18 / 57
プラヴェール領
シガル村の秘湯
しおりを挟む
次の日から早速温泉の掘削が始められる事になった。
ところで、温泉とは何メートル掘れば湧き出てくるものなのだろうか。
ゾルには分からない。
詳しい人の話によると、深さ千メートル程は掘る必要があるそうだ。井戸の深さが二十メートルから百メートル程だから、温泉の掘削作業は井戸掘りよりも困難である事が分かる。ウルクという町には温泉が湧いており、自由に入れる入浴場があるそうだが、そこを参考にして掘削をするつもりでいるらしい。
山脈には自然湧出している場所や、温泉の間欠泉がある場所もあるが、掘って温泉を探し当てるとなると大変だ。
とは言え、エメルは、そんなに掘らなくても湯が湧くと言っている。
とにかく、エメルを信じてみるしかない。
エメルの選んだ場所は、村の隅の空き地だった。
そこを掘り進めば、龍脈の流れ的に、お湯が吹き出るんじゃないかと話している。
その場には、エルザ、ゾル、シア、メザイア、エメル、レイ、村長のピコック、ツバキ、そしてコッソの姿があった。
コッソは特に何をするわけでもないのだが、とりあえずついてきていた。
皆の前で、コッソは言った。
「旦那、穴掘りならあっしに任せてくれませんか。お役に立てるかもしれません」
ゾルは、そうか、と思う。
「コボルドは、穴掘りが得意なのか」
「はい。暗くて狭い場所も好きですし、まずあっしが一人で掘って、様子を見てみますよ」
「いい案じゃないか? メザイアはどう思う?」
メザイアは微笑んで言った。
「やらせてみようかしら」
「じゃあ、早速」
と、コッソはもぐらのように地面を掘り始めた。
意外に、速い。
あっという間に身体が入るくらいの大きさの穴を掘り終え、頭から身をよじるようにして土に潜り、掘り進んでいく。
作業道具はこの村に結構ある。
スコップや大きなザルのようなものを使って、掘った後の土を片付けていく。
あっという間に、三、四メートルの深さまで掘り進んでいた。掘った土を引き上げるためにロープを付けたザルを下ろして、土を引き上げる。
そんな作業を続けた。
「ゾル、そろそろあたしがやってやるよ」
結構な深さまで掘り進めた頃、シアがそう言った。
「やってみるか」
ゾルは穴の中のコッソに声を掛ける。
「一回出てきてもらえるか!」
「はい! 旦那!」
コッソはロープを伝って外に戻ってきた。
「へへ」
と、シアは笑う。
「どうするおつもりで?」
「まぁ、見てな。危ないから離れていた方がいいぜ」
全員、シアから距離を取った。
「威力増加、範囲拡大、ファイアーボール!」
シアは穴の中にファイアーボールを撃ち込んだ。すぐに自分もその場から逃げる。
穴の底に着弾して、爆発が起きた。
穴の外に爆風が逃げるようにして巻き上がり、土を盛大に空に飛ばした。
「まだまだ!」
と、シアは再び穴に駆け寄り、魔法を放つ。
コッソはその光景を羨望の眼差しで見ていた。
三発程ファイアーボールを撃った。穴は広がり、地面にはお碗型の穴が広がった。
「結構、いい感じだな」
「だろ?」
レイが言った。
「掘れる所まで掘ってもらおうか」
「はい!」
と、コッソは返事をする。
「一応、ウルクから専門家を呼んでいるから、数日でやってくると思うけど、このまま掘っていてもよさそうに思えてきた」
「結局穴を掘るだけなら、このやり方でいいんじゃねぇか」
「そうかもしれないね」
「それよりも、早めに小屋や風呂を作る職人を用意しておいてよ」
「うん」
そこからまた、コッソが地面を掘り出した。
その日の作業だけで、十メートル以上は掘れたのではないだろうか。
しばらく、このやり方で掘削作業を続けてみる事になった。
