ユキバナの咲く地へ

uncommon

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終章

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 飛行中、ふとエルザが何かを見咎めて声を上げた。

「ゾル、あそこを見ろ」

 眼下に、人の姿が見える。
 …………。
 赤い髪をした少女だ。
 シアで間違いなさそうだ。死んで地獄に来たのではなく、生身の状態でここにいる。
 こちらには気づいていない。
 シアは悪魔と二人で何か話をしている。

「なんでシアがここにいるんだ……?」

 皆、疑問に思う。
 と言うか、そもそもどうやった来たのだろうか。

「バズゥ、あいつの近くに降りろ。ちょっと様子を見たい」

 エルザが不承不承ふしょうぶしょう指示を出す。
 
「かしこまりました! 喜んでー!」

 と、バズゥはすぐさま地面に降下した。

 岩場に隠れて、三人は聞き耳を立てた。見つからないよう、バズゥは透明化して姿を消している。
 シアと悪魔の会話が聞こえてくる。

「声をかけられた時はビックリしたぜ。まさか、親父だったとはな」

 と、シアは不敵な笑みを浮かべながら悪魔に話しかけている。

「ああ、どうやら俺に流れる精霊の血が、生前の記憶を保たせたらしい」

 どうもこの悪魔、シアの父、デュガンが悪魔化した姿らしい。
 やはり地獄に落ちていたようだ。
 だがもう中級悪魔の姿をしている。
 なぜか生前の記憶を保持しているらしく、かなり早いペースで出世していると思われた。

「じゃあ、あたしが地獄に落ちても記憶を失わないで済むのか?」

「恐らくお前程の才能と能力があれば失わずに済むだろう。もし記憶を失っても俺がなんとかしてやる。記憶を取り戻す方法が見つかりそうだからな」

「親父やるな」

 と、シアは会心の笑みを浮かべる。

「戻ったらベリドにも伝えておけ」

 リュガンの方もシアに会えたのが僥倖ぎょうこうだと言わんばかりの調子だ。

「ああ、分かった。地獄に落ちたときはよろしく頼むぜ」

「地獄も案外悪い場所じゃない。この悪魔の身体も強靭きょうじんだ」

「まぁ、神も悪魔も大して変わらねーもんな」

「俺にはむしろ、こちらの方が性に合っている。昇格さえすれば悪魔どもに好きなように振る舞えるぞ」

「地獄の亡者を支配するもの面白いかもな」

 ふん、と笑みを見せてリュガンは聞く。

「ところで、どうしてここにいる?」

「それがさ」

「ああ」

曾婆ひいばあちゃんに挑んだら、ここに飛ばされたんだよね。まさか巨大サイズ(全長十メートルぐらい)のエレメンタルになれるとは思わなかったぜ。曾婆ちゃん、もう人間辞めてるな」

