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第二章
第2話【現在】転生、あるいはやりなおし
しおりを挟む殿下、どうして、信じていたのに。
だから怖いと思わなかった。殿下なら絶対に助けてくれるって信じていたから。
そもそもあのワームはなんであんなところにいたんだろう。
辺境の地に魔物は多い。あそこは隣国の夏の国との国境沿いで、夏の国から魔物が流れてくることはよくある。それこそドラゴンだとか、ヒッポグリフだとか、ユニコーンだとかそういう類のものはたくさん見てきた。それらが暴れた時の鎮圧も騎士団の仕事だからだ。
でもあんな生き物――見るだけで原始的な「恐怖」という感情を刺激してくるような、理解のできない攻撃をしてくる魔物なんて見たことがない。
目を閉じたらいつでも思い浮かんでくる。
あの魔物と対峙したときの高揚感、痛さ、身体から少しずつ血液が失われていって、暗いところでばけものがポッカリと口を開けながら、その中に何も抵抗もせずに落ちていくような”死”の感覚。
なにより、最後に見た殿下の顔。にい、と口角を釣り上げたあの顔が目に焼き付いて離れない。
そりゃさ! あの状況だったらああするしかないってわかってる。
何度も考えた。あの時どうすれば生き残れたのか。考える時間だけはいっぱいあったから。
どんどん強くなる未知の敵。(自分で言うのも恥ずかしいけれど)国一番の魔力量を誇る騎士ですら足止めが精一杯だった。
辛うじて敵の動きを拘束できているあのタイミングで、私ごとふっとばすのが一番いいのだ。
あそこで私を救助していたらその間にまたワームが強くなって、結局殺しきれなかった可能性だってある。最後は高出力の魔力砲で倒したようだったけれど、私を救助している間に魔力砲を察して避けられる可能性だってあった。それくらい、あのワームの知能は驚異的だった。
私はもう死にかけていた。救助が成功していたとしても長くは生きられなかった。
だからあれは正しかった。
何度考えても、事前の情報無しで化け物が現れた時点で私か殿下、どちらか犠牲になることは確定だった。だったら階級の低い私が犠牲になるべきだ。
死ぬのは怖くなかった。未知の魔物と戦うのだってむしろ気分が高揚した。死ぬ瞬間だって、一瞬で終わったから怖いと思う暇さえなかった。
私は部隊でも「死にたがり」って言われるくらい突貫する人間だった。敵に突っ込む時の一番槍はいつだって私で。
もしも私が同じ部隊の人間だったら「殿下、ただの死にたがりだったあいつが犬死にじゃなくて殿下と国を守るために死んだんです。騎士にとっては最高の名誉でしょう。殿下が毛ほどにも気になるようであれば死後にでも騎士爵でも与えてやればいいんじゃないですか」とか言ってるだろうし。
ただひとつ、アリアナ・ブレメアは今際に笑われて焼き殺されるような人間だったのか。
答えはノー!! ……だと思いたい。
私、殿下に嫌われてたのかな。魔力量もトップクラスに多かったし、二番手は側近のベンジャミンがいたけれど三番手くらいだったと思うんだけどな。
私個人が笑われて死んだのはどうしても受け入れがたい。
脳裏に殿下の最後の顔が蘇る。笑って私を殺すように命令したあの顔。
思わず枕に顔を埋めてバタバタと暴れた。こうでもしないと”前世”のアレコレを叫んでしまいそうになったからである。
ふわふわとしたミルクティーブラウンの猫っ毛が枕の上で踊る。
前世、そう。
アリアナは今、十三歳の少女――アナスタシア・コルデーとして生きている。
……すべての始まりは、3年前へと遡る。
誰かが自分を呼んでいる。声を枯らして、泣いている。
ああ、奇跡的に助かったのか。
でもあんなに魔力を使ったんだ。きっともう長くは生きられないだろう。
全身が燃えるように熱いし、痛い。声がうまく出てこない。目もうまく開かない。そんな中、指先一つ動かすことさえ困難で。
辛うじてまぶたを開けても見えるのは白い天井と、何人かが自分を囲んでいることだけ。
『アナ!』
アナというのは自分のあだ名であるが、こうして見ず知らずの人たちに呼ばれて感涙されるなんておかしい。
なるべく話さないようにして、様子を観察していた。
どうやら今、自分はふかふかのベッドの上にいるみたいだ。騎士団の宿舎にある、寝ると腰が痛くなるあの低予算ベッドではない。
うとうととまどろんでいると誰かが口を開けてどろどろにしたご飯や水を流し込んでくれる。
上記の二つからして、どうやら自分は餓えや苦痛とは無縁の場所にいるらしい。
神様が最後に見せてくれた幸福な夢なのかなー?
