ユキバナの咲く地へ

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帝国麝教編

四章

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 エルザと離ればなれになり、半月が経った。ゾルやレイも、麝教に対して何も手を打っていないわけではなかった。
 レイは自分の邸宅のあるパルの町とシガル村の往復をしていた。飛脚を何度も走らせ、麝教の情報をツテを頼って集めていた。集めた麝教の情報は皆で共有する。
 ゾルの仕事はレイのお供であり、荷物持ちや、身を守る事だ。いつ麝教に襲われるか分からないため、レイのそばから離れなかった。もし襲撃された場合、戦わずにレイの転移魔法で逃げ、町や村に逃げるつもりでいた。
 仮にゾルが死んだとしても、レイの魔法で蘇らせる事ができる。レイは第五位階魔法、レイズ・デッドの魔法を使用できるからだ。それだけでなく、仲間と連絡を取り合ったり、当然回復魔法も使える。とにかく、レイだけは守らなくてはいけない。ゾルも覚悟を決めて、レイに付き従っていた。
 そんな身の危険を感じながらの半月だったが、麝教の暗殺者はまだ姿を見せなかった。
 当然、敵もレイの情報を得ているだろうから、こちらがシガル村にいる事は分かっているはずだ。
 すぐそこにいるのかもしれない。
 それとも、袋の鼠だと思っているのだろうか。
 この半月程は相手にとっても様子見の段階なのかもしれない。
 このまま連中が諦めるとは思えなかった。
 だが、それはむしろこちらにとっても都合が良かった。
 時間を稼げれば、エルザとも合流できる。
 レイは二、三日に一回程度の割合で、エルザにセンディングの魔法で連絡していた。エルザの無事を確かめるためだ。
 その日、エルザと連絡を取ったレイは、エルザが悪魔の掌島から、シガル村に向かっている事を聞いた。
 迎えに行ってやりたいとゾルは思うが、エルザはその必要はないと言うだろうし、レイのそばを離れるわけにはいかない。
 エルザは自分に、あのとき司祭を守れと言ったのだ。
 そのエルザの選択はゾルも間違っていないと思うし、エルザの実力を信頼している。


 その日も、ゾルはシガル村でエルザの到着を待っていた。
 エルザは村長の家のドアを開けて入ってきた。玄関から入ってすぐのところにある居間でゾルと会うことになった。
 そこにはゾルだけでなく、レイも居た。テーブルに麝教の資料を広げて、二人でそれを囲んでいた。ちなみに、ベリドとシアは他の場所で寝泊まりをしているのでいない。

「ゾル」

 と、エルザは声を掛けた。
 エルザは外套を着てフードを被っている。

「エルザ……なのか?」

 と、ゾルは自分の目を疑った。
 エルザにしては、少し身長が高い。
 それに、なんだか雰囲気が少し変わったような。
 エルザは外套のフードを取った。

「俺は、夢でも見てるのか……?」

 エルザは、離ればなれになる前より四、五歳歳を取っている。少女だったエルザが大人の女性になって戻ってきた。

「麝教対策だ。姿はほっといても半日程で元に戻る」
「そ、そうか。魔法か?」
「アイテムだ」

 これはエルザの変装だったようだ。
 とても、美人である。指輪で変身し、さらにアイテムで大人の姿に見せかけているので、エルザの本来の姿とはかなりかけ離れているが。正直、これはこれで、目立つんじゃないだろうか。

「それより、会わせたい人がいる」
「会わせたい人?」
「メザイア、エメル。こいつがゾルだ。後、レイ司祭」

 エルザがそう言うと、玄関から綺麗な女性が入ってきた。一人は子供だ。
 長い黒髪をした、目元に特徴のある女性が小さくお辞儀して挨拶した。

「初めまして、メザイアと申します。こっちは、妹のエメル」
「初めまして……」

 と、ゾルは挨拶する。レイも驚いたような表情で、二人を見つめている。
 まさか、エルザが知り合いを連れてくるとは……。
 エルザが言う。

「メザイアには命を助けられた」
「どういう事だ? ちゃんと、事情を聞かせてくれないか……?」

 さすがに、ゾルも困惑した。

「ああ。もちろんだ。でも長くなる。だから先に確かめておきたい事がある」
「確かめておきたい事? なんだ?」

 エルザはレイを見る。

「あのロッドはまだあるか?」

 レイははっと目を開き言った。

「サティロス・ロッドの事?」
「そうだ」
「まだ村にあるよ。神殿に運ぶには私自身が行く必要があるから、まだ持ち出せないでいる」
「貸せ」

 エルザはレイを睨み付ける。いや、睨むというか、これまでの出来事に腹を立てていて、目に力が入ったといった感じだ。ゾルは一気に不安になり、額から冷たい汗が流れた。

「ちょっと待ってて」

 と、レイはロッドを取りに行く。ロッドは村長宅の地下室に保管されているはずだ。鍵が掛かっているはずだから、ピコックに頼まなくてはいけない。

「その、エルザ、ロッドをどうするつもりだ?」
「……」

 エルザはゾルの言葉が耳に入っていないようだった。
 その後ろでは、メザイアという女性がゾルを見て小さく可愛らしい笑みを浮かべていた。まるで、心配ないとでも言うように。また、黄緑色の髪の少女は、何故かいつの間にか獣の姿になっていた。

(何がどうなってるんだ……?)

 とにかく、この二人の少女も只者ではないようであるとゾルは思う。




 数分後、レイがロッドを持って戻ってきた。さすがに、ピコックも不安なのか居間で様子を見ている。
 ロッドにはレイの封印が施されている。
 エルザはレイに言った。

「私にはこのロッドを使う資格がある」

 ゾルはそのエルザの言葉に、肝を冷やした。

「ま、待て、エルザ。いくらなんでも、それは危険だ。レイ様が封印して、やっと持てる代物だぞ」
「ゾル、この杖は私の魔力を吸った。そうだな?」

 エルザの声は、怒りを感じさせた。

「……たしかに、エルザはニール公に心臓を貫かれた。どのくらいの量かは分からないが、エルザの魔力をロッドは吸い取っていると思う」
「つまりこのロッドは私の一部だ」
「いや……それは少々、強引な気が……」

 エルザはレイを見る。

「レイ司祭、ロッドを貸せ」
「私はエルザを止めるつもりはないんだけれど……本当に試すの?」
「安心しろ」

 ……。
 もはや、ゾルに言葉はなかった。
 エルザはレイからロッドを受け取った。
 エルザは言う。

「ゾル。もし私がロッドの呪いに負けそうだと感じたら、腕を切り落とせ」
「何!?」
「お前に任せる」
「さすがに……いや、たしかに、レイ様なら治療できるが……」
「ゾル、早く剣を出せ!」

 エルザは苛ついている。

「わ、分かった」

 ゾルは虚空から魔法剣を出した。
 エルザは指輪を外した。
 姿が本来の姿に戻る。アイテムも効果がなくなり、大人の姿から元のエルザの姿に戻る。

「私は私を脅かした麝教を許さない! 絶対にだ! そしてこのロッドは私の魔力を吸った私の一部! どう使おうが私の自由だ! あのクズ共の欲しがるこのロッドで、ゴミ共を一掃する!」

 ゾルはゴクリと喉を鳴らした。
 緊張が体に走る。
 エルザはロッドに巻かれた白い布を取り払った。
 黒い宝玉が嵌り、台座は輝く桃色の金属。柄は長く、黒い。先端はスピアのように尖っている。サティロス・ロッド。悪魔の杖。呪いの杖だ。人を不幸にも邪悪にもするアーティファクトである。
 エルザはロッドを両手で握り、集中した。
 次の瞬間に、エルザの体から金色のオーラが吹き上がり、ロッドまでもその効果の中に包み込んだ。
 エルザは凄まじい目付きでロッドの呪いを弾こうとしている。
 やがて、エルザが勝ったのだと、顔を見ていてゾルにも分かった。
 エルザが、片手でロッドを振る。
 エルザは鼻を鳴らした。

「支障はない」

 レイが驚愕した面持ちで言った。

「その状態でロッドの能力を使えるの?」
「ああ。ロッドの呪われた声が聞こえる。使い方をこいつに聞けば答えてくれる」
「本当に使えるとは思わなかったけれど……」
「エルザ……使えるのは分かった。一旦しまってくれないか?」

 さすがに、ゾルの神経が持たない。
 エルザの腕を本気で斬るつもりで身構えていたが、その緊張で心の方が耐えられそうになかった。まず、その金色のオーラがなんなのか、一体エルザに何が起きたのか、その説明を聞いてからではないと、安心して見ていられなかった。

「悪かったな、ゾル。私もひとまず気が収まった。礼を言う」
「いや……エルザがそれでいいなら、構わないが……」

 エルザはロッドを床に置いて、丁寧に白い布で包んだ。
 金色のオーラも消えた。

「……」
「……」
「……」

 もはや、レイもピコックもゾルも、エルザに対して言葉が出ず、ただエルザのやることを見ている他なかった。ただ、エルザはこのロッドを操れる事を知り、満足げであり、さっきまでの殺気もなくなり、晴れ晴れとした様子である。

「私がこの半月、何をしていたか話した方がいいか?」
「ああ。早く、聞きたい」

 あの、とピコックが声を掛けた。

「どうぞ、まずはお掛け下さい」

 村長のピコックに勧められるようにして、皆テーブルについた。





 それから、エルザに何があったかゾルたちは話を聞いた。魔法を使えなくなっていた事を知った時、ゾルは自分の弱さを嘆いた。同時に、エルザがどれだけ危機にいたか改めて理解した。だが、それはエルザにとって大した問題ではなく、むしろゾルとレイを信頼した結果の行動だった事に、少しだけ救われた。
 これはゾルにある決意をさせた。
 が、それはまだ心に秘めておくつもりでいた。
 まずは、全て話を聞かなくてはいけない。
 窮地に立ったエルザを助けたのが、メザイアである。その正体が魔女と聞いた時、ゾルは驚きを隠せなかった。今日は驚きっぱなしである。
 彼女たちとエルザの信頼関係は築かれている。
 住処を出なければならない理由ができた事を話し終わった時に、レイが二人に聞いた。レイはこの土地の領主であり、二人を討伐に来たパラディンが所属する神殿の司祭だ。
 この二人をどうするか、レイの判断で決まってくる。
 が、レイはそうした二人の事情を気にしているわけではなさそうだった。

「二人とも、私の領地で過ごすのは構わないよ」
「感謝します。プラヴェール男爵」

 とメザイアが微笑みを浮かべる。

「レイでいい。私も二人を名前で呼びたいんだけれどいいかな?」
「はい。お好きに呼んで下さい」
「ありがとう」

 どうも、レイはかなり寛容であるらしい。魔女と聞くと、ゾルの知識では人族から危険視される存在であるが。
 それについては、今は気にしても仕方ない。
 なんだか、レイもメザイアも、エメルという少女も、まるで昔からの友でもあるように接している。
 それは、共通した知り合いにエルザがいるからかもしれないし、もしかしたらレイには魔女の知り合いがいるのかもしれない。魔女について、詳しいのではないだろうか。
 ゾルはそんな気がした。
 エルザが悪魔の掌島で魔力を操る訓練をした結果、元通り魔法を使えるようになり、さらに新しい力を身に付けたのだとゾルは知った。
 エルザには、何か幸運の女神でも微笑んでいるのかもしれない。ふと、そんな事をゾルは思う。
 自分がエルザを助けた時も、エルザは窮地に立たされていた。そして、今回もこの少女がいなければ、エルザは麝教に捕らわれていただろう。
 もしかしたら、麝教は虎の尾を踏んでしまったのかもしれない、とゾルは感じる。もう昨日までの暗い気持ちはゾルの中になかった。
 エルザから全て話を聞き、メザイアとエメルの事も分かった。レイも二人に関して、何も言わない。
 そして、エルザが何故ロッドを操ろうとしたのか。
 今の自分の力を信じたからだ。
 そして、実際にそれは上手くいった。
 レイが聞いた。

「エルザは、麝教と戦うつもりなの?」
「奴らは許さない」
「つまり、どうする気でいるの?」
「……司祭は、私がこのロッドを使用するのを見逃してくれるか?」
「私は何も言うつもりはないよ」

 レイはさらりとそう言った。

「だったら、話は早い。麝教を壊滅させる」
「エルザは、ゼスを殺すつもり?」
「そうだ。奴はアンデッドだろ? 私の手で消滅させる」
「……」
「その前に、あの連中だ」
「暗殺者の事か?」

