければいけない。敵の存在と、自分の最後を。
エメルはメッセージの魔法を使った。
メザイアに届くかは分からなかった。
が、魔法は効果を発揮し、思念が一瞬のうちにメザイアと繋がった。
『姉様、ごめんなさい』
作戦は失敗した。
『エメル!』
『相手は、戦士です……』
『エメル、相手に言って』
エメルはメザイアの言葉をそのまま口に出した。首を締められているため、声は掠れ、視線はどこか他のところに向けられていた。
「この子の代わりに私の身柄を渡す。生け捕りにできるチャンスよ」
「……」
戦士は一瞬、黙った。
起きた事を理解しようとしている。
だが、すぐに、状況を把握したようだ。
「交渉なら断る」
エメルに向けられた剣が、彼女の頭を突き刺そうと動いた。
(姉様……!)
エメルがそう思った瞬間。
何者かが、突如、空から降ってきた。そいつは戦士に手を突き出し、大声で言った。
「コーン・オヴ・コールド!」
エメルは目を見開く。そいつはエルザだった。
何故? と、エメルの理解が追いつかない。
もの凄い早さで空から落下してきたエルザは、戦士の目の前で止まり、少し宙に浮いたまま、戦士の顔面に両手を突き出し、近距離からの攻撃魔法を使用したのだ。
コーン・オヴ・コールド。第五位階魔法だ。
凄まじい冷気が戦士に向けて放たれる。
戦士の手の力が抜けた。エメルは自由になり、地面に着地すると、飛びすさって戦士から距離をとった。
もはや言葉を発する事もできないまま、強力な攻撃魔法を食らった戦士はその場に倒れた。全身が凍り付いている。
しかし、どれだけ生命力が強いのだろうか。
男はまだ生きていた。
それとも、この鎧はマジック・アイテムなんだろうか。
かなりしぶとい。
だが、立ち上がれないようだ。
エルザはダガーを抜いた。
男にトドメを刺す気でいる。
男の胸に足を乗せ、ダガーの先端を鎧の隙間から、首に突き刺そうとしたその間際。
戦士はクワッと目を見開いた。
その顔は、兜に覆われている。しかし、その目だけで、戦士が死を覚悟したのだとエメルには思えた。
だが、何故か、エルザが渋い顔をして、ダガーを鞘に収めた。
「殺さないのか?」
と、エメルは聞く。
「こいつはもう動けない。殺したいならお前が殺せ」
「……お前が殺らないならいい」
エルザは足を戦士の胸からどけた。
「……」
エメルは三白眼をエルザに向けてジッと見ていた。エルザの体は微かに金色のオーラを帯びている。不思議な状態だとエメルは思う。それに、正直エルザが飛び込んできた事にも驚いていたし、なにより第五位階魔法を使える事に心底驚いていた。
「お前、負けるなよ。あれだけ余裕を見せておいて」
と言って、エルザはエメルを見る。
「こいつは思ったより強かったんだよ」
「そうでもない」
「いや、それより、お前、毒の影響は受けないのか? 森の中は毒が充満してるんだぞ」
「私に毒は効かない」
と、エルザは腰に手を当てる。
「……そうなのか? ……それに、魔法を使えるようになったんだな」
「これが本来の私の実力だ」
「……」
「……どうした?」
「助けてくれて……、助かったよ」
「ありがとうって言え」
「ありがとう、エルザ」
エルザはエメルの頭にポンと手を置いた。
エメルはその手を払いのけ、言った。
「それより、姉様に早く伝えないと。メッセージ」
エメルは通信魔法でメザイアと連絡を取った。
無事を伝える。よかった、とメザイアは思念を送ってきた。その場でエルザと待っていてほしい、と言われ、エメルは返事をした。
エメルはどうしてエルザが突然飛んできたのか疑問だった。メザイアが来るまでに、エルザの話を聞く事にした。敵は凍り付いて動けないし、ダメージが大きく虫の息だ。気にする必要もない。
エメルが行った後、エルザは崖の上でしばらく佇んでいた。崖から森を見渡すと、広い森が大体見渡せる。さすがに、池や砂浜の方までは見えないが。エメルの事が少し心配だった。
とは言え、まだ魔法を使えない。
いや、本当に使えないのか?
