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第六章
第46話【現在】血の薔薇、あるいは継がれた夢
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お風呂に入って食堂でご飯を食べた後に、引き続き個人訓練を行うことにした。
個人訓練と言っても、主にアリアナ・陛下談義になるだろうと思っていた。
教室で……と最初は思ったけれど、異性と二人きりはまずいかな、と思い開けている中庭で行うことにした。
湯冷めしないように厚着して外へ向かう。
「サイコメトリーって、ものとか人の記憶を読むわけだから無制限にできちゃうとリスクが大きいんだ。たとえば、手を触っただけで僕のアリアナ様に対する溢れんばかりの想いが勝手に見られたらと思うとちょっと恥ずかしい」
『周囲から遠巻きにされる』『犯罪に巻き込まれる』『国家から管理される』
丸っこく整った文字が地面に並ぶ。無骨な騎士を目指す少年と、その人が書く文字のギャップに驚いた。
私の思考は途中で中断された。彼が再び説明をはじめたからだ。
「こんなところかな。……君の魔法は、偏向術式で縛ったほうが良いタイプの魔法使いだと思う」
どうやらここ数年で「珍しい魔法を使うもの」「高レベルな魔法が使えるもの」は自衛のために偏向術式で縛る傾向にあるらしい。
「私、将来の夢は交易商になりたいって思ってて……」
「なら、――たとえば“見た記憶は一回きり”とか、“物の記憶を見るには、ちゃんと時間を指定しなきゃいけない”とかはどう?」
ガリガリと、リスクの下に偏向術式の事例が刻まれていく。
私の将来の夢でも実用可能そうなものはマル、合わないかもしれないものはバツ印を付けて分類分けまでしてくれている。
『”人間の記憶を見る場合は相手の同意が必要” ◯
”同意がない場合、何らかのデメリットがある” ◯
“無制限で見られる” ×
“手のひらを対象にべったりとくっつける必要がある” △』
相変わらず丸っこい、綺麗だけどちょっと癖のある文字が地面に並ぶ。
「すごい!」
さらさらといろんなアイディアが出てくる。
偏向術式は縛りの強度もそうだけれど、どれだけ長いことその制限を守っているかに応じて威力が変わる。
十三歳からある程度固まった偏向術式を組めていれば、成人を迎える頃には強力なサイコメトリーになっている可能性が高い。
「アリアナ様もすごいけど、陛下って、本当にすごい方だと思うんだ」
その声には「信仰」のようなものが滲んでいた。
「実戦で使ったのはアリアナ様が初めてだけれど、これらを一般に広めたのは陛下なんだ。……そういう人のそばで、いつか……」
彼の言葉が途切れたので、私は地面に書かれた文字を追っていた視線を彼の顔に合わせた。
月明かりに照らされた明るいミルキーブロンドの髪、同色の睫毛に縁取られた、見る角度によって色を変える青緑色の瞳、色白の顔立ちは「端正」と言えるかもしれない。
……「殿下」に、似ている気がする。初めて会った頃の、まだ少年が抜けていない雰囲気の殿下に。
そう言えば殿下もちょっと魔法オタクなところがあったな。
殿下と、モーリス、ベンジャミン、私の四人でなんとか「血液操作」が成立するように頭を突き合わせて議論を交わした、あの騎士団の日々が懐かしく思えた。
「あのさ……ちょっとだけ、見てもらってもいいかな」
少年の声に現実へ引き戻される。
少しだけ顔を赤らめた彼が、右手に巻いていた包帯をほどいた。
包帯を解いたあと、彼は使用済みの包帯をさっと小袋に入れた。血は汚いものという認識があるのだ。
この歳にしてはやけに几帳面だ。
先ほどまでの訓練でついた傷からは未だに血が滲んでいる。
手のひらを上に向けると、滲んだ血が重力を無視して空中で踊るように動いた。
彼に宿った「かくあるべし」の精神が、自らの血に形を与え――硬化させた。
