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第1章 最寄本家の人びと(教子とトンヌラ)

7 トンヌラは、家族口座へ入れるお金を稼ぐべくバイトを探す(その④)

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閉園後、旧ねこま遊園は、かつて園の境界だったフェンスのところに高い壁がもれなく増設され、ぐるりとめぐらされて、人が侵入するのを遮断している。

「ねこま遊園」とか「閉園」とか「園の外周」とかの概念や事情なんかは、実のところ、トンヌラもちゃんとわかっている。
彼は、こちらの世界にとっての「からだ。

彼が知るこの「抜け道」は、その遮断を無効化するイレギュラーな侵入経路だ。
もっとも、今日に限っては、普通にどこかの場所、たとえば駅から近いあたりの壁のドアから、アルバイトの面接希望者たちが入場できるようにされているのかもしれない。
トンヌラは、あちらーー迷河神社の境内の端ーーからねこま遊園跡地に抜け出た直後の薮ゾーンから、歩いて進む。
地面は、ゆるく登る傾斜になっている。
ねこま遊園時代には自転車駐輪場だった辺りまで来ると、赤煉瓦色の四角いブロックを埋め込んだ(作者中:「インターロッキング」と言うのですが、その単語ではイメージ湧かないですよね。)広い道がある。
小屋のような建造物がいくつかある。薄いグリーンに塗られているが、その塗装はところどころ色褪せ、はげている。
これらは、かつて、メインゲート前の「チケット売り場」として機能していた。もちろん、園が閉じた今、各小屋内のブースに従業員の姿はない。

トンヌラはこの建物を見るといつも、あちらでの街や村のお店を連想する。
店の大きさこそ違えど、あちらに建つ武器屋や道具屋に、外観が似ている。

そこも通りすぎると、かつてのエントランスがある。
幼い頃の教子も、ここから園内に入っていた。
そのエントランスも、今は無人だ。
黄色と黒のトラロープが、エントランスの4つの入場通路の前に張られていて、入ることを禁じている。
張り紙がしてあって、
「たちいり きんし ひきかえせ」
とある。
特に、脇のほうに、今日のアルバイト面接者用の通用路があるとかでもない。

トンヌラは頭をかく。
面接会場だよな……?
日時は今日これからで間違いなく、面接会場の古城じたいは、もうここから見えているというのに……?

トンヌラはエントランスのゲートや、左右の壁、それから天井と目線を移していく……

ぷにゅろ!

旧にトンヌラは視界を塞がれた。顔が何か冷たいものにすっぽり包まれている!
普通の人ならパニックに陥るところだが、トンヌラはこれでも一応だ。
醒めた思考回路で、
(スライムか。天井から俺の頭に落ちてきやがったな。しかしなぜこちらにーー)
両腕の力をふりしぼって、トンヌラはスライムを頭から外し、ぽいと地面へ放り投げた。

べしゃり!

目を開ける。やはり、スライムだ。いったん潰れて液状化し、再び素早く凝集して、例のとぼけた顔を形成し、こちらをじっと見つめている。
目がいわゆる「ぴえん」になっている。
(こいつ、現代日本こちらに、なじんでいる個体か……?)

「や……ごめんだけど、仲間にはならないよ」
共通語ーーでは、ヒトもモンスターも皆この会話で意思疎通できる、「んなわけあるか」な言語ーーで、トンヌラは言う。
「すごいすごい!共通語だ」、スライムが叫ぶ。「しかも、貴様、もしかして、サパルフィリアの王さんのお兄で、確か……トンヌラ様なんだよな……?」
なんだかめちゃくちゃに聞こえるかもしれないが、共通語なんて通じればいいの世界だ。
それはちょうど、こちらで非英語圏の人の喋る英語がめちゃくちゃなのと同じことだ。
「いいえ、違います、人違いです」
トンヌラは言った。「ところで、スライム。君は、どうやってこちらに来た?」
「仲間にしなさい。話す、そのとき私は」、スライムの表情がパッと明るくなる。「ぼく、名前はショボスライ。トンヌラさんは、ぼくを仲間にするは、超ラッキー超超ラッキー。よろしくお願い申し上げます」
「まだ、仲間にするなんて言ってない」、トンヌラは苦笑混じりにそう言う。「とりあえず、この先に行く方法って何か知ってたりするかな?」
日和ピヨってんじゃねーぞゴルァ!」、ショボスライは突然のヤンキー口調だ。「あなた方の冒険におかれましては、そんなふうにぬるくはなかったのであります。超絶ハードモードだったであります、正しいかったですね?」
「まぁ、そうだな」
「乗り越えろ!すべてはそこからだ!」今度は松岡修造カレンダーの名言みたいになっている。

無視して、トンヌラはポケットからメモをとり出す。

『エントランスから入っていい』

と、あの担当者の言葉が書いてある。

なら、構わないのだ。気にしないでおこう。

トンヌラは、トラロープをまたいで、向こう側へ立った。
面接会場である古城の方へ歩いていこうとすると、

てーん

てーん

と後ろから音がする。
ショボスライが、ついてくる音だ。
(まあ、好きにすればいいさ。それに俺も、あいつが俺みたいにこちらでずっととどまれているようなのは、興味あるっちゃあるし……)

古城の、入り口のところに、誰かがが立っている。
中年の男性だ。執事カフェの店員のような、凝っているがどこかチープな服を着ている。
(この男、どこかで見たことある……?)
執事風の男は、衣装同様「凝っているがどこかチープな」うやうやしい風のお辞儀をした後で、
「面接の方ですね。お待ちしておりました。ご案内します」
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