ユキバナの咲く地へ

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ゾルの過去

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 サザンドキア帝国、自由都市パル。
 ここには、宝珠の塔という巨大な遺跡がある。
 多くの冒険者や盗賊が遺跡に眠る宝や知識を得るために、危険を顧みずこの塔に挑戦する。だが、まだこの塔を制覇した者はいない。
 古代の時代に建設されたと思しき遺跡。
 いくつもの罠が仕掛けられており、魔物も多く潜んでいる。

 その十階層にエルザとゾルはいた。二人もまた、この塔に挑戦して、古代の知識に関する情報を得ようとしていた。
 ちなみに、このダンジョンを勧めたのはレイである。
 良い訓練になるだろうし、古代魔法の知識を得られたなら、二人の目的にも近づくだろう、との理由からだった。断る理由もないため、二人は早速冒険に出ることにした。
 今は安全と思われる小部屋で食事を摂っている。このまま、一度睡眠を取ってしまおうと考えていた。無言でパンを囓っている二人だったが、人心地付いて落ち着いたのかエルザが口を開いた。

「ゾルは女の正体が分かったらどうするつもりだ? 戦うのか?」

 女、とはゾルの追っている死霊術の使い手の事だ。ゾルは兵士時代に、自分の所属していたターラム砦をこの女に壊滅させられ、それ以後女の正体を探っていた。
 だが、色々あった今では、正直、あまり深く考える事はなくなった。
 戦ったとしても、自分が敵う相手ではないだろう。

「悩んでいるよ。仲間の仇討ちをしたい気持ちはあるんだがな。だからと言って、自分の命を捨ててまで向かって行くつもりはないよ」

「その女は古代魔法で砦の軍を壊滅させたんだろ?」

「ああ。と言っても本当に古代魔法かどうかすらはっきりしないんだが」

 一発で軍を全滅させた魔法だ。
 できるとすれば古代魔法ではないだろうか。と、ゾルは考えていた。

「その魔法を食らって生きていたのは、ゾルだけなのか?」

「ああ、そうだ」

「どうして、ゾルだけ生き残れたんだ? 広範囲魔法で、ゾルもその範囲の中にいたんだろ?」

「さあ。俺にもよく分からない」

「砦で何があったか知りたい。気になる」

 とエルザは言った。

「分かった。話すよ」

 と、ゾルは頷く。

「ついでに、ゾルの故郷の事も話せ。お前は謎が多いからな」

 付け加えるように、エルザはそう言った。
 そう言えば、自分の事をあまり話していなかったとゾルは思う。

「……えぇと、俺は十四の頃にエンキとの契約を済ませて、十五の時に故郷の村を出たんだ……。兵士に志願したのも、十五の終わり頃だったな」

 と、ゾルは過去の出来事を思い出しながら、話し始めた。




 太陽暦1027年 四月。
 ゾル、十五歳。

 ホーン山脈にあるフィス村は新緑に包まれ、草花の匂いを含む暖かな風が谷間を穏やかに吹き抜けていた。
 戦士として成長した我が子に、母親のビズは内心でとても誇らしい気持ちだった。健康良好、体力は充実し、エンキから与えられた特殊技能や魔法を扱う技術は申し分ない。

(もう旅に出しても大丈夫だね)

 エンキに選ばれた部族の若者は、世界中に散らばるエンキの石碑を見つけ出す旅に出なければならない。
 ゾルは十四の頃、エンキの石碑の前で儀式を行い、エンキに選ばれた。ウォーロックの能力を得たと同時に、古代神復活という使命を帯びたのである。
 これは、滅多に起きる事ではなかった。前回の啓示は百年前に遡る。
 ビズも驚いたが、この子ならやれるんじゃないか、という気はしていた。
 それだけ、ゾルは部族の中で強かったのである。

 それから数日後、ゾルは母に見送られて村を旅立った。


 半年の間に、ゾルは三カ所の石碑を巡り、自身の能力を上げた。
 あらかじめ把握していた場所だったから、さほど苦労はなかった。
 だが、この時点で使命を果たす難しさがゾルにも分かってきた。

 石碑は危険な場所にある事が多い。
 いくらエンキに力を与えられているとは言え、一人でそうした場所を探索するのは厳しい。
 しかし、仲間を作ろうにもゾルの目的に協力してくれる者は簡単には見つからないだろうと思えた。ほとんどの冒険者が都市や一つの国家を拠点にして活動しており、その活動もギルドの依頼や金銭目当てがほとんどだからだ。目的が合わないのである。
 それに、装備も整える必要がある。
 そのためには金がいる。
 世界を旅するには、知識も必要だ。
 この時、ゾルは十五歳。
 一人で石碑を見つける旅をする力がない事は、自分自身よく理解していた。


 その後、ゾルはエルキア王国に向かった。初めは大都市を観光して、そのまま帝国に行くつもりだったが、ターラム砦で志願兵を募っている事を知り、ゾルは興味を持った。

(一度、ターラム砦がどんな場所か見てみるか)


 ターラム砦。
 砦、とは言うものの、かなり大きい城壁が築かれており、人口は一万を超えるらしい。住民のほとんどが騎士や兵などの軍人とその家族だ。これだけの規模の要塞を築くには、さぞ金が掛かっただろうとゾルは思う。
 領主はニール公爵。善良な領主という話だ。ニール公爵は、この要塞を臣下であるダットンに任せている。ダットンは武官、軍人貴族であり、領土は持っていない。この砦の将であり、七千の兵を統率する司令官だ。かなりパワフルな人物らしい。