敵に捕まって洗脳を受けてるのかなー?
とか。
なにせベッドで寝ているだけだったから考える時間だけは無限にあった。
こういう時は慌てず、騒がず情報収集に務めるのである。
手のひらが小さい。傷一つ無い色白で本物のお貴族様の手。
前世のなんちゃって貴族だった頃の傷だらけで色黒で、剣を持っていたからいくつもタコができては潰れていた汚い手とは大違いだ。
鏡で見てみればふわふわのミルクティーブラウンの髪の毛に新緑を思わせる緑色の目をした美少女が写っていた。ほっぺたはお化粧をしていないのに薔薇色に染まっている。にこりと笑いかければ花も恥じらって萎れてしまいそうな儚げな美少女だ。
鏡で自分の顔を見るたびに「はぅ……かわいい……」と呟いてしまう。
ナルシストか! って感じだけど、アナスタシアは本当にかわいいから仕方ない。うん。
前世では黒髪ストレートロングに血の色のような赤目、冷ややかな印象を与える顔立ちだったから似ても似つかない。
たとえアリアナを知っている人間がアナスタシアを見かけたとしても、同一人物であると気づかれることはないだろう。
しばしの間、情報収集に努めた結果。
ここはコルデー侯爵の屋敷であり、みんなが「アナ」と呼ぶ人物はコルデー侯爵の末っ子、アナスタシア・コルデーであるという結論に至った。しかもみんなが私を「アナ」と呼ぶ。
私がベッドで目覚める直前、一度心臓の鼓動が止まり家族全員が泣き崩れた瞬間、再び呼吸が再開したという。
しかもそれまで身体が弱くて寝込む事が多かったというのにまるで別人のように健康になったとかなんとか。
『私、アリアナは他の人の体、十歳のアナスタシア・コルデーの身体に入っている。』
という結論にたどり着いた。何回情報収集しても検討してもその結論は覆らなかった。
最初は落ち込んだ。
「私がアナスタシアを追い出してしまったのかもしれない」と。
最初は家族に自分が「偽物」であると気づかれたくない一心で必死にアナスタシアの面影を探した。
どんな少女だったのか、どんなものが好きだったのか、どんな夢を持っていたのか。
残留思念とも呼ぶべき、自分の中に残されていた「なにか」を見つけた。
幼くて頼りない魔力をなぞってみたら、彼女の声が流れ込んできた。
――その声は、とても静かで、か細かった。だけれど、確実に「そこ」にあった。
『わたしはもうすぐかみさまのもとへよばれる』
『それはかなしいことではないけれど、かぞくをかなしませるのだけはいやだ』
『だれか、生きたいとおもうほかのひとがわたしのからだをつかってかぞくをだいじにして、ながいきしてくれますように』
それは残りの命を代償に、彼女がかけた最初で最後の魔法。
彼女の身体に入る前は覚えていないけれど、どこかでふわふわと浮かんで漂っていたような気がする。
彼女の優しい気持ちに呼ばれて私がアナスタシアの中に入った。
そう理解したのだった。
私はあの日、この少女の残り少ない命を守ったのだ。
コルデー領はあの日私が守っていた場所、グランバレーに隣接している。あそこで私が犠牲にならなかったら、きっとこの領土にも侵略して来ていただろう。
アナスタシアはベッドで愛する家族に囲まれて人間としての尊厳を守ったまま神様の元へと旅立った。
化け物に生きたまま食われて、恐怖と絶望の中で死なせることはなかった。
私が死んだのは無駄じゃなかった。
敬愛する殿下に笑われて死んだことくらい彼女を守れたことに比べたら、とてもちっぽけなことだ。そう思えたことで救われた。
元の身体の持ち主を思って一晩中泣いた。泣きすぎて目が腫れてひどい顔になるくらい泣いた。次の日鏡で自分の顔を見てちょっと引いた。美少女が台無しだった。
アナスタシアという、心優しい少女がいた事。
彼女が亡くなっていることに気づいているのは私一人だということ。
それらすべてを飲み込んで、今後はアリアナではなく、アナスタシアとして生きていくことを決めたのだ。
今は帝国暦2089年、アナスタシア・コルデー 十三歳。
血の守護騎士、アリアナ・ブレメアが亡くなってから六年が経とうとしていた。
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