 とゾルが聞く。

「あの戦士二人は、絶対に許さない」

「……奴らは、近くにいると思う。もしかしたら、俺たちが全員集まるのを待っていたのかもしれない。村の外に出れば、恐らく襲ってくるだろう」

 エルザの行方が分からなかったから、こちらを襲ってくる事がなかったのかもしれない。エルザが孤島にいたのなら、麝教の信者たちも発見する事はできなかったはずだ。仕方なく、仲間と合流するのを待っていたのだろう。
 エルザは鼻を鳴らした。

「奴らは殺すぞ。司祭」
「ああ。エルザのしたいようにするといい」
「耐久力だけはある奴らだった。この杖の実験に使う」

 ゾルは冷や汗を流していた。

「まるで、悪人の言葉だぞ」
「冗談を言ってるわけじゃない。私は本気だ」
「そうだな。分かっている。俺も、奴らに対しては非情になろう」

 エルザは頷く。
 メザイアが言った。

「私もお手伝いするわ。麝教は嫌いなの」
「……」

 なんだか、メザイアの態度は、まるで鼠やコックローチ退治でもするような口ぶりだ。ゾルの感覚としては、連中と戦う決意というのは、かなり大きな決断だと思うのだが。

「ありがとう、メザイア」

 と、エルザは言う。エルザはメザイアをかなり信頼しているようだ。と、ゾルは思う。他人の協力を嫌がるエルザが、ありがとう、とは。

「ええ」

 余裕の面持ちで、メザイアは頷いた。もう一人の子供は獣姿のままだが、話は聞いているようだ。こちらを見ている。この二人が何を考えているのか、ゾルにはさっぱり分からない。

「その、エルザに伝えないといけない事がある」

 と、ゾルは話を切り出した。

「なんだ?」
「暗殺者に狙われているのは、俺たちだけじゃないんだ。シアとベリドも同じように襲われ、今、この村に居る」

 エルザは嫌そうな顔でゾルを見て言う。

「……あいつらも麝教と似たようなものだろ」

 ゾルもエルザがそう反応するのは分かっていたので、言葉を濁らせた。

「いや……まぁ、なんて言えばいいか分からないが、とにかく現状、レイ様、また俺ともそうだが、二人とは協力関係にある」
「……」

 レイが言った。

「二人にも色々と環境の変化がある。それに、麝教と戦うのであれば、あの二人とは手を組んだ方がいいと思う。多分、エルザにとっても彼らの現在の置かれた環境を聞くのはいい事だろう」
「まぁ、司祭がそういうなら」

 と、言うもののエルザは渋い表情だ。

「ツバキ、すまないんだけど、二人を呼んできてくれる?」

 と、レイは村長宅に住む娘に声を掛けた。

「分かりました!」

 と、娘は元気良く返事をし、家を出て行った。

「まさか、こんなに早くあいつらの顔を見る事になるとはな」
「まぁ、二人の性格は変わっていないんだが……」
「何かあったのか?」

 と、エルザはつまらなそうにゾルに聞く。

「俺たちと別れた後、イグニス傭兵団が壊滅した。団長も死んだそうだ」
「……そうか」
「あまり興味はないか?」
「別に、あそこにはなんの思い入れもない」

 ゾルは頷いた。

「……そうだな。そんな事情から、シアとベリドも今はただの冒険者だ。その事だけ話しておきたかった」
「分かった。いい気味だ。連中も麝教に襲われて、相当焦っているだろう」
「そうだな。実際にその通りだと思う」
「奴らの情けない姿を見てやる」
「……ああ」

 頼むから喧嘩だけはしてほしくない、とゾルは思う。シアたちと本気で殺し合う光景は見たくはない。





「連れてきました!」

 と、元気良くツバキが玄関を開けて入ってきた。
 後ろから、明らかに機嫌の悪いシアと、いつも通りの様子のベリドが入ってくる。
 二人もテーブルについた。

「よく生きてたな、エルザ」

 と、シアが腕を組んで言った。

「ふん」

 と、エルザはそっぽを向いて鼻を鳴らした。

「で、見たことない顔がいるけど、誰だよ?」

 と、シアは怪訝な表情でメザイアを見る。

「初めまして。私は魔女。名前はメザイア」

 少し遊んででもいるような調子で、あっさり正体をバラし自己紹介をするメザイア。

「いや、魔女って。本当か?」
「ええ、本当よ」
「まぁ、いいや。ここに居るって事は、司祭も魔女が居ていいんだろ?」
「うん」
「ここは司祭の領地だしな。あたしは何も言わねー」
「あなたが、シア? で、こっちの男がベリドでいいの?」
「ああ、そうだよ。つうか、何がどうなってんだ? この魔女はエルザが連れてきたのか?」
「メザイアは私の命の恩人だ」

 と、エルザは言う。
 メザイアはシアに微笑み、言った。

「私たちは友達よ。後、こっちの子は妹のエメル。よろしくね」

 シアは寝そべっているエメルを見る。
 シアはとても迷惑そうな表情だ。

「この獣が? っていうか友達って。遊びじゃねーんだぞ」
「ええ」

 どうも、シアのメザイアに対する第一印象は悪くないようだ。話は通じる相手、くらいには感じているらしい。シアは少し言葉遣いが柔らかくなった。

「あたしたちと一緒にいて大丈夫か? 今、麝教と戦ってんだよ。分かってる?」
「ええ、もちろんよ」

 呆れたような様子でシアは言う。

「まぁ、いいや。あんたの事は後でゾルから聞くよ。で、エルザは戻ってきたみたいだけど、これからどーする? 事態は大して変わらないぜ?」

 レイ司祭が頷いた。

「ああ。もちろん、これから私たちも動かなくてはいけない。その作戦を立てるつもりだ。まず、エルザの話を聞いてもらいたい」
「いいぜ」

 ベリドは黙っている。

「一度しか言わないからよく聞け」

 と、エルザは言う。その言い方は、ベリドの真似のようにゾルには思えた。

「いいから早く言えよ」
「私は麝教を壊滅させるつもりだ」
「はぁ?」
「司祭とゾルには伝えたからお前にも聞かせてやるが、私はまずゼスを消すつもりだ」
「何を言って……。お前、ちゃんとゼスの事知ってんの? シベール半島の墳墓にいるんだぞ?」

 シアの言葉を無視して、エルザは続けた。

「そのために、すぐに邪魔な暗殺者共を片付ける」
「いや、待てって。言ってる事がめちゃくちゃだ」
「めちゃくちゃじゃない」
「いや、お前の頭を疑うか、あたしをチャカしてんのかってくらいわけがわかんない話だ。誰が聞いてもな」

 シアが腹を立てているようだが、エルザも徐々に苛ついているようだった。二人は睨み合っている。

「私は真面目だ」
「だから、どうやってゼスを消滅させんだよ! そんな手があるなら、とっくに誰かやってんだよ」
「お前にはできないだろうが、私にはできる」
「だから、どうやるんだっつの!?」
「それはもう、二人に話した」

 シアは憮然とした様子で、ゾルと司祭の顔を窺うようにして、顔を動かした。

「ああ、聞いてる」
「いい作戦だよ」
「……ふざけてはいないのか。本当に、何か手段があるんだな」
「……」

 エルザはこれ以上話すつもりが無いみたいだ。一応、ゾルが説明した。さすがに、シアでも言わなければ分からないだろう。

「エルザはサティロス・ロッドを使える。この杖の能力で、ゼスを消滅させるつもりでいる」
「……」

 ベリドがゾルに言った。

「本当に使用できるのか?」
「ああ、実際に見た」
「……」
「……」
「司祭はロッドを使う事をどう思ってる?」

 シアはレイを鋭い視線で見た。

「エルザの好きにすればいいと思うよ」
「……」

 シアとベリドは二人とも腕を組んで難しい顔をしている。何か計算しているようである。
 しばらくして、シアがその考えに答えを出したようだった。

「正直な話、こうなるとは思っていなかった」
「どういう意味だ?」

 と、ゾルが聞く。

「はっきり言うが、あたしたちは司祭と行動する事で神殿の側についていたかっただけだ。麝教と戦うとは言っても、それは暗殺者をどうするか程度の問題でしかなかった。でも、ゼスを殺すとなれば、少し危険が大きいって気がしている。逃げた方がいいんじゃないかってな」
「構わないぞ」

 と、エルザが言った。
 シアは少し困った顔だ。

「これは、お前を信用するかどうかの問題だ。お前が失敗したら、今後、永久に麝教に付け狙われる事になるし、ゼスを狙ったって事で奴らの報復は過激になるだろ。もし、あたしたちが作戦に参加してなくてもだ」
「そうかもしれないね」

 と、レイが相づちを打った。

「それに、なにより、仮にゼスを消滅させたとして、その後どうするのかって事だよ。巨大な組織だぞ。頭がなくても動くんじゃないか?」
「大した問題じゃない」
「どうして、そう言える?」
「覚悟の無いお前に先に言っておいてやる」
「なんだよ」
「私は幹部共も含めて全員、許すつもりはない。どれだけ時間がかかってもだ」
「……答えになってねぇだろ。つか、できんのかよ。さすがに、無理だろ。実際、何年かかるって話だよ。いや、つまり、お前、そのロッド使えるからハイになってねえか? 現実的に考えてみろよ」
「そもそも、私はお前らと行動する気はない。邪魔をするなら、今消す。逃げるなら、好きにしろ」
「あー。……もう、いいや。もうどうにでもなれっ」

 シアはやけっぱちの様子だ。たしかに、シアからしたらとばっちりと言えなくもない。ただ、どうだろう、とゾルは思う。

(エルザの勝ち、だな)

 ここから先は、二人も作戦を成功させるための仲間だ。多分、本人たちの本意ではないのだろうが。
 ベリドがエルザを見て呟いた。

「本物の怪物だな」
「悪魔になったお前が言う言葉か?」
「それも、そうかもしれない」

 シアが叩きつけるように声を出した。

「ただ、エルザ、あたしもやるからには全力だ! 逃げないと決めた以上、あいつらには借りを返したい! 暗殺者の中に、あたしを襲ってきた女がいる。そいつは、あたしが殺す!」
「勝手にしろ。私の目標は違う奴だ」

 どうも、二人の怒りの炎は暗殺者に向いているようだ。この状態なら、しばらく、喧嘩はないかもしれない。とゾルは思う。ゾルはベリドに言った。

「あんたはどうする?」
「俺を狙っているローグがいる。そいつの相手をしよう」
「俺は白い鎧の騎士の相手をする。恐らく、奴の狙いは俺だ」

 ベリドは小さく頷き、レイに視線を向けた。

「司祭はスピーク・ウィズ・デッドの魔法は使えるか?」
「ああ、使えるよ」

 それだけ聞くとベリドは黙った。レイが言う。

「エルザ以外、全員が一対一で戦うの?」
「パーティを組むよりも、その方がいい」

 と、エルザが応える。
 エルザの言う通りだとゾルは思う。即席のパーティはあまり連携が上手く取れない。ニール公と戦ったとき、このメンバー四人で戦うのはまだ難しいとゾルは思った。

「分かった。では、あのウィザードはどうする?」

 と、レイが聞く。

「たしかに、厄介な相手ですね」

 ウォール・オヴ・ストーンは第五位階魔法だ。かなり腕の立つウィザードだろう。あの暗殺者の中で最も歳を取っていたから、リーダー格かもしれない。

「私が手伝うわ」

 と、メザイアが言った。
 全員、メザイアを見た。この女性の事がまだよく分からないからか、シアとベリドは戸惑った表情をしていた。
 ゾルも気を使ってしまう。

「いや、でも、無関係だ……」
「エルザには、エメルを助けてもらったの。私の力が役に立つなら協力させて」
「メザイアに任せる」

 と、エルザは言った。

「いいのか? 相手は強いぞ……」
「メザイアの方が強い。それに、私はすぐに敵を片付ける。時間を稼いでくれればいい」
「……それでいいのか?」

 と、ゾルはメザイアを見る。

「任せて。相手の強さが分かっているからそんなに苦戦しないと思うわ」

 と、メザイアは言う。小さく微笑んだ。

「……分かった」

 レイがしげしげとメザイアを見ていた。どうも、メザイアに興味が湧いたようだ。なんだか作戦とは別の事を考えているようだ。
 ゾルが皆に言った。

「作戦の決行はいつにする?」
「今日の夜だ。早い方がいい」

 と、エルザが言った。

「あたしもそれでいい」
「いいだろう」
「私もいいわ」

 レイも頷いた。ゾルは言う。

「では、また夜に集まろう。場所は、村の北門にしよう」

 全員が了承した。
 その後、一回解散し、シアとベリドは家を出て行った。
 エルザはレイと作戦の細かい話を始めた。メザイアとエメルは村長宅の一室に案内され、荷物の整理をしていた。
 時間は過ぎていく。
 夜になった。