 ゾルはターラム砦を見てワクワクした。心躍った。
 全身鎧を着て立派な剣を装備した騎士や、乗用動物のウォーホースやヒポグリフの姿が目に飛び込んできたからだ。
 要塞の中に入るには、他の都市よりも細かい検査を受ける必要があった。不法な品を持ち込む輩や何か企てている者などに対して強い警戒をしているようだ。
 ゾルは一通り検査を受け、無事要塞に入る事ができた。
 この頃のエルキア王国は平和だった。兵士もピリピリしている事はなく穏やかで、どちらかと言うと旅人に対して親切だった。
 要塞の中は大都市と変わらなかった。
 行商人や荷車などで道は混雑し、喧噪が絶えない。遊んでいる子供の姿も見られた。

 ゾルは混雑する通りを進み、城館がある中央区を目差した。
 城館。恐らく、この建物がこの都市で一番古い。ターラム砦が築かれたのは一世紀以上前で、始めはこの城館を囲む城壁しか建てられていなかった。時間を掛けて中央区を囲む二枚目の城壁が建てられ、都市の重要性から三枚目の城壁が領主の指示で建設された。

 志願兵を募っているという噂は本当だった。通りの端に立て札があり、集合場所と日時が書かれていた。どうやら兵士になるには試験を受ける必要があるらしい。
 しばらく、ゾルはその場で思案した。
 そして、兵士としてしばらくの間砦に勤める選択も悪くないのではと思った。
 自分に必要な経験や知識が得られる気がしたからだ。

(金も貯まるだろうしな)

 そんなわけで、立て札に書かれた日時にゾルは集合場所に向かった。


 ゾルの能力は、この時点で砦に勤める騎士よりも高かった。
 十五歳の新兵として、可愛げがないくらいだ。
 だから、技能試験や体力試験はあっさり通過した。
 しかし、ゾルは試験に落ちた。
 身元が不確かだったからだ。どこの誰だかはっきりしない者を兵士にするわけにはいかない。考えてみれば、当然の事である。
 エルキア王国の民からしてみれば、ゾルは蛮人のようなものだろう。
 まず、ゾルには戸籍がない。それから身分証明書もない。出生地がホーン山脈だからだ。ホーン山脈は、どこの国にも属していない地域だ。フィス村なんて誰も聞いた事がない。落ちるはずである。ゾルも、行き当たりばったりで試験に望んでいたため、この扱いに不満を抱く事はなかった。
 むしろ、身分証明書も持たない身で、よくエルキア王国に入国できたものだとこの時感じたゾルだった。
 
(他の道を探すか……)

 そう考え、試験場を後にするゾルの背中に、声が掛かった。

「おい、そこの黒髪のお前」

 女性の声だった。
 ゾルが振り返ると、そこには銀色に輝く鎧を着た、女騎士が立っていた。
 
「先程の試験、全力を出していたか?」

 この女性は、なんとなくだが試験官よりも職位が高い人物のように思えた。

「はい」

「私には、まだお前に余裕があると感じたが?」

 ゾルは全力で試験に挑んでいた。
 が、それはウォーロックとしての能力を使っていない状態でと言う事になる。
 魔法や闘神解放などの特殊技能は試験に必要なかった。別に隠す気はなかったので、質問されたら正直に答えるつもりでいたのだが。
 それよりも、この人物が自分の力を見抜いている事がゾルは気になった。プロ、と言うか、実力者は相手の能力を正確に捉えられるのかもしれない。 

「俺のクラスはウォーロックです。余裕があるように見えたのは、あなたが俺の能力を見抜いたからかもしれません……」

「ほう。すると魔法も使えるのか?」

「はい。使用できる種類はあまり多くありませんが……」

 女性は顔を輝かせた。
 ゾルは少し気圧される。

「試験に落とされた理由は、身元が不確かだったからだな。名前は何と言った?」

「ゾルです。出生はホーン山脈にあるフィス村になります」

「何故、公国で兵にならなかった? やはり試験に落とされたか?」

 ホーン山脈から最も近い国はダイン公国だ。
 もし兵になろうとして都市に来たのなら、まず最初にダイン公国を選ぶだろうと思うのは自然な疑問だ。

「いえ、公国では志願しませんでした。ここに来たのもターラム砦に興味があったからで、初めは志願するつもりはありませんでした」

「では、兵になろうとした動機は何だ?」

「主に経験を積むためです」

「歳はいくつだ?」

「十五歳です。もうすぐ、十六になります」

「……案外、若いな」

 意外そうに、彼女はそう呟いた。
 今ではエンキの能力で見た目から年齢を感じさせないが、この頃は若干、老けて見えたのかもしれない。
 背が高く、体格も良いため、そう思われたのかもしれないが。

「そうでしょうか……」

 女騎士は頷く。
 黙って立っているゾルに女騎士は口を開いた。

「ホーン山脈に小部族が住んでいる事はもちろん知っている。フィス村も調べればすぐに分かる。そこがお前の故郷だと言うなら問題ない。お前が兵士になりたいなら、私が取りなすが、どうする?」

「俺を兵にしてもらえるのですか?」

「ああ。任せておけ」

「あ、ありがとうございます! お願いします!」
 
 ゾルは頭を下げた。
 一存でそんな事を決める事ができるのだから、この人は貴族階級の人物に違いないと思った。多分、騎士より上の階級だろう。
 ゾルは後で知る事になるが、この人物はグレイシャ・フェザン子爵。ターラム砦において、二個大隊、約千人の兵を預かる指揮官の一人だった。
 ゾルは今でもこの出会いと取りなしに感謝している。グレイシャとの付き合いはターラム砦が陥とされるまでの六年以上続き、その間、彼女はゾルの上官であり続けた。
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