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第二章
第3話【現在】筋肉、あるいは家族
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「アナ、何を暴れているんだい」
ドアを開けたのは長男のテオドールだ。ミルクティーブラウンの髪に灰色の瞳をした筋骨隆々のたくましい男。
コルデー家は六人兄弟だ。長女、長男、次男、三男、四男、そして私。
長兄は今は領地でコルデー侯爵の補佐をしつつ、時折私設騎士団に混じって訓練をしている。
余談だが、コルデー家はお母様以外全員ミルクティーブラウンの髪の色だ。唯一のアッシュブロンドを持つお母様は「お父様の血が強すぎるわ」と嘆いていたりする。
唯一、私がお母様ゆずりの新緑の瞳とふわふわの猫っ毛を受け継いだくらいだ。
「テオお兄様」
筋肉の壁とも言うべき塊が近づいてくるとだいぶ圧迫感がある。
テオお兄様は私に近づくとひょいと抱き上げ、肩に載せてくれた。
バランスを取るために首に手を添えたが、太い。がっしりとした大木のようだ。太い血管が脈々と巡っている。
首の筋肉はつけようと思ってつけられるものではない。他の箇所の筋肉をつけるうちに自然とついてくるのだ。
見せる筋肉じゃなく、実用的な筋肉をしている。彼を見るたびに「コルデー家は安泰だな」と思う。もともと騎士団に居た私は思うのだ。筋肉はすべてを解決すると。
訓練したあとだからか、熱を持っててあったかい。この国は「寒い」「少し肌寒い」「クソ寒い」くらいしか気候がないから、いつだって抱っこは大歓迎だ。
「今日はカーシャと一緒に観劇に行くんじゃなかったのか。そんなに髪の毛ぼさぼさにして大丈夫なのかな?」
カーシャというのは長女のエカテリーナお姉様のことである。筋骨隆々な弟たちを一喝で黙らせることができるほど強い。
「はっ、そうでした……!」
さっき殿下への思いが爆発して枕に顔を埋めてジタバタした結果、アナスタシアの髪の毛は好き勝手な方向にぴょんぴょん飛び出ていた。
アナスタシアの髪の毛はお母様ゆずりの猫っ毛で、放っておくとすぐ爆発してしまう。だから外出するには時間をかけて結う必要があるのだ。
慌てて侍女を呼ぼうとしたが、テオお兄様に止められた。
「僕が結いてあげるよ。さ、座って」
そう言って化粧鏡の前に座らされる。
テオお兄様は見た目は脳筋のくせに意外と手先が器用なのだ。
「かわいい僕の妹~、世界で一番かわいい~、かわいいアナ~」
どんだけシスコンなんだ、と突っ込みたくなるような自作の歌を聞いていたら、思わず笑ってしまった。
こんなふうに溺愛と言っても差し支えないほどかわいがってくれるのはテオお兄様だけではない、家族全員がアナスタシアを可愛がって溺愛してくれている。
あまりに自然に、優しく髪を梳いてくれるその手に、少しだけ目が滲んだ。
前世のアリアナは――家族に恵まれなかった、と思う。
母はお祖母様そっくりの私が大嫌いだった。お父様はそれを諌めることをしなかった。
そうすると二人の兄が私を虐げるのも当然で。
髪の毛をひっぱられた経験は多数あれど、こうして梳いてもらった経験なんて一度もない。
二人の兄はどちらが後継者にふさわしいかでいつも競っていたけれど、正直私の目から見たらどんぐりの背くらべといったところだった。どちらにも君主としての才能はない。私が男だったら二人を殺して私が当主になって丸く収まっていた。それくらいにはだめだった。
前世ではそんな家族関係だったからこそ、最初はコルデー家の兄弟たちを警戒した。
きっと油断させたところで痛めつけるんだ。とか。
アリアナ自身も家族仲は最悪だったし、周りも同じような境遇の人が多かった。そんなわけで「仲の良い家族」なんて幻想だと思っていたので。
でも、彼らは私を可愛がることはするけれど、嫌がることなんて一度もしなかった。
彼らが私にかける声はいつだって愛しさに満ちていた。悪意を感じたことだって一度だってない。
