偽りの英雄譚〜落ちぶれ中年、英雄詐欺をしていたらいつのまにか最強扱いされていた〜

黄舞

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第三話 お前が……死んどけ

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「まさかここまで最悪とはな。我ながら笑えるぜ」
「俺のことは知ってるようだな。それなら話が早い。死んどけ」

 グレゴリーは両手斧をまるで片手斧のように軽々と操り、ロイドに向かって振り下ろした。
 受け止める選択肢を捨て、リーシャを庇いながら後ろへ避ける。
 グレゴリーの斧は地面にぶつかる瞬間に空中でぴたりと止まった。
 筋力の力のみで止めたのだ。
 その一連の動きだけでも、グレゴリーの膂力がいかに人並外れたものか想像できる。

(このままじゃ、他の奴らも集まって来ちまうな。そうなったら絶体絶命だぞ)

 ロイドは足元まで続く、蒸留酒の撒いた跡を目にやる。
 上手く逃げ出した後に、蒸留酒に火を放ち、追手を封じようと考えていた仕込みだ。
 今火を付ければ奥で寝ている盗賊たちを動きを止められるが、グレゴリーを相手にしながら火種を用意するのは至難の技だ。
 魔法で火を出せれば良かったのだが、きちんとした訓練を受けていないロイドはそういった類を不得手としていた。

「おらぁ!」

 とうに全盛期は超えた年齢のはずのグレゴリーだが、一撃でも食らえば絶命するような攻撃を繰り返す。
 リーシャを庇いながらの戦いで、ロイドは防戦一方になってしまう。
 一人で先に出口まで逃げてもらえれば楽だが、先には見張りが立っている。
 リーシャだけで行かせれば、その見張りをどうしようもない。

「ちょこまかとうっとうしいやつだ。さっさと、死んどけ!」
「最悪な人生だが、死ぬ勇気はあいにく持ちわせてないんだ。すまんな」

 それは異様な光景だった。
 両手にそれぞれ両手斧を持ち、軽々と振るうグレゴリーと、リーシャを庇いながらも危なげなく交わし続けるロイド。
 攻防は変わらずだが、決着の兆しは見えない。

(らちがあかないな……お? 良いもの持ってるじゃねぇか)

 ロイドはリーシャが身に付けているネックレスについた宝石に目をやる。
 無駄な抵抗をしなかったおかげか、身に付けていたアクセサリーなども奪われることなく、檻に入れられていたようだ。

「そのネックレス。ちょっと借りるぜ」

 ロイドはリーシャからネックレスを取ると、先ほど切り倒した扉まで彼女を抱えたまま駆け出した。
 背を向け逃げ出すロイドを嘲りながら、グレゴリーは後を追う。

「逃がすかよ。良い加減、死んどけ!」

 扉の上を通り過ぎた瞬間、ロイドはネックレスから引きちぎった宝石をグレゴリーに向かって投げ付けた。
 勢いよく飛んできた宝石を、グレゴリーはこともなげに斧で叩き落とす。
 その瞬間。
 宝石と斧がぶつかることにより生じた火花で、気化していた酒に火が付き、床に撒いてあった酒が一斉に燃え上がる。

「うおおおぉぉぉぉ!!」
 
 爆発的な衝撃に吹き飛ばされるグレゴリー。
 ロイドたちにもその爆風が襲うが、倒れていた扉を盾にしていたおかげで、しこたま背中を打つだけで済んだ。
 抱えていたリーシャを抱き起こすと、ロイドは出口へと急ぐ。
 下手をすると逃げ出す前に洞窟自体が崩壊する可能性が高いためだ。

「急げ! 急げ!」

 間も無くして洞窟の外に飛び出したロイドの前に、数時間前に話したばかりの、モッシュと呼ばれた見張りが立っていた。
 リーシャを連れて出て来たロイドと、中から聞こえて来た爆音と、どちらに注視すればいいか戸惑っている様子だ。

「お、お前! 何があったんだよ!? 中で何が起きてんだ!? 親父は? 他の奴らは大丈夫なのかよ!?」
「悪いな兄弟。先か後かの違いだ。お前も一緒の場所に行けよ」
「何言って……」

 モッシュが言葉を言い終える前に、ロイドの愛剣がその首を刎ねた。
 リーシャが小さく息を飲む。
 商人の娘には刺激が少々強すぎたようだ。

「捕える……という方法はなかったのですか?」
「この状況でか? わざわざ危険を冒す必要などないだろ。それに一度落ちたやつの行き着く先は、ひとつしかねぇよ」

 リーシャの問いに答えながら自嘲する。
 自分が落ちてないと言えるのか。
 今目の前に転がっている首は、明日の我が身かもしれない。
 そうならないように、ぎりぎりの縁で思いとどまっている自分がいる。
 ふと、仲の良かった少女の顔が頭をよぎる。
 今の自分が落ち切らないのは、その少女のおかげかもしれない。
 昔、少年だった自分が語る夢を、目を輝かせながら肯定してくれた少女。
 今どこで何をしているかも知らない、遠い過去の温かい記憶が、寒く冷え切ったロイドの心に灯る唯一の光だった。

「ひとまず帰るぞ。親父さんが顔を真っ青にして待ってるからな」
「お父様の使いだと言っていましたね。本当にありがとうございます。家に戻りましたら、十分なお礼を必ず」
「そうしてくれ。今回みたいなことは二度とごめんだ――」
「逃げてんじゃねぇ! 死んどけー!!」
「おいおい……あの中で生きてんのかよ。本当に人間か? いや、猿だったか」

 先ほどロイドたちが出て来た洞窟から、グレゴリーが現れた。
 煤に撒かれて浅黒い肌は、まだらに黒さを増している。
 服もところどころ破れや焦げた後が目立つ。
 しかし両手の斧は健在だ。

「嬢ちゃん。危ないから少し離れててくれ。すぐ終わる」
「おらぁあ!!」

 グレゴリーはロイドに向かって走り出し、先ほどと同じように斧を振るう。
 斧が周辺の枝や幹に当たるたび、枝は切り落とされ、幹は削ぎ落とされていく。
 局所的な暴風と化したグレゴリーを前に、ロイドは小さくため息を吐いた。

「聞いてた話だと、もっと強かったんだがな。過去の英雄も、老いには勝てないか」
「何ぶつくさ言ってやがる! 死んどけ!!」
「その言葉もそろそろ聞き飽きたな。お前が……死んどけ!」

 ロイドの力ある言葉に応じるように、ロイドの身体から淡白い光が放たれる。
 独学で身に付けた身体強化の魔法の影響だ。
 一般的な魔導師たちのように、炎や雷を起こすことはできないが、自分の持つ魔力を使い、一時的に身体能力を飛躍的に上げることができる。
 昔師匠と慕った人物の話では、身体強化を使う者の中でも、目に見えるほどの影響を及ぼすことができるまで熟達しているのは稀らしい。
 ここぞとばかりに使う切り札であり、多用も連続使用もできないが、今の状況を打破するには十分だった。

「か……かはっ! バカな……」

 常人の目には隙間などないグレゴリーの猛撃を掻い潜り、ロイドは致命傷を与えた。
 グレゴリーは斧から手を離し、首の横から噴き上がる血を抑えながら膝をつく。
 浅黒い肌からは血の気が引き、灰色に変わっていく。
 ロイドはその最期を見届けることなく、離れて身を潜めていたリーシャの元へ向かった。
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