そう言えば、瞑想や魔力を意識する訓練をしていたから、魔法が使えるか試していなかった。
試しにプレスティディジテイションの魔法を使って、掌から光を飛ばしてみる。
できた。
もう、魔法を使えるようになってる。
それは、前から存在していた魔力を操って魔法を使っているのだと、訓練を経て理解できるようになっていた。
今度は、新しく生まれた黄色い魔力を使って何かできないか試した。黄色い魔力を使おうとすると、全身が光った。いや、光ったと言うか、金色のオーラのようなものを帯びている。
これは、なんだ?
多分、防御的な何かが働くんじゃないか?
……。
考えても分からない。
勘でしかなかったが、このオーラに包まれていると、強くなった気がするので、毒を少しくらい吸っても大丈夫なんじゃないか、という気がしていた。
それは正解だった。
エルザは、自然にその魔力の使い方を理解していたのである。
後、なんとなく新しい魔法が使える気がした。
前から使いたかった魔法。早く覚えておきたいと思っていたが、今までの自分では使えなかった。
空を飛ぶ、フライという魔法だ。
フライ、とエルザは魔力を操り魔法を使う。
使えた。
体が浮いている。
これも、エルザがレベルアップし、覚えた魔法を自然に理解していたため、使えたのである。
崖の下から強い風が吹き上がっていた。
丁度、吹き上げるタイミングだったらしい。
エルザはフライの魔法で宙に浮いたまま、その風に乗ってさらに空高く飛び上がった。
そして、十分上昇すると、今度は手を翼のように広げて、鳥が滑空するように、中央の池を目差して落下していった。
凄まじい速度で空から落ちていく。
見事、霧の立ち込める中央池の方に落ち、霧を突き抜けて、古木の下に着地しようとした。その時、エメルが殺されそうになっているのを目の端で捉えた。
即座に、エルザは判断した。
戦士を殺す。
容赦はしない。
エルザはその瞬間、エメルに突きつけられた剣を見て、怒りを覚えていた。
フライの魔法を使ったまま、強引とも言える魔力の操作で、着地の寸前まで速度を落とさず、地面スレスレで急停止した。そのまま、コーン・オヴ・コールドを敵に浴びせてやったというわけである。
倒れた戦士を殺してやろうと思いダガーを抜いたが、咄嗟に止めたのは、ゾルの言葉が頭に浮かんだからだ。エメルがこいつを殺すなら止めるつもりはない。だが、自分から殺すのはやめておく事にした。生かしておけば、こいつも何かの役に立つかもしれない。
エメルはその説明を聞いて、エルザの雑とも大胆とも言える行動に目を丸くしていた。
初めて使うフライの魔法の操作に少しでもミスがあれば、死んでいたのはエルザの方だ。地面に追突して。それに、こいつ毒は効かないとか言っておきながら、自分でもまだその金色のオーラの効果をちゃんと理解していない。一応、もし毒を吸い込んでも治療はできるけど、本当に大丈夫なんだろうか。と、エメルは怪訝な顔でエルザを見た。
だが、とにかく助けられたのは事実だ。
エルザには感謝をしている。
本当に、危なかったし、実際、あの瞬間に殺されると諦めた。
エルザの話を聞いていたら、フライの魔法で空から降りてきたメザイアが地面にふわりと着地した。
「姉様……」
「エメル! 無事でよかった……」
「エルザが助けてくれました」
メザイアはエルザの方を向いた。
「魔法を使えるようになったのね」
「ああ」
「ありがとう、エルザ。本当にありがとう」
「気にするな。私もメザイアに助けられた」
「姉様」
とエメルが言う。
「こいつは、どうしますか?」
三人は戦士を見る。
「彼は神殿のパラディンよ」
「パラディン……ファイターだと思ってました」