 麝教の暗殺者たちは森の中に潜み、機会を窺っていた。全員がそれぞれ、ターゲットを決めている。ターゲットに選んだ目標は必ず始末する。

『連中が村から出てきたわ』

 その連絡はメッセージの魔法で即座に全員が知る事となった。暗殺者は六人いる。肉切り兄弟、アデルとモルゴ。女魔法剣士、サーレイ。幻術使いのローグ、スレイ。白金の騎士、ローザン。その暗殺者たちをまとめるリーダーの老ウィザード、ラディス。
 アデルとモルゴがエルザを見失ってから、六人は信徒からの連絡をこの村の外で待っていた。
 どこに逃げても無駄である。と、彼らは思っている。
 信徒たちはメッセージの魔法を使い情報を交換している。エルザの特徴は帝国でも分かりやすい。黒髪、黒目、顔立ち、格好。もちろん、変身した姿も分かっている。信徒が彼女を発見したら、連絡が来る事になっていた。焦る事はない、ただ待てばいいのだ。
 エルザは信徒に見つかる事なくシガル村まで辿り着いたようだが、それもまた予想の範疇だった。むしろ、好都合と言えた。これで全員揃った。後は、殺すだけだ。



 村の門にエルザ、ゾル、シア、ベリドの四人が集まっていた。何かこちらに対して手を打とうと言うのか。彼らは、門から出てきた。
 これを、暗殺者たちは挑戦と受け取った。
 こちらとしても好都合である。アデルとモルゴは逃したエルザに執念を燃やしているし、ローグのスレイは、ベリドとの一対一の勝負を望んでいる。白金の騎士ローザンはゾルとの手合いを楽しみにしており、女魔法剣士サーレイはシアという娘の相手をしたいと言う。その希望に対して、リーダーのラディスは特に反対はしなかった。好きにやればいい。
 ターゲットは森に踏み込んできた。
 我慢できないといった様子で、モルゴが声を上げた。

「兄者ッ!!!」
「よしッ!!!」

 と、互いに顔を見合わせ、兄弟はターゲットに突っ込んでいく。狙いはエルザだ。

「仕方ない。私たちも行きましょう」
「そうだな」

 暴走気味のモルゴとアデルに合わせて、三人もターゲットに走った。
 リーダーのラディスはフライの魔法で宙に浮かび、空から全員の動きを見る。ちなみに、全員、魔法やアイテムで暗視の効果を得ている。
 モルゴとアデルがエルザに突進していく。エルザは森の奥に一人で逃げる。
 ゾルの前にはローザンが立ち塞がっている。
 スレイはベリドに対して奇襲を仕掛けた。
 サーレイは、エルザとは違う方向に逃げ出すように走り出すシアを追っていく。
 とてもいい展開だ。と、ラディスは思う。
 一対一に持ち込む事は、暗殺者たちにとっても都合がいい。すでに一度、彼らには勝利を収めているのだ。力はこちらの方が上だ。



 筋肉の鎧でも纏っているかのような二人の戦士が、凄まじい形相でエルザを追っていた。

「弟よッ!!! 今度こそ奴を殺すぞッ!!!」
「もちろんだッ!!! 兄者ッ!!!」

 肉切り兄弟と呼ばれる、兄のアデルと弟のモルゴ。
 彼らは元々、海賊だった。いや、その前は肉屋を営む、仲の良い普通の兄弟だった。何故、麝教の暗殺者になったのか。それは弟の悲劇から始まった。



 モルゴが初恋をしたのは、まだ十代の若い頃だ。
 恋をした相手は、裕福な商家の娘だった。
 モルゴはひたすらに彼女への恋心を募らせた。
 しかし、その恋が実ることはなかった。
 彼女がどこかの貴族と婚約したからだ。その貴族の令息は、しきりに彼女の邸へと足を運んでいた。モルゴはそれが許せなかった。無理矢理したくもない結婚をさせられるに違いないと思い込んだのである。ある日、モルゴは居ても立ってもいられなくなったのか、商家の娘の邸に、彼女を救い出すのだと、肉切り包丁片手に出て行ってしまった。
 モルゴは上手く邸に忍び込んだ。
 そして、彼女の部屋で貴族の令息が彼女に口づけしている姿を見てしまった。
 モルゴは怒り狂い、部屋に飛び込んで令息を肉切り包丁でめちゃくちゃに斬り惨殺した。娘の悲鳴を聞いた侍従が急いで駆けつけ、返り血を浴びたモルゴの姿に怯えつつも剣を抜き、モルゴを取り押さえようとした。だがモルゴの怪力の前に、侍従はなすすべもなく殺された。
 モルゴは娘をこの邸から連れ出そうとした。
 しかし、娘は恐怖に全身を振るわせながらも、抵抗した。

「触らないで!」

 娘のビンタがモルゴの頬を打った。

「な、なにするんだ……俺は、あんたを助けに……」

 意外にも動揺しているモルゴに、娘は思い切った行動をとった。
 殺された令息の剣を抜き、モルゴに斬りかかったのだ。

「黙りなさい、化け物!」

 その一撃は、モルゴの上半身を切り裂いたが、致命傷には至らなかった。血をだくだくと流しながら、モルゴはその場に立ったまま娘を見ていた。

「ど、どうして斬るんだよ」
「こっちに来ないで!」
「俺はあんたが好きなんだ」
「ひぃ」
「ここから逃げよう」
「だ、誰か、誰か来て!」

 モルゴもここに至って、自分が娘に嫌われている事に気が付いた。それに、これ以上ここにいたら兵士に捕まってしまう。
 モルゴは悲しげな表情で娘を一瞥した。

「あなたなんか、地獄に落ちればいいんだわ! この悪魔!」

 モルゴの胸はその一言で大変傷ついた。
 モルゴは部屋を出ると、通路を駆け出した。
 駆けつけてきた警備兵と出遭ってしまい、モルゴは肉切り包丁を振り回して、その場を切り抜けた。
 急いで自宅に戻る。返り血と傷で真っ赤に染まるモルゴに、兄のアデルは心配して事情を聞いた。
 全て話を聞くと、兄はすぐに決断した。

「モルゴ、すぐに町を出るぞ」
「いいよ兄ちゃん、俺は捕まって死刑になる」

 失恋したせいか、モルゴはそんな情けないことを呟いた。

「安心しろ、お前を死刑になんかさせないさ」
「……」
「いいから早くその服を着替えてこい」

 モルゴは悲しげで、うつろな目で兄を見ていたが、頷くと動き始めた。
 こうして、二人は生まれ育った町を出た。とは言え、すぐにお尋ね者として指名手配されることになる。行く場所がなくなった二人は、海賊船に乗り込み、大陸から行方をくらませることにした。
 それから二人は海賊として略奪、殺しをたくさん経験した。しかし、数年後、海賊船が海軍に検挙されると言った出来事が起きる。二人は船から逃げると、今度は麝教に身を置く事にした。戦闘の腕を認められてのことだった。
 あれから数年経つが、モルゴは未だに失恋の痛みを抱えていた。
 女を嫌うのはそのためだ。
 兄のアデルは、そんなモルゴをいつも可哀想な奴だと哀れんでいる。
 悪いのは、モルゴの心に傷を負わせた娘の方に違いないのだから。




(可哀想な弟よ……)

 アデルは弟を憐憫の目で見る。
 モルゴは女に対する憎しみをぶつけるように、エルザに向かっていく。

(お前の悲しみは消えないのだな……)

 と、前を走るエルザに変化があった。
 姿を変えたのだ。
 アデルは弟に叫ぶ。

「魔法が来るぞッ!!!」
「オウッ!!!」
「弟よッ!!! 俺は奴が魔法を使った瞬間に回り込むッ!!! お前はこのまま突進して奴の注意を引きつけるんだッ!!!」
「分かったッ!!! 兄者ッ!!!」

 息の合ったコンビネーション。二人はいつもこうして戦ってきた。
 エルザの足が止まった。
 こちらに掌を向けている。

「コーン・オヴ・コールド!」

 聞いていた通りだ。エルザの掌から凄まじい冷気が噴射された。しかし、モルゴの突進は止まらない。アデルは木々の間を走り、冷気を防ぎつつエルザの後方に回り込もうとした。
 エルザが言った。

「体力だけは認めてやる」

 強がりだろう。
 こちらの勝ちだ。と、アデルは思う。
 モルゴの突進はこの魔法でも止まる事は無い。そして、自分はすでにエルザに追いつきつつある。
 しかし、やはりエルザの余裕の態度が気になった。
 エルザは、何か持っている。
 多分、武器だろう。白い布が巻かれている。
 エルザは白い布を取る。
 現れたのはロッド。思わず、アデルは叫ぶように言った。

「サティロス・ロッドかッ!!!」

 そのロッドの特徴は、自分たちが探しているロッドと同じだった。
 エルザは金色のオーラを纏っている。
 エルザはそのロッドをモルゴに向けた。

「ゴミが。貴様のような奴は苦しみ抜いて狂い死ね。エターニティ・ペイン!」

 その魔法が発動すると同時に、モルゴがその場にぶっ倒れた。

「うぎゃぁぁあああ!!! きゃあぁぁぁあ!!!」

 モルゴは凄まじい叫び声を上げ、地面で暴れている。
 顔面が紅潮し、目玉が飛び出さんばかりに歯を食い縛り、苦しんでいる。
 魔法の効果であるのは間違いない。
 早く、術者を倒さなくてはならない。

「弟に何をしたァァァッ!!!」

 アデルは斧を投擲した。アデルの怪力から投げられた斧は凄まじい勢いでエルザに飛んでいく。
 しかし、エルザはその一撃を躱した。
 以前のエルザとは、動きがまったく違う。

(何か強化魔法を使っているッ!!!)

 アデルはもう一本の斧を振りかざし、エルザに向かっていく。

「今すぐその魔法を止めろォォォッ!!!」

 エルザがこちらにロッドを向けた。

「お前らは私の実験台だ。貴様は恐怖を味わえ。ストレンジトーチャー!」

 エルザが魔法を使った。杖を翳すだけで、魔法はすぐに発動した。この魔法は避けようがなかった。アデルはエルザに追いつく前に、魔法の効果によって動きを封じられた。

「なんだこれはッ!!!」

 アデルは暗い空間に閉じ込められた。
 身動きはできない。
 その暗い空間に、ぼんやりと白い影が現れた。レイスのようなその影は、数を増やしアデルを囲む。白い影は何か道具を手にしていた。それは拷問具。はっきりと分かるわけではない。影の延長で、その物体の模様だけが白く浮かび上がっているのだ。白い影たちは、拷問具でアデルの体を刻み始めた。

「オオオオオッ!!!」

 アデルは痛みの中で気を失う事も、死ぬ事もできず、影たちに痛みを与えられ続けた。




 エルザは二人の男を始末すると、白い布を拾い上げ、ロッドに巻いた。少し気が晴れた。
 禿げ頭の男は叫び声を上げて地面を転げ回っているし、刈り上げの男は幻術に掛かり苦しんでいる。
 放っておけば、いずれ死ぬだろう。
 すぐにメザイアの加勢に行かなくてはならない。
 空を見上げ、ウィザードを探した。




 ベリドはローグの男と対峙していた。相手が幻術使いであることは先の戦闘から分かっている。あらかじめ幻術を破るためのマジック・アイテムを用意していた。
 ベリドはこの暗殺者を生かして捕まえるつもりだ。拷問してでも、麝教の情報を聞き出すつもりでいる。
 前もってレイにスピーク・ウィズ・デッドの魔法を使えるか聞いておいた。スピーク・ウィズ・デットの魔法は死体から情報を聞き出す事ができる。万が一相手を殺してしまっても、その魔法を使えば聞き出す事ができる。
 ローグの男は見下したような口調で話しかけてきた。

「ベリドさ~ん。なんだか、男前になりましたね」

 会話で相手を怒らせたり、油断させようとする輩はいる。そういうタイプかもしれない。会話に乗る気はなかった。

「……」
「髪も白くなって、なんだかお爺ちゃんみたいですねぇ」
「……」
「ローグギルドの名うての殺し屋が、何か怖い目にでもあったんですかぁ?」

 おしゃべりな奴である。
 これは、挑発というより相手の素の性格なのかもしれない。

「……」
「俺はあんたに憧れていた! いつか、あんたを超えようと思っていた!」

 と、突然男は叫ぶように言った。
 無視されて、怒ったのかもしれない。

「……」
「俺の名はスレイ。あんたを殺す男の名だ! 胸に刻んで死にな!」

 と、スレイはダガーを構え、向かってきた。
 ベリドもダガーを構え、スレイの攻撃に応酬する。
 腕はいいようだ。動きも悪くない。
 スレイの目的は自分との勝負だ。幻術を使わず、ダガーの腕だけでこちらに向かってきている。多分、ダガーの腕試しがしたかったのだろう。ベリドとしては、早く幻術を使ってもらいたいのだが。
 ベリドは距離を取り、スレイに言った。