祖母ばあさんは、人というより精霊の化身に近いからな。祖母さん自身が大精霊みたいなもんだ」

「ったく大事な曾孫ひまごを地獄に送り込むか? 普通?」

「祖母さんは肉親の情より、精霊の御言葉みことばが第一なんだ。お前が精霊の意思に沿わない行動を取っていると祖母さんは判断したんだろう」

「ちょっと技のコツを教えてもらいに行っただけなのにさ。曾孫が頭下げてんだから、喜んで引き受けてくれよ」

「祖母さんに一般的な考えを持てって方が無理だな」

「ほんとよく分かったぜ。んで親父。ここから出るにはどうすればいいんだ?」

「地獄では、まれに次元転移のホールが生じることがある。それを見つけるしかないな」

「マジかよ」

「部下に命令を出して見つけてやる」

「あんがと。でもその間飯とかどうすんの?」

「めちゃくちゃ不味いが、金さえあれば食料は買える。粘土や泥水みたいなものだが死ぬことはない」

「げえぇ」

「我慢しろ。すぐにホールを見つけてやる」

「……ああ、分かった」



 ……。
 三人とも、無言で話を聞いていた。
 複雑な心境である。
 エルザが小声で言った。

「バズゥ、これはどうなってる?」

「はい? どうなってるとは?」

「地獄に落ちても反省してない奴がいるぞ!」

 やはりエルザは怒っているようだ。
 分からないでもないが。

「仕方ないですよ。地獄は完全な実力社会ですから。力のある者はああして出世するのでございますね」

「この仕組みはおかしい。罪人には徹底的に罰を与えるべきだ」

「そうは言いましても、これも地獄を運営するために必要なことなのでございます」

「しかもあいつベリドにも伝えておけとか言っていたぞ!」

「シィ、シィー」

 デュガンにこちらの正体がバレるとバラドナに報告される恐れがある。
 ゾルとルアドは口に人差し指を当てて慌てていた。

「クソ。気分が悪くなった」

「この地獄でも、夢や希望を持って生活できるのでございます」

 そうバズゥは続け、エルザはかぶりを振った。

「もういい」


 今、三人は中級悪魔の姿だ。
 デュガンが仕事に戻ったのを見計らい、一人になったシアにエルザは歩いて行った。

 シアはこちらに気がつくと、驚いた顔をしてすぐに臨戦態勢に入った。 

「や、やんのかテメェ!」

 シアの身体が炎のエレメンタルに変化した。
 新しく覚えたエレメンタル化という技だろう。

「私だ」

「何ィ!?」

「エルザだ」

「エルザだと!?」

「そうだ。こっちはゾルだ」

「ああ、警戒しなくても大丈夫だ。ディスガイズ・セルフの魔法で姿を変えている」

 と、ゾルは虚空からアディフィッドをチラっと見せた。

「なんだ、そうかよ。ビックリさせんな」

 シアはエレメンタル化を解いた。

「話を聞いていたぞ。デュガンとまた何か企むつもりだな?」

「ちげぇよ。さすがに、あたしでも悪魔になろうとは思わないって。親父に話を合わせていただけだよ」

「ふざけたことは考えるなよ」

「あたしは神になるつもりなんだよ。地獄にはあんまり興味はねーよ」

「ったく。なんでこいつに時間を取られているんだ」

「それより、お前たちが地獄にいるってことは帰る手段もあるんだろ?」

「バズゥ」

 と、エルザはバズゥを呼んだ。

「はい、エルザ様」

 バズゥが姿を現す。

「上級悪魔を従えてんのかよ。ってことは、お前、上手くやったのか?」

 とシアが驚いた顔で言った。

「これから、お母さんを取り戻しに行く。お前は私たちの作戦が上手く行ったら、帰りにでも拾ってやる」

「……ってことは、アレをする気か?」

「そうだ。もう決めた。地獄の仕組みはやはりおかしい」

「……分かった。あたしも、見届けてやるよ」

 シアは真剣な目つきでエルザを見つめた。

 エルザは自分の髪を一房切った。
 それを、ハンカチに包みシアに渡した。

「お前にも渡しておく」

「あいよ」

「バズゥ、帰りはこいつも拾っていけ。いいな」

「かしこまりました、エルザ様」

「地獄なんかほっとけばいいのに。あたしさ、お前に一つ聞きたいことがあったんだよね?」

 と、表情に余裕を取り戻しシアが言う。

「なんだ?」

「お前ってさ、寂しいとか感じたことある?」

「ない。私は一人で生きてきた」

「やっぱ化け物だわ。お前」

「化け物はお前らの方だろ。デュガンもベリドも、殺してもここでまた悪事を働くつもりなんだから」

「いいか、エルザ。人ってのは、寂しいって気持ち持つものなんだぜ」

「だから何だ?」

「あたしは、親父やベリドと離れるのは寂しいと思うんだよ。だから生き返したいし、地獄だとしても親父がいると思うと嬉しい。死んでても、ここで会えると思うと寂しくなくなる」

