偽りの英雄譚〜落ちぶれ中年、英雄詐欺をしていたらいつのまにか最強扱いされていた〜

黄舞

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第二話 黒猿団のグレゴリー

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「こりゃあ面倒なことになったな」

 ロイドは森の陰に身を潜め、遠目に盗賊団の様子を窺っていた。
 数人規模の寄せ集めと思っていたが、目の前の相手は明らかに違う。
 馬車から積荷を運んでいた下っ端ですら、動きに統率が取れており、装備も粗末なものではない。
 訓練を受けた兵か、経験豊富な傭兵崩れの集団だ。

「クソが……ただの山賊じゃねぇ。こいつら、厄介な連中だぞ」

 ロイドはこめかみを押さえながら、正面突破が無謀であることを改めて認識した。

(真正面から挑めば、まず勝ち目はない。なら、別の手を使うしかねぇな)

 ロイドは深く息を吐き、盗賊団に紛れ込む方法を考え始めた。
 ロイドは自らの装いを確認する。
 くたびれた旅装、無精髭、腰には愛剣が指してある。
 生来の目付きの悪さも、落ちぶれた流れ者らしさを助長する。

(……こりゃ使えるな)

 彼は木の枝で適当に髪を乱し、服に土を擦りつけた。
 見た目の汚れ具合を増せば、より盗賊らしく見える。
 そして、あえて堂々と盗賊の集団へ近づいた。

「おい、見ない顔だな。新顔か? どこから来た」

 入り口にいた見張りが訝しげに睨む。

「へへ、噂を聞いてな。腕に覚えのある奴を募ってるって話じゃねぇか」

 ロイドは歯を見せて笑いながら適当に誤魔化した。
 適度に腰を低くし、相手に油断させる。

「……ほう。名は?」
「ラルフだ。俺を仲間に入れた方が得だぜ。そこら辺の傭兵なんかよりもずっと腕がたつ」

 嘘の名前を即座に口にし、適当に話を盛る。
 ロイドはぎりぎりの縁で留まっているが、一歩間違えれば盗賊をするような者たちと同じ穴のムジナだ。
 それゆえにどういう話題が気にいるかも分かっている。
 話術巧みに、見張りにそれらしく売り込みをかけた。

「ふん。そんだけ自信があるなら、中の親父に話を通しな」
「ありがとよ。ところで、その親父は何処にいるんだ? ついでに間違って覚えてちゃあいけねえ。念のため、親父の名前を教えてくれ」
「あん? 親父の名前はグレゴリーに決まってんだろ。黒猿団のグレゴリー。まさか知らねぇで来たんじゃねぇだろうな?」
「まさか。念のためつったろ? 俺の思ってた通りだ。それなら居場所を聞くまでもねぇな。一目見れば分かる」
「違ぇねぇ。がっはっは。親父に気に入られたきゃあ、せいぜい気張んな」

 見張りの横を通り過ぎ、アジトへと進みながら、ロイドは内心舌を打った。
 どうやら、予想以上にヤバい相手だ。
 黒猿団とその団長グレゴリー。
 元々は名うての傭兵団だったが、ある時雇い主といざこざを起こし、悪評が広まり今では盗賊団に落ちぶれたと聞く。
 金の支払いが原因だったという噂だが、雇い主である商人家族と雇用人を虐殺し、金品を強奪した。
 団名の由来である団長グレゴリーは、浅黒い肌を持つ巨漢で、傭兵団の時から残忍な性格で知られている。
 しかし実力は本物で、若い頃には隣国との戦争で多くの殊勲を得ていた強者だ。
 和平が結ばれ、戦争がなくなったが、そのまま戦争が続いていれば、今は騎士団として活躍していたかもしれない。

「どんどん悪い方向に話が流れていくな……」

 今となっては引き返すこともできない。
 もし引き返そうとすれば、見張りに止められる。
 考えうる可能性と、その時の対処方法を頭に入れながら、ゆっくりと中へ進んでいった。
 少し進むと扉が現れる。
 ロイドはわざとらしく勢いよくそれを開けた。

「よお兄弟。新入りのラルフだ。景気はどうだい?」

 中にいる盗賊たちの一番近くの男に向かい、話しかける。
 男は飲んでいたジョッキを机に置き、立ち上がるとロイドに近付く。

「新入りだぁ? 聞いてねぇぞ。そんな話」
「そりゃそうだ。さっき決まったんだ。親父に話通して来いってよ」

 ロイドは周りにも聞こえる声で、大きな身振りで見張りのいる方向を親指で指しながら言う。
 今のところ名前以外、嘘は言っていない。

「モッシュのやろう。適当な仕事しやがって……親父に挨拶する価値があるか、俺が確かめてやる。その腰の剣は飾りじゃないんだろ? 面白いことでも見せてみろ」
「面白いことねぇ……こういうのはどうだ?」