「お前、何人殺してきた?」
「二十六人! あんたは?」
「百を超えてから数えていない」
「か、かっこいい~! さすがはベリドお爺ちゃん。数だけは多いですね」

 ベリドは少々、うんざりする。

「まだその数だと、地獄には行かないらしい」
「はい?」
「俺は死んだら地獄行きだ」

 ぶはっ、とスレイは吹き出した。
 何かの冗談かと思っているようだ。

「ギャグかな?」
「ところで」

 と、ベリドは少し真面目な顔付きになった。
 言葉には、言葉でやり返すのもいいだろう。

「お前のせいで、久々に逃げる方の面倒を味わった」
「それはよかったですねぇ」
「お陰で、肩は凝り、腰には乳酸が溜まり、足はくたびれ、頭はずきずき痛む」
「もうお歳ですねぇ」

 スレイの歳は、ベリドと十歳は違うだろうか。腹が立つ奴だ。
 これは茶番だ。と、自制心を働かせてベリドは言葉を続ける。

「どうしてくれる?」
「どうもしないけど?」
「お前にも同じ思いを味わわせてやろうか?」

 スレイは乗ってきたようだ。
 楽しそうな気色を浮かべた。

「上等ッ!」

 スレイは手を前に出し、呪文を唱えた。

「おぼろげな影を投げかける。ミラー・イリュージョン!」

 スレイの分身が三体現れる。

「遊びは終わりだ」

 と、ベリドは素早く懐からマジック・アイテムの玉を取り出し、それを宙に投げた。瞬間目映い光が辺りを照らした。フレアの魔法が発動したのだ。目眩しの魔法である。

「ぐっ」

 これに、スレイは意表をつかれた。光を直視していた。全ての幻術が同じ動きをした。顔を地面に伏せている。
 ベリドは地面の土を強く蹴った。幻術に土が浴びせられた。土は幻術を通り抜け、本体だけが土に汚れた。
 敵は気分にムラっ気が多い。
 言葉を交わしていればノってくるだろうと思っていた。実際に思い通りに事が運んだようだ。
 ベリドは足が速い。数歩で本体に接近した。スレイの耳元で低い声で囁いた。

「幻術使いのローグ」

 その声質は、ベリドの怒りを感じさせた。
 幻術を見破られ、スレイが微かに震えた。

「肩」

 と、ベリドはダガーでスレイの肩の腱を切った。素早く、両肩とも。

「腰」

 と、今度はスレイの頭を掴み、腰を膝で折った。
 ここで、初めて痛みを感じたのか、スレイの叫び声が上がった。腰の骨は折れている。呼吸すら困難だろう。スレイは地面に転がって、目を血走らせている。

「足」

 と、ベリドは転がるスレイの膝の皿を踵で割る。
 足が、変な方向にねじ曲がった。

「さあ、次は頭か?」
「あ、ぐ……」

 スレイは体を引きずってベリドから距離を取ろうとしていた。

「お前には、聞きたい事がある」
「あ、あ、あ」

 と、スレイは言葉にならない声を上げていた。

「素直に話すか、ここで頭を潰されるか、どちらか選べ」

 スレイは、体勢を変えた。
 ベリドの顔を見て、笑みを浮かべた。
 咄嗟に、ベリドはスレイから飛びすさった。
 スレイの頭は、爆発した。
 頭だけが粉々に吹き飛んだ。

「自爆しやがった」

 さすがに、ベリドもこれは予想していなかった。
 頭を潰すとは言ったものの、実際にはただの脅しだった。頭がなくては、スピーク・ウィズ・デッドの魔法も使えない。それでは、情報が手に入らない。
 これでは、作戦失敗である。
 ただ、司祭の魔法次第でこの死体も何かの役に立つかもしれない。
 仕方なく、ベリドはスレイの死体を引きずって行く事にした。



 シアは機嫌が悪かった。
 それは、ここ最近の運の悪さが原因だ。

(全部エルザが悪いんじゃねぇか?)

 そう思う。
 あいつと関わってから何一つ良いことがない。
 麝教の相手をしたところで、一カッパーの儲けにもなりはしないのだ。

(マジで酷い有様だぜ)

 と、シアは心の中で毒づく。
 ツキのなさにさしものシアも参ってしまう。
 デバルク森林でエルザに負け、ニール公には吹き飛ばされ、休暇だと思った矢先に麝教に襲われてまた逃げて……。
 しかし、どの戦闘も自分の実力が出せていなかった。
 シアは魔法のコントロールが苦手だ。
 周囲に味方がいる中で全力で魔法を放てば、仲間を巻き添えにしてしまう。
 しかし、ここではその心配はない。
 全力を出せる。
 女が不敵な笑みを浮かべ、言った。

「あなたがソーサラーであることは知っているわ」
「そうかよ」
「でも、もう一人の子より弱いでしょ?」
「あ?」
「あなたが一番楽な相手だと思って、私はあなたを選んだの」
「ふざけやがって」

 かなり舐められている。気に食わないとシアは思う。

「ファイアーボールが、あなたの使える魔法の中で最も威力が強いんでしょ?」
「ああ、そうだよ」
「だったらあなたに勝ち目はないわ。分かっているんでしょ? 私は第三位階までの魔法を使えるけど、攻撃の主体は剣を使った近接戦闘。まぐれ勝ちもないわよ」
「ごたく並べやがって。だったら、食らってみるか?」
「どうぞ、ご自由に」

 エルザとの戦闘を思い出す。
 あの時も、カウンター・マジックの魔法で負けた。でもそれは、アンデッド・ドラゴンとの戦闘で魔力を消費していたからだ。
 シアは片手を相手に向けた。

(高速化、威力増加、範囲拡大)
「ファイアーボール!」
「カウンター・マジック」

 と、女はすかさず、カウンター・マジックの魔法を使った。シアの魔法が消える。
 しかし、シアの攻撃は止まらない。
 連続して、魔法を放った。

「ファイアーボール! ファイアーボール! ファイアーボール! ファイアーボール! ファイアーボール!」

 五発、続けて撃った。
 名も知らない殺し屋は、シアが二発目のファイアーボールを撃ったとき、凄まじい驚愕と怒りに満ちた表情を残して、爆発する火炎の中に消えた。
 女の体は爆発で吹き飛び、火炎の中で焼かれている。
 相手がカウンター・マジックを使うなら、その使用回数を超える数の魔法を放てばいい。当たれば、一発で殺せるのだ。

「誰が弱いだって」

 勝利したが、あまり満足感が生まれなかった。
 むしろ、少し反省している。撃ちすぎた。魔力を温存してもよかった。
 もう少し、相手に合わせて戦えるようにならないと駄目だ。シアはそう思う。
 シアは夜空にため息を吐いた。

(森林破壊だとか言って、後でレイから損害賠償の請求とかされないよな)

 焼け跡を見てそう思う。シアは仲間と合流するために歩き出した。





 ゾルの相手はローザンという名前の騎士だった。
 互いに距離を取ったまま対峙していた。
 ローザンがゾルの格好を渋い表情で見て、表情を歪めて口を開いた。

「地味な奴だ」
「何?」
「汚い格好だな」
「……」
「ゾルといったな。お前といると、こちらまで金回りが悪くなりそうだ」
「……」

 悪口を言われているゾルだ。そんなに貧乏くさいだろうか。ちょっと気になってくる。

「貴様の使い古したレザー・アーマーはなんだ? カビているのか?」
「いや、手入れはしている」
「その魔法剣も最低ランクのものだろう」
「一応、加工を施しているんだが……」
「私の鎧を見ろ! オリハルコンでできている」

 たしかに、光輝いている。
 質のいい鎧だ。

「……」
「この籠手もマジック・アイテム。シューズもマントもこの指輪も一級品だ」

 自慢するだけの事はあると、ゾルは思う。
 装備は凄い。ゾルには買えない代物だ。
 ローザンは続ける。

「そして、お前でも見た事くらいはあるだろう。このフレイムタンを!」
「……ああ」
「良い装備は、一流の剣士の証」
「剣士の実力は装備だけでは決まらないさ」

 ローザンは鼻で笑う。

「お前は……私の相手にふさわしくない。そんな格好をしているのでは、たかが知れている。自分から二流だと言っているようなものだ」
「……」
(あの装備だと、この男にはチャームパースンやブラインドネスは効かないと思った方がいいか……)

 魔法で相手を攪乱するのはゾルの得意な戦法だ。特に、一対一の戦いでは有効な手段である。
 たが、ローザンはそうした魔法に対してアイテムで対策しているようだ。

「行くぞ!」

 と、ローザンはフレイムタンを振りかぶり、向かってくる。
 戦士には相手に先んじて攻撃しようとする者が多い。一対一で戦う場合、後手に回ることを嫌う戦士は多いはずだ。
 ゾルも兵士時代に、敵に対してとにかく先に向かっていくよう訓練中に教官から教えを受けた事がある。
 しかし、それはゾルの戦法とは異なる。
 兵士として訓練している時は、上官にその事でよく怒られていた。
 後手に回るな。卑怯な手を使うな。と。
 ゾルの技や魔法は、一般的な戦士からすると卑怯に見えるのである。
 しかし、その後も、ゾルの戦い方は変わらなかった。
 ゾルは相手の攻撃をひたすら躱していた。
 ゾルは後手から戦い始める事を好む。
 相手が隙や油断を見せた時、技や魔法を使い、倒す。
 闘神解放の使用時間は五分。
 使い終わった後は、疲労で体が重くなる。
 五分耐えられたら負けである。
 特殊技能を使うタイミングが勝敗を大きく分ける事になる。
 ローザンの鎧には隙間が少ない。
 兜はサークレットのような形をしているため、もし一撃で仕留めるならば、顔面を横に切り裂くしかない。
 剣の打ち合いも長く続けば、フレイムタンの炎で剣が痛み、その上追加効果で手を焼かれるかもしれない。
 逃げて、相手の油断を待った。

「死ね! ゾル!」

 敵も攻撃の手を緩めない。
 と、その時。
 森に爆音が響いた。空気の振動まで伝わってくる。
 シアのファイアーボールだろう。
 その瞬間に、ローザンの動きが鈍り、目を閉じた。
 ゾルはすかさず、闘神解放を使い、瞬きの間に相手へと斬りかかった。顔面を切りつけ、そのまま敵を通り過ぎる。
 ローザンの頭は、口のところで半分に切れ、地面に落ちた。次いで、力を失って体が倒れる。
 ゾルは闘神解放を解除した。
 姿が元に戻る。

(たしかに、地味かもしれないな)

 でも、この戦い方が自分には一番合っている。
 そうゾルは思う。




 ゾルは空を見るが、宙に飛んでいたウィザードはいなかった。もう勝負がついたのだろう。
 最初に合流したのがシアだった。
 一応、ゾルはローザンの死体を引きずって運んでいた。あのまま放置するわけにはいかないと思ったからだ。
 シアは反対の方から歩いてきて、ゾルに片手を上げた。

「シアも勝ったみたいだな」
「まぁね」
「ファイアーボールに助けられた」
「そうなの?」
「ああ。音でな」
「へえ。それより、そいつの握っている剣ってフレイムタンじゃない?」

 ローザンは死んだ後も、剣を握ったまま離さなかった。フレイムタンの魔法効果は解除されているため、下草に火が点くような事はない。

「ああ、そうだ」
「よかったじゃん。もらっちまえば?」
「いや……やめておく」

 麝教の暗殺者の持っていた剣だ。もしかしたら、信徒に自分が奪ったと分かってしまうかもしれない。
 使わない方がいいだろう。

「鎧もいいやつ装備してるな。どんだけ装備に金掛けてたんだ、こいつ。もしかして、金欲しさに麝教に入ったんじゃないか」
「さあ。そうかもしれないな」
「使うのが嫌なら、故買屋に売るか。いい金になるぜ」
「ひとまず、それは置いておこう」
「そうか? 全部売れば二、三万金貨くらいにはなりそうだけど」