「何が言いたい?」

「みんなさ、一人でいるのが寂しいんだ。だから、こんな、お前の言うようなおかしい世界ができちまうんだよ」

「死人は基本的には戻らないものだ。地獄で会えると希望を持つなんて、それはおかしな話だ」

「そうだけどさ。なんつーか。私はそういう、人の寂しさが理解できなくもなくて、地獄や人の世界がちょっとくらい歪んでいても、なんとも思わないんだよな」

「寂しさを埋めるためや、人や仲間といたくて悪事をするのであれば一人でいた方がマシだ。そんなことも分からないのか?」

「ああ、ま、お前には分からないだろうな。本当に一人でも寂しいと思わないならな」

「一人で生きていても、ゾルやレイ司祭、メザイアたちのように、私を助けてくれる人たちはいる。みんなに感謝はしている」

「それは、お前が強いからだろ? 特別だったからだ。弱い奴らはお前みたいに一人で生きようなんて思えない」

「ふざけるな。強いも弱いも関係ない」

「うーん」

「大体、ベリドなんか金目的で私を裏切ったんだぞ。そんな感情のない奴だ。あいつこそ、寂しいなんて感じないだろ」

「あいつ、公国の裕福な商家に生まれたらしいんだけど、家庭は酷く冷めていたらしいんだよ。ローグになる前、母親が間男の相手を連れて来て、なんか一悶着あったらしいんだ」

「ベリドの過去か?」

「うん。あいつ、母親にその男を殺せって命令されて、その通りにしたんだよ。ナイフで男をぶっ刺したんだ」

「それで?」

「でも母親は命令通りにしたベリドに、酷い言葉を投げかけたらしい。で、ベリドは母親をぶん殴って家を出た。その後、王国のローグギルドで腕を磨くんだけど。ま、とにかく、ベリドの家庭は愛情とは無縁だったってことだ」

「まったく同情の余地がない」

「んで、十九歳の頃かな? うちの親父と会って仲良くなるんだよ。あいつ、うちの家族とも仲が良くて、あたしのことも可愛がってくれたんだ」

「悪人同士気が合うんだろ」

「うちの家族は全員悪人ってわけじゃねぇよ」

「それで?」

「あいつは、そういう家族ってのに憧れてんだよ。あいつだって寂しいと思うことはあるんだ」

「今、鳥肌が立ったぞ」

「まぁ、ベリドの話は悪かったよ。実際、あいつは冷酷だ」

「だが、お前の言っている意味は分かった」

「そうかよ」

「アナザデウスにも寂しさを感じるか聞く。悪の権化である奴が、寂しさを感じるかどうか知りたい」

「今度はあたしが鳥肌立ったぜ。アナザデウスは超常の存在、不死だ。寂しいとか人のような感情は持っていないぜ?」

「聞いてくる」

「あたしから話振っておいてなんだけど、聞いてどうするんだ?」

「審判を下す」

「……寂しさを感じると答えたらどうする?」

「消す」

「じゃあ、寂しさを感じないと答えたら?」

「消す」

「どちらにしても消すんじゃねぇか」

「私の納得する答えを奴が持っていたら、退しりぞくことも考える」

「そうかよ。じゃあ、あたしはこの辺にいるから、生きていたら帰りに拾ってくれ。相応の謝礼は出すぜ。あと、あの件は忘れずにいてやるよ。お前にはまだ借りを返してないからな」

「ああ」

 シアは背を向けて歩いて行った。片手をひらひらとこちらに振っている。

 その背中を不機嫌な様子で見つめるエルザに、キョトンとした顔でゾルが聞いた。

「あの件ってなんのことだ? エルザの髪も一房渡していたが……?」

「なんでもない」

 と、エルザはしかめ面のまま答える。
 シアと会ったことと、先程のリュガンの話が未だに気に食わないのだろう。

「それならいいが」

「あの子もエルザの友達かい?」

 ルアドには二人が仲良く見えたのかもしれない。あまりエルザの様子を気にせず、ルアドはそう聞いた。

「ま、そう思ってもいい。信用できない奴が友達って枠に入るならな」

 ため息でも吐きそうな表情でエルザはそう答えた。

「複雑な関係なんだね」

 と、ルアドも何か察した様子だった。
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