今だってこうやって髪の毛を梳く手は優しい。
それだけで私が警戒を解くは十分だった。
他人に無防備な首筋を晒すなんて、前世では出来なかったことだ。
家族ってこういうものなんだな、というのを私はコルデー家で初めて知ったのだ。
本来ならアナスタシアが受け取るべきもので、私が簡単に受け取っていいものではない。
だけど、もらった愛情を突き返すようなことができる人間じゃなかった。
「はい、完成~!可愛くできたよ!」
私が思考している間にもテオお兄様は髪の毛を結いてくれていた。
耳の横でふんわりとした二つ結びを作りながらも編み込みで華やかに仕上げてある。
多少子どもっぽいが、今の私は十三歳で観劇を見に行くならこれで十分だ。
「わあ、かわいい!お兄様ありがとうございます」
「リボンは?アリアナ・カラーでいいかな?」
「う……はい……」
数年の間に、血のような深みのある赤い色――以前は紅色と呼ばれていた色が、英雄のアリアナに因んで「アリアナ・カラー」と呼ばれるようになっていた。未だにこの名前に慣れない。呼ばれるたびに居心地の悪いようなどこかもぞもぞとした気持ちになってしまう。だけど意外なことに、すこぶる人気らしい。
ドレスやアクセサリー、インクに至るまで各種展開されているというのだから驚きだ。
アリアナ・カラーを名乗るには皇帝直下の機関による審査が必要で、審査が通ったものでしか名乗ることを許されない。もし無断でアリアナ・カラーを名乗れば売上金全額没収の上に僻地での長期間の労働も課せられるらしい。
生きていた頃は「血の守護騎士」なんて呼ばれて恐れられていたはずなのに、死んで六年経った今、大衆には好意的に受け入れられていた。解せぬ。
今日、カーシャお姉様といっしょに見に行く観劇はアリアナが死亡した戦いを元にした観劇だ。
観劇好きのお姉様いわく、「推し」の色を観劇のときに身につけるのが最近の流行りらしい。
アナスタシアの可愛らしい雰囲気には、強い色であるアリアナ・カラーのドレスは似合わない。だから今回はアクセントとしてリボンに取り入れることにした。
ドアを開けたのは長男のテオドールだ。ミルクティーブラウンの髪に灰色の瞳をした筋骨隆々のたくましい男。
コルデー家は六人兄弟だ。長女、長男、次男、三男、四男、そして私。
長兄は今は領地でコルデー侯爵の補佐をしつつ、時折私設騎士団に混じって訓練をしている。
余談だが、コルデー家はお母様以外全員ミルクティーブラウンの髪の色だ。唯一のアッシュブロンドを持つお母様は「お父様の血が強すぎるわ」と嘆いていたりする。
唯一、私がお母様ゆずりの新緑の瞳とふわふわの猫っ毛を受け継いだくらいだ。
「テオお兄様」
筋肉の壁とも言うべき塊が近づいてくるとだいぶ圧迫感がある。
テオお兄様は私に近づくとひょいと抱き上げ、肩に載せてくれた。
バランスを取るために首に手を添えたが、太い。がっしりとした大木のようだ。太い血管が脈々と巡っている。
首の筋肉はつけようと思ってつけられるものではない。他の箇所の筋肉をつけるうちに自然とついてくるのだ。
見せる筋肉じゃなく、実用的な筋肉をしている。彼を見るたびに「コルデー家は安泰だな」と思う。もともと騎士団に居た私は思うのだ。筋肉はすべてを解決すると。
訓練したあとだからか、熱を持っててあったかい。この国は「寒い」「少し肌寒い」「クソ寒い」くらいしか気候がないから、いつだって抱っこは大歓迎だ。
「今日はカーシャと一緒に観劇に行くんじゃなかったのか。そんなに髪の毛ぼさぼさにして大丈夫なのかな?」
カーシャというのは長女のエカテリーナお姉様のことである。筋骨隆々な弟たちを一喝で黙らせることができるほど強い。
「はっ、そうでした……!」
さっき殿下への思いが爆発して枕に顔を埋めてジタバタした結果、アナスタシアの髪の毛は好き勝手な方向にぴょんぴょん飛び出ていた。
アナスタシアの髪の毛はお母様ゆずりの猫っ毛で、放っておくとすぐ爆発してしまう。だから外出するには時間をかけて結う必要があるのだ。