 ゾルも少し悩む。が、故買屋でもどんな情報が流れるか分からない。シアも半分冗談で言っているのだろう。

「今は、その話はやめておこう」

 シアと二人でエルザとベリドを探した。
 しばらくして、ベリドがこちらに歩いてきた。

「ベリド、お前も生け捕りは失敗か?」

 ベリドも敵の死体を引きずってきていた。地面に放り投げた。

「自爆して頭が吹き飛びました。死人に口無しと言ったところです」
「まじかよ! 麝教は怖えぇな」

 そこに、エルザとメザイア、獣姿のエメルも歩いてきた。
 フローティング・ボードの上に、男が乗っている。植物の蔓が男の体に巻き付いていた。

「エルザ!」
「敵は殺した。それから、このウィザードを生け捕りにした」
「……どうやって生け捕りにしたんだ?」
「雑魚だ。ロッドを使うまでもなかった」

 と、それとだけエルザは言う。だが、気になるところだ。

「背後から奇襲して、エメルの魔法で縛ってきたの」

 と、メザイアが簡単に説明した。

「……なるほど」

 このウィザードも腕は確かだろう。だが、相手が悪かった、といった事なのかもしれない。

「次の作戦に移るぞ」
「分かった」

 こちらがサティロス・ロッドを使える事をゼスに悟らせてはいけない。時間が惜しい。




 森の中にいる四人と、レイ司祭が合流した。
 レイは村の方から歩いてくる。背中にはバッグを背負っていた。レイは戦闘、特に対人戦における魔法や技をあまりもっていないため、安全な場所で待機していたのである。
 レイは皆の前でバッグを下ろすと、シベール半島の地図と、墳墓内のマップを取り出し、その場に広げた。全員暗視は得た状態だが、暗闇では見づらいため、シアがライトの魔法をナイフに付与して明かりを灯した。エルザはしゃがみ、その地図を見る。
 この作戦は、早さが鍵を握る。
 絶対にゼスに悟られてはならない。

(ここからが、本番だ)

 エルザの考えている事は、とても単純だった。サティロス・ロッドを使い、ゼスのいる墳墓の中に転移し、攻撃して消滅させる。奇襲、いや、もはや闇討ちに近い。成功させるには、相手を油断させておかなくてはならない。自分の住処で安全を確保していると、思わせておかなくてはならない。そうしなければ、簡単に対処されてしまう。逃がしてしまうだろう。
 一瞬ですべてが決まる。
 エルザはすでにレイと打ち合わせしている。
 今はその最終確認をしているところだ。
 虫の音が聞こえるほど、辺りは静かだ。
 シアがエルザを睨み付けるように見て言った。

「お前、マジで絶対、成功させろよ。させなかったら本気で恨むからな」
「……」

 エルザは無視している。
 シアの言葉が頭に入ってないようだ。
 シアもエルザが集中しているため、何も言い返さないようである。
 エルザは確認を終えたようだ。マップから顔を上げた。
 ゾルは、ここまで言わないようにしていた、心に秘めていた誓いをエルザに言うことにした。

「エルザ」
「なんだ?」

 と、エルザはゾルの方を見た。
 ゾルは真剣な面持ちでエルザを見る。

「俺はしっかりと、エルザに誓いを立てたいと思っていた。どうか、受け取ってくれないか?」
「誓いなら受け取っている」

 その言葉に、シアがえ? って顔になる。
 ベリドは木に寄りかかり、腕を組んで下を向き、眉間に皺を寄せている。

「俺は、エルザを二度も守る事ができなかった。俺も覚悟を決めたいと思う」
「私は生きてるし、ゾルは結構役に立ってくれている」
「エルザ。俺の勝手なのかもしれない……強引かもしれないが……」
「何をしたいんだ?」
「エルザに剣を捧げたい」
「剣? 捧げるってなんだ?」

 本来は騎士が主君に対して行う儀式である。自らの剣を主君に捧げる事で、忠誠を誓うのだ。
 ゾルがエルザに剣を捧げたいと申し出たのは、別に主君として忠誠を誓うためではない。ゾル自身が、覚悟を固めるためである。剣士としてだ。自分の命を投げ捨ててでも守る、その覚悟を改めてゾルはするつもりでいる。

「……」

 全員が黙っていた。
 メザイアもレイも何かエルザに言いたげではあるが、口には出さない。

「ゾル、時間が惜しい。何かするつもりなら、早くしろ」

 と、エルザは言う。

「分かった。時間は取らせない」

 ゾルは魔法剣を手にしている。その場で片膝を付き、剣を両手でエルザに捧げるようにして持った。

「……ん?」
「銀氷の戦士、白花の少女、エルザ。俺はここに誓う。今度こそ、その身を守ると」

 エルザはどうしていいか分からないようだ。困惑している。

「……剣を受け取ればいいのか?」

 それはそうだ。いきなり剣を差し出されても、何をしていいか分かるわけがない。これは、ゾルが悪い。少し、ゼスとの闘いを前にして、焦りが出ていたようである。俺は落ち着いていないようだ、と、ゾルは反省する。

「すまん……先に説明が必要だったな」

 どうにも、格好がつかないゾルだ。エルザを見上げていた。
 シアが自分のレイピアの柄をエルザに差し出した。

「ほらよ。お前、剣持ってないから貸してやるよ」
「……」

 エルザはシアのレイピアを受け取った。

「剣の先をゾルの肩に軽く当てろ。両肩な」
「……それで、いいのか?」

 と、エルザはゾルに聞く。

「ああ」

 と、ゾルは答える。
 この先、自分以外にもエルザに剣を捧げる者が出るかもしれない。
 この少女には、それだけ秘めた力がある。
 ゾルはそう思う。ゾルはまた視線を下げた。
 エルザはポンっとレイピアの先でゾルの肩を叩いた。右肩、そして左肩と。

「どうだ、ゾル? これでいいか?」

 ゾルは視線を上げる。

「ありがとう、エルザ」
「……何か、意味があったのか?」
「すまん。俺の心のありようを変えたかった。ゼスとの闘いだ。これくらいの覚悟がなければな」
「すぐに終わる」
「ああ、そうだな」

 頷いて、ゾルは立ち上がった。
 エルザはシアの事を見た。
 レイピアの柄を差し出し、シアに返した。
 シアは無言でレイピアを受け取り、鞘にしまった。

「あの」

 と、声を出したのはメザイアだった。

「ん?」

 と、エルザがメザイアを見る。

「エルザにお願いがあるんだけど」
「メザイアが? お願いってなんだ?」
「ゼスを消滅させたら、その灰を取ってきてくれないかしら」
「灰? アンデッドを消滅させた跡に残る、あの残骸の事か?」
「ええ」
「……メザイアが必要になるっていうなら、取ってくる」
「じゃあ、これ」

 と、メザイアは小瓶をエルザに渡した。エルザは受け取る。

「何かの材料になるのか?」
「ええ、そう。もし余裕があったら、ゼスの居る部屋に生えている草や、石壁の欠片も欲しいのだけど」
「分かった」

 シアが思いついたように言った。

「じゃあ、あたしからもお願い。ゼスの部屋に宝石とか魔術書とか、貴重なものがあるかもしれないから、取ってこいよ」
「ふざけるな。おつかいに行くんじゃないんだぞ」
「そのくらい抜け目なくやんなくちゃ駄目だろ。迷惑料だ」
「……それもそうか」

 と、珍しくエルザがシアの言葉に納得した。

「ベリドも何か言ってやれよ」

 エルザを見る事なく、ベリドが小さく言った。

「成功を祈る」
「私は失敗しない」

 そっけなく、エルザは言った。互いに、口だけで感情は一切こもっていない。

「私もついていってあげたいが……」

 と、レイが心配そうに言った。
 この作戦の内容に関しては、事前に話し合っている。

「レイは残ってもらわないと困る。万が一私が死んだときの保険だ」
「そうだね。エルザが失敗したときは、私が手を尽くすよ」

 エルザは頷く。
 保険、とは言うが、エルザは覚悟を決めている。レイや他のメンバーを危険な目に合わせるつもりはないようだった。しかし、ゾルだけは頑なにエルザについていくと言って譲らなかった。エルザもそれを認めている。

「行くぞ、ゾル」
「ああ」

 ゾルはエルザの盾になるつもりでいる。
 最悪の場合、エルザを逃がせればそれでいい。
 死ぬのはエルザではなく、自分のつもりだ。
 ゾルは闘神解放を使用する。
 エルザは金色のオーラを纏った。ロッドの白い布を外す。サティロス・ロッドを握り、魔法を使った。

「グレーター・テレポート!」

 瞬時に、二人はその場から消えた。





 グレーター・テレポートの魔法は百パーセント成功するわけではない。一度行った事がある場所や、自分の知っている場所なら、ほぼ確実に成功するが、地図やマップを見て位置を確認しただけだと、確率は五十パーセント程度だろう。失敗した場合は他の場所に転移する事になる。その場合、成功するまでやるつもりでいる。
 ゼスの居る場所に関しては、神殿が調べていたようだ。レイが伝を頼って手に入れた情報の一つである。
 レイもこの情報を手に入れるために、だいぶ手を尽くしていた。まさか、このような作戦を決行する事になるとは思っていなかったはずだが。
 エルザは転移を成功させた。
 幸運の女神が味方した、とゾルは感じた。
 ゼスの部屋に飛んだ。
 ゾルはすぐさま、エルザの前に立ち、剣を構えた。
 その暗い部屋の中には、まるで老人のように椅子に腰掛ける、一体のアンデッドがいる。骸骨だ。体は小さく、身を縮めているように見えた。しかし、見掛けで強さの判断はできない。
 エルザは魔法を使用する。

「ディメンジョナル・ロック!」

 これで、ゼスは転移魔法など使用してここから逃げる事はできない。

「タイム・ストップ!」

 エルザは自分以外の時間を止めた。
 



 エルザは止まった時間の中で行動した。
 ゾルもゼスも動きを止めている。
 元々、この作戦は一人で決行しようと考えていた。
 サティロス・ロッドで使える魔法を知ったときに、思いついたのだ。
 単純な思考からだった。
 転移魔法と時間を止める魔法が使えるなら、簡単に倒せるんじゃないか?
 やってみないと、なんとも言えない。
 それに、レイの用意した情報がなければ転移もできなかったわけで、必ずしも自分一人の力ではないが。
 このゼスというアンデッド……。

(弱いな)

 なんだって、こんなアンデッドに生命を脅かされなくてはならないのか。
 エルザの中に怒りが生まれる。
 こんなちんけな存在に、どうして自分が一々、神経を使わなければならない。
 冷静に考えて、このアンデッドはおそらく麝教の黒幕ではないのだとエルザは思う。
 フェイク。
 こいつを首領だと思わせている、他の黒幕が麝教の中にはいる。
 その黒幕は、麝教を運営するために、このアンデッドの能力を利用しているのだろう。
 それだけの、存在だ。
 ただ。

(面倒なアンデッドだな)

 戦闘能力など、このアンデッドにはない。と、エルザは思う。
 もしかしたらサティロス・ロッドが無ければ苦戦するくらいの力はあるのかもしれない。
 だが、ここで本体を目の前にしても、恐怖もオーラも何も感じない。

(初めから、こうするつもりだったんだけど)

 と、エルザはゼスに近づいた。
 エルザはこのアンデッドの魔力をロッドに吸わせるつもりでいた。
 ニール公がロッドに魔力を溜めていたが、高位の魔法を何回も使っていたらすぐに魔力の量が減ってしまう。補充するには魔力を保有した存在が必要だ。しかし、生け贄などに使う生き物はいない。

(そもそも、麝教を滅ぼすためにそのボスの魔力を使うなら、誰にも迷惑を掛けていない事になるんじゃないか?)

 良いことだ。
 と、勝手にエルザはロッドの使い方や、ボスの魔力を吸い取ることを、そう解釈する。
 これは悪ではない。
 正義や善の行為とも違うが、自分の行動は恐らく、誰に責められるものでもない。
 エルザはゼスの前でロッドを両手で持ち、振りかぶる。ロッドの先端を、その小柄な骸骨の頭蓋骨の頂点に振り下ろした。
 バキバキいって、ロッドは椅子まで貫通する。このロッドには魔力が込められているため、見た目よりも攻撃力があるようだ。
 エルザが攻撃する直前に、タイム・ストップの魔法が解けていた。
 何も理解していないまま、と言うか、知能があるかも定かではないゼスだが、ロッドに串刺しにされている格好になっている。

「オォォォォォォォオオオ……」

 と、まるで魂が抜けるような声を、口の辺りから発していた。
 ゾルも動けるようになり、言った。

「エルザ、やったのか……」

 タイム・ストップの魔法で止まっていたため、ゾルも何が起きたのかは分かっていない。一応、作戦は伝えていたので、エルザが上手くやった事はすぐに理解していた。

「ああ」

 ロッドはゼスの魔力を吸い取っていたが、それもすぐに終わった。
 やっぱり、このアンデッドは弱い。
 魔力もそこまで大量に補充できたわけではなさそうだった。
 ……。
 今は考えるのはよそう。
 ゼスはパラパラと灰になっていった。
 ゼスの体がすべて灰になり、崩壊すると、エルザはロッドを椅子から抜いた。椅子には灰が積み上がっていた。

「……」

 ゾルはまだ、辺りを警戒している。
 まだ何が起こるか分からない。闘神開放の使用時間は分かっているが、ゾルにはそのままでいてもらうつもりだ。

「メザイアに言われた通り、灰を回収する。もう少しそのままでいてほしい」
「ああ! 任せてくれ!」

 エルザは小瓶に灰を詰めて蓋をした。

(あと、壁の欠片とか草とか言っていたな。そんなものが薬の材料になるのか?)