掘削作業はコッソに穴を掘らせ、ゾルが土の撤去をし、シアが穴を広げる事で進んでいった。大がかりな機材などは使わないが、メザイアやエメルの魔法の支援で作業は大幅に効率を上げた。
数日後、温泉を掘った経験のある専門家のドワーフも来て、彼らと協力しながら作業は続いた。
一週間が過ぎ、二週間が過ぎ、三週間が過ぎた。
とうとう温泉が湧き出した。
その日はお祝いのパーティをし、皆で労をねぎらった。
この風呂には、シガル村の湯と名付けられる事になった。
ちょうど、ゾルの剣が届いた頃、入浴場は完成した。
自分も協力したからか、シアも無事に完成した事を嬉しく思えた。
(なかなか立派じゃねえか)
外観を見てそう心の中で呟く。
小さな小屋が作られており、そこが脱衣所になっている。男女の仕切りがあり、温泉は二つに区切られている。
露天風呂だ。
風呂は岩で囲まれてあるだけで殺風景ではあるが、結構広い。気分は良い。
シア、エルザ、メザイア、エメル、レイの五人は完成してすぐ、試しに風呂に入ってみる事にした。
女湯は五人の貸し切りである。
シアは脱衣所で服を脱ぎ、籠の中に入れる。
他の四人も服を脱いでいる。
エメルはさっさとすっぽんぽんになっていた。準備オーケー。姉の脱衣を待っている。
メザイアは服を脱いで畳んでから籠に入れている。
二人の魔女だが、今は子供の姿だ。
手を繋いで、温泉の方へと向かった。
エルザもごちゃごちゃした装備を全て外し、服を脱いで、タオルを肩に掛けて浴場に歩いていく。別に前を隠したりしてない。なんか、堂々とした姿だなとシアは思う。
(ってか、あいつ結構大きいな)
胸の事である。
レイも僧服を脱いで、畳んでいた。
シアはタオルで身体を隠し、浴場へ進んでいった。
今は夕方の六時だ。
夕焼け空だった。
湯煙が立ちのぼり、殺風景ではあるが、なかなか気分が良かった。
先に身体を洗うために、椅子に座る。
石鹸はレイが持ってきていたので、それを使ってタオルで身体を洗っていく。隅々まで洗う。
温泉のお湯で身体を流す。
身体に付いた泡を流すと、湯船に入った。
「ふー、気持ちいいぜ。極楽極楽」
風呂と言うのは、結構贅沢なものだ。
こんな場所で、広い風呂に入れるのは趣深いものがあった。
ばしゃばしゃ、と、隣ではエメルが温泉で泳いでいた。
メザイアが注意している。
「お風呂では泳いじゃ駄目よ」
「……」
エメルは止まった。
子供には、風呂は退屈かもしれない。
「今は他に人はいないし、好きに遊ばせておけば?」
と、シアは言ってやる。
「いいかしら?」
「構わないだろ。こんだけ広いんだし」
「そう。じゃあ、あまりしぶきを上げないようにね」
「はい。姉様」
と、エメルは目を半眼にさせて言った。温泉を気に入っているようだ。犬かきみたいな泳法で、また泳ぎ始めた。
「ふー」
と、心地良さそうに吐息を吐いたのはエルザだった。
「聞いてはいたけど、お前、風呂入って大丈夫なんだな。ちょっと気になってたけど」
「風呂は好きだ」
「あの姿の方でも、風呂に入れるのか?」
「問題ない。冷気は抑える事ができるし」
「つか、お前ってやっぱ寒さに強いの?」
「強い。多分雪山でも凍傷になったりはしない。それに冬の方が好きだ」
「ふーん」
「キルデア大森林の冬を越せたからこそ、私は生き残る事ができた」
「あっそ」
あまり、そういう話は聞いても面白くなさそうだとシアは思う。
「エルザは逞しいね」
と、レイが言う。
レイは着やせするタイプのようである。胸の膨らみに自然に目が行ってしまう。
(つーか、レイ司祭が一番綺麗な身体してんじゃねーか? ま、ハーフエルフだしな。美形で身体の線が細いし、無駄な肉とか付いてないわ)
「ほんと、司祭は何歳なんだよ」
「ん?」
「いや、なんでもない」
ちょっと、エルザの皮膚に触れてみたくなったシアだ。
(こいつの肌ってやっぱり冷たいのか?)