最後に浮かび上がったのは、真紅の薔薇。
赤黒くて恐ろしいもののはずなのに、透明感のあるぞっとする程美しい姿。
似たようなことは私も騎士時代にやろうと思ったことがある。
『今度夜会でダンスする時、“血の守護騎士”にふさわしい演出をして!』とエミリアに無茶振りをされたのだ。
血を出す、操作する、固める、までは出来る。
だけど、薔薇を見ながらいくらやってもその通りの形を作ることはできなかった。なんだかよくわからないぼてっとした赤い塊にしかならなかった。
ベンジャミンには「想像力が欠如している」とバッサリと切られた。
お遊びだったし、戦闘には役立たなかったので諦めていた。
「すごい……!!」
「アリアナ様の真似をするだけじゃ足りない、と思って……だから、自分なりに考えた魔法なんだ」
低く抑えた声で言ったそのあと、薔薇を差し出すときだけ、声がふっと高くなった。
花びらの一枚一枚のディティールが繊細で、ついまじまじと見てしまう。
きっと何度も練習を重ねたのだろう。
「触ってもいいよ」
「こわれそう……」
息遣い一つで壊れてしまいそうな、触れるのを思わずためらってしまいそうな美しさ。
赤いガラスでできた芸術品です、と言われても信じてしまいそうな見事な出来栄えだ。
「壊れないよ。サイコメトリー、発動しながら触れてみて。――僕はアリアナ様と陛下への敬愛をこの薔薇に込めた。強く込めた思いが見られるのか、それとも全く無関係な僕の思い出が見えるのか……気にならない?」
そう言っていたずらっぽく少年が笑った。
それは、気になるかもしれない。指先で薔薇の茎に触れると――私の意識は、少年の中へとダイブした。
焼ける、焼ける、焼ける――。森も、人も、見知った町並みも。
『大丈夫か!』
眼の前に現れたのは殿下の顔。頬はすすで汚れ、髪の毛の端は焦げていた。
少年は瓦礫の下から殿下によって救い出されたのだった。
『あッ――』
馬車の車輪程もある瓦礫が、上から落ちてきた。あれに潰されたらひとたまりもない、死ぬ――。
そう覚悟した瞬間、視界に飛び込んできたのは「黒」だった。
黒いマントを翻して、眼の前に現れた「彼女」は騎士だというのに、落ちてきた巨大な瓦礫を拳で破壊した。
ぱらぱらと顔に瓦礫の破片が当たる。
血のように濃く、剣のように鋭い瞳がこちらを睨んだように思えた。
彼女にひょいと、荷物でも持つように担ぎ上げられ――。
急速な疲労感とともに、現実が意識へと戻る。
そうか、この少年は――。
「君が夢を話してくれたから、僕も話すんだけど……僕の夢は陛下の近衛騎士になることなんだ」
人に初めて話した、と付け加えて照れたように笑った。
見覚えのある町並み、あれはグランバレー領の辺境にある町だったはず。
アリアナが辺境でナラカを抑えなければ真っ先に滅ぼされていた街。
夏の国との国境沿いで、「異民族」が近くで出現することも多いあの場所は、いつだって襲撃の恐怖に怯えていた。
私が命をかけて守りきった、守りたかったものの一部なのだ。
頬を涙が伝った。ポロポロとこぼれて止まらない。
眼の前の彼は突然泣き出した私を見てぎょっとしていた。
騎士時代の私は、けして願ってはいけない夢があった。
『皇帝陛下となった「殿下」の近衛騎士となること』
でも、「殿下」は当時から「臣下の頂点を目指す」と公言していた。
私の望みが叶うということは、「殿下」の望みが叶わないということ。
だから代わりに「臣籍降下された”エリオット様”の騎士になれればいいなー」とぼんやり考えていた。
だけど、私《アリアナ》が死んで、覚悟を決めた「殿下」は皇帝になった。
この少年は、私が諦めていた夢を――願えば叶う可能性がある位置にいるのだ。
血液操作を得意とする騎士が、皇帝陛下直属の騎士となること。
私が叶えられなかった夢の続きを生きてくれるのと同じ。
勝手に夢を託すなんて、傲慢なのかもしれない。
「ごめん、ちょっと嬉しくて――」