 エルザも大人の姿になる魔法の軟膏を使った事があるため、メザイアの作る薬の効果は知っている。メザイアが欲しいというなら、持ち帰るのは別にいい。ただ、何故このような素材が必要なのか考えても分からないし、不思議ではあった。
 草は生えていない。
 壁の欠片は、ロッドで石壁を一部壊してポケットに詰めた。
 それから。

(宝石とか魔術書……)

 残念ながら、そのような物は見当たらなかった。
 ここは、まるで空き家の一室のようだ。
 朽ちた木製のテーブルと椅子があるのみ。
 ここは墳墓らしいから、他の部屋に行けば何か見つかるかもしれないが。
 今はやめておく。それは、目的が違うだろう。
 戦利品は、この灰と石の欠片だけだ。

「回収は終えた。戻るぞ、ゾル」
「分かった」
「グレーター・テレポート!」

 エルザは魔法を使用した。二人は、元いた場所へと戻ってきた。時間は二、三分程しか経っていないはずだ。






 ゾルは闘神解放を解いた。倦怠感が襲ってくるが、まだ限界というわけではなかった。
 エルザが戻ってくると、全員、どこか安堵した様子だった。当然と言えば、当然だろう。

「やったんだよな?」

 シアが聞いた。

「ああ。言う程のアンデッドじゃなかった」
「そうなの?」
「恐らく、奴はフィクサーとして仕立てられている。黒幕、本当のボスは麝教の中の誰かだ」
「なるほど。あたしにも麝教の正体が分かってきたぜ。で、戦利品はあったのか?」
「金になる物は何もなかった」
「そんなもんか……期待外れだぜ。まだ暗殺者の装備の方が価値があるってか」

 エルザはメザイアの方を見る。

「灰と石の欠片だ」

 と、小瓶と欠片をメザイアに渡していた。

「わあ、ありがとう」
「何を作るつもりなんだ?」
「それは、できてからのお楽しみ」

 と、嬉しそうにメザイアは言う。
 とりあえず、今はその話は置いておく。
 エルザはレイの方を見た。

「じゃあ、ここからはレイ司祭の出番だ」
「ああ。分かってる」

 ベリドが縛られて意識を失っているウィザードの男の前に立つ。ナイフを抜いて、危ない目付きで、男を見下ろしていた。
 麝教の暗殺者、そのリーダーと思しき男。
 これから、この男から、麝教幹部の情報を聞き出す。




 レイはキュア・ウーンズの魔法でウィザードの男の傷を癒やした。それと同時に、男は目を覚ました。
 男は目の前に立つベリドを見て、即座に自分の置かれた立場を理解したようだ。蛇の道は蛇。とでも言うのか、男はベリドを似たもの同士だと、雰囲気で感じ取ったようだ。
 男はすぐに、自分から口を開いた。

「何でも話す! だから命だけは助けてくれ!」

 レイはゾーン・オヴ・トゥルースの魔法を使用した。
 これは、真偽判定できる魔法である。

「残念だ。お前がどこまで耐えられるか見てみたかったが」

 とベリドは言う。
 男は冷や汗を流し、顔を青ざめさせた。

「わしは自分の命が惜しい! わしは自分の才能がこんなところで失われるのが嫌だ! お前たちに協力する! 知りたい事は全て教える!」

 ベリドは言う。

「嘘は通じない。それから、一つ教えておく。ゼスはすでに消滅した。言いたい事は分かるな?」
「分かる。サティロス・ロッドだな。怪物フィーンドに魂を売ったのだろう。だが、どうだ? お前たちなら、麝教の幹部にだってなれる? 入らないか? 素晴らしい魔法の装備も、金も、権力も思いのままだぞ!? 考えてみろ!」
「死にたいのか?」

 と、ベリドは男を睨む。
 ベリドも、暗殺者たちにかなり腹を立てているようだ。
 珍しく感情が表に出ていた。だが、それは今、効果的に働くようだ。

「分かった! もう余計な事は言わない!」

 ベリドの威圧で、男は素直になっていた。
 ベリドは質問を始めた。





 ゾルたちはこの男がラディスという名前の高位のウィザードである事を知った。思った通り、ラディスは麝教の暗殺者のリーダーであったようだ。ラディスの話から、この暗殺者たちを従えているボスの正体が分かった。ダイン公国の貴族、カリナ・ロナサック伯爵という人物だ。
 そして、幹部は他に四人いる。
 ダイン公国、イルス・ウラナ男爵。エルキア王国、エニオ・ライア男爵、ゲレニア・ダロス男爵。サザンドキア帝国、キニスキア・リーク男爵。ニール公もその中の一人だった。なるほど、このメンバーを見る限りだと、ニール公は麝教内でも相当に重要人物であったのは間違いない。麝教が勢力を拡大するには、必要な人物であった事だろう。
 幹部はこの五名だが、その下の構成員に町長や商人、ギルド長、職人の親方、商館の関係者など様々な人物がいるようである。
 本当に、分かってはいたが、恐ろしい組織だ。と、ゾルは思う。これでは、目を付けられたらお終いだろう。神殿が危険視するのも頷ける。
 ただ、さすがに、この男でもゼスとロナサック伯爵がどのような関係なのかは知らないようだ。
 助けてほしい、命だけは。と、懇願されていた。
 レイが男に言った。

「あなたは投獄され、この先ずっと牢獄で過ごす事になる」
「構わない! 命が助かるなら! それにわしはお前たちに協力する! この才能を以て、役に立つ! 頼む、助けてくれ!」
「しばらくは、縛られたままでいてもらう」
「分かった! なんだっていい! 命ほど大切なものはない!」

 ラディスの言っている事も、分からなくはなかった。この男の才能はたしかに貴重かもしれない。ただ、役に立つと言われても、それを扱う事はないと思うが……。
 助かる術をこの男は分かっている。無駄な抵抗はしない。やっている事は悪だが、これ以上苦しめるような真似をここでする気にはなれなかった。
 後は、エルザがどうするか、である。
 ゾルはエルザを見た。

「お前の言っている事が本当なら、その望みを無視はしない」
「そ、そうか!」
「これから、私は麝教を壊滅させる。そのために、お前に役に立ってもらう」

 エルザの雰囲気は、ベリドとは違う。
 有無を言わせない、冷たさがあった。
 ラディスもエルザがまだ少女だからと、侮る事はなかった。むしろ、ベリドに対するよりも、緊張しているように見える。

「は、はい! 何なりとお申し付け下さい! あなた様の為されるがままに!」

 ウィザードは頭の回転が早い。
 ファイターやローグ、クレリックとは少し考え方が違う。今、ラディスの頭の中では、自分に起こりうるあらゆる可能性が不安となって巡っているのだろう。もしかしたら、ラディスはこの中で一番、事態の恐ろしさを理解しているのかもしれない。何よりこの少女の恐ろしさを。
 破れかぶれ、とも思える態度で、ラディスは許しを請うていた。

「今はその命、預けてやる」

 と、エルザは告げた。

「ははー! 感謝いたします!」

 縛られて首の回らないラディスは、空を真っ直ぐに見て、そう声を上げた。
 ふと、ベリドの顔を見ると、少々面白くない、といった表情をしているように見えた。それはラディスがあっさり素直な態度を取ったからか、それとも、エルザにやられた時の自分を思い出しているのか。ゾルも目を閉じる。情け、とでも言うのか、ゾルもそこには触れようとは思わなかった。







 ラディスを縛った状態で、ピコックに預けた。ツバキという住み込みの少女も実力があるそうで、二人にこの男の見張りを任せることになった。ゼスを消滅させたから、その能力はもう使うことはできない。装備を奪い、縛り付けたウィザードには魔法は使えない。筋力も低いから、まず自力で逃げ出す事はできないだろう。
 一度、体力を回復させるために、全員休息を取った。
 そして翌日。
 また、作戦は再開される。
 エルザの望みは、五人の幹部をこの場所に、一同に集める事だった。まだ、ゾルはエルザが幹部をどのように扱うつもりかは聞いていない。エルザも黙って言おうとしない。ただ、まだエルザの怒りの炎は消えていない事はたしかだった。
 ここで、シアとエルザは別々に行動する事になる。
 チーム分けは、このようになる。
 サティロス・ロッドを持ったエルザ、そしてゾル。
 もう一つが、シア、ベリド、メザイアのグループ。
 レイとエメルには、村に残ってもらい、魔法で支援してもらう。
 当然、幹部を集めるには、連れてこなければならない。
 言い方は悪党のようだが、拉致する必要がある。
 相手の居場所は分かっている。エルザがロッドの能力を使い、転移魔法を使用してもいいが、それではロッドの魔力を大量に使う事になる。
 魔力を補充する事をエルザは望んでいない。
 だから、今保有している魔力だけしか使えない。
 できるだけ、魔力は温存しておく必要がある。そのため、シアたちには、自力で幹部連中数人を攫ってきてもらう事になる。メザイアがテレポーテーション・サークルの魔法を使えるから、攫った後はこの魔法で即座に帰還する事ができる。
 メザイアは楽しそうである。
 それに。
 キニスキア、という貴族はメザイアの住んでいた島に海賊を送ってきた人物かもしれないらしい。
 そのため、エルザは、キニスキアを三人に任せた。後は、地理的に近い、エルキア王国の二人の貴族。エニオとゲレニアの二人、合わせて三人を攫ってくる予定だ。
 エルザはダイン公国の二人の貴族を攫う。
 首領であるロナサック伯爵、それとウラナ男爵だ。
 この作戦は、どうもシアとベリドも性格や能力に合っているらしく、出発する姿は軽快だった。
 エルザとゾルは三人を見送った。
 そして、レイとまた打ち合わせをして、二人の貴族の邸に転移できるよう地図を見、作戦を立てた。






 
 ダイン公国、ロナサック伯爵。齢百二十歳。麝教の初期メンバーの一人だ。創立時からのメンバーで生きているのは、彼だけである。初代の盟主、長老と呼ばれる者からその座を引き継ぎ、今に至るまでその地位を保っていた。
 彼が勢力の拡大を望んでいたかと言えば、そういうわけではない。彼の望むものは、不老不死と豊かで平穏な暮らしである。麝教の幹部の長老でありながら、彼の生活は至極まっとうなものだった。すでに国の政治からは退いており、領土のほとんどを息子に譲り、表向きには隠居している。彼は領民から慕われ、人族としてはかなり高齢であるにもかかわらず、民から指導者として、未だに人気があった。
 彼は自分の邸の庭を散歩する事を日課にしている。
 四季とりどりの花が咲く、見事な庭である。
 そこで日の光を浴びている時間がなにより好きだった。
 しかし、一旦麝教としての顔を見せれば、彼は変貌する。
 邸の地下に降り、誰も入る心配のないその場所で、ロナサック伯爵はゼスと交信する。ゼスの能力を使い、幹部や部下に指示を出す。それは非情で悪に満ちた内容である。
 邸には警備兵がおかれているが、地下の中には入れていない。
 この領地に自分の命を脅かす者はいない。
 それに、彼は剣術と魔法を修めている。いざとなれば、年寄りとは思えない技を使う事ができる。そこら辺の兵士や冒険者にはまず負けない自信があった。
 彼は今、大切な仕事の最中だった。
 ニール公を殺した連中への報復と、サティロス・ロッドの回収。どちらも、確実に成し遂げなくてはならない。
 ニール公は、麝教にとって重要な人物だった。彼を失った痛手は大きく、また大切な同志を失った事で、彼の胸は悲しみに満ちていた。
 暗殺者たちは、ロナサック伯爵の集めた部隊だった。
 とは言え、自分の正体を知っているのは、リーダーのラディスだけであるが。彼は、ラディスからの連絡を待っていた。
 しかし、未だに何の報告もない。
 その日の深夜、ロナサック伯爵は地下に降り、ゼスと交信しようとした。部屋には燭台が並び、火が灯っていた。広い空間である。部屋の中心には魔術的な円環が描かれている。その中心で彼は膝を付き、手を組んだ。祈りを捧げるのである。
 しかし、上手くいかない。
 こんな事は初めてだ。
 彼の胸は、締め付けられた。
 ゼス皇帝への信仰が足りないとでもいうのだろうか。彼は額が床に付くほど深々とこうべを垂れた。