シアはそろりそろりと、リラックスしている様子のエルザに近づいた。
そして。
わしっと胸を掴んだ。
(冷たくはないな……)
と、そんな事を思った瞬間。
バン、と頭を叩かれた。手を離すシア。
「お前、変態か!」
「いいだろ、女同士なんだから」
「よくない! 二度と触るな」
「はいはい」
さすがに、自分が悪いのでシアもそれ以上は何も言い返さなかった。
エルザはシアから少し距離を取った。
「それにしても、いいお湯だね。発見してくれたエメルには感謝しないとね」
レイがメザイアにそう言った。
エメルは泳ぎ回っているので、聞いていない。
メザイアは言った。
「いえ、発見できたのは運が良かったからだわ。それに、こうしてみんなでお湯に浸かれるのは、掘削を決めたレイのお陰だし」
「もう少し、浴場を改良してもいいかもしれないね」
「そうね」
「こんな山の中腹でお湯をふんだんに使えるのは、特に冬はありがたい事だ」
「そもそも、この温泉もレイの領地の資源なのだから、自由にしていいのよ」
と、メザイアは微笑む。
「そうだね」
「ところで、このお湯には何か効果があるのか?」
「まだ分からないけど、ウルクの温泉には色々と効能があるみたいで、こちらも似たような効能を期待できるらしいわ。魔力の回復効果もあるみたいよ」
「だから気持ちいいのか」
「そうね。私も凄くこのお湯が気持ちいいわ」
「ここにさらに、メザイアの作る薬を入れるの?」
「ええ、完成したらね。でも毎日は使わないと思う。週に一回くらい、そういう日を作ってもいいかもしれないと思っているの」
「そりゃ、村人も喜ぶだろうな。疲労回復、傷や打ち身の回復、腰痛とか持病もお湯に浸かれば治るんだろ」
「どこまで効果があるかは、やってみないと分からないけど」
「まさに極楽だな」
「シガル村の秘湯」
と、エルザが呟いた。
レイがその言葉に頷いていた。
浴場の小屋の入り口の前に、一人の男が腕を組んで立っていた。ベリドである。
ゾルも風呂に入ろうとして、小屋の男湯の方に行こうとした時、その姿を見つけて思わず立ち止まった。
「あんたは入らないのか?」
ベリドはちらりとゾルを見る。
「もちろんだ」
「風呂が嫌いなのか?」
「俺の事は気にしないでくれ」
「じゃあ、俺は入らせてもらう」
と、ゾルは木戸を開けて脱衣所に入った。
多分、見張りをしているのだろう、とゾルは思う。
ベリドの事だから、シアを心配しての行為だろう。装備を外して、露天風呂に入っているのでは、もし何者かに襲われた時に危険であるには違いない。
(しかし、心配しすぎだろう。あのメンバーなら、仮に襲われたとしても容易く返り討ちにできるぞ)
ゾルは脱衣所で服を脱ぎ、タオル片手に浴場に入った。
浴場には先にドワーフが入っていた。
全員、温泉の作業に従事していた者たちだ。
桶を湯に浮かべて、酒を飲んでいた。
笑い声を上げている。
その給仕をしているのが、コッソだった。
三角巾を付けて、酒を酒器に詰めて運んでいる。
コッソはゾルに気が付くと、作業をやめて歩いてきた。
「旦那、お背中を流させていただきます」
「ああ、ありがとう」
とても気の利くコボルドである。
ゾルはコッソにタオルを渡して背中を擦ってもらい、背中を流してもらった。
浴場に入る前に、ゾルはコッソに言った。
「一緒に入ったらどうだ?」
「いえ、あっしはあまり風呂は好きではないので。もったいないお言葉ですが」
たしかに、コッソの場合あまり湯は好きそうではない。
は虫類みたいな皮膚をしているので、高温の湯に浸かるのはあまり身体に良くないのかもしれない。
分からないが。
「そうか」
「今、旦那の分のお酒をお持ちしますので、湯に浸かっていて下さい」
「ありがとう」
しばらくして、コッソが桶に入れた酒器を持ってきた。酒器の中には酒が入っている。小さいお猪口のようなものに注いで飲むようだ。
「どうぞ、旦那」
「どうも」
ゾルも酒を飲んだ。
「ふう」