慌てて侍女を呼ぼうとしたが、テオお兄様に止められた。
「僕が結いてあげるよ。さ、座って」
そう言って化粧鏡の前に座らされる。
テオお兄様は見た目は脳筋のくせに意外と手先が器用なのだ。
「かわいい僕の妹~、世界で一番かわいい~、かわいいアナ~」
どんだけシスコンなんだ、と突っ込みたくなるような自作の歌を聞いていたら、思わず笑ってしまった。
こんなふうに溺愛と言っても差し支えないほどかわいがってくれるのはテオお兄様だけではない、家族全員がアナスタシアを可愛がって溺愛してくれている。
あまりに自然に、優しく髪を梳いてくれるその手に、少しだけ目が滲んだ。
前世のアリアナは――家族に恵まれなかった、と思う。
母はお祖母様そっくりの私が大嫌いだった。お父様はそれを諌めることをしなかった。
そうすると二人の兄が私を虐げるのも当然で。
髪の毛をひっぱられた経験は多数あれど、こうして梳いてもらった経験なんて一度もない。
二人の兄はどちらが後継者にふさわしいかでいつも競っていたけれど、正直私の目から見たらどんぐりの背くらべといったところだった。どちらにも君主としての才能はない。私が男だったら二人を殺して私が当主になって丸く収まっていた。それくらいにはだめだった。
前世ではそんな家族関係だったからこそ、最初はコルデー家の兄弟たちを警戒した。
きっと油断させたところで痛めつけるんだ。とか。
アリアナ自身も家族仲は最悪だったし、周りも同じような境遇の人が多かった。そんなわけで「仲の良い家族」なんて幻想だと思っていたので。
でも、彼らは私を可愛がることはするけれど、嫌がることなんて一度もしなかった。
彼らが私にかける声はいつだって愛しさに満ちていた。悪意を感じたことだって一度だってない。
今だってこうやって髪の毛を梳く手は優しい。
それだけで私が警戒を解くは十分だった。
他人に無防備な首筋を晒すなんて、前世では出来なかったことだ。
家族ってこういうものなんだな、というのを私はコルデー家で初めて知ったのだ。
本来ならアナスタシアが受け取るべきもので、私が簡単に受け取っていいものではない。
だけど、もらった愛情を突き返すようなことができる人間じゃなかった。
「はい、完成~!可愛くできたよ!」
私が思考している間にもテオお兄様は髪の毛を結いてくれていた。
耳の横でふんわりとした二つ結びを作りながらも編み込みで華やかに仕上げてある。
多少子どもっぽいが、今の私は十三歳で観劇を見に行くならこれで十分だ。
「わあ、かわいい!お兄様ありがとうございます」
「リボンは?アリアナ・カラーでいいかな?」
「う……はい……」
数年の間に、血のような深みのある赤い色――以前は紅色と呼ばれていた色が、英雄のアリアナに因んで「アリアナ・カラー」と呼ばれるようになっていた。未だにこの名前に慣れない。呼ばれるたびに居心地の悪いようなどこかもぞもぞとした気持ちになってしまう。だけど意外なことに、すこぶる人気らしい。
ドレスやアクセサリー、インクに至るまで各種展開されているというのだから驚きだ。
アリアナ・カラーを名乗るには皇帝直下の機関による審査が必要で、審査が通ったものでしか名乗ることを許されない。もし無断でアリアナ・カラーを名乗れば売上金全額没収の上に僻地での長期間の労働も課せられるらしい。
生きていた頃は「血の守護騎士」なんて呼ばれて恐れられていたはずなのに、死んで六年経った今、大衆には好意的に受け入れられていた。解せぬ。
今日、カーシャお姉様といっしょに見に行く観劇はアリアナが死亡した戦いを元にした観劇だ。
観劇好きのお姉様いわく、「推し」の色を観劇のときに身につけるのが最近の流行りらしい。
アナスタシアの可愛らしい雰囲気には、強い色であるアリアナ・カラーのドレスは似合わない。だから今回はアクセントとしてリボンに取り入れることにした。
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