袖で拭って、必死に泣き顔を隠そうとする。 でもその直後――。
「…………何をしている」
低い声が、地を這うよう中庭に響いた。
全てを凍てつかせ、支配する――冬の帝国の魔王が、そこにいた。
個人訓練と言っても、主にアリアナ・陛下談義になるだろうと思っていた。
教室で……と最初は思ったけれど、異性と二人きりはまずいかな、と思い開けている中庭で行うことにした。
湯冷めしないように厚着して外へ向かう。
「サイコメトリーって、ものとか人の記憶を読むわけだから無制限にできちゃうとリスクが大きいんだ。たとえば、手を触っただけで僕のアリアナ様に対する溢れんばかりの想いが勝手に見られたらと思うとちょっと恥ずかしい」
『周囲から遠巻きにされる』『犯罪に巻き込まれる』『国家から管理される』
丸っこく整った文字が地面に並ぶ。無骨な騎士を目指す少年と、その人が書く文字のギャップに驚いた。
私の思考は途中で中断された。彼が再び説明をはじめたからだ。
「こんなところかな。……君の魔法は、偏向術式で縛ったほうが良いタイプの魔法使いだと思う」
どうやらここ数年で「珍しい魔法を使うもの」「高レベルな魔法が使えるもの」は自衛のために偏向術式で縛る傾向にあるらしい。
「私、将来の夢は交易商になりたいって思ってて……」
「なら、――たとえば“見た記憶は一回きり”とか、“物の記憶を見るには、ちゃんと時間を指定しなきゃいけない”とかはどう?」
ガリガリと、リスクの下に偏向術式の事例が刻まれていく。
私の将来の夢でも実用可能そうなものはマル、合わないかもしれないものはバツ印を付けて分類分けまでしてくれている。
『”人間の記憶を見る場合は相手の同意が必要” ◯
”同意がない場合、何らかのデメリットがある” ◯
“無制限で見られる” ×
“手のひらを対象にべったりとくっつける必要がある” △』
相変わらず丸っこい、綺麗だけどちょっと癖のある文字が地面に並ぶ。
「すごい!」
さらさらといろんなアイディアが出てくる。
偏向術式は縛りの強度もそうだけれど、どれだけ長いことその制限を守っているかに応じて威力が変わる。
十三歳からある程度固まった偏向術式を組めていれば、成人を迎える頃には強力なサイコメトリーになっている可能性が高い。
「アリアナ様もすごいけど、陛下って、本当にすごい方だと思うんだ」
その声には「信仰」のようなものが滲んでいた。
「実戦で使ったのはアリアナ様が初めてだけれど、これらを一般に広めたのは陛下なんだ。……そういう人のそばで、いつか……」
彼の言葉が途切れたので、私は地面に書かれた文字を追っていた視線を彼の顔に合わせた。
月明かりに照らされた明るいミルキーブロンドの髪、同色の睫毛に縁取られた、見る角度によって色を変える青緑色の瞳、色白の顔立ちは「端正」と言えるかもしれない。
……「殿下」に、似ている気がする。初めて会った頃の、まだ少年が抜けていない雰囲気の殿下に。
そう言えば殿下もちょっと魔法オタクなところがあったな。
殿下と、モーリス、ベンジャミン、私の四人でなんとか「血液操作」が成立するように頭を突き合わせて議論を交わした、あの騎士団の日々が懐かしく思えた。
「あのさ……ちょっとだけ、見てもらってもいいかな」
少年の声に現実へ引き戻される。
少しだけ顔を赤らめた彼が、右手に巻いていた包帯をほどいた。
包帯を解いたあと、彼は使用済みの包帯をさっと小袋に入れた。血は汚いものという認識があるのだ。
この歳にしてはやけに几帳面だ。
先ほどまでの訓練でついた傷からは未だに血が滲んでいる。
手のひらを上に向けると、滲んだ血が重力を無視して空中で踊るように動いた。
彼に宿った「かくあるべし」の精神が、自らの血に形を与え――硬化させた。
最後に浮かび上がったのは、真紅の薔薇。
赤黒くて恐ろしいもののはずなのに、透明感のあるぞっとする程美しい姿。
似たようなことは私も騎士時代にやろうと思ったことがある。