と、思わず吐息をつく。気分のいい入浴である。
女湯の方から、エルザとシアの声が聞こえてきた。
またシアが何かしたらしい。
でもすぐに口論は収まった。
あちらも、風呂を楽しんでいるようである。
ゾルは空を見上げた。
「疲れが取れるな」
明日から、新しい剣を使った訓練をしなければならない。
疲れを風呂で癒やす事ができると思うと、訓練にも身が入りそうだとゾルは思う。
「心地良い」
と、空に向かって呟いた。
ところで、温泉とは何メートル掘れば湧き出てくるものなのだろうか。
ゾルには分からない。
詳しい人の話によると、深さ千メートル程は掘る必要があるそうだ。井戸の深さが二十メートルから百メートル程だから、温泉の掘削作業は井戸掘りよりも困難である事が分かる。ウルクという町には温泉が湧いており、自由に入れる入浴場があるそうだが、そこを参考にして掘削をするつもりでいるらしい。
山脈には自然湧出している場所や、温泉の間欠泉がある場所もあるが、掘って温泉を探し当てるとなると大変だ。
とは言え、エメルは、そんなに掘らなくても湯が湧くと言っている。
とにかく、エメルを信じてみるしかない。
エメルの選んだ場所は、村の隅の空き地だった。
そこを掘り進めば、龍脈の流れ的に、お湯が吹き出るんじゃないかと話している。
その場には、エルザ、ゾル、シア、メザイア、エメル、レイ、村長のピコック、ツバキ、そしてコッソの姿があった。
コッソは特に何をするわけでもないのだが、とりあえずついてきていた。
皆の前で、コッソは言った。
「旦那、穴掘りならあっしに任せてくれませんか。お役に立てるかもしれません」
ゾルは、そうか、と思う。
「コボルドは、穴掘りが得意なのか」
「はい。暗くて狭い場所も好きですし、まずあっしが一人で掘って、様子を見てみますよ」
「いい案じゃないか? メザイアはどう思う?」
メザイアは微笑んで言った。
「やらせてみようかしら」
「じゃあ、早速」
と、コッソはもぐらのように地面を掘り始めた。
意外に、速い。
あっという間に身体が入るくらいの大きさの穴を掘り終え、頭から身をよじるようにして土に潜り、掘り進んでいく。
作業道具はこの村に結構ある。
スコップや大きなザルのようなものを使って、掘った後の土を片付けていく。
あっという間に、三、四メートルの深さまで掘り進んでいた。掘った土を引き上げるためにロープを付けたザルを下ろして、土を引き上げる。
そんな作業を続けた。
「ゾル、そろそろあたしがやってやるよ」
結構な深さまで掘り進めた頃、シアがそう言った。
「やってみるか」
ゾルは穴の中のコッソに声を掛ける。
「一回出てきてもらえるか!」
「はい! 旦那!」
コッソはロープを伝って外に戻ってきた。
「へへ」
と、シアは笑う。
「どうするおつもりで?」
「まぁ、見てな。危ないから離れていた方がいいぜ」
全員、シアから距離を取った。
「威力増加、範囲拡大、ファイアーボール!」
シアは穴の中にファイアーボールを撃ち込んだ。すぐに自分もその場から逃げる。
穴の底に着弾して、爆発が起きた。
穴の外に爆風が逃げるようにして巻き上がり、土を盛大に空に飛ばした。
「まだまだ!」
と、シアは再び穴に駆け寄り、魔法を放つ。
コッソはその光景を羨望の眼差しで見ていた。
三発程ファイアーボールを撃った。穴は広がり、地面にはお碗型の穴が広がった。
「結構、いい感じだな」
「だろ?」
レイが言った。
「掘れる所まで掘ってもらおうか」
「はい!」
と、コッソは返事をする。
「一応、ウルクから専門家を呼んでいるから、数日でやってくると思うけど、このまま掘っていてもよさそうに思えてきた」
「結局穴を掘るだけなら、このやり方でいいんじゃねぇか」
「そうかもしれないね」
「それよりも、早めに小屋や風呂を作る職人を用意しておいてよ」
「うん」
そこからまた、コッソが地面を掘り出した。
その日の作業だけで、十メートル以上は掘れたのではないだろうか。