「クレリックと似たような魔法を使えるの。私もまさか、海賊にパラディンが混ざっているなんて思わなかった」
「……」
「彼を殺せば、神殿は私たちを永遠に報復の対象として追ってくるでしょうね。悔しいけど、生かして島から出してあげるしかないでしょう」
「はい」
「……」
「フローティング・ボード」
と、メザイアは魔法を使う。荷物を運ぶ魔法だ。透明な円盤が地面に浮いている。
メザイアはその上に、凍っている男を乗せた。
「このまま、砂浜まで運ぶわ」
「海賊共はどうしますか?」
「ほとんどが毒でやられているはずだけど、生き残っている連中は脅して逃がしましょう。今回は相手も、結構本気だった。これ以上戦えば私たちも危険かもしれないわ」
「はい」
「私も手伝う」
と、エルザは言う。
「ええ、お願い」
メザイアは微笑む。
三人は、パラディンの男を連れて、砂浜の方へ歩いていった。
メザイアとエメル、その後ろからエルザが続いて歩き、砂浜へと辿り着いた。森を抜けると、すぐに敵の首領と思しき男と、その取り巻きたちの姿を見つけた。
首領の男は、その格好から貴族であるとエルザにも見分けがついた。それからファイターとウィザードがいる。ただ、このパラディンの男と比べると、レベルは低そうに思えた。
メザイアは砂浜の上でフローティング・ボードを解除する。
パラディンの男はその場に倒れた。身動き一つしない。気を失っているのかもしれない。
敵の首領は、こちらの姿と、パラディンの倒れた姿を見て明からに動揺している。
メザイアは声をかけない。
その必要もないだろう。
ファイターが武器を抜いた。
だが、向かって来る気配はなかった。
メザイアがエメルに言った。
「少し、脅してあげて」
「はい。コール・ライトニング」
と、エメルは魔法を使う。
空に、雲ができあがった。その様子がはっきり見える。雲は空の一部だけにしかできていない。
その雨雲から、稲妻が落ちた。
その一撃は、敵に当たりはせず、砂浜に落ちた。凄まじい轟音と衝撃がこちらにも伝わってくる。わざと当てなかったのだろうと、エルザもエメルの考えを察する。相手に落としていたら、多分殺してしまう。そのぐらいの威力はある。
エメルはもう一撃、稲妻を落とす。今度は、もう少し敵の近くに落としていた。
貴族とそのお付きたちはパラディンの男を置き去りにして、舟に乗った。慌てた様子で沖に漕ぎ出した。
急げ! 急げ! と、貴族の男が叫んでいる。
ファイターの男が全力で櫂を漕いでいた。
エメルはまた、稲妻を落とした。
男たちは舟の中で身を縮めて、悲鳴を上げた。あの貴族の首領には戦闘能力はあまりないようだ。
稲妻は海面に落ちていた。水面が弾けたように見えた。水しぶきが高く上がり、水の粒を貴族たちの頭に降らせていた。
「姉様、この男を置き去りにしていきましたけど……」
「ほっておきましょう。私たちがいなくなれば、様子を見て回収にくるでしょ。もし連中がこなくても、この男も目を覚ませば自力で舟に向かうでしょうし、そこまで、面倒を見ていられないわ」
「はい」
エルザが口を開いた。
「あいつら、何者なんだ?」
「多分、トルカ領の貴族……領主……かもしれないわ。代替わりして、若い領主になったと聞いた事があるから……」
「あいつが? 領主の割に弱い」
レイやニール公を知っているため、領主は強いものだとエルザは思っていた。
「領主や貴族が必ずしも強いわけではないから。ただ……」
「なんだ?」
「もし彼が領主だとして、この島に来た目的が私たちなら、私たちはこの島を出ないといけないわ」
「……」
「今度はもっと多くの部下を連れてやってくるに違いない。それに、毒の罠ももう通じないでしょうし……。軍が相手では、私たちにも勝ち目はないわ」
