ユキバナの咲く地へ

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ゾルの過去

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 グレイシャは面倒見が良かった。と言うか、新兵からしたら鬼のような教官だった。
 入隊後、新兵は一ヶ月の研修、訓練を受ける。
 これは、戦いの素人である新兵に一から兵士の基礎を教えるためのものだ。
 軍の規律を覚える事から始まり、剣や弩などの武器の扱いや管理の方法を学び、技能訓練や体力・筋力強化のためのトレーニングを行う。

 研修を受ける新兵はゾルを入れて十人いた。
 そして、そこに新兵を熱心な瞳で見つめる人物が一人。グレイシャである。本来、新兵の教育に指揮官が現れることはなく、部隊長の教官が一人付くだけだ。だから、この研修は常に緊張感が漂っていた。初め、グレイシャは研修の様子を外から眺めていただけで、口出しする事はなかった。だが日が経つにつれ、自ら新兵の教育に積極的に参加するようになった。グレイシャが現れるのは、主に戦技訓練の時だ。
 丁寧に指導することもあれば、叱咤激励するように言葉を投げかけてくることもあった。
 だが、いずれのやり方でも新兵のやる気を引き出しているようだった。
 これも、指揮官の能力の一つかもしれない。



 初めは藁人形や木製のマネキン相手に戦技訓練をしていた新兵たちだったが、研修も終わりに近づくと、剣の打ち合いが訓練で行われる事になる。
 ショートソードを片手に持ち、逆側の手には円形の盾を持つ。
 剣は訓練用で刃は潰してあるが、本格的な戦闘を想定した訓練であるため、新兵たちは本気の打ち合いをする。当然、毎日怪我人が出る。が、この訓練を終えなければ、魔物や亜人と戦うことはできないだろう。皆、必死だ。グレイシャの指導にも熱が入っており、彼女は「とにかく前に出ろ! 一撃でも多く相手に攻撃しろ!」と、全員に檄を飛ばしていた。
 そんな中、まるで気合いを感じられない男が一人いた。
 そいつは、相手に手加減しているのが丸わかりで、敵を気遣う優しさまで感じられた。
 その姿は目立ったし、グレイシャの指導の反対の行動を取っているように見えた。
 ゾルである。
 とは言え、これは仕方ない。
 ゾルが全力を出せば、相手は骨折では済まない。一撃で死ぬだろう。仲間も教官も、そしてグレイシャも、全員ゾルが強い事を知っている。
 だから、打ち合いの訓練を始めて数日は何も言われる事はなかった。
 その日、ゾルは打ち合い中にグレイシャに呼ばれた。
 グレイシャは良い機会だ、と思ったのかもしれない。
 彼女もゾルの力量をはっきり確かめる必要があったのだ。
 訓練に物足りなさそうなゾルを直接指導し、力を見極めようとしたのである。
 グレイシャは訓練を一時中断させた。

「全員、打ち方止め!」

 打ち合いを止め、全員がグレイシャの方を見た。

「ゾル、こちらに来い。お前の相手は私がする。残りの者は下がって見学しているように」

 新兵たちは、言われた通り移動した。突然の事に慌てて、ゾルは返事をしてグレイシャの前に走っていく。
 グレイシャはゾルに言った。 
 
「お前は以前、特殊技能を使えると言ったな?」

「はい」

「その力を使い、全力で掛かって来い」
 
「分かりました」

 グレイシャの指示に、素直に返答するゾル。
 が、闘神解放には時間制限がある。この頃のゾルでは、一分が限界だった。この訓練は、相手が倒れない限り三分以上は打ち合いを続ける必要がある。
 どのタイミングで使うか、考えなければいけない。

「よし。では、訓練を始める」

 と、グレイシャは剣を抜いた。
 グレイシャの装備は全身鎧と魔法剣、ロングソードだ。ただ、兜は身に付けていない。他に魔法のアイテムをいくつか装備しているようだった。
 ゾルは訓練用のショートソードとバックラー。鎧は身に付けていない。
 ゾルはグレイシャに向かっていった。
 数合の打ち合いで、グレイシャの強さを感じ取った。技術もそうだが、何より一撃一撃が重い。実はこの時、グレイシャは筋力を上げる魔法のアイテムを装備しており、通常時よりも力が増していた。騎士がこうしたアイテムを普段から装備するのは常識であるため、ズルではない。
 グレイシャからの反撃は容赦ないものだった。判断を誤れば大怪我をしてしまう。
 ぽつり、と新兵の一人から不安そうな声が漏れた。

「指揮官殿、手加減してないよ……殺されるんじゃないか……?」

 実際に、グレイシャは手加減していなかった。
 ゾルは上手く躱しているが、グレイシャの攻撃を一撃でも受けたら終わりなんじゃないか、と皆に思われていた。多分、急所に当たらなければ一撃でやられる事はないと思うが、どんな攻撃手段を持っているのかも分からない。グレイシャの小さい動きにも、神経を尖らせる。
 だんだん、戦闘に集中してきた。これが訓練だなどと、ゾルはもう思っていない。試合、くらいを意識して、気持ちを切り替える。
 ゾルは一旦、グレイシャから距離を置くために後ずさった。
 だがそこに、すかさずグレイシャが距離を詰めてきた。
 ゾルは慌ててバックラーでガードした。

「逃げるな!」

 と、グレイシャの檄が飛ぶ。
 が、その言葉を聞いている気持ちの余裕はなく、ゾルはさらにグレイシャから遠ざかろうとした。
 全身鎧は二十キロ近い重さがある。ゾルが全力で後退すれば、重い鎧が彼女の動きを阻害し、距離は開く。打ち合いではなく、足を使ったヒット・アンド・アウェイのような戦い方に変え、相手の隙を突こうとした。
 だが、この考えは甘かった。