「おお、偉大なる皇帝、我が一部、そして本当の主君よ。一度でよいからあなたにあいまみえたい。この気持ちをどう表現すればよいか、卑賤の身には今だ分かりはいたしませぬ。どうか、どうか、お言葉を賜りますよう」

 そんな祈りの最中。
 地下室の鉄扉が乱暴に開いた。
 ロナサック伯爵は、凄い早さで首だけ回し、そちらを見た。
 そこにいたのは、銀色の髪をした少女。その後ろから、剣を持った奇妙な姿の男が素早く少女の前に進み出た。

「何者だ」

 首だけそちらに向けたまま、ロナサック伯爵は誰何する。

「お前が麝教の長老だな」
「……そのロッド……貴様……まさか……」

 魔物のような姿、そして右手に持った黒いロッド。こいつは、ニール公を殺したエルザとその仲間だ。

「そのまさかだ。ゾル」

 男が駆けてきた。速い。

「ぬう!」

 ロナサック伯爵は声を上げる。
 ロナサック伯爵が剣術に心得があるといっても、今は剣を持っていないし、この相手は強かった。何の抵抗もできず、剣の柄を首に落とされ、ロナサック伯爵は気を失った。






 シア、ベリド、メザイアの三人はまずリーク男爵の邸に向かった。邸の警備は甘かった。と言うか、この男爵、警備に金を掛けていない。案外、貧乏なのだろうか。と、メザイアは思う。リゾート施設のあるこの領地は潤っているはずなのに。
 基本的には、ベリドが邸に忍び込み、対象を拉致して戻ってくるだけの大雑把な作戦だ。
 もしもの時は、シアがファイアーボールで兵を攪乱し、メザイアの転移魔法で逃げるつもりでいる。
 が、その心配もなかった。
 ベリドは警備に見つかる事もなく、忍び込んで数十分でシアとメザイアの元に戻ってきた。肩には寝衣姿のキニスキアが担がれていた。眠り粉を使っているのだろう。キニスキアは寝ている。起きる事はなかった。
 メザイアは、キニスキアの顔を知っていた。

(あの時の……)

 パラディンと共に島を襲ってきた連中の首領である。
 怒りは、沸かない。しかし、この巡り合わせに不思議な運命を感じた。

(なるべくしてなった、というわけかしら)

 そう、メザイアは考える。
 貴族相手では、絶対に勝てないと諦めていたのに。
 そんな事を知らないシアが、後ろ手で頭を抱えてベリドに視線をやり、ニィっと笑った。

「楽勝だな」

 と、シアが言う。

「警備はザルです」

 シアはメザイアを見た。メザイアの表情を見て、何か感じたのかシアは言った。

「メザイア、どうしたんだ?」
「いえ、なんでもないわ。メッセージ」

 エメルに連絡する。キニスキアを村に送ると伝えなくてはいけない。メッセージの魔法は、待機していたエメルにすぐに通じた。

『エメル、今からキニスキアを送るわ。顔を見ても殺しちゃ駄目よ』
『はい。分かりました』
「メッセージの魔法だよな……距離は関係ないのか?」

 と、シアが聞いた。

「多分ね。まだどのくらいの距離まで使えるか把握してないわ」
「そうなの? でも、この距離で連絡取れるならめっちゃ便利じゃん」
「エメルとの間だけでしかこの効果は発揮されないの」
「魔女特有の技って事?」
「そんなところよ」

 メザイアは微笑みを浮かべて、小さく頷いた。
 メザイアはテレポーテーション・サークルの円環を描き始めた。それはすぐに完成した。その円環の中に、ベリドはキニスキアを放り投げた。
 キニスキアだけ、シガル村に転移した。

『姉様、こいつ……』

 と、今度はエメルからメッセージの魔法を受け取った。エメルもキニスキアの顔を忘れてなかったようだ。

『ええ。また後でね』
『はい』

 メザイアは魔法を終えると、円環をささっと消した。

(エルザ、ありがとう)

 そう、メザイアは思う。

「後二人か。今度は王国だな。こんなに早く王国に戻る事になるとは思わなかったけどよ」

 シアがそう吐き捨てる。

「はい」
「ま、仕事はやりやすいか」

 ベリドは頷く。

「しかし、これで本当にエルザとは一蓮托生か」

 麝教とは言え、貴族を拉致したのだ。そうなるだろう。

「いえ、一蓮托生とまで思う義理はないでしょう」
「そうか? あたしたちも、もう逃げられないだろ」

 ベリドには珍しく、ため息を吐いていた。
 サティロス・ロッドを持ったエルザは、正直無敵だろう。誰が敵うと言うのか。やりたい放題と言えなくもない。

「猪のような奴です」
「猪っていうか、動物にしたら猛牛じゃねぇか? あいつ、赤い物に突っ込んでいくんじゃねぇの?」

 シアの髪や目は赤い。自分の事を皮肉げに、というか自嘲気味に言っているのだろうか。いや、あまり、言葉に意味はなさそうだ。ベリドが呟く。

「そうですね」
「ま、今は考えるのはよそうぜ。あたしももう面倒くせぇ」
「はい」

 王国には知り合いが多いのだろう。もちろん、ほとんどが悪党やローグギルドのメンバーだと思うが。その辺の事は、メザイアはあまり関心がない。男爵程度の拉致であれば、ベリドの実力があれば楽なのかもしれない。転移魔法も使える環境であれば、尚のこと。






 二日後。
 全ての幹部がシガル村に集められた。全員、睡眠薬で眠らせて、縛って地下室に監禁している。水や食料は床に置いておいたから目が覚めて腹が減ったら勝手に食べるだろう。その中にも睡眠薬が混ぜてあるので、また寝ると思うが。汚物はウォッシュの魔法で綺麗にしている。
 エルザたちは村長宅に集まっていた。
 ゾルは今からエルザが何をするつもりか、気になった。ここまでするからには、直接殺すつもりはないと思うが。
 そう思っているのは、シアも同じだったようだ。

「ここまでお膳立てしたんだ。そろそろお前が何をするつもりか教えろよ」
「こいつらが目を覚ましたら教えてやる」
「ああ、そう。今更か」

 シアもエルザの性格がなんとなく分かってきているようだった。エルザもシアの態度を気にした様子はない。
 ベリドとゾルが寝ている貴族たちを担ぎ、森の中に移動した。地面に倒れる貴族を囲んで、エルザ、ゾル、シア、ベリド、レイ、メザイア、エメルの七人が立っている。身を縛るロープは外している。
 レイとエメルが貴族に魔法を使った。

「レッサー・レストレーション」
「レッサー・レストレーション」

 人数分使用し、全員が目を覚ました。
 貴族たちは、それぞれ、事態を把握するために辺りを見回した。まだよく飲み込めていないらしいが、滅多に顔を合わせることのない、他の幹部が隣にいて、驚いたような面持ちだ。貴族の社交辞令のような態度で挨拶していた。

「こちらを向け」

 と、エルザが言う。
 手にはロッドを持っている。魔法を使う用意は万全である。

「貴様……」

 と、貴族の一人が言った。

「お前等、私が誰か分かるな?」
「エルザだな……。デュロン殿を殺した……」
「そうだ。感謝しろ、今からお前等の願いを叶えてやる」
「……願いだと?」

 貴族たちが、黙った。怒った顔をしている者がほとんどだ。長老だけ、怪訝な顔をしている。
 エルザは言った。

「お前等を今から、お前等のご主人様だった奴の所に送ってやる」

 エルザの言葉の意味が分からないのか、ポカンとした表情でいる者が多い。
 長老のロナサック伯爵が言った。

「シベール半島の墳墓に送るつもりか……? サティロス・ロッドの力を使って……」
「そうだ」

 貴族達が一斉に騒ぎ立てた。
 ふざけるな! と、貴族たちは怒りをあらわにするが、エルザが本気だと分かると、一転して態度を変えた。許しを請う者、罪の告白を始める者、エルザの法的な罪状を述べる者、色々と言っている。
 エルザはそれを無視して、魔法を使おうとした。
 だが、その前にメザイアが口を開いた。
 キニスキアに対してだ。

「あの時の借りを返せてよかったわ」
「貴様! あの時の魔女だな!」
「さようなら、永遠に」
「せいぜい足掻きな」

 と、エメルも罵る。
 キニスキアが憤怒の表情で何か叫ぼうとした。
 だが、エルザが魔法を使う方が早かった。

「グレーター・テレポート!」

 五人の貴族は、その場から消えた。
 ……。
 全員、言葉が出ない。そんな中、沈黙を破って、メザイアがエルザに向けて言った。

「エルザ、私も胸がすく思いだわ」

 エルザはふっと笑った。エメルもジッとエルザを見ている。
 この二人の友情は、何か空恐ろしく、それでいて何故か瀟洒な感じがし、にも関わらずゾルにとってはまったく笑えないものだった。
 それはベリドも同じようだ。目を閉じて黙っている。貴族を哀れんでいるのかもしれないし、エルザの取った報復の方法に対して呆れているのかもしれない。
 しかし、何の装備もなく、あの墳墓に送られたら、まず生きて帰ってくるのは無理だろう。ただ、それも、彼ら次第かもしれない。生き残れる確率はゼロではないのだろう。ゾルには分からないが。
 とにかく、これで、麝教の頭は潰した事になる。
 残りはどうするのか。
 ゾルはエルザを見た。
 エルザは怪訝な表情で、ロッドを睨み付けていた。

「どうした?」
「ロッドの呪いが突然、不安定になり出した」
「どういう事だ?」
「意味不明な事をロッドが呟いている」
「……なんだ? エルザは平気なのか?」
「まったく問題ない。壊れたのか?」

 と、エルザはロッドを不思議そうに見る。そして。
 エルザは何を考えたのか、サティロス・ロッドを思い切り木の幹にぶつけた。ゾルはその行為に驚く。叩けば直ると考えているようだ。
 エルザはもう一撃加える。
 シアも驚いているようで、エルザを止めようとした。

「お、おい。アーティファクトだぞ。あんま無茶な扱いすんな……何が起きるか分からねーだろ……」

 エルザはシアの言葉を無視した。

「私に逆らうな!」

 と、ロッドに言い、もう一撃、エルザはロッドを木にぶつけた。

「なあ、おい……」

 さすがにシアも不安が顔に表れていた。
 エルザはさらに一撃加える。
 とうとうロッドに嵌まった宝玉に罅が入った。これは、エルザが与えた衝撃が原因なんだろうか。それとも、エルザのあの金色の光を浴びせられ続けてこうなったのか。
 罅から光が漏れた。

「おいっ! これ爆発とかすんじゃねぇか!?」
「不味い!」

 ゾルがレイの盾になる。

「エルザ! 杖を投げ捨てろ!」

 ゾルの声は、エルザには聞こえていない。

「こいつ!」

 と、エルザは杖を両手で持ち、金色の光を浴びせたまま、杖を睨み付けて、多分呪いと戦っている。
 ベリドもシアの盾になる位置に体を移動させた。
 全員、身構えている。が、レイだけは落ち着いていた。むしろ、杖に起きた現象を興味を持って見つめていた。

(何も、起きない……)

 爆発は起きなかった。黒い宝玉は割れて地面に落ちると、黒い瘴気を上げて消えていった。その中から、何か水晶のような小さい塊が出てきた。

「呪いが消えた」

 と、エルザは言う。

「……」

 呪いが消えたと言うより、杖そのものを破壊したのである。
 エルザはその水晶のような塊を拾う。
 シアが呆れ果てたといった様子で言った。

「こいつ、アーティファクトを壊しやがった……」

 ゾルはエルザに聞く。

「それは、触れて大丈夫なのか?」
「ああ、大丈夫だ」

 その塊は、とりあえず危険な物ではないようだ。
 エルザはレイを見た。

「呪いは掛かってない。これは、なんだ?」
「さあ……少しだけ、第四の眼に似ているけど……どうだろうね……」

 と、レイも不思議そうに言う。

「第四の眼?」
「説明は後でしようか。もしそうなら、神聖なものだよ」

 エルザは塊を見る。シアやメザイアも、そのエルザの手の中の塊を黙って見ていた。
 ゾルには、事態が上手く飲み込めなかった。
 呪われたロッドが壊れて、出てきたのが、第四の眼? 神聖なもの?
 呪われたアーティファクトから、何故、神聖なものが出てきたのか?

(いや、今はやめておこう)

 難しい話は後でいい。
 ゾルだけでなく、皆、そんな表情だった。
 とにかく、どうなるかと思ったが、何事もなかった。一安心といった心持ちである。
 それに。

(ロッドが壊れたと言う事は……これ以上無茶はできないという事になる)

 もうさっきまでのように、強大な高位魔法は使えない。

(それよりも……)

 ゾルは首を振った。

(アーティファクトを壊したのを、神殿はどう考えるんだ?)