少し悲しそうにメザイアは言った。
この島を気に入っていたんだろう。
「島を出てどこに行くつもりなんだ?」
と、エルザは聞く。
「まだ分からないけど……新天地を探して、北の方に向かうかもしれないわ。私たちが安全に住処を持てる場所は帝国やその近くにはもうないだろうし、いっその事ね」
「……」
「でも、その前に残党狩りを済ませないといけないわね。首領は貴族だけど、部下は海賊みたいなの。下っ端の海賊たちが森の中にいるわ。多分、私たちの家を探している」
そう言えば、フライの魔法で空に登ったとき、チラっとそんな連中の姿が視界に入った。木々の間を人が動いていた。
でも、明らかに弱そうだった。
と言うか、毒にやられて全滅しかけていんじゃないだろうか。メザイアもフライで飛んでいる際に、連中を見つけたんだろう。フライで飛んでいられる時間は十分程度だが、この島を上空から俯瞰するには役に立つ。
「家に向かうか?」
「ええ」
「毒の種類が複数ある事は知らなかったみたいだな。馬鹿な奴ら」
と、エメルが毒づく。
「毒の種類が複数ってどういう事だ?」
と、二人の作戦を知らないエルザが聞いた。
「歩きながら教えてやるよ」
「ああ」
エルザはエメルから何故毒を複数まくのか教えてもらった。また、龍脈の使い方や、エメルの使った魔法についても聞いた。なるほど、たしかにいい作戦だ。と、エルザも納得する。
そんな話を聞いて家の方に向かっていると、海賊たちの姿を見つけた。
そこら辺に倒れている。嘔吐していたり、痙攣していたり、白目を剥いて失神したりしている。症状がそれぞれ違うらしい。
エメルの罠が、見事に連中を全滅させていたようだ。
もう毒草は活性化をやめて毒を撒き散らせていないから、時間が経てば連中は勝手に回復するとは思う。もしかしたら死人が出るかもしれないが、三人とも無視する事にした。こいつらは、自分たちを殺しにきたのだ。助けてやるほど優しくはない。
メザイアの意見で、生き残った連中だけは、逃がしてやるつもりでいる。
メザイアは家に戻ると、すぐに島を出る準備をしていた。
メザイアは魔法のバッグを所持している。このバッグは、中に五百キロくらいまで物を詰め込める代物らしい。ただバッグの入り口に入る物しか入れられないため、大きな家具は持っていくことはできない。
薬の素材や食料、食器などの調度品をバッグに詰め込んでいた。
エメルの方は、特に持ち物はないらしい。メザイアの手伝いをしていた。
エルザはメザイアの作業が終わるのを椅子に座って待った。ここで飲む最後の薬草茶をメザイアはエルザに出してくれた。それを落ち着いた気持ちでエルザは飲む。
しばらくして、メザイアとエメルは作業を終えた。
バッグはメザイアの体からすると大きい。しかし、重さはあまり感じないようだ。便利なバッグである。
「そうだ」
と、メザイアは思い出したように庭に足を向けた。
地面には、円環が描かれている。
これをメザイアは丁寧に消していた。
「なんだ、それは?」
「テレポーテーション・サークルの円環よ」
「聞いた事がない魔法だ。私をここに運んだ魔法か?」
「ええ。他の場所で魔法陣を描けば、この魔法陣に繋がるの。ただ、こっちの魔法陣からは移動できないから、島を脱出する手段には使えないわ。相手にこちらの使う魔法を知られるのは嫌だから消しておいたの」
「ああ、そうか。いい魔法だな」
「そうね」
と、メザイアは微笑む。
「……」
転移魔法。第五位階レベルの魔法だろうか。さすがメザイア、とエルザは思う。
「さ、島を出ましょう」
「どうやって出るんだ?」