 ロイドは腰の剣を素早く抜くと、一瞬で後ろを振り向き、上段から一直線に振り下ろす。
 男が慌てて獲物を抜こうとしている間に終わった一連の動きに、周囲からざわついた声が上がる。

「お、驚かせるんじゃねぇよ。まぁ、速いってことは分かった。実戦で使い物になれば、の話だがな。切るってのは簡単じゃねぇぞ」
「切ったさ」

 そう言いながらロイドは入ってきたばかりの扉を軽く押す。
 すると、扉は外側に向かってゆっくりと倒れ、地面にぶつかると大きな音と土埃を上げた。

「扉を……切っただと?」
「どうだ? 少しは面白かったかい?」
「……がっはっは! なかなかやるじゃねぇか。モッシュのやろう。ちゃんと仕事してるようだな。親父には俺から言っといてやるよ」
「おう。よろしくな。兄弟」

 その後しばらく男と酒を飲み交わしながら、話を続け、情報を集めた。
 商人の娘の居場所はおおよそ把握できたが、早く動かなければ手遅れになりそうだ。
 ロイドは内心で舌打ちする。
 
(時間がねぇ……今夜中に動かないとマズい)

 とはいえ、ここで不用意に騒ぎを起こせば即座に袋叩きにされる。
 ロイドは慎重に策を巡らせた。
 夜になり、多くの盗賊たちが眠りについた頃、ロイドは行動に移る。
 まず、酒樽をいくつか確認する。
 その中身は強い蒸留酒だった。

(こいつを使わせてもらうぜ)

 間に合わせのものでやりくりせざるを得ないロイドにとって、酒樽に入った蒸留酒は願ってもない道具だ。
 酒樽から蒸留酒を汲み、通路や盗賊たちが眠る部屋の前に撒いていく。
 次に、蒸留酒を注いだジョッキを片手に持ち、商人の娘が閉じ込められた場所へと向かった。

「よお兄弟。交代の時間だ」
「あ? そんな話聞いてねぇぞ?」
「兄貴に言われたんだ。下っ端の俺がやれってな。ほら。酒も持ってきた。これでも飲んでゆっくりしてくれ」
「お。そうか。悪いな。しっかしよぉ。えらいべっぴんさんだ。金さえあれば、俺が買いたいくらいだぜ」
「おいおい。商品には手を出すんじゃねぇぜ。親父も兄貴も怖ぇからな」
「んなの分かってるよ。じゃあ、あとはよろしく頼むぜ」

 ロイドからジョッキを受け取った見張りは、すでに少し口に運びながら持ち場を離れようとした。
 その男をロイドは呼び止める。

「おう、悪いな兄弟。行く前にひとつ聞くのを忘れた。この檻の鍵はどれだったかな」
「あ? それだ。壁にかかってる一番奥のやつ。おい。お前こそ、変な気起こすんじゃねぇぞ」
「分かってるよ兄弟。じゃあな」

 見張りが出ていくのを待つと、ロイドは壁の鍵を取り、商人の娘がいる檻へと近付いた。
 幸いにも娘は父親似ではないようだ。
 父親同様仕立ての良い服を身にまとった妙齢の女性は、整った顔に怯えた表情を浮かべロイドを見つめている。
 先ほどのロイドと見張りの言葉をきいていたのだろう。
 ロイドが邪な考えで近付いて来たのだと思い、身を震わせる。

「おい。嬢ちゃん。リーシャだな? よく聞け。俺はお前の親父の使いだ。助けに来た」

 叫ばれ誰か来た時点で終わりだ。
 檻を開ける前に娘に危害を与えないことを伝える。
 娘の名前は商人から聞いていた。
 名前を知っていることを伝えれば、少しは信用が得られるだろう。
 驚きに目を丸くするリーシャに、声を出さぬよう仕草で示し、頷くのを確認してから檻の鍵を開けた。

「今から逃がしてやるが、一言でも声を出せば終わりだ。分かったな?」

 リーシャは必死に頷いた。
 どこか怪我をしていないか確認した後、ロイドは出口へと急ぐ。
 見つからないように注意しながら、最短距離を駆け抜けていく。
 しかし、まもなく出口というところで、最も会いたくない人物に遭遇してしまった。

「おい! 誰だテメェ。その娘をどうするつもりだ? まぁいい。死んどけ」

 背が低い方ではないロイドが見上げるほど大きなその男は、両手持ち用の斧を二本それぞれの手で持っていた。
 猿の魔物、キラーエイプを彷彿とさせる男を見て、ロイドはすぐに黒猿団の団長グレゴリーだと悟った。
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