 もはや、自分には現状が上手く理解できない。後は、レイ司祭に任せる他ない。
 エルザは手に持った塊をレイに向け、言った。

「いるか?」
「いや、エルザが持っておくといい。必要になる時が来るかもしれない」
「……」

 これは、一体なんなんだろうか。
 エルザはその塊を見つめてから、ポケットに入れた。
 レイは壊れたロッドの方を拾っていた。桃色の台座の部分と長い柄は消えずに残っている。
 柄の方も呪いは消えているようだ。

「とにかくさ、これで、ひとまず麝教の脅威は去ったって事でいいんだろ?」

 シアも、自分が置かれている状況が上手く飲み込めていない。シアはそう誰に聞くともなく呟いた。
 レイが頷き、言った。

「そうだね。そう考えていいよ」
「それならそれでいいや。ようやくグッスリ眠れるぜ。行くぞ、ベリド」
「はい」

 二人は村の方に歩いていく。
 シアは振り返ってエルザに言った。

「お前、いつかその性格のせいで死ぬぞ。最後が一番怖かったぜ」
「死ぬときは死ぬ。性格に関係なく」
「あっそ。レイ司祭、後は任せたから」

 レイは頷く。ゾルはエルザに言った。

「俺たちも村に戻ろう」
「ああ」

 全員、村に戻った。メザイアがレイの持っている壊れたロッドを興味深そうに見ていた。
 恐らく、エルザは麝教に興味を失っている。ロッドが壊れた事も理由だが、これ以上麝教に対して攻撃しようとは思っていないだろう。

(次は俺たちの番か)

 この出来事はレイが神殿、皇帝に報告する。
 自分たちにどのような沙汰が出るか。
 それを待たなければならない。





 レイは報告書を二通書いた。一通を帝国へ。もう一通を神殿へと送る。帝国はエルザとその仲間を歓迎するといった内容が書かれた書簡を送ってきた。位置的にも皇帝の領地は近く、返事は早かった。
 残る不安は、神殿。
 麝教に関する報告だったため、その書簡は神殿でも優先されて読まれる事となり、数日後、レイは神殿へと召喚される事となった。


 聖王国には、神殿のためだけに割譲された領地がある。教皇領、と呼ばれているその土地には、様々な歴史あるパンテオンや礼拝堂が建っている。そして、中央には大聖堂があった。
 教皇との謁見は大聖堂の中で行われた。レイは通路を進み、教皇の前に進み出ると、片膝を付いて頭を下げた。
 ホールの天井は丸く、高い。教皇の座る玉座は木製で意匠が凝らされており、上には天蓋が付いている。教皇クレスケンス三世がそこに座している。黄金の宝冠を被り、金の刺繍のされた赤い儀礼用衣服を着ている。そして、大聖堂の通路の両端に、七人の聖騎士が全身鎧を装備し、聖剣を持って鞘尻を床に立てかた姿で微動だにする事なく立ち並んでいた。
 本来教皇の補佐をするはずの大司教や書記官はいない。これは、特別な処置、待遇と言えた。
 この謁見が極秘、と言うわけではないのだろうが、内容をあまり多くの人に聞かせてはならぬと教皇が判断した結果の人選なのだろう。
 レイは教皇の言葉を待った。

「面を上げなさい、レイリール司祭」

 レイは顔を上げた。

「実は、あなたの報告書について皆の意見が割れているのです。それで、あなたをここにお呼びしました」
「教皇猊下に申し上げます。手紙に記しました内容に、一切の偽りはございません。また、全ての行いの判断を彼らは私に求め、それを私が良しとし、成された事にございます」
「いえ、決してあなたたちに罪を問おうとしているのではないのです」
「では、どのような事が問題になっているのです?」

 と、レイは率直に聞く。

「神殿は全ての国家に対して中立の立場を取っています。しかし、今回の場合、どのような措置を取るべきか分からなくなってしまいました」
「措置ですか?」
「はい」

 聖騎士の一人が声を上げた。

「エルザという娘は一体何者なのか? 魔物でないと言えるのか?」
「私はそう判断しておりますが」

 また、違う聖騎士が声を上げた。

「報復の度が過ぎている! アンデッドのゼスはともかくとして、貴族たち五人の処罰はもはや私刑である! これだけの重大事。行動を起こす前に、神殿の判断を仰ぐのが筋であろう!」
「……」
「また、司祭の領地には魔女を住まわせているそうではないか! これはどういう事か!? 神殿に属する者が、何故、正体定かではない者と手を組むのだ!」
「魔女が全て悪とは限りません。私の故郷では、魔女もエルフも同じ町で暮らしていました」
「問題はまだある! ロッドの使用に関してだ。アーティファクトのような危険な物を、司祭はまだ若い娘に自由に使わせたという! とても神殿に仕える者の判断とは思えない!」
「……ごもっともです。しかし、彼女はロッドに支配される事なく、またその能力を悪用しませんでした」
「……」

 教皇が口を開く。

「麝教を滅ぼした、というのは、神殿の意に沿うものですし、彼女やあなたたちが生命を脅かされていた事も理解しています。ですがあなた方のやり方とロッドの扱い方は少々行き過ぎているようにも思えます。そして、やはりエルザの正体と魔女の存在が引っかかるのです」
「では、どうせよと?」
「エルザに関しては、あなたが監督するならば許しましょう。神殿は彼女の自由と、この事件からの庇護を約束します。しばらくは、大人しくしてほしいとは思いますが。ですが、魔女はやはり……」
「追放せよと申しますか?」
「……」

 聖騎士が口を開いた。

「はっきり申し上げる。これから先、話は公国、王国、帝国の外交上の問題に発展する。その時、麝教を滅ぼした仲間に魔女がいては、あらぬ疑心を生む。だから私が追放すべきと言上したのだ!」
「……」
「レイリール司祭、私もどうすればいいか、迷っています」
「……」

 場は静まった。
 レイはメザイアとエメルを見捨てるつもりはなかった。
 彼女たちの協力がなければ、作戦はここまで上手く進まなかった。成功したのは、彼女たちがいたからだ。
 それに。

(メザイアはエルザの命を救っている。追放するなど、エルザは許さないだろう)

 メザイアとエメルを神殿に認めさせる事ができなければ、エルザやゾルも帝国から去ってしまう事になるだろう。それは、間違いないように思えた。レイもここで引くわけにはいかなかった。

「メザイア、エメル、二人の魔女は麝教壊滅に大きく貢献しております。二人を追放する事は仲間を裏切るのも同じ事であると私は考えます」
「それは分かっている! しかし、ならば言うが、ここにいる全ての聖騎士に司祭の口だけでその魔女を信頼させる事ができるか!? できまい。それはすなわち、全ての国に、特に王国に魔女を認めさせる事ができないのと同じ事だ。魔女は邪悪な企みをする事で知られている! これでは、今後、どこに疑惑や怒りを生むか分かりはせぬ!」
「おっしゃる事は分かりますが、魔女の存在と、エルキア王や大公の感情を天秤に掛けるような考え方はいかがなものかと思いますが?」
「天秤に掛けているのではない。司祭の言う事は、全ての国に魔女の存在を認めよと言うようなものだ。現状、難しいのではないかと思うのだ」
「エルフは魔女と協力し合い良い関係を築きます。彼女たちの能力は人族にも役立つ貴重なものです」
「司祭は旅の領域だからそんな事が言えるのだ。それに今は魔女が有益な存在かを聞いているのではない。むしろ、その恐ろしい能力や知識が人族には恐怖でもある、ととらえるべき問題であると話しているのだ」
「友好関係は築いております。どうかそれをお分かり頂きたい。そして、彼女たちもまた、安全な住処を持つ事を望んでおります」
「……」
「……」

 緊張の高まるその中で、聖騎士の一人が、剣の鞘の先で床を打った。
 その音に、全ての者の視線がその男に向いた。

「サヴォア卿、どうしました?」

 と、教皇が聞いた。
 サヴォア卿は、教皇に対して膝を付いた。
 小刻みに手が震えているのを、レイは見逃さなかった。
 頭を深く下げたサヴォアが口を開く。

「無礼な振る舞いをお許し下さい」
「よい。思う旨があるなら、述べてみよ」
「魔女二名、そしてエルザは、私の邪気感知には掛かりませんでした」
「それは、どういう事ですか?」

 サヴォアは、つい数日前の出来事を皆の前で話し始めた。リーク男爵に依頼され、魔女討伐に向かった事。島でエルザと他二名の魔女に出遭い、戦闘になった事。不覚を取ったが、命を助けられた事。

「私からも、魔女二名が悪の存在ではない事を保証いたします」
「分かりました」

 普段から寡黙で、自分に厳しいサヴォアの言葉だ。
 場は静まり返った。
 先程までがなり立てていた聖騎士の一人も、咳払いを一つして、それ以上は魔女に対しても追及する事はなかった。

「レイリール司祭」
「はい」
「あなたが、その者たちをまとめる事はできますか?」
「できます。彼らの仲間に高位のクレリックはいません。それに、彼らもまた神殿を必要としています。いつか旅立つ日が来るかもしれませんが、彼らの存在は神殿、及び人族に有益な人材になる事と思います」
「そうですか」

 教皇はどこか嬉しそうである。

「では、彼の者たちの監督をあなたに任せます。上手くやって下さいね」
「はい」

 レイは深く頭を下げた。
 謁見、そしてこの会議はこれで終了だろう。
 神殿が許した以上、エルザも、そしてメザイアとエメルも、この国で自由に活動してもなんの問題もなくなったわけだ。
 レイはひとまず、ホッとした心境だった。

「それから、もう一つ」
「なんでしょう」
「麝教の幹部たちですが……。彼らの罪科を親類に及ばぬように取り計らいたいのです。国家や領地に与える衝撃が大きすぎるためです。そして、この件はまだ民衆に対して表に出すわけにはいきません。それだけ、影響力のある人物たちなのです」
「はい」
「ですから、エルザ及び、その仲間に対して恩賞や褒賞を与えることはできません。それを、許して下さいますか……」
「はい。我々は誰一人、褒美を望んでいたわけではありません。切に、神殿にお許しを賜りたく願う次第です」

 と言っておきながら、レイの頭にシアの顔が浮かんだ。が、事情を聞けば、シアも不満はないだろう。レイはそう思う。

「しかし、私は個人的に、これを英雄的行為と認めます。ありがとう、レイリール司祭」
「はい」

 聖騎士たちから一人、また一人と拍手が起きた。

「ゼス討伐、お見事!」

 そう聖騎士の一人が声を上げた。ようやく、聖騎士たちもその頑固とも言える態度を崩してくれたようだ。
 レイはさらに深く頭を下げた。

(ひとまず、無事に収まったか)

 と、レイは目を閉じてその拍手を受け止めた。
 また、違う聖騎士が声を上げた。

「大儀であった!」

 いっそう、拍手が強くなった。
 聖騎士たちも、麝教を壊滅させた功績は認めているようだ。
 レイも、大体このような形に収まるような気はしていたが……サヴォア卿の話がなければ、メザイアとエメルの話はどんな方向に行くか分からなかった。
 とにかく。

(一仕事片付いたか……)

 久しぶりに、蜂蜜酒でも飲みたい気分のレイだった。





 ゼスの墳墓。
 脱出すると最初は意気込みもしたが、すぐに不可能だと諦めた。そもそも、暗くて何も見えない。手探りだけで墳墓を脱出するなど誰にできると言うのか。
 ここにゼス皇帝がいたのだ。
 ゼスは人の負の感情にシンパシーを抱いて頭の中に呼びかけてくる。麝教は、少数のメンバーが集まり創設された。ゼスに気に入られた最初の一人が長老になり、皆をまとめた。長老は、麝教に入りゼスに認められた者全てに、ゼスを介して呼びかける事ができる。
 ゼスはほとんど自我のないアンデッドだ。
 人を不幸にするためだけに働く、自動的な存在だ。
 創設時は、小規模な組織に過ぎなかったが、百年以上が経って麝教は大きくなった。金、権力、強さ、恨み、復讐、そうした思いを強く抱く者を麝教に導いた。
 メンバーの世代交代が始まり、麝教の勢力を拡大する動きが強まった。今思えば、これが麝教が滅びるに至った原因だった。
 しかし、ロナサックにはゼスを恨む気持ちは湧かなかった。彼は、ゼスを心から信奉していたのだ。

「ゼス皇帝」

 ここは、ロナサックの死に場所には良いところなのかもしれない。不老不死の夢も、もはや叶わない。
 ロナサックは両膝を付いて、暗闇の中で最後まで邪悪な祈りをアンデッドに捧げた。
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