『今度夜会でダンスする時、“血の守護騎士”にふさわしい演出をして!』とエミリアに無茶振りをされたのだ。
血を出す、操作する、固める、までは出来る。
だけど、薔薇を見ながらいくらやってもその通りの形を作ることはできなかった。なんだかよくわからないぼてっとした赤い塊にしかならなかった。
ベンジャミンには「想像力が欠如している」とバッサリと切られた。
お遊びだったし、戦闘には役立たなかったので諦めていた。
「すごい……!!」
「アリアナ様の真似をするだけじゃ足りない、と思って……だから、自分なりに考えた魔法なんだ」
低く抑えた声で言ったそのあと、薔薇を差し出すときだけ、声がふっと高くなった。
花びらの一枚一枚のディティールが繊細で、ついまじまじと見てしまう。
きっと何度も練習を重ねたのだろう。
「触ってもいいよ」
「こわれそう……」
息遣い一つで壊れてしまいそうな、触れるのを思わずためらってしまいそうな美しさ。
赤いガラスでできた芸術品です、と言われても信じてしまいそうな見事な出来栄えだ。
「壊れないよ。サイコメトリー、発動しながら触れてみて。――僕はアリアナ様と陛下への敬愛をこの薔薇に込めた。強く込めた思いが見られるのか、それとも全く無関係な僕の思い出が見えるのか……気にならない?」
そう言っていたずらっぽく少年が笑った。
それは、気になるかもしれない。指先で薔薇の茎に触れると――私の意識は、少年の中へとダイブした。
焼ける、焼ける、焼ける――。森も、人も、見知った町並みも。
『大丈夫か!』
眼の前に現れたのは殿下の顔。頬はすすで汚れ、髪の毛の端は焦げていた。
少年は瓦礫の下から殿下によって救い出されたのだった。
『あッ――』
馬車の車輪程もある瓦礫が、上から落ちてきた。あれに潰されたらひとたまりもない、死ぬ――。
そう覚悟した瞬間、視界に飛び込んできたのは「黒」だった。
黒いマントを翻して、眼の前に現れた「彼女」は騎士だというのに、落ちてきた巨大な瓦礫を拳で破壊した。
ぱらぱらと顔に瓦礫の破片が当たる。
血のように濃く、剣のように鋭い瞳がこちらを睨んだように思えた。
彼女にひょいと、荷物でも持つように担ぎ上げられ――。
急速な疲労感とともに、現実が意識へと戻る。
そうか、この少年は――。
「君が夢を話してくれたから、僕も話すんだけど……僕の夢は陛下の近衛騎士になることなんだ」
人に初めて話した、と付け加えて照れたように笑った。
見覚えのある町並み、あれはグランバレー領の辺境にある町だったはず。
アリアナが辺境でナラカを抑えなければ真っ先に滅ぼされていた街。
夏の国との国境沿いで、「異民族」が近くで出現することも多いあの場所は、いつだって襲撃の恐怖に怯えていた。
私が命をかけて守りきった、守りたかったものの一部なのだ。
頬を涙が伝った。ポロポロとこぼれて止まらない。
眼の前の彼は突然泣き出した私を見てぎょっとしていた。
騎士時代の私は、けして願ってはいけない夢があった。
『皇帝陛下となった「殿下」の近衛騎士となること』
でも、「殿下」は当時から「臣下の頂点を目指す」と公言していた。
私の望みが叶うということは、「殿下」の望みが叶わないということ。
だから代わりに「臣籍降下された”エリオット様”の騎士になれればいいなー」とぼんやり考えていた。
だけど、私《アリアナ》が死んで、覚悟を決めた「殿下」は皇帝になった。
この少年は、私が諦めていた夢を――願えば叶う可能性がある位置にいるのだ。
血液操作を得意とする騎士が、皇帝陛下直属の騎士となること。
私が叶えられなかった夢の続きを生きてくれるのと同じ。
勝手に夢を託すなんて、傲慢なのかもしれない。
「ごめん、ちょっと嬉しくて――」
袖で拭って、必死に泣き顔を隠そうとする。 でもその直後――。
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