「フライ!」

 グレイシャの使用した魔法のアイテムは、ブーツ・オヴ・フライト。この魔法の靴は、合い言葉を口にするだけでフライの魔法を発動できる。
 フライの魔法を使う事で、移動速度の低下を補ったのだ。
 グレイシャの速度は、ゾルの移動速度をわずかに上回った。
 宙を飛び接近してくるグレイシャに、ゾルは思い付く手段が無く、迎え撃つしかなかった。
 見学している新兵から、また言葉が漏れた。

「アレはさすがにズルなんじゃ……」
 
 魔法のアイテムを使う教官に、皆がそう感じたに違いない。だが、決して卑怯な戦法とは言えない。魔法のアイテムでファイアーボールなどの攻撃魔法を撃ってくるなら、さすがに汚いと感じるかもしれないが……。それに、最初からこれがグレイシャの狙いだったのだろう。敵から退くなと、行動で伝えているのだ。
 グレイシャの一撃を躱すゾル。
 こちらを逃がす気は、毛頭無いようだ。とゾルは思う。
 この時、ゾルは魔法を使うか悩んだ。
 戦闘に使用できる魔法は三つ。第二位階魔法ブラインドネス/デフネス、第一位階魔法チャーム・パースン、初級魔法トゥルー・ストライク。ブラインドネスは相手を盲目状態にする魔法だ。一対一の戦いにおいてかなり有効な魔法だとゾルは思っている。このタイミングで使用してもいいが……。
 一瞬隙を作れれば、グレイシャに魔法を掛けられない事はない。
 だが、なんだか抵抗されそうな気がする。
 グレイシャのクラスはナイトだ。
 ブラインドネスに対する抵抗値は高いだろう。

「攻めて来い! 兵たる者、攻めて攻めて攻め抜き、そして敵に勝つものだ!」

 ちなみに、闘神威圧という対象を恐怖状態にする特殊技能も使えるが、ゾルはこの技を人相手に使った事はなかった。使い勝手のいい技だが、なんとなくこれを人に使うと悪い気がして気が引けるのだ。それに、グレイシャに使用しても、やはり抵抗される気がした。
 なんとなく。
 戦士の勘と言う奴で。
 そんな事を迷っている間に、とうとうバックラーが壊れてしまった。
 もう躊躇していられない。
 ゾルは壊れたバックラーをグレイシャに向かって投げつける。
 グレイシャは剣で払いのけた。

「闘神解放!」

 そのわずかの間に、ゾルは闘神解放を使用した。
 この技は、己の身体能力を上げ、さらにヘイストの効果が付与されるといったものだ。ただ、持続時間は一分、そして使用後は疲労で体が重くなる。
 そのため、一分耐えられたら、ゾルに勝ち目はなくなる。

 ゾルは凄まじい速さで攻撃を繰り出した。
 これには、グレイシャも反応が遅れた。
 グレイシャはガントレットでゾルの一撃を受けた。凄まじい威力だったに違いない。この時、グレイシャはガントレット越しに受けた腕へのダメージで怪我をし、腕に力が入らなくなったらしい。もし戦闘が続行していても、剣を全力で振るう事ができなかったと、後でゾルはグレイシャから話を聞くことになる。

「ぬう!」

 と、グレイシャから声が漏れた。
 すかさず、ゾルは二撃目を繰り出した。これは胴を横凪に斬りつける一撃だったが、鎧にショートソードが接触すると、剣の方が折れてしまった。グレイシャにダメージはない。
 グレイシャが剣を下ろしたのを見て、ゾルは闘神解放を解いた。
 訓練は終了した。
 新兵から、声が漏れた。

「……凄い……」
「……あいつと戦ったら死ぬな……」
「……俺には早すぎて、何してるのか分からなかった……」

 グレイシャはゾルの気合いの入った一撃が見られてひとまず満足したようだった。
 機嫌が良さそうだ。

「あれがお前の全力だな。最後の一撃、いや二撃か。気合いが感じられたぞ」

「ありがとうございます」

 ゾルは頭を下げた。
 グレイシャは頷き、それから何か言い淀み、ゾルを見た。

「あー……ところで、その……お前のあの技は、何かお前の体に悪い影響があったりはしないか? ……無理をさせてしまった、か……?」

「いえ、使用後に疲労を感じるくらいです」

「そうか。ならいいが……もし疲労を感じるのであれば、休んでも構わないが……?」
 
「大丈夫です。訓練を続けさせて下さい」

「よし、分かった」

 グレイシャはゾルの脇を軽く叩いた。
 労ってくれているようだ。
 ただ、この時は気付かなかったが、どうもグレイシャはゾルの体を真剣に心配したらしい。闘神解放は膂力が異常な程強くなり、体も変化するため、何か副作用があるのではないかと思ったようだ。アドレナリンを出して興奮状態になり無理矢理筋力を上げるような技もあるし、なんでも、脳のリミッターを外して限界を超えた力を引き出し、自分自身へのダメージを受けながら戦う技もあるのだとか。
 闘神解放にはそこまでのデメリットはない。時間制限内に解除すれば、疲労もそこまで感じる事はないため、上手く使えば何度も戦闘に使用できる。時間制限内なら一日に何回でも使えるのは良い点だろう。また、例え疲労状態になっても三、四時間の休憩で回復する。
 それから、グレイシャがゾルを気遣ったのは、ここまでゾルが腕の立つ奴とは思っておらず、思わず訓練に力が入り過ぎてしまったため、やり過ぎたと自省していた、といった理由もあったらしい。
 この日の訓練は、早めに終了した。これも、グレイシャの配慮のようだった。
 研修が終了すると、ゾルはグレイシャの管理する部隊に入隊する事になった。
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