しばらく、このやり方で掘削作業を続けてみる事になった。
掘削作業はコッソに穴を掘らせ、ゾルが土の撤去をし、シアが穴を広げる事で進んでいった。大がかりな機材などは使わないが、メザイアやエメルの魔法の支援で作業は大幅に効率を上げた。
数日後、温泉を掘った経験のある専門家のドワーフも来て、彼らと協力しながら作業は続いた。
一週間が過ぎ、二週間が過ぎ、三週間が過ぎた。
とうとう温泉が湧き出した。
その日はお祝いのパーティをし、皆で労をねぎらった。
この風呂には、シガル村の湯と名付けられる事になった。
ちょうど、ゾルの剣が届いた頃、入浴場は完成した。
自分も協力したからか、シアも無事に完成した事を嬉しく思えた。
(なかなか立派じゃねえか)
外観を見てそう心の中で呟く。
小さな小屋が作られており、そこが脱衣所になっている。男女の仕切りがあり、温泉は二つに区切られている。
露天風呂だ。
風呂は岩で囲まれてあるだけで殺風景ではあるが、結構広い。気分は良い。
シア、エルザ、メザイア、エメル、レイの五人は完成してすぐ、試しに風呂に入ってみる事にした。
女湯は五人の貸し切りである。
シアは脱衣所で服を脱ぎ、籠の中に入れる。
他の四人も服を脱いでいる。
エメルはさっさとすっぽんぽんになっていた。準備オーケー。姉の脱衣を待っている。
メザイアは服を脱いで畳んでから籠に入れている。
二人の魔女だが、今は子供の姿だ。
手を繋いで、温泉の方へと向かった。
エルザもごちゃごちゃした装備を全て外し、服を脱いで、タオルを肩に掛けて浴場に歩いていく。別に前を隠したりしてない。なんか、堂々とした姿だなとシアは思う。
(ってか、あいつ結構大きいな)
胸の事である。
レイも僧服を脱いで、畳んでいた。
シアはタオルで身体を隠し、浴場へ進んでいった。
今は夕方の六時だ。
夕焼け空だった。
湯煙が立ちのぼり、殺風景ではあるが、なかなか気分が良かった。
先に身体を洗うために、椅子に座る。
石鹸はレイが持ってきていたので、それを使ってタオルで身体を洗っていく。隅々まで洗う。
温泉のお湯で身体を流す。
身体に付いた泡を流すと、湯船に入った。
「ふー、気持ちいいぜ。極楽極楽」
風呂と言うのは、結構贅沢なものだ。
こんな場所で、広い風呂に入れるのは趣深いものがあった。
ばしゃばしゃ、と、隣ではエメルが温泉で泳いでいた。
メザイアが注意している。
「お風呂では泳いじゃ駄目よ」
「……」
エメルは止まった。
子供には、風呂は退屈かもしれない。
「今は他に人はいないし、好きに遊ばせておけば?」
と、シアは言ってやる。
「いいかしら?」
「構わないだろ。こんだけ広いんだし」
「そう。じゃあ、あまりしぶきを上げないようにね」
「はい。姉様」
と、エメルは目を半眼にさせて言った。温泉を気に入っているようだ。犬かきみたいな泳法で、また泳ぎ始めた。
「ふー」
と、心地良さそうに吐息を吐いたのはエルザだった。
「聞いてはいたけど、お前、風呂入って大丈夫なんだな。ちょっと気になってたけど」
「風呂は好きだ」
「あの姿の方でも、風呂に入れるのか?」
「問題ない。冷気は抑える事ができるし」
「つか、お前ってやっぱ寒さに強いの?」
「強い。多分雪山でも凍傷になったりはしない。それに冬の方が好きだ」
「ふーん」
「キルデア大森林の冬を越せたからこそ、私は生き残る事ができた」
「あっそ」
あまり、そういう話は聞いても面白くなさそうだとシアは思う。
「エルザは逞しいね」
と、レイが言う。
レイは着やせするタイプのようである。胸の膨らみに自然に目が行ってしまう。
(つーか、レイ司祭が一番綺麗な身体してんじゃねーか? ま、ハーフエルフだしな。美形で身体の線が細いし、無駄な肉とか付いてないわ)
「ほんと、司祭は何歳なんだよ」
「ん?」
「いや、なんでもない」
ちょっと、エルザの皮膚に触れてみたくなったシアだ。
(こいつの肌ってやっぱり冷たいのか?)