「私たちも小舟を使うわ。海には使い魔というか、ペットがいるからロープを引いてもらうの」
「へえ。面白い」
「そう?」
「……行く場所が決まってないなら、よかったら、メザイアも一緒にシガル村に来ないか?」
と、エルザは話を切り出した。
自分がこれから向かう目的地でもあり、ゾルとレイの待つ場所だ。別に世話になった礼といった感じでもない。普通に、ただ誘ってみた。来てくれれば嬉しい。それだけだ。誘ってはみたものの、自分も麝教に狙われているし、ゾルやレイがなんて言うか分からない。安全の保証はできない。
「エルザがいいなら、行ってみようかしら」
エルザは頷く。
「エメルも付いてくるんだろ?」
と、エルザは聞く。
「当たり前だ。姉様と離れるわけないだろ」
「念のために言っておくが、私の仲間も麝教に狙われてる。私といたらどうなるか分からないぞ」
「いいわ」
「オレも別にいい」
言っておいてなんだが、二人の実力は高い。
むしろ、強力な味方ができたといった見方をするべきなのかもしれない。
とにかく、三人の行き先は、シガル村に決まった。
浜から舟を出し、メザイアのペットの大きい魚にロープを咥えさせ、舟は出発した。大きい魚の種類は分からないが、人を丸呑みにできるくらいの大きさと迫力はある。でも、魚には違いないようだ。
魚は舟を引っ張って泳ぐ。意外に早い。
これなら、一日もかからずに大陸に着くんじゃないだろうか。
海を進んでいく小舟の中で、エルザは風を浴びながら空を眺めていた。今はもう指輪を嵌め、人の姿に戻っている。その風や日差しは、数日前までと違い、新しい気分になった自分を改めて感じさせてくれた。とても気持ちが良かった。
で、しばらくして視線をメザイアに戻したら、メザイアの姿が変化していて目を疑った。
「メザイア?」
ニコっとメザイアは笑う。
なぜか、メザイアの姿が小さくなっていた。エメルが十歳くらいだとしたら、メザイアはもう少し年上だが、十二歳くらいの子供の姿になっている。服もその大きさのサイズに変わっていた。黒く長い、人形のような艶やかな髪をした、可愛いが、少し妖艶な印象を持つ少女の姿だった。
「もしかして、メザイアも子供だったのか……」
エルザは素直に驚く。
「ええ。でも、魔女だから精神的な成熟具合は普通の子供と違うと思うわ」
「それは分かる」
「人前では、自分で調合した魔法の軟膏を使って、姿を大人に見せているの」
「……」
自分と同じような事をしているんだな、とエルザは思う。たしかに大人の姿の方が話しやすいし、人前で動きやすいだろう。それに、なにより、エルザは真実を知っても特に悪い気はしなかった。反対に、魔女という種族はタフなのだなと、感心してしまった。子供でも一人で生きていかなければならないし、敵と戦うのだ。
「……」
ただ、なんだか小さいメザイアに対して、言葉が出なかった。今更エメルみたいに年下に接する態度をとる気にはなれない。実際、性格は大人びてると言うか、大人だろう。やはり大人の姿の方がメザイアに合ってる気がした。
「私の作る薬には色々な種類があるわ」
「え? そうなんだ」
「あなたも、試してみる?」
「必要なら使わせてもらう。今はやめておく」
「そうね」
と、メザイアは微笑んだ。
エメルは驚いた様子のエルザに関心がなく、進んで行く舟から身を乗り出して、水に手を入れて遊んでいる。実際、何を考えているのか分からない子供である。と言うか、こいつも本当は大人なのか。なんとなく、エメルはメザイアと違って性格も子供な感じはするが。
(魔女か)
と、エルザは二人を眺めてそう思った。
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