シアはそろりそろりと、リラックスしている様子のエルザに近づいた。
そして。
わしっと胸を掴んだ。
(冷たくはないな……)
と、そんな事を思った瞬間。
バン、と頭を叩かれた。手を離すシア。
「お前、変態か!」
「いいだろ、女同士なんだから」
「よくない! 二度と触るな」
「はいはい」
さすがに、自分が悪いのでシアもそれ以上は何も言い返さなかった。
エルザはシアから少し距離を取った。
「それにしても、いいお湯だね。発見してくれたエメルには感謝しないとね」
レイがメザイアにそう言った。
エメルは泳ぎ回っているので、聞いていない。
メザイアは言った。
「いえ、発見できたのは運が良かったからだわ。それに、こうしてみんなでお湯に浸かれるのは、掘削を決めたレイのお陰だし」
「もう少し、浴場を改良してもいいかもしれないね」
「そうね」
「こんな山の中腹でお湯をふんだんに使えるのは、特に冬はありがたい事だ」
「そもそも、この温泉もレイの領地の資源なのだから、自由にしていいのよ」
と、メザイアは微笑む。
「そうだね」
「ところで、このお湯には何か効果があるのか?」
「まだ分からないけど、ウルクの温泉には色々と効能があるみたいで、こちらも似たような効能を期待できるらしいわ。魔力の回復効果もあるみたいよ」
「だから気持ちいいのか」
「そうね。私も凄くこのお湯が気持ちいいわ」
「ここにさらに、メザイアの作る薬を入れるの?」
「ええ、完成したらね。でも毎日は使わないと思う。週に一回くらい、そういう日を作ってもいいかもしれないと思っているの」
「そりゃ、村人も喜ぶだろうな。疲労回復、傷や打ち身の回復、腰痛とか持病もお湯に浸かれば治るんだろ」
「どこまで効果があるかは、やってみないと分からないけど」
「まさに極楽だな」
「シガル村の秘湯」
と、エルザが呟いた。
レイがその言葉に頷いていた。
浴場の小屋の入り口の前に、一人の男が腕を組んで立っていた。ベリドである。
ゾルも風呂に入ろうとして、小屋の男湯の方に行こうとした時、その姿を見つけて思わず立ち止まった。
「あんたは入らないのか?」
ベリドはちらりとゾルを見る。
「もちろんだ」
「風呂が嫌いなのか?」
「俺の事は気にしないでくれ」
「じゃあ、俺は入らせてもらう」
と、ゾルは木戸を開けて脱衣所に入った。
多分、見張りをしているのだろう、とゾルは思う。
ベリドの事だから、シアを心配しての行為だろう。装備を外して、露天風呂に入っているのでは、もし何者かに襲われた時に危険であるには違いない。
(しかし、心配しすぎだろう。あのメンバーなら、仮に襲われたとしても容易く返り討ちにできるぞ)
ゾルは脱衣所で服を脱ぎ、タオル片手に浴場に入った。
浴場には先にドワーフが入っていた。
全員、温泉の作業に従事していた者たちだ。
桶を湯に浮かべて、酒を飲んでいた。
笑い声を上げている。
その給仕をしているのが、コッソだった。
三角巾を付けて、酒を酒器に詰めて運んでいる。
コッソはゾルに気が付くと、作業をやめて歩いてきた。
「旦那、お背中を流させていただきます」
「ああ、ありがとう」
とても気の利くコボルドである。
ゾルはコッソにタオルを渡して背中を擦ってもらい、背中を流してもらった。
浴場に入る前に、ゾルはコッソに言った。
「一緒に入ったらどうだ?」
「いえ、あっしはあまり風呂は好きではないので。もったいないお言葉ですが」
たしかに、コッソの場合あまり湯は好きそうではない。
は虫類みたいな皮膚をしているので、高温の湯に浸かるのはあまり身体に良くないのかもしれない。
分からないが。
「そうか」
「今、旦那の分のお酒をお持ちしますので、湯に浸かっていて下さい」
「ありがとう」
しばらくして、コッソが桶に入れた酒器を持ってきた。酒器の中には酒が入っている。小さいお猪口のようなものに注いで飲むようだ。
「どうぞ、旦那」
「どうも」
ゾルも酒を飲んだ。
「ふう」
と、思わず吐息をつく。気分のいい入浴である。
女湯の方から、エルザとシアの声が聞こえてきた。
またシアが何かしたらしい。
でもすぐに口論は収まった。
あちらも、風呂を楽しんでいるようである。
ゾルは空を見上げた。
「疲れが取れるな」
明日から、新しい剣を使った訓練をしなければならない。
疲れを風呂で癒やす事ができると思うと、訓練にも身が入りそうだとゾルは思う。
「心地良い」
と、空に向かって呟いた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)
MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。
かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。
44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。
小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。
一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。
ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
氷河期世代のおじさん異世界に降り立つ!
本条蒼依
ファンタジー
氷河期世代の大野将臣(おおのまさおみ)は昭和から令和の時代を細々と生きていた。しかし、工場でいつも一人残業を頑張っていたがとうとう過労死でこの世を去る。
死んだ大野将臣は、真っ白な空間を彷徨い神様と会い、その神様の世界に誘われ色々なチート能力を貰い異世界に降り立つ。
大野将臣は異世界シンアースで将臣の将の字を取りショウと名乗る。そして、その能力の錬金術を使い今度の人生は組織や権力者の言いなりにならず、ある時は権力者に立ち向かい、又ある時は闇ギルド五竜(ウーロン)に立ち向かい、そして、神様が護衛としてつけてくれたホムンクルスを最強の戦士に成長させ、昭和の堅物オジサンが自分の人生を楽しむ物語。
大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-
半道海豚
SF
200万年後の姉妹編です。2億年後への移住は、誰もが思いもよらない結果になってしまいました。推定2億人の移住者は、1年2カ月の間に2億年後へと旅立ちました。移住者2億人は11万6666年という長い期間にばらまかれてしまいます。結果、移住者個々が独自に生き残りを目指さなくてはならなくなります。本稿は、移住最終期に2億年後へと旅だった5人の少年少女の奮闘を描きます。彼らはなんと、2億年後の移動手段に原付を選びます。
シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣
織部
ファンタジー
ノルドは、古き風の島、正式名称シシルナ・アエリア・エルダで育った。母セラと二人きりで暮らし。
背は低く猫背で、隻眼で、両手は動くものの、左腕は上がらず、左足もほとんど動かない、生まれつき障害を抱えていた。
母セラもまた、頭に毒薬を浴びたような痣がある。彼女はスカーフで頭を覆い、人目を避けてひっそりと暮らしていた。
セラ親子がシシルナ島に渡ってきたのは、ノルドがわずか2歳の時だった。
彼の中で最も古い記憶。船のデッキで、母セラに抱かれながら、この新たな島がゆっくりと近づいてくるのを見つめた瞬間だ。
セラの腕の中で、ぽつりと一言、彼がつぶやく。
「セラ、ウミ」
「ええ、そうよ。海」
ノルドの成長譚と冒険譚の物語が開幕します!
カクヨム様 小説家になろう様でも掲載しております。
異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる
家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。
召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。
多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